ヨルダン・エジプト旅行記5日目その2
2010年9月22日(水曜日)
13時10分くらいにデューンを出発した。これにてワディ・ラムのツアーは終了である。
後で地図を見たら、ハザリ峡谷からそう遠くないところに「ワダック石橋」があった。自然にできたアーチ型の岩はぜひ上ってみたかったので、残念だ。やはり、ワディ・ラムにももう一度来なければと思う。
ビジターセンターに戻り、そこで売っていたナバテア人の描いた絵をデザインしたペンダントトップを買おうかどうか迷う間もなく、昼食に出発となった。今思えば、迷わずに買ってしまえば良かった。
バスで少し走り、デザートキャンプ兼レストランでランチになった。14時を回り、お腹はぺこぺこである。
ランチは、広場を囲んで天幕を張ってあるような感じのところでいただいた。
その広場を囲んで昼食を摂っている人の中には日本人らしい若い二人連れもいて、「きっとあの人達はここのキャンプに泊まっているんですね。」というのが添乗員さんの見立てだった。羨ましい。
目の前の長テーブルに前菜の大きなお皿がいくつも並べられ、バーベキューのお肉が運ばれるという、ヨルダン定番のお昼ごはんである。
美味しい。
特にラムは、臭みもなく柔らかい。ガイドさんによると「きっと裏の広場で今朝絞めたんだ。」ということだった。考えてみたら相当に生々しい話だけれど、美味しさの前にはそういう想像は全く働かない。
デザートは多分「ハリーサ」だったと思う。
ココナツがたくさん入って表面はカリっと焼いてあり、全体にシロップがしみ込ませてある。この大きさで十分すぎるほど甘い。舌がしびれそうなくらいだ。
ここのキャンプではウエイターさんが全員ベドウィンの正装のような制服を着ていて格好良かった。働いている人のほとんどはエジプト人だそうだ。エジプトよりヨルダンの方がお給料がいいのかしらと思う。
ワディ・ラムからさらに1時間ちょっと走り、16時30分くらいにアカバのホテルDays Inn Hotel & Suites Aqabaに到着した。見えてから到着までぐるぐるとバスが走ったのは、どうも、一方通行の道があるせいだ。
ロビーでウエルカムドリンク(オレンジジュース)のサービスがあり、喉が渇いていて2杯もらって立て続けに飲んだ。
希望者は18時30分ロビー集合でガイドさんがスークを案内してくれるという。ランチが遅かったため、当初は20時からと案内されていた夕食は21時からに変更される。
お部屋に入って、一息つく。私の部屋はちょうど入口の上に当たっているようだ。カーテンを開けると、道路の反対側の建物から見えるかどうか微妙な感じだ。
死海とペトラのホテルのお部屋に湯沸かしポットが付いていたので、てっきりそれが標準なのかと油断していたらそうではないらしい。アカバのこのホテルの部屋には湯沸かしはなかった。
また、死海とペトラのホテルのレストランではアルコールが飲めたけれど、このホテルではアルコールはなしだ。どちらかというと、こちらがイスラムの国では標準だろうと思う。
一休みしてから散歩に出た。
フロントで地図をもらってホテルの場所に印をつけてもらったし、アカバはリゾート地でもあるので特に危険は感じない。
海を目指して歩いていると、ちょうどビジターセンターの前を通りかかった。パンフレットでもあればいいなと近づいたらドアが閉まっている。諦めて再び海を目指そうと歩き出したら、「何かご用ですか?」と尋ねられた。今思えば、帰宅しようという職員だったんだろう。「海に行きたいの。」と答えたら「うん、そこを真っすく行けばいいんです。」と言われた。親切な人である。
海岸沿いは公園になっている。昼間は暑すぎて海水浴に向かないのだろう。今くらい(18時くらい)になってから海に繰り出すようだ。かなりの人出である。
死海の辺りを走っていたときに、アンマンの人たちは夕方になって涼しくなるのを待って死海沿岸にピクニックに来ると説明を受けたことを思い出した。
死海も暑かったけれど、アカバもじわっと湿度のある暑さである。今日の最高気温は39度だったらしい。日本みたいだ。
そんな暑いところだからアラブの女性も海に来る。しかし、海に来てもみな上から下まできっちり覆い、海に入るときも服を着たままである。帰りはどうするんだろうと心配になる。
余りの蒸し暑さに早々に音を上げてホテル近くまで戻り、アイスクリームを食べた。「Jelato Uno」というお店である。お客が一人もいないのが不安だけれど、まあ大丈夫だろう。
かなりの種類のアイスクリームがあって、「お勧めはどれ?」と聞いたら「これ全部か?」と聞き返される。その返しはおかしいだろうと思いつつ頷いたら、お店のお兄さんはウンザリした顔をしつつ、全部のアイスクリームの名前を唱えてくれた。
書いてあるから判るよと思っても、訂正する英語が出てこない。ごめんね、と思いつつ最後まで聞き、「ARABESQUE」というそれっぽい名前のついたアイスクリームを選んだ。聞いてみたら、ミルクアイスにピスタチオが入っているという。0.75JDである。
18時30分にロビーに集合したのはツアーメンバーの2/3くらいの人数だった。
暑さのあまり、足もとをビーチサンダルに変更している。
夕食の開始時刻に合わせ、ガイドさんは散策をロングコースに計画を練り直したらしい。海の方に向かって歩き出した。途中で立ち止まって写真を撮っていると、あっという間に置いて行かれそうになる。イヤホンガイドも外してしまっているので、見失なったら迷子である。
最初にイーラ遺跡に行った。
ここは柵はあるものの入場無料の遺跡である。イーラというのは、7〜8世紀のイスラム朝の名前らしい。その都市跡が地下に埋まっている。
説明板を読んでいるヒマもなくぐるっと一周する。イヤホンガイドをつけていたら説明が聞けたかも知れない。
イヤホンガイドは、もう少し外れにくく、サングラスをしていても邪魔にならない作りだと嬉しい。
イーラ遺跡を出ると、ガイドさんはそのまま海岸沿いを南に向かった。
さっき来た海岸も大分日が暮れて、ライトアップがされている。
相変わらず人出が多いし、女性もいる。椰子の葉っぱを葺いたようなビーチパラソルが立っていて、そこにカップルがいたりする。女性がリゾートファッションならともかく、件のスカーフのようなものを被っている「敬虔な」といった感じの女性だったのでちょっと驚いた。
アンマンと同じように、アカバにも非常に高いポールが立っていて、てっぺんで大きなヨルダン国旗がはためいていた。夜になったら降ろすという習慣はないようで、真っ暗な中で風に泳いでいる。
そのポールの辺りで海岸を離れ、考古学博物館、アカバ要塞の脇を抜けて、スークに入った。
19時を過ぎても、スークは灯りを煌々とつけてかき入れ時の様相を呈している。
あの敬虔なお洋服の下に着ているとはとても思えないスケスケのドレスがずらっとショーウィンドウに並んでいたり、スナック菓子の屋台が出ていたりする。
あと1時間半くらいで夕食なんだけどと思いつつ、ジューススタンドで休憩した。歩道に大きなテーブルが出されていて座って飲むことができる。
前にエジプトに行ったときに飲みそびれたコクテール(2JD)がメニューにあるのを見て、迷わずそれを選んだ。ビールジョッキに入って出てきたコクテールには、ミルク、バナナ、オレンジ、メロン、りんご、桃が入っており、飾りにグラスの縁からグレナデンシロップが垂らされている。
美味しい。大阪のミックスジュースの味だ。これに砂糖が入っていると聞いたときにはショックだった。
ガイドさんによると、フレッシュジュースを飲むときは自分は必ずオレンジジュースを選ぶ、オレンジジュースには絶対に砂糖は入っていないから、ということだ。先に教えてくれればいいのにと思う。
ジューススタンドの隣にあったコーヒー豆屋さんのコーヒーに未練を残しつつ、ジュースで元気回復して出発である。
次に行ったのは、「地球の歩き方」にも載っているナッツ屋だった。「地球の歩き方」には、「1kg7.5JDのものが香ばしくて美味しい」と書いてあり、試食させてもらったら、確かに美味しい。
カレーっぽい香辛料がまぶされていて、カリっとしている。
ツアーのみなさんが100gとか200gとか買う中、ヨルダンディナールの小銭が増えても困ると思った私は、添乗員さんに「新しい買い方だ。」と笑われつつ、「1JD分ちょうだい。」と言ってみた。1JD分よりもちょっとだけ多く入れてくれて、でもお会計は1JDだった。いいお店である。
真空パックまでは行かないけれど密封してくれる。帰国後に食べたところ、しっかりとカリッとしたままで美味しかった。
その後もヘンナのお店、香辛料のお店、お肉屋さん、八百屋さん、香水屋さん、お土産物屋さん、CDショップ、リカーショップなどを巡って、20時50分にホテルに帰った。
アカバは自由港だから税金がかからず、またホテルではアルコールは供されないので、ここでお酒を買い求めた人も多かった。私も、話のタネにとアラックと呼ばれる強いお酒の小瓶(50ml)を買い求めた。
21時から夕食をいただいた。甘いソフトドリンクしかなかったのでノンアルコールビールを頼んだ。初ノンアルコールビールである。決して美味しいものではない、泡はすぐ消えてしまうものだ、と学習した。
お風呂に入ったら、排水溝から水が逆流して驚いた。ビーチサンダルを履けばその水に触らずに済む程度で助かった。
洗濯し、お部屋の冷房がどうしても切れなかったので窓を少しだけ開け、0時くらいに就寝した。
<この日の服装>
Tシャツ、長袖シャツ、ジーンズのスカート
<歩数計>
ヨルダン時間9月21日18時から22日18時まで 11296歩
| 固定リンク
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 奥日光旅行記(2024)の入口を作る(2024.08.12)
- 奥日光旅行記(2024)2日目(2024.08.10)
- プロフィール写真を変える(奥日光2024)(2024.08.05)
- 奥日光旅行記(2024)1日目その2(2024.08.04)
- 「ビバ!還暦 60歳海外ひとり旅はじめました」を読む(2024.07.28)
「*201009ヨルダンとエジプトの始末」カテゴリの記事
- ヨルダン・エジプト旅行記9・10日目(2011.05.03)
- ヨルダン・エジプト旅行記の入口を作る(2011.05.03)
- ヨルダン・エジプト旅行記9・10日目(引っ越しました)(2010.09.26)
- ヨルダン・エジプト旅行記8日目その2(2011.05.02)
- ヨルダン・エジプト旅行記8日目その2(引っ越しました)(2010.09.25)
コメント
rinさま、コメントありがとうございます。
ペトラ遺跡は本当にいいところだったんです!
なので、ヨルダンの情勢が落ち着いたら、ぜひぜひ行ってくださいませ。
私の旅行記では役者不足ですが(しかも、あとちょっとでヨルダンから出国してしまいますが)、rinさんに盛り上がっていただけるようがんばります。
投稿: 姫林檎 | 2011.02.14 22:23
姫林檎さんこんばんは。
ペトラの章、読ませていただきました。
ステキなところですね。
ますます行きたくなってしまいました。
とはいえ、エジプトから飛び火した反政府運動で、ヨルダンも不安定な状態ですね。
催行されていたら6日~でしたから、とんでもないことになっていたかもしれません。
予想外の出来事で、やっとあきらめもつきました。
ペトラに行くのは少し先になりそうです。
姫林檎さんの旅行記を読んで、気分だけでも味わっています。
投稿: rin | 2011.02.14 01:11