千倉旅行記2日目
2012年1月1日(日曜日)
何だか寒い気がしてエアコンを付けっぱなしにしたせいか夜中に喉が渇いてペットボトルのお茶を飲んだりしつつも、ちゃんと、目覚ましをセットした6時前に起きることができた。
窓から外を見ると、星は見えているけれど、でも曇りという感じである。
ここは初志貫徹で行かねばなるまいと起き出して身支度をした。母は「私は行かないから一人で行っていらっしゃい。」と言う。
玄関まで行くと旅館の方が千倉の海水浴場へ行く道を教えてくださった。そこでは、護摩の火を焚いたり潮汁のサービスをしたりしていると言う。
「5時頃に凄い雨が降ったんですよ。今はあがっているようですね。」という旅館の方の言葉通り、道はしっかりと濡れていた。でも、頭上は青空である。
5分ほど歩くと港と砂浜が見えてきた。
千倉の龍光山高徳院のお坊さんがいらして太鼓を鳴らしている。
結界が張られ、護摩の火を焚く準備がされている。青々とした葉っぱがかなり大きく盛られている。
潮汁のサービスがあり、「福あつめ」のためのカゴ(名前が判らない・・・。)や、願い事をして投げ入れるという護摩木などが渡される。
福集めのカゴに入れるよう、11種類(だったと思う)のお守りを販売していた。お財布を宿に置いて来た私は買い求められず、ちょっと残念である。
水平線の辺りは厚い雲に覆われていて、残念ながら海から昇る朝日を拝むことはできなかった。
もし雲がなければ拝めたであろう日の出は6時45分頃で、その時刻にお経が上げられ、火がつけられた。大きな炎が上がる。
地元の方なのか、観光客なのか、数十人が砂浜に集まってきていて、次々と先ほど配られた護摩木を火に投げ入れる。投げ入れながらお願いごとをしてくださいということで、私も平穏を祈りながら護摩木を投げ入れた。
朝日に染まりつつある雲も見える。こうなったら雲の間からでも「今年最初の朝日」を見ようと、そのまま砂浜で待つことにした。
海の向こうを眺めながら待っているとき、ふと見ると、海に水着で入っている男の人がいた。何をしているんだ、この寒空にと思ったら、その人はサーファーだったようだ。ボードに乗って沖に出て行こうとする。
しばらく見ていたけれど、それほどいい波は来ていなかったようで、立って波に乗る姿を目にすることはできなかった。あらら、と思う。
和尚さんが「ご来光です。」とおっしゃったときが私の初日の出である。
雲の間から、確かに2012年最初の朝日を拝むことができた。
何だか清々しい気持ちになる。
しかし、いくら南房総といえども相当に寒い。7時30分くらいまで、少しずつ上がって行く太陽を見ていたけら後でいただこうと思っていた潮汁も終了してしまい、写真を撮ろうと手袋もしていなかった手がかじかんでしょうがなくなってきたので、宿に戻った。
宿に戻ると、フロントで甘酒のサービスがあった。冷えた手と身体に有り難い。
二ついただいて、部屋に戻って母と飲む。甘酒を飲んだのは何年ぶりだろう。ちょっと酸味があって、ぶつぶつしていて、美味しい。
しかし、冷え切った身体を温めるには力不足である。朝食は8時半くらいと言われていたし、まだ間に合うだろうとお風呂に行った。
男女入れ替え制になっていて、昨夜は「石ノ湯」で今朝は「岩の湯」である。こちらの方が広い。7〜8人で入っても大丈夫そうである。お湯に入ると足と手の指先からじんわりと温まって行くのが判る。ゆっくり温まった。
お部屋に戻るとすでにお布団が上げられていて、8時半過ぎに朝食になった。
奥にあるお鍋はお雑煮だ。お雑煮とおせちがあって、その他にごはんやかますの焼き魚などもある。
こんなに食べられるのか? と言いつつ、1月1日だから今日のお昼ごはんは食べはぐっちゃうかも知れないし、二人とも、ごはんも、お餅が2個入ったお雑煮も完食した。結構、ぺろりと食べてしまえるところが不思議である。
朝から海岸に行って寒いところでエネルギーを消費したであろう私はともかく、フジテレビの番組では富士山頂からの初日の出であるダイヤモンド富士を見られた等と言っていた母までが食べてしまったのには驚いた。
10時にチェックアウトし、安房白浜行きバスが10時30分に来るので、それまでラウンジでコーヒーをいただいた。昨日のチェックインの際にいただいたコーヒーサービス券の有効利用だ。
カウンターに座ると、宿のおばあさんがコーヒーを淹れてくださり、テレビの取材が来た話、くじらだれの話、マンボウの身はスポンジの様で時間がたつと溶けてしまう話、少し前まで畑仕事をされていた話、ゴーヤをお味噌汁に入れると美味しい話などなどをしてくださる。
また、安房白浜までバスで行くと言うと「左側に座りなさい。海が見えるから。」と教えてくださった。
バスに乗り込み、教えていただいたとおり左側の座席に座る。
道筋には白間津のお花畑などもあり、まだ少し早いようだけれど、ポピーやキンギョソウ、キンセンカなどが咲いているのが見える。
バス通りは海岸線沿いの道から一本山側に入った道で、海は家々やお花畑の間からちらっと見えたり隠れたりといった感じだ。ぽかぽかと太陽が暖かくて、のんびりとバス旅を楽しむ。
20分ほどで安房白浜に到着した。
安房白浜のバスセンターの近くには、キンセンカの花畑があった。温室でもないのに、結構咲いている。
海の方にも行ってみたかったけれど、バスの待ち合わせが20分ほどしかなかったので諦める。ここでバスに乗り遅れると大変だ。
11時9分発のJRバス関東の館山駅行きのバスで(ちなみに、このバス区間も南房総フリー乗車券で乗ることができる)安房神社に向かった。
運転手さんは「初詣の車で混雑しているので遅れるかもしれません。」と言う。館山方面からの道は大渋滞だったけれど、安房白浜からの道は全く混んでおらず、時間通りに到着することができた。
宿の方も「この辺りでは一番大きい」とおっしゃっていた安房神社である。
駐車場に入る車は大渋滞だった一方、中に入ってしまえばそれほど混雑しておらず、3〜4人分を待つだけでお参りすることができた。
再び、2012年の平穏をお願いする。
神社に母とお参りしたときの恒例でおみくじを引く。二人とも「中吉」だった。しかし、どうも今ひとつ、個別のお達しの内容がよろしくない。かなり精進が必要な1年になるらしい。二人ともおみくじは大切に結んだ。
また、初詣で混雑するせいか社務所が閉まっていたので珍しく用意周到に持っていたご朱印帳に御朱印をいただくのは諦めた。その代わり、二人おそろいで勾玉のお守りをいただく。
安房神社のお隣に、千葉県立館山野鳥の森という施設があった。
母は鳥好きだし植物好きなので気になっていたようだし、1本バスを遅らせて周遊コースを回って施設の見学をする? と聞いてみると「そこまではしなくていい。」と言う。ここで売っていた木細工の干支のストラップが可愛かったので購入し、当初予定通り、1時間後の12時27分のバスで館山駅に向かった。
安房神社前のお店は流石に初詣客を見込んでか1月1日から営業していたけれど、「朝遅かったし、たくさん食べたし、まだお腹は空いていないね。」と意見が一致した。
館山駅に到着し、「お腹もいっぱいだし、お昼ごはんはパスしてイチゴ狩りに行ってみよう。」と相談がまとまった。
JRの駅で配っている「JR東日本 小さな旅」という冊子に、富浦駅から徒歩15分で道の駅とみうら 枇杷倶楽部があり、そこでは1月1日からイチゴ狩りをやっていると書いてある。
慌てて13時1分発の内房線に飛び乗った。
「誰も歩いていないね。」と言い合いながら富浦駅から歩くこと15分で枇杷倶楽部に到着した。
ところが、どうにもいちごを栽培していそうなハウスが見つからない。「お魚を見る。」と言う母を残してうろうろと探した結果、ハウスは見つかったけれど、同時にハウスの入口に「本日は予約のお客様のみとさせていただきます」という張り紙も見つかった。
残念。
ハウスの中にいた方に「持ち帰り用の販売もありませんか?」とお聞きしたところ「それも終わってしまいました。」というお返事で、元旦からイチゴ狩りをするという夢は生まれて1時間ほどで潰えた。
次回からは、もう少し周到に計画を練ろうと反省する。
せっかくここまで来たのだし、駅からここまで食事ができそうなお店も見当たらなかったし、枇杷倶楽部のカフェに入った。テラス席は流石に寒そうだったので、室内の窓際の席にしていただく。混んでいるけれど、落ち着ける感じのカフェだ。
パスタやカレーもあったけれど、それほどお腹が空いていなかったので、母はホットケーキとコーヒー、私はベイクドチーズケーキとびわジュースをいただいた。
そのまま、カフェの隣にあるお土産物のコーナーに行く。
やはりびわ関連の商品が多い。そして、美味しそうである。枇杷の葉の入浴剤や枇杷ゼリーなどを買い込もうとしたとき、かなり大きな揺れを感じた。
地震である。
コンクリート打ちの梁にスポットライトのような照明が付けられていて、それがガチャガチャと音を立てている。
棚の物が落ちた様子はなかったし、お店の方がすぐ「津波の心配はないそうです。」と言ってくださったので、店内はすぐに落ち着きを取り戻す。
でも、びっくりした。
その後「食べなかったら後悔するよね。」「でも少し寒くなったね。」と言い合い、母と二人で一つびわソフトクリームを食べ、駅に戻った。
予想通り、電車が遅れている。
15時20分発の各駅停車に乗ろうと思って駅に戻ったら、15時10分発の特急が遅れて入線していた。10分弱の遅れだろう。特急に乗ろうか一瞬迷ったけれど、駅員さんに「特急は全然速くないよ。速度規制がかかっているから。」と言われ、それならと当初予定通り各駅停車を待つことにした。
その各駅停車は30分ほど遅れてやってきて、でも富浦の駅に着く頃には速度規制も解除されていたようだ。
その後は順調に走り、20時前には家に帰り着くことができた。
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