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2012.01.31

ツアーのキャンセルが出たという連絡が来る(蔵王)

 まだ私が職場にいるうちに、旅行会社から、キャンセル待ちをしていたツアーに空きが出た旨の連絡が入ったそうだ。
 電話を受けたのが母なので、今ひとつ内容がはっきりしない。この後どうすればいいかもはっきりしない。とにかく、ネットで手続きをしてもいいし、コールセンターに電話してもいいという話だったという。

 2つのコースに2つの日程で、計4コースのキャンセル待ちをしていたのだけれど、そのうち空きが出たのは1つだという。
 ツアー内容をもう一度確認し、母も「こちらの方がいい」と言うので、そのまま申し込みをすることにした。

 ただ、旅行会社のサイトを再度見たのだけれど、キャンセル待ちをするところまでは判りやすかったのだけれど、キャンセルが出た後でどうすればいいのかがよく判らないし、「よくある質問」にも載っていない。
 空きが出たというツアーの詳細画面を開くと、旅行代金を決済してくれという指示は出ているものの、表示は「キャンセル待ち」のままだし、しかも、2人で申し込んだのに4人申し込んだことになっているし、でも旅行代金は2人分しか請求されていない。

 色々と不安もあったのだけれど、こういうときに待てしばしができないのが私である。
 とっとと決済してしまい、明日、コールセンターに電話して確認することにした。ついでに、この後の手続きも確認しなければと思っている。

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2012.01.25

オーロラツアーに申し込む(イエローナイフ)

 2011年から2012年の冬にかけて、オーロラが極大期を迎えるということは、旅行会社の宣伝もあって知っていたので、昨年末辺りから見に行きたいなと思っていた。
 しかし、年度末というのは、たとえその時期に特に仕事が立て込むというのではなくても、なかなか休暇を取りにくいものである。

 でも、今年はどうも仕事が落ち着いている。というよりは、落ち着き過ぎている。
 行くなら今年しかないのではという気持ちになり、オーロラツアーに申し込んだ。

 オーロラを見に行くなら次はイエローナイフだと決めていた。
 イエローナイフは現地での受け入れ態勢が万全なので、行き帰りの足と宿さえ確保できれば問題ない。2名催行の往復の足と宿、現地発着のオーロラツアーを組み合わせたような形で行こうかと思っていたのだけれど、調べてみると、こうしたツアーは一人部屋料金(要するに、一人しか申込みがなくても催行する場合の料金ということになってしまうのだと思う)が異常に高い。
 それならばと、添乗員同行の完全パックツアーに申し込んだ。

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2012.01.21

ツアーのキャンセル待ちを申し込む(蔵王)

 昨年(2011年)から、母が「蔵王の樹氷を見たい」と言っていた。
 昨年は妹が出産のためにこの時期我が家に滞在していたこともあって見送ったのだけれど、昨日、新聞で樹氷が見頃になったという記事を見かけ、今年こそは決行しようという話になった。

 ところが、当然のことと言おうか、すでに樹氷を見に行くツアーは満席・キャンセル待ちばかりである。
 いくつもツアーがあるうちから、ライトアップが見られることと、雪上車に乗れること、その他の観光等は特に必要ないこと等を条件にいくつかキャンセル待ちを申し込んだ。

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2012.01.16

大阪・京都旅行記の入口を作る

深呼吸する惑星 ここは大阪・京都旅行記への入口である。
 以下の日程をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。


 この1泊2日の旅行にかかった費用は、約4万円だった。ここには、交通費、宿泊費、拝観料、食事代が含まれているが、芝居のチケット代、お土産代、御朱印をいただいたお金は含まれていない。


1日目 2011年12月24日(土曜日)


2日目その1 2011年12月25日(日曜日)


2日目その2 2011年12月25日(日曜日)


 


 持ち物リスト(大阪・京都編)

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大阪・京都旅行記2日目その2

2011年12月25日(日曜日)


 9時30分ころに智積院を出発し、ぶらぶら歩いて10時前には東福寺の仁王門に到着した。
 「東福寺」バス停の辺りから左に入ればいいことは何となく判っていたし、実際に仁王門や北門にはすぐ到達できたけれど、その先が判らない。住宅街の横にある駐車場にぽつんと仁王門と北門があって、門をくぐってもその先はやはり住宅街という感じだ。
 しばらくウロウロし、ちょうど町内会でお餅つきをしている方々がいらしたので、「すみません、東福寺はどこですか?」とお聞きすると、「突き当たりを右に曲がってずっと行くとあるから。」と教えてくださった。


 教えてもらったとおりに歩いてもまだ住宅街っぽい。ただ、四本線の塀があったのでさっきよりはお寺らしい。うろうろきょろきょろしながら歩いて、臥霊橋に何とか辿り着くことができた。
 紅葉や雪の季節に、この橋から通天橋を見上げて撮った写真が東福寺のいわば「売り」の景色である。
 今は12月も末だからもみじなどほとんど落ちてしまっている。


通天橋 写真を撮っていると、地元の方らしい男性に声をかけられた。「まさか紅葉を撮りに来たんじゃないでしょう?」と半ば呆れた感じである。気持ちは判る。
 「天気予報を見て、雪景色が見られるかと思ったんです。」と答えると、この辺りで雪が積もるのは年に1日か2日だとおっしゃる。確かに、今日だって、天気予報は雪だと言っていたし、丹波地方には大雪警報が出ていたけれど、青空は望めないものの雨が降りそうな雲行きではない。
 あまりの私の間抜けさ加減に毒気を抜かれたのか、「この辺りから撮ればいいんだよ。」と教えてくださった。また、今年の紅葉はあまり綺麗にならなかったというお話も聞いた。赤く色づく前に枯れてしまったそうだ。


 あまりにも何も知らずに来てしまった私に、その方はそのまま東福寺を案内してくださるとおっしゃる。有り難く付いていくことにした。
 東福寺は、紅葉の時期はともかくとして、それ以外の時期に来るのは何らか目的がある人が多いという。何かなければ来ないお寺だとまでおっしゃる。それで、どうして東福寺に来たのかと問われ、お庭が見たかったからと答えると納得されたらしく、それなら方丈は最後に行こうと言ってくださった。


天井画 最初に向かったのは本堂である。中には入れないけれど、格子の間からご本尊をお釈迦様を拝むことができる。
 「あそこにご本尊があるでしょう?」、「はい。」、「そのまま上を見てみ。」、「おー!」
 思わず声を上げてしまった。本堂の天井には大きな龍の絵が描かれている。こうやって色々な方を驚かせて来たのだろう。格子を覗き込んだまま叫んだので、本堂内に私の叫びが響き渡った。
 この龍の絵は堂本印象氏の作だそうだ。私も誰かにこうやって紹介したいものである。


三門 本堂からぐるっと回って、三門の正面から本堂を望む場所に立った。
 「1分待てば人はいなくなる。写真を撮るなら待たなくちゃ。」と言われたのにその1分が待てず、シャッターを押してしまう。三門の見事な木組みが見える。そして、(負け惜しみだけれど)人と比べることで本堂や三門の大きさもよく判る。
 三門についてもっと教えていただいたことがあったのに、思い出せないのが悔しい。


東司 次に向かったのは、東司だった。「東司って何だか判る?」と聞かれた。これは永平寺に行ったときに覚えた。お手洗いである。
 東福寺の東司が重要文化財に指定されているのは、室町時代という古い時代のもので、この大きさだからだ。この大きさでこの古さで現在まで残っているものはそう多くはないらしい。
 100人からの用が足りたというお話で、禅宗のお寺は修業場所だから、修行中の小僧さんがそれくらい大勢いたということになる。そちらの方が驚きである。
 奥の方に使用法の解説というか、使用していた当時の様子を描いた絵があった。


偃月橋から即宗院 東福寺の一番奥に偃月橋という橋がある。通天橋、臥雲橋とともに東福寺三名橋と呼ばれている。
 本堂のさらにその奥だし、臥雲橋から見上げた通天橋があまりにも有名だし、この橋を渡っても龍吟院、即宗院という二つの塔頭があるだけで即宗院は現在後継者がいなくて閉められたままだということだし(写真は門の隙間から撮ったものである)、この辺りまでくると人気はほとんどない。
 紅葉の隠れスポットと言えるだろう。
 また、橋そのものもなかなか風情のある、屋根付きの橋である。


 「通天橋は、紅葉の時期じゃなければ渡っても楽しくない」とおっしゃる。つまりはお金を出してこの冬枯れの時期に渡ってもつまらない、というご忠告に従い、方丈に向かう。
 この方は「じゃ、拝観料を払ってここから入るんだよ。」とおっしゃって、そのまま行ってしまった。
 (ここで書いても伝わらないかも知れないけれど、改めまして、色々とご案内いただき、教えていただいてありがとうございました!)


 東福寺の方丈庭園は重森三玲の作庭で、四周に庭園をめぐらせた庭園はこの方丈庭園のみで、八相の庭と名付けられている。その意味するところは私には残念ながら判らない。


東庭北庭


 ただ、やはり昭和の時代に入ってからの作庭ということで、感覚は現代的だと思う。
 入ってすぐ、右側の東庭には東司で使っていたという柱石の余材を北斗七星に並べ、その回りを石庭が取り囲んでいる。というよりも、石庭の中に柱石で北斗七星を表現している。
 この北斗七星を持ってくる、余材を使うというのが現代っぽい気がする。
 また、後方の生け垣が天の川に見立てられているというところも、現代的だと思う。


 私が一番見たいと思っていたのは、石と苔で市松模様が造られた北庭である。
 これこそ現代的なデザインという感じがする。冬で苔(ウマスギゴケという苔である)の元気がなかったらイヤだなと思っていたら、とんでもなく元気な苔で、石を覆い隠さんとばかりに丈高くなっていた。
 イサム・ノグチは、この庭を「モンドリアン風の新しい角度の庭」と評したそうだ。


 サツキの時期には濃いピンクとのコントラストが楽しめるし、もう盛りは過ぎているけれど紅葉の時期には赤く色づいた葉とのコントラストが楽しめる。
 また、そうした「盛り」の時期に来てみたいと思うけれど、そうするときっとこの方丈も大混雑しているだろうと思うと怯んでしまう。


 方丈の入口で御朱印がいただけるか聞いてみたところ、「和尚は24日までしかこちらにいらっしゃいません。」というお答えだった。つまり、東福寺では12月24日までの午前中に行けば、和尚自らがその場で御朱印を書いていただけるらしい。これってかなり良心的というか、珍しいことのように思う。
 和尚さんがいらっしゃらないときは、方丈ではなく、通天橋の入口で御朱印の受付をしており、ハンコを押す場合は300円、和尚手書きの御朱印に日付をいれていただくと500円だった。もちろん、手書きの方をお願いした。これはあとで御朱印帳に貼ればよい。


 御朱印には「大佛寶殿」と書かれている。
 東福寺の命名が元々「洪基を東大寺につぎ、盛業を興福寺にとる」より「東福寺」と称し、佛殿に約15mの高さのご本尊(釈迦如来)を安置したことから、「新大仏寺」とも称されたことによる、らしい。
 また、東福寺の藤色の紋は、「九條家下り藤」だということだ。
 書いていてもよく判らないけれど、そういう説明書きが御朱印とともに渡された。


 東福寺を後にしたのは11時前だった。
 さてこの後はどうしようかと思って歩いていると、「霊雲院」という塔頭でお庭を公開しているという立て看板を見かけ、何となく立ち寄った。


遺愛石 流石に人は少ない。
 この塔頭の最大の特徴というか売りは、お庭の真ん中に据えられた「遺愛石」らしい。
 「遺愛石」は、縁の和尚が霊雲院の住職となる際に、細川忠利(肥後藩主)から五百石の寺産を贈られたのに対して、それは参禅の邪魔になるので庭の貴石を賜りたいと申し出たところ贈られたものだという。
 素養に欠ける私には「だから何なんだろう?」という由来だ。とにかく、この遺愛石を須弥山に見立て、取り囲む白砂が九山八海を表しているそうだ。
 由来はともかく、人が少ないこともあって、ずっと座って眺めていられるお庭だった。


20111225_112547 こちらのお庭は「臥霊の庭」である。「臥霊橋」と関係があるのかないのか、そもそも臥霊の意味が判らない私には、推測のしようもない。
 赤い砂で砂紋が描かれているのは珍しいと思ったら、これは鞍馬の砂で、雲が太陽に照らされて赤く輝いた様を表しているらしい。
 それほど広い面積ではないけれど、インパクトのあるお庭だった。
 そうやってお庭を眺めていたら、どんどん手がかじかんできた。陽も差さなくなり、かなり冷える。30分くらいで切り上げた。


 再びバス停を探して歩いていたら、京阪東福寺駅にたどり着き、電車で京都駅に出た。
 北野天満宮まで行ってお昼にするか、京都駅でお昼にするか迷い、終い天神の日に北野天満宮の近くでごはんを食べようとしたらもの凄く混雑しているのではないかと待っていても寒くない駅ビルに入った。
 向かったのは、京のおばんざい 京百菜である。


豆腐メインのおばんざいセット 豆腐メインのおばんざいセット(1680円)を注文した。
 湯豆腐・お造り・おばんざいビュッフェ・ご飯・吸物のセットである。
 おばんざいビュッフェは、文字通り、京都のおばんざいが10種類くらい大皿に並べられていて取り放題だ。
 まだお腹が空いていないよと思いつつ、ぐじ南蛮漬けや青菜と京揚げの炊いたん、出し巻き玉子にゆず大根など色々と少しずついただいた。
 また、このビュッフェには、何故かかりんとうがあった。そして、美味しい。
 帰り際、レジに置いてあった平田製菓のかりんとう2種類のうち生姜かりんとう(380円)をお土産に買い求めた。


 13時30分過ぎのバスに乗り、北野天満宮に向かった。終い天神に行ってみたかったのである。
 バスも混んでいるし、北野天満宮に近づくにつれて道も混んできたし、30分ほどで到着した北野天満宮では京都駅方面に向かうバス停が大混雑していた。


終い天神 やはり終い天神はかなりの人出だった。
 いつもは駐車場になるだろう場所にも屋台が出ている。
 いわゆる骨董のようなものも多いし、注連飾りなどのお正月用品、どんこや干し柿、千枚漬けなど「京都らしい」食べ物も売られている。何故か射的が大人気なのが不思議な感じである。
 それでも「とても歩けない」というほどの混雑ではない。天満宮の境内自体も広いし、意外とすんなりお参りすることができた。
 祝い箸や大福梅、守護縄などもいただけて、とても嬉しい。


北野天満宮 お参りした後、終い天神の縁日をそぞろ歩きした。
 ラッカー等を使わずに仕上げたという木製の自動車のおもちゃを甥っ子へのお年玉代わりに買い求める。
 おじさんに「その車はドアが開くんだよ。「違う木を組み合わせてぴったりのカーブにするのがおじさんの技なんだよ。」という売り込まれ、あっさり陥落した。


 更にうろうろして、伏見稲荷の近くあるという「ちりめん山椒 庵 an」のちりめん山椒も購入した。うす口とこい口があって、こい口はうす口の3倍のお醤油を使っているというお話だったと思う。女将さんの「でも美味しいものって味が濃いものだったりするのよね。」という売り文句にはその通りだと思いつつ、試食をさせてもらってうす口を選んだ。
 冷蔵庫に入れて、そうすると乾燥してしまうのでジップロック等にしまってね、という注意もいただいた。


 そして、もう一つ、同じく伏見にあるという三源庵の丹波大納言抹茶ロールカステラを購入した。
 伏見に工場があり、通常は通信販売のみで、縁日等々に出店するという。北野天満宮には初出店だというお話で、だからなのか、通常は1470円だというロールカステラを1000円で販売しています、抹茶味はあと2本です、と売り込みが上手い。
 生地に白あんを練り込んであるのでしっとりしています、日持ちします、という更なる売り文句にとうとう負けて購入した。


 15時半過ぎに満員のバスに乗り込んだ。京都駅付近の渋滞で40分くらいかかったものの、思ったよりもスムーズに駅に戻ることができた。
 帰りの新幹線で夕食を食べようと思い、17時30分過ぎの新幹線の指定席を押さえた。来たときはガラガラだったのに、上りの新幹線は軒並み混雑していて、窓際の席を取ることはできなかった。


 伊勢丹の地下に移動し、まずお漬物を購入する。
 いつだったか、楽味京都の千枚漬けと半割大根ごまを購入してから、このお店のファンになった。今回もこの二つは外せない。
 夕食を探して更にうろつく。売り切れになっているお弁当も多い。昼過ぎに京都駅に戻ってきていたのだからそのときに予約してしまえば良かったと反省する。
 鯖寿司が食べたいけれど、いわゆる棒寿司になったものは滅法お高い。それもどうなのと逡巡した末、ケチケチ精神が発揮されて、鮮魚売場の鯖寿司を680円也で購入した。


 宿から駅に送っておいた荷物を受け取り、新幹線乗り場に向かう。
 ホームに上がる前に、「ここが最後」という感じでお土産物屋さんが並んでいる。その中に、伊勢丹地下では行列が出来ていて買えなかったけど鮮やかなグリーンが気になっていた京都北山 マールブランシュの「お濃茶ラングドシャ茶の菓」を発見し、「京都限定」の文字に釣られて購入した。
 あとで友人に教えてもらったところでは、JR京都伊勢丹の中にカフェもあって、なかなか良い感じだそうだ。次に京都に行く機会があったらぜひ行ってみようと思う。


 ほぼ満席の新幹線の車内でそそくさと鯖寿司を食べ、北野天満宮の前にあるとようけ茶屋でデザートにプリンを買ってくれば良かったなと思った。


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2012.01.15

大阪・京都旅行記2日目その1

2011年12月25日(日曜日)

 昨日チェックインしたとき、翌朝は6時30分からのお勤めに参加していただくので15分前にはロビーに集合してくださいとお話があった。
 目覚ましを5時30分にかけて、「寝坊したらどうしよう」と少し緊張していたら何のことはない、宿泊者は全員参加で、5時45分に起床を促す館内放送が入った。これなら寝過ごすことはあるまい。
 6時にはお寺の鐘も鳴らされていた。

 宿泊者全員20人弱が集合し、お坊さんの先導で金堂に向かう。「来たときの服装で参加できます。」という説明だったし、何しろまだ夜も明けきっていない暗い空である。コートを着込んだ。
 正面の階段を回り込んだ地下から金堂に入る。靴を脱ぎ、中の階段を上がると、いつもお参りするところから見える広い畳敷きの空間が広がっていた。正座がきつい方には椅子も用意してありますということで、宿泊者ではない、でも朝のお勤めに参加を希望したのだろうお嬢さん方が既に椅子に座って待っていらした。
 赤い毛氈に座り、ここでも「40分くらいありますし、足を崩して結構です。」と声かけがある。まあ大丈夫だろうと正座した。

 次々とお坊さんが現れて所定の位置に座って行く。その「座につく」際にもお作法があるようだ。
 何がきっかけだったか、先導役のお坊さんが決まっているようで、その方のリードで勤行が始まった。
 20人弱の僧侶が一斉にお経を唱える。ところどころ、「一斉」ではないように感じたけれど、それは、モンゴルのホーミーの影響も受けているという発声のためにそう聞こえたのかも知れない。
 全く素養のない私だけれど、しんと冷たい空気の中、朗々と響く声明を聞いていると、心地良いような厳粛なような、何ともいえない気持ちになる。思わず集中して、そのほんの少しの時間、無心になれたようにも思う。

 途中、先導してくださっている方から「順番にご焼香ください。」という案内があって、お焼香をした以外は、声明に聞き入った。
 お焼香の正しい作法がよく判らないので、私はかなりぞんざいにしてしまったように思う。せっかくの機会に教えていただけばよかったと思う。

 40分くらいの勤行の後、一度外に出てお隣の明王殿に移動すると、僧侶の方々はもう既に座についてお経をあげていらした。
 護摩の火が大きく焚かれている。室内で焚かれているのを見たのは初めてだ。
 火の存在のせいか、こちらは15分くらいと短い時間だったけれど(でも、やはりお焼香させていただく時間はあった)、また違った緊張感を味わえた。
 両方併せて1時間強がとても短く感じた。
 そして、朝のお勤めに参加させていただいて、とてもいい体験ができたと感じる。終わりに、護摩の火で**した(覚えていない・・・。清めた、ではなかったような・・・。)お守りをいただいて、こちらも嬉しかった。

庭園とお菓子 お勤めの後は、お庭と長谷川等伯の絵を案内していただける。7時30分にはなっていただろうか。
 残念だったのは、工事中でお庭の池の水が全て抜かれていたことだ。座敷でお庭に向いて並んで座り、お茶とお菓子をいただきながら説明をお聞きした。
 このお菓子は足が早くてすぐに湿気てしまうのでどうぞお食べください、と案内のお坊さんが言う。
 このお菓子が軽くて美味しかったので売っていたら買って帰ろうと思ったら、やはり「足が早い」ためか智積院会館の売店に見当たらなかったのが残念である。
 「記念」の封筒には、智積院の案内やお仏壇の拝み方の案内などが入っていた。

庭園 庭園は「利休好みの庭」と伝えられている。「利休好み」とは、「利休が好んだ」ということではなく「利休が好んだだろう」という意味だという。
 智積院の「元」は、幼くして亡くなった鶴松の菩提を弔うために豊臣秀吉が建立した祥雲禅寺である。だとするとこのお寺を利休が作った可能性もあるのかなと思ったけれど、そういう訳ではないらしい。
 お庭の一部は祥雲禅寺時代に造られたそうで、自然石と刈り込みによって造られている。
 橋のたもとにある石は、僧侶が手を合わせている形に見えることから羅漢石と言われている。

 お庭の山は中国の山を模しており、また、池も長江をイメージしている。
 水が抜かれてしまっているので判らないけれど、池の底は常に水が濁るようにしてあって、長江を思わせるのと同時に、濁った水に植え込みが映り込む工夫ともなっている。つつじの花の季節には綺麗だろうと思うし、実際、訪れる人も多いという。

桜図と楓図 お庭を望むお部屋には、元々は長谷川久蔵の「桜図」と長谷川等伯の「楓図」、「松に立葵図」などの障壁画があったそうだ。しかし、池の端にあるお部屋ということで湿気による傷みが激しく、今はそれらの絵は収蔵庫に移して保管しているという。
 その代わり、同じ位置にレプリカがあって、描かれた当時の様子が再現されている。「そうか、描かれたばかりの頃は、こんなに金ぴかだったのか」などと思う。「本物は後ほど見ていただきますので、よく覚えておいて見比べてみてください。」と促された。

大書院 お庭の後は、大書院の各お部屋にある襖絵などを拝見しつつ、収蔵庫に向かった。
 智積院の講堂には、東京芸術大学の副学長であった田渕俊夫画伯から奉納された襖絵がある。日本の春夏秋冬をテーマに描かれた墨絵で、本当に墨だけで描かれ、しかも、いわゆる輪郭線は一切描かれていない。
 そう聞くとやはり圧巻は「枝垂れ桜」の図でだ。
 案内のお坊さん曰く「こちらの絵も墨だけで描かれていますが、薄桃色に見えるとおっしゃる方がいらっしゃいます。田渕先生は、それは日本人にとって桜の色形のイメージが非常に強いことからそう見えてくるのではないかとおっしゃっていました。今、薄桃色に見えるという方は非常に想像力豊かな方ということになりましょう。」と笑いを誘っていた。
 また、杉林の朝と夕を描いて向かい合わせにその襖を置いたお部屋では、この二つの絵に描かれた杉林の枝振り等々は全く同じだという説明もあった。下絵をOHPで写して、それをなぞって描いたそうだ。

 最後に訪れたのは収蔵庫である。
 長谷川等伯・久蔵父子の描いた障壁画がここに収められている。
 壁一面、長谷川等伯・久蔵父子の描いた障壁画というのは圧巻である。
 松に立葵の図は、豊臣を象徴する松が、徳川を象徴する葵を従えている、見下ろしている、覆い被さるように圧倒しているという意味も込められていたのではないかというお話や、長谷川久蔵が若くして亡くなったのは当時ライバルだった狩野派による暗殺だったのではないかと言われるくらい等伯をしのぐ才能を謳われていた人だったというお話を聞くと、芸術と政治というのは、特に残るようなあるいは残された作品であればあるほど切り離せないものなのかも知れないと思う。
 宿泊者限定という(なので、これは内緒です、というお話があったので具体的には書かないことにする)幻想的な様も拝見させていただいた。いいものを見た、という気持ちになる。

朝食 8時15分過ぎ、全員が集まって朝食になった。
 寒い中を歩いたし、起き出してから3時間近く経つのでお腹はぺこぺこである。実は、お勤めに行く前にお茶を飲んで、お部屋にあったお菓子をいただいたけれど、それでもやっぱりお腹は空いていた。
 温かくて美味しい湯豆腐がとても嬉しい。
 あっという間にぺろりと全て平らげた。

 お部屋に戻って荷造りをし、9時過ぎにチェックアウトする。
 お支払いはチェックインのときに済んでいるので、鍵を返し、JR京都駅キャリーサービスの利用をお願いする。京都市内の宿泊施設で10時までに依頼すれば、14時から20時まで京都駅で荷物を受け取れるというサービスである。1個750円だ。
 考えてみたら、この日のうちに自宅に帰るのなら、京都駅までキャリーサービスで送らず、自宅に宅急便で送っても同じくらいのお値段(750円)だったんじゃないかと思うけれど、とにかく身軽に出発できるのが魅力だ。

智積院 朝はまだ暗くて智積院の外観を全く見ていなかったので、まずは一通り歩いた。
 天気予報は雪だったけれど、結構、青空が広がっている。
 入口近くに拝観受付所があって、そこで御朱印をいただく。私のご朱印帳は伊勢神宮で買い求めたもので、最初の方は内宮や外宮の御朱印が並んでいる。受付の方がぱらぱらとめくって、「印と日付しかない」とボソっとおっしゃっていたのが可笑しかった。
 やはり、お寺と神社では御朱印の意味するところが違うのかも知れない。

 ついでに、この辺りで「ぜひ行っておいた方がいいところ」がありますかと尋ねたところ、京都はあり過ぎてお勧めと漠然と言われてもとても挙げられないとおっしゃる。
 なるほど。
 この辺りは豊臣秀吉縁のお寺が多いし、来年の大河ドラマの主人公平清盛に関連するお寺なども京都には多いから、これからはそういうところが流行るのではないかという。
 「東福寺に行こうと思います。」と言うと、「それなら、この道を下って30分くらいで歩いて行けるよ。」と教えてくださった。

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2012.01.08

千倉旅行記の入口を作る

水仙 ここは母と年越しに出かけた千倉旅行記への入口である。
 以下の日程をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。


 1泊2日、1人当たりの費用は約2万円だった。ここには、交通費、宿泊費、食事代が含まれているが、お土産代や初詣でいただいてきたお守り等々は含まれていない。


 1日目 2011年12月31日(土曜日)


 2日目 2012年1月1日(日曜日)


 


 持ち物リスト(千倉編)

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千倉旅行記2日目

2012年1月1日(日曜日)


 何だか寒い気がしてエアコンを付けっぱなしにしたせいか夜中に喉が渇いてペットボトルのお茶を飲んだりしつつも、ちゃんと、目覚ましをセットした6時前に起きることができた。
 窓から外を見ると、星は見えているけれど、でも曇りという感じである。
 ここは初志貫徹で行かねばなるまいと起き出して身支度をした。母は「私は行かないから一人で行っていらっしゃい。」と言う。
 玄関まで行くと旅館の方が千倉の海水浴場へ行く道を教えてくださった。そこでは、護摩の火を焚いたり潮汁のサービスをしたりしていると言う。


ご祈祷 「5時頃に凄い雨が降ったんですよ。今はあがっているようですね。」という旅館の方の言葉通り、道はしっかりと濡れていた。でも、頭上は青空である。
 5分ほど歩くと港と砂浜が見えてきた。
 千倉の龍光山高徳院のお坊さんがいらして太鼓を鳴らしている。
 結界が張られ、護摩の火を焚く準備がされている。青々とした葉っぱがかなり大きく盛られている。
 潮汁のサービスがあり、「福あつめ」のためのカゴ(名前が判らない・・・。)や、願い事をして投げ入れるという護摩木などが渡される。
 福集めのカゴに入れるよう、11種類(だったと思う)のお守りを販売していた。お財布を宿に置いて来た私は買い求められず、ちょっと残念である。


点火 水平線の辺りは厚い雲に覆われていて、残念ながら海から昇る朝日を拝むことはできなかった。
 もし雲がなければ拝めたであろう日の出は6時45分頃で、その時刻にお経が上げられ、火がつけられた。大きな炎が上がる。
 地元の方なのか、観光客なのか、数十人が砂浜に集まってきていて、次々と先ほど配られた護摩木を火に投げ入れる。投げ入れながらお願いごとをしてくださいということで、私も平穏を祈りながら護摩木を投げ入れた。


朝日に染まる雲 朝日に染まりつつある雲も見える。こうなったら雲の間からでも「今年最初の朝日」を見ようと、そのまま砂浜で待つことにした。
 海の向こうを眺めながら待っているとき、ふと見ると、海に水着で入っている男の人がいた。何をしているんだ、この寒空にと思ったら、その人はサーファーだったようだ。ボードに乗って沖に出て行こうとする。
 しばらく見ていたけれど、それほどいい波は来ていなかったようで、立って波に乗る姿を目にすることはできなかった。あらら、と思う。


ご来光 和尚さんが「ご来光です。」とおっしゃったときが私の初日の出である。
 雲の間から、確かに2012年最初の朝日を拝むことができた。
 何だか清々しい気持ちになる。
 しかし、いくら南房総といえども相当に寒い。7時30分くらいまで、少しずつ上がって行く太陽を見ていたけら後でいただこうと思っていた潮汁も終了してしまい、写真を撮ろうと手袋もしていなかった手がかじかんでしょうがなくなってきたので、宿に戻った。


 宿に戻ると、フロントで甘酒のサービスがあった。冷えた手と身体に有り難い。
 二ついただいて、部屋に戻って母と飲む。甘酒を飲んだのは何年ぶりだろう。ちょっと酸味があって、ぶつぶつしていて、美味しい。
 しかし、冷え切った身体を温めるには力不足である。朝食は8時半くらいと言われていたし、まだ間に合うだろうとお風呂に行った。
 男女入れ替え制になっていて、昨夜は「石ノ湯」で今朝は「岩の湯」である。こちらの方が広い。7〜8人で入っても大丈夫そうである。お湯に入ると足と手の指先からじんわりと温まって行くのが判る。ゆっくり温まった。


朝食朝食


 お部屋に戻るとすでにお布団が上げられていて、8時半過ぎに朝食になった。
 奥にあるお鍋はお雑煮だ。お雑煮とおせちがあって、その他にごはんやかますの焼き魚などもある。
 こんなに食べられるのか? と言いつつ、1月1日だから今日のお昼ごはんは食べはぐっちゃうかも知れないし、二人とも、ごはんも、お餅が2個入ったお雑煮も完食した。結構、ぺろりと食べてしまえるところが不思議である。
 朝から海岸に行って寒いところでエネルギーを消費したであろう私はともかく、フジテレビの番組では富士山頂からの初日の出であるダイヤモンド富士を見られた等と言っていた母までが食べてしまったのには驚いた。


 10時にチェックアウトし、安房白浜行きバスが10時30分に来るので、それまでラウンジでコーヒーをいただいた。昨日のチェックインの際にいただいたコーヒーサービス券の有効利用だ。
 カウンターに座ると、宿のおばあさんがコーヒーを淹れてくださり、テレビの取材が来た話、くじらだれの話、マンボウの身はスポンジの様で時間がたつと溶けてしまう話、少し前まで畑仕事をされていた話、ゴーヤをお味噌汁に入れると美味しい話などなどをしてくださる。
 また、安房白浜までバスで行くと言うと「左側に座りなさい。海が見えるから。」と教えてくださった。


 バスに乗り込み、教えていただいたとおり左側の座席に座る。
 道筋には白間津のお花畑などもあり、まだ少し早いようだけれど、ポピーやキンギョソウ、キンセンカなどが咲いているのが見える。
 バス通りは海岸線沿いの道から一本山側に入った道で、海は家々やお花畑の間からちらっと見えたり隠れたりといった感じだ。ぽかぽかと太陽が暖かくて、のんびりとバス旅を楽しむ。
 20分ほどで安房白浜に到着した。


キンセンカ 安房白浜のバスセンターの近くには、キンセンカの花畑があった。温室でもないのに、結構咲いている。
 海の方にも行ってみたかったけれど、バスの待ち合わせが20分ほどしかなかったので諦める。ここでバスに乗り遅れると大変だ。
 11時9分発のJRバス関東の館山駅行きのバスで(ちなみに、このバス区間も南房総フリー乗車券で乗ることができる)安房神社に向かった。
 運転手さんは「初詣の車で混雑しているので遅れるかもしれません。」と言う。館山方面からの道は大渋滞だったけれど、安房白浜からの道は全く混んでおらず、時間通りに到着することができた。


安房神社 宿の方も「この辺りでは一番大きい」とおっしゃっていた安房神社である。
 駐車場に入る車は大渋滞だった一方、中に入ってしまえばそれほど混雑しておらず、3〜4人分を待つだけでお参りすることができた。
 再び、2012年の平穏をお願いする。
 神社に母とお参りしたときの恒例でおみくじを引く。二人とも「中吉」だった。しかし、どうも今ひとつ、個別のお達しの内容がよろしくない。かなり精進が必要な1年になるらしい。二人ともおみくじは大切に結んだ。
 また、初詣で混雑するせいか社務所が閉まっていたので珍しく用意周到に持っていたご朱印帳に御朱印をいただくのは諦めた。その代わり、二人おそろいで勾玉のお守りをいただく。


 安房神社のお隣に、千葉県立館山野鳥の森という施設があった。
 母は鳥好きだし植物好きなので気になっていたようだし、1本バスを遅らせて周遊コースを回って施設の見学をする? と聞いてみると「そこまではしなくていい。」と言う。ここで売っていた木細工の干支のストラップが可愛かったので購入し、当初予定通り、1時間後の12時27分のバスで館山駅に向かった。
 安房神社前のお店は流石に初詣客を見込んでか1月1日から営業していたけれど、「朝遅かったし、たくさん食べたし、まだお腹は空いていないね。」と意見が一致した。


 館山駅に到着し、「お腹もいっぱいだし、お昼ごはんはパスしてイチゴ狩りに行ってみよう。」と相談がまとまった。
 JRの駅で配っている「JR東日本 小さな旅」という冊子に、富浦駅から徒歩15分で道の駅とみうら 枇杷倶楽部があり、そこでは1月1日からイチゴ狩りをやっていると書いてある。
 慌てて13時1分発の内房線に飛び乗った。


 「誰も歩いていないね。」と言い合いながら富浦駅から歩くこと15分で枇杷倶楽部に到着した。
 ところが、どうにもいちごを栽培していそうなハウスが見つからない。「お魚を見る。」と言う母を残してうろうろと探した結果、ハウスは見つかったけれど、同時にハウスの入口に「本日は予約のお客様のみとさせていただきます」という張り紙も見つかった。
 残念。
 ハウスの中にいた方に「持ち帰り用の販売もありませんか?」とお聞きしたところ「それも終わってしまいました。」というお返事で、元旦からイチゴ狩りをするという夢は生まれて1時間ほどで潰えた。
 次回からは、もう少し周到に計画を練ろうと反省する。


枇杷ドリンクとチーズケーキ せっかくここまで来たのだし、駅からここまで食事ができそうなお店も見当たらなかったし、枇杷倶楽部のカフェに入った。テラス席は流石に寒そうだったので、室内の窓際の席にしていただく。混んでいるけれど、落ち着ける感じのカフェだ。
 パスタやカレーもあったけれど、それほどお腹が空いていなかったので、母はホットケーキとコーヒー、私はベイクドチーズケーキとびわジュースをいただいた。


 そのまま、カフェの隣にあるお土産物のコーナーに行く。
 やはりびわ関連の商品が多い。そして、美味しそうである。枇杷の葉の入浴剤や枇杷ゼリーなどを買い込もうとしたとき、かなり大きな揺れを感じた。
 地震である。
 コンクリート打ちの梁にスポットライトのような照明が付けられていて、それがガチャガチャと音を立てている。
 棚の物が落ちた様子はなかったし、お店の方がすぐ「津波の心配はないそうです。」と言ってくださったので、店内はすぐに落ち着きを取り戻す。
 でも、びっくりした。


 その後「食べなかったら後悔するよね。」「でも少し寒くなったね。」と言い合い、母と二人で一つびわソフトクリームを食べ、駅に戻った。
 予想通り、電車が遅れている。
 15時20分発の各駅停車に乗ろうと思って駅に戻ったら、15時10分発の特急が遅れて入線していた。10分弱の遅れだろう。特急に乗ろうか一瞬迷ったけれど、駅員さんに「特急は全然速くないよ。速度規制がかかっているから。」と言われ、それならと当初予定通り各駅停車を待つことにした。


 その各駅停車は30分ほど遅れてやってきて、でも富浦の駅に着く頃には速度規制も解除されていたようだ。
 その後は順調に走り、20時前には家に帰り着くことができた。


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2012.01.07

千倉旅行記1日目

2011年12月31日(土曜日)

 12月31日から1泊2日の旅行に出るのは初めてだ。そして、これが意外と忙しい。
 私は「旅先でお正月らしいことは全て済ませてきましょう」というつもりだったけれど、妹一家が2日に来ると言うし、母としてはそういう訳にもいかないようだ。
 そんなこんなで年末の片付けと年始の準備の時間も取り、昼食後の13時過ぎに家を出た。
 自宅最寄り駅から3回乗り換え、ひたすら普通電車に揺られる3時間の旅である。
 千葉駅から乗った内房線は、向かい合わせに座席が設定された車両と、ロングシートの車両が両方あって、ロングシートの方はガラガラだった。やはり、長時間だと電車に横向きで座っているのは疲れる。

 内房線の車内からは、時々、東京湾を眺めることができる。
 母と「明日がこのお天気だったら良かったのにね。」と言い合う。それくらいの快晴の空である。
 しかし、明日、2012年1月1日の天気予報は「曇り」で、初日の出が見られる場所は限られるでしょう、という予報だ。
 「2時間は結構長いね。」、「水仙が露地でこんなに咲いているんだから暖かいんだね。」などと言い合う。
 母が「うちでは枯れちゃったアロエがあちこちで咲いている!」と叫ぶ。賑やかだ。
 16時半少し前に千倉駅に到着した。

 千倉駅からバスに乗り(南房総フリー乗車券の範囲内である)、10分くらいで今回お世話になる「魚拓荘 鈴木屋」さんに到着した。「北千倉」というバス停の目の前である。
 チェックインをお願いし、「夕食はお風呂に入ってからの方がいいですよね。」ということで18時30分からになった。お部屋でいただくそうだ。また、明日の朝食は8時30分くらいから、やはりお部屋でと伺う。
 お部屋に入ると、エアコンがついて暖めてあった。有難い。
 とりあえずテレビをつけ、お茶とお菓子をいただいてのんびりする。

 夕食前にと17時30分くらいから何回かお風呂を覗くと、常に7足くらいのスリッパがあった。宿の方にお聞きすると「ちょっとこれ以上は入れないと思う。」とおっしゃる。
 結局、宿の方が気を利かせて、「少し空いたらお部屋に電話しますから。お食事も少し遅らせるように言っておきます。」と言ってくださった。
 電話で連絡をもらうまで、何故かテレビでスティーブ・ジョブスの特集番組を見た。

 電話をもらってお風呂に行くと、先客がお二人いらっしゃった。
 洗い場が三つか四つ、湯船も四人入ればいっぱいのサイズだ。確かに7人は厳しいだろう。温泉ではないけれど、「湯船に鉱物が沈んでいる場合があります。」と注意書きがあったし、ホームページには「庭から引いて沸かしています。」という記載があったので、水道水とは違うのではないかと思う。
 いずれにせよ、ゆっくり熱めのお湯に浸かってサッパリしたら、ごはんである。

夕食 夕食は、とにかく海の幸三昧だった。
 サザエのつぼ焼きは苦手なので母に食べてもらい、あわびの踊り焼き、お刺身4種(かじきまぐろ、キンメダイ、真鯛、カンパチ、だったと思う)になめろう、お魚の鍋(写真を撮りそびれた)、海老のフリッター野菜あんかけ、鯵の南蛮漬け、大晦日なのでかき揚げ天ぷらそば、等々のお魚尽くし! を次々に平らげる。
 これだけ海の幸が揃ったらやはり日本酒だろうと、宿の方にお勧めをお聞きして、鴨川の亀田酒造で作っている「純米吟醸 壽萬亀 生貯蔵酒」をいただいた。
 300mlのうち、母がお猪口に2杯くらい、あとは私が飲みきった。かなり飲みやすい日本酒で、くいくいと頂く。
 流石にこれだけ食べてお酒も頂くとお腹は一杯である。ごはんとお汁はパスさせてもらい、デザートをお願いしたら、イチゴとフルーツ寒天だった。

お刺身鮑

 1時間以上食べ続けた夕食が終わると、テーブルの上が片付けられ、お布団が敷かれる。
 母は普段ほとんどお酒を飲まないし、私も日本酒を一人でこんなに飲むことはまずないので、ふらふらくらくらといい気分である。
 母は早々にお布団に入ってしまい、紅白歌合戦を見るともなく寝るともなくといった感じのようだ。

 私はそれでも、歯磨きをしたり、明日の初日の出をまだ諦めていなかったので目覚ましをセットしたり、しばらくうろうろとしたけれど、お布団が妙に気持ち良さそうである。
 21時過ぎにはお布団に入り、二人でうとうとしながら紅白歌合戦を見る。
 もっとも「この歌知らないよ。」とか「この人知らないよ。」とか「この人、この歌ばっかりだね。」の三つくらいしか感想のバリエーションがない。
 20時前の一時に限って「愛菜ちゃんと福くん、可愛いね。」が加わった。

 母は「除夜の鐘が聞こえない」ことが気になるらしい。
 0時を回ったところでテレビを消したけれど、こちらの宿には生の「 除夜の鐘」の音は聞こえてこなかった。我が家は辛うじて除夜の鐘の音が聞こえて、毎年その除夜の鐘の音を聞くことを習慣にしていた母には、寂しいことだったらしい。
 来年、「どこかに出かけて年越し」を実施することができたら、その辺りも検討材料にしようと思う。
 そんな反省もしつつ、2012年が明けた。

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2012.01.02

次の旅計画(国内編 覚え書き その7)を考える

 2012年を迎えたことだし、というサイトを見つけたので、次の旅計画・国内編を更新することにした。

 早速作成してみた私の「経県値&経県マップ」は、こちらである。

 ちなみに、旅したことがあるかどうかが私のテーマなので、サイトの趣旨とは外れるかもしれないのだけれど「住んだことのある県かどうか」は外し、あくまで「宿泊したか」「観光したか」に絞ってマークした。
 「降り立った」とか「通過した」とかは、考え始めると頭が痛くなるので、そちらも無視してしまった。

 「宿泊した県」の詳細は以下のとおりである。

 北海道(2011冬、知床流氷 リベンジを誓う)
 宮城県(2007夏、山寺へ行って作並温泉泊)
 福島県(2009夏、裏磐梯へ)
 茨城県(高校の合宿で高萩へ)
 栃木県(2011秋、奥鬼怒へ)
 群馬県(草津温泉に行った記憶がある)
 千葉県(2011-2012、千倉で初日の出)
 東京都(2010秋、汐留のホテルでレディースプラン)
 神奈川県(2010GW、職場のお姉さん達と箱根へ)
 新潟県(大学のゼミ合宿で)
 富山県(2007秋、立山黒部アルペンルート)
 石川県(金沢にバスツアーで行った)
 福井県(2010冬、福井駅前に泊まって永平寺の冬の燈籠まつりへ)
 山梨県(2010冬、富士山を眺めに河口湖に)
 長野県(2011夏、白馬再訪)
 岐阜県(高山って岐阜県だったのか・・・)
 静岡県(2010GW、熱海でのんびり)
 三重県(2008冬、伊勢神宮へ)
 京都府(2011年末、智積院会館で初宿坊体験)
 大阪府(海遊館目当てで)
 兵庫県(城崎温泉って兵庫県だったのか・・・)
 奈良県(中学の修学旅行で泊まったかな?)
 和歌山県(2006GW、熊野古道)
 岡山県(倉敷の大原美術館へ)
 広島県(高校の修学旅行以来)
 熊本県(阿蘇山へ)
 大分県(別府温泉は大分県だった・・・)
 宮崎県(高千穂へ)
 鹿児島県(2011秋、霧島温泉と指宿温泉と桜島)

 次の旅計画候補は以下のとおりである。

・白神山地(世界遺産のブナの森を歩きたい)
・屋久島(世界遺産だし。美味しい水を飲みたい)
・沖縄(できれば、八重山に)
・西伊豆(海に沈む夕陽を見る)
・川原湯温泉(ダムの底に沈む前に)
・比叡山延暦寺(響きだけで行ってみたい)
・四万十川を見る(実は四国に行ったことがない)
・出雲大社(縁結びの神様は実はお隣にいらっしゃるらしい)
・満開の吉野の桜を見る

・大阪の国立文楽劇場(どうせ文楽を見るのなら専用劇場で)
・イサム・ノグチ庭園美術館(香川県にあるらしく、しかも事前予約制であるらしい)
・高知県立美術館(シャガールのコレクションが1300点!)
・萩・津和野・秋吉洞(高校生の頃新井素子の「あなたにここにいてほしい」を読んで行きたいと思ったことを思い出した)
・青春18きっぷの旅をする

・羽島に行って円空仏を見る(北森鴻の小説の影響である)
・平泉で芭蕉を偲ぶ(そういえば中尊寺に行っていない)
・どんぴしゃりのタイミングで紅葉を見る(京都か奥入瀬か)

・山形県の一本桜を巡る旅(母の希望)
・ひたち海浜公園でネモフィラと海と空の3つの青を見る(地震の影響が心配である)
・高野山で宿坊に泊まる

・蔵王で樹氷を見てみたい(母の希望)
・釧路から羅臼まで最長路線バスの旅(流氷リベンジを兼ねて)
・箱根の温泉に宿泊して箱根駅伝応援!

 また思いついたら(思い出したら)追加しようと思う。

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2012.01.01

無事、帰宅する(千倉)

 2011年12月31日(土)から1泊2日で母と千倉に行って来た。
 一応、隠しテーマは「親孝行」で、表向きテーマは「初日の出」である。

 1日目は、各駅停車の電車にがたごと揺られて宿に行き、美味しい夕食を食べ、お布団にごろんと寝転んで紅白歌合戦。

 2日目は、初日の出は残念ながら厚い雲の上からということになったけれど、でも「ご来光」を拝めたので満足。安房神社に初詣し、いちご狩りの計画は頓挫したけれど、美味しいびわソフトクリームを食べた。
 地震の影響で内房線が遅れ、再びがたごとと各駅停車の旅をして、19時くらいに帰宅した。

 年越しの旅のポイントは判ったような気がするので、次回はもう少し上手く計画できると思う。

 この1泊2日の旅行にかかった費用は、一人分約2万円だった。ここには、交通費、宿泊費、食事代が含まれているが、お土産代や初詣でいただいてきたお守り等々は含まれていない。

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