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2013.12.29

「 堤真一×神秘の熊スピリットベア 〜カナダ 聖なる森をゆく〜」を見る

 2013年12月28日19時30分からNHK BSプレミアムで放映された、の堤真一×神秘の熊スピリットベア〜カナダ 聖なる森をゆく〜を見た。

 カナダ北西部に広がる「グレート・ベア・レインフォレスト」を堤真一がギットガット族の父子と行き、スピリット・ベアと呼ばれる白い熊を追い求めるという番組だ。
 という触れ込みだったと思うのだけれど、実際見てみたらちょっと趣が違う。

 ギットガット族のお父さんは、スピリットベアを守るためには秘密にしておくのではなく保護しようという人々の協力が必要だと考えた長に託され、もう何年もスピリットベアを探し、出会い、観察を続けて来ているようだ。
 その息子のネルソン君(8歳)も一緒に海を行き、森を歩き、赤ちゃんの頃から森や熊を身近に感じて育ってきているらしい。
 彼らに会えたところで「スピリットベアは幻の熊」という大前提は崩れている。
 それでももちろん「必ず出会える」訳ではないし、初めてスピリットベアを海上から見つけたときの堤真一の感動は伝わってきたように思う。

 そして、森の中で本当に近くで出会えたときのその近さはびっくりである。
 もっとびっくりなのは、ほんの数メートル先に熊がいるのに、悠々と岩の上でお昼寝をしていたネルソン君だ。

 スピリットベアは白い熊なので、目の位置がすぐ判るし表情も判る。だから人間の側もゆったり構えて見るし、熊の方も落ち着いている。
 一方、ブラックベアは目が黒い毛に同化してしまっていて、人間はつい目を覗き込むようにしてしまい、そうすると相手の熊も身構えてにらみ返すようなことになり、場に緊張感が生まれるそうだ。

 そのブラックベアとスピリットベアが実は同じ「熊」で、毛の色を伝える遺伝子の組み合わせで、黒い方が優性遺伝子なので、白いスピリットベアは数が少ないということらしい。
 それは、ギットガット族に伝わる「氷河時代のことを忘れないように、この世界を作ったワタリガラスが、黒熊10頭につき白熊1頭が生まれるようにした」という伝説ともマッチする。

 最後に、堤真一は、スカン・グアイに向かう。熊が人の子を抱えた意匠のトーテムポールがそこにはあるのだ。
 半年前に行ったその場所が懐かしい。
 そして「立ち去りがたい」と表現していた筒井真一の気持ちがとてよく判るような気がしたのだった。

 この旅は何月のことだったのだろう。それほど重装備ではなさそうだったから、夏なのは間違いない。
 革を埋め尽くすような鮭の遡上、ブラックベアにスピリットベア、ザトウクジラなどたくさんの生き物と出会えた様子がとても羨ましかった。

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2013.12.27

次の旅計画(国内編 覚え書き その9)を考える

 2013年も年末となり、年内の旅行計画も全て終了したので、経県値&経県マップを更新するのと同時に次の旅計画・国内編を更新することにした。

 更新後の私の「経県値&経県マップ」は、こちらである。

 ちなみに、旅したことがあるかどうかが私のテーマなので、サイトの趣旨とは外れるかもしれないけれど「住んだことのある県かどうか」は外し、あくまで「宿泊したか」「観光したか」に絞ってマークした。
 「降り立った」とか「通過した」とかは、考え始めると頭が痛くなるので、そちらも無視してしまった。

 「宿泊した県」の詳細は以下のとおりである。
 複数回行ったことのある県は、最新のものを載せてある。

 北海道(2011冬、知床流氷 リベンジを誓う)
 宮城県(2012夏、月山・鳥海山ツアーでオニコウベ温泉泊)
 山形県(2012夏、月山・鳥海山ツアーで湯野浜温泉泊)
 福島県(2013春、スパリゾートハワイアンズ!)
 茨城県(高校の合宿で高萩へ)
 栃木県(2013秋、那須へ妹一家と)
 群馬県(草津温泉に行った記憶がある)
 千葉県(2011-2012、千倉で初日の出)
 東京都(2010秋、汐留のホテルでレディースプラン)
 神奈川県(2013冬、湯河原温泉へグループ旅)
 新潟県(大学のゼミ合宿で)
 富山県(2007秋、立山黒部アルペンルート)
 石川県(金沢にバスツアーで行った)
 福井県(2010冬、福井駅前に泊まって永平寺の冬の燈籠まつりへ)
 山梨県(2012夏、甲府で山梨県立美術館と葡萄狩りの旅)
 長野県(2013夏、白馬再々訪)
 岐阜県(高山って岐阜県だったのか・・・)
 静岡県(2013夏、舘山寺温泉へグループ旅)
 三重県(2008冬、伊勢神宮へ)
 京都府(2011年末、智積院会館で初宿坊体験)
 大阪府(海遊館目当てで)
 奈良県(2013春、吉野の桜)
 和歌山県(2006GW、熊野古道)
 岡山県(倉敷の大原美術館へ)
 広島県(高校の修学旅行以来)
 熊本県(阿蘇山へ)
 大分県(別府温泉は大分県だった・・・)
 宮崎県(高千穂へ)
 鹿児島県(2011秋、霧島温泉と指宿温泉と桜島)

 次の旅計画候補は以下のとおりである。

・白神山地(世界遺産のブナの森を歩きたい)
・屋久島(世界遺産だし。美味しい水を飲みたい)
・沖縄(できれば、八重山に)
・西伊豆(海に沈む夕陽を見る)
・川原湯温泉(ダムの底に沈む前に)
・四万十川を見る(実は四国に行ったことがない)
・満開の吉野の桜を見る
   2013春、吉野奥千本で満開の桜を見た

・大阪の国立文楽劇場(どうせ文楽を見るのなら専用劇場で)
・イサム・ノグチ庭園美術館(香川県にあるらしく、しかも事前予約制であるらしい)
・高知県立美術館(シャガールのコレクションが1300点!)
・萩・津和野・秋吉洞(高校生の頃新井素子の「あなたにここにいてほしい」を読んで行きたいと思ったことを思い出した)
・青春18きっぷの旅をする

・羽島に行って円空仏を見る(北森鴻の小説の影響である)
・平泉で芭蕉を偲ぶ(そういえば中尊寺に行っていない)
・どんぴしゃりのタイミングで紅葉を見る(京都か奥入瀬か)

・山形県の一本桜を巡る旅(母の希望)
  2012GWに友人と決行してしまった・・・
・ひたち海浜公園でネモフィラと海と空の3つの青を見る(地震の影響が心配である)
   2012GWに行ったけれど、残念ながら「海と空」は青くなかった。
・高野山で宿坊に泊まる

・蔵王で樹氷を見てみたい(母の希望)
   2012冬に決行!
・釧路から羅臼まで最長路線バスの旅(流氷リベンジを兼ねて)
・箱根の温泉に宿泊して箱根駅伝応援!

・出雲大社にお参りして出雲駅伝を応援!
・紅葉の時期に比叡山延暦寺の宿坊に泊まる

・蟹三昧!
・四国でお遍路
・なくなってしまう前に、寝台特急で北海道へ

 また思いついたら(思い出したら)追加しようと思う。

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2013.12.23

行きの足を確保する(村杉温泉)

 2014年最初の旅行は、母と「蟹を食べに温泉に行く」旅行である。
 紆余曲折の末、行き先を新潟にしたのは、1泊2日で余裕で行き帰りできるという条件の他に、えきねっととくだ値で30%引きを使えれば、交通費がかなり安くなるという理由もある。

 母と相談したところ「駅弁よりは、新潟駅近くで美味しいお昼ごはんを食べたい」と言うので、12時過ぎに新潟に着く新幹線で行き、お昼を食べて、14時のバスで瓢湖に白鳥を見に行こうということになった。
 帰りはどうする? と聞くと「適当に」と答えるのだけれど、別にこれはどうでもいいという意味ではなく、その場の気分で決めたいという趣旨である。

 スキーシーズンでもあるし、日曜の下りだからそれほど混雑はしていないと思うけれど、まずは30%引きの事前申込みにチャレンジすることにした。
 流石に30%引きなので、2階建て新幹線の2階席が取れないのは残念だけれど仕方がないだろう。

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2013.12.22

宿から資料が届く(村杉温泉)

 数日前に、村杉温泉で宿泊予定の宿のサイトから、資料請求をした。
 丁寧に作られたWebサイトで、情報はほぼ網羅されているのだけれど、パソコンは持っているけれどインターネットにはほとんど接続しない母に説明するには紙の資料があった方が便利である。
 それに、宿で使えるクーポンも一緒に送ってくれるというのだから、これは、お願いするしかない。

 送られて来た資料には、宿のパンフレット、クーポンの他、これまたお願いしたラジウム温泉についての説明や、宿までの交通をまとめたちらし、五頭温泉郷の案内やウォーキングコースの地図まで入っていた。
 有り難い。

 雪の中を行く予定なのでウォーキングは無理としても、周辺の状況が判るのは有り難い。
 これから新潟旅行計画を立てるにも役立ちそうである。

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2013.12.13

540000アクセス達成!

 昨日(2013年12月12日)、どなたかが540000アクセス目を踏んでくださっていた。
 12月初旬にココログのアクセス解析の方法が変わり、どうもブログに置いてあるアクセスカウンターとリンクしなくなってしまったようなので、個人的に積み上げた数字をとりあえず信じることにした。
 これまでの経過は以下のとおりである。

 スタート 2004年9月1日
 10000アクセス 2005年7月17日
 50000アクセス 2006年11月22日
100000アクセス 2008年6月15日
150000アクセス 2009年2月21日
200000アクセス 2009年11月30日
250000アクセス 2010年9月16日
300000アクセス 2011年5月26日
350000アクセス 2012年2月8日
400000アクセス 2012年9月3日
450000アクセス 2013年2月19日

460000アクセス 2013年3月27日
470000アクセス 2013年5月3日
480000アクセス 2013年6月11日
490000アクセス 2013年7月18日
500000アクセス 2013年8月14日

510000アクセス 2013年9月7日
520000アクセス 2013年10月3日
530000アクセス 2013年11月4日
540000アクセス 2013年12月12日

 こうして続けていられるのは、遊びに来て、読んでくださる方のおかげです。
 ありがとうございます。
 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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2013.12.10

台湾旅行記の入口を作る

干支の戌の置物 ここは、職場のお姉様と出かけた台湾旅行記の入口である。
 この2泊3日の旅行にかかった費用は、一人分約120000円だった。ここには、交通費、宿泊費、食事代、入館料、写真館、散財しすぎたお土産代等、全て含まれている。

 以下の日程をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。

 1日目 2013年10月19日(土曜日)

 2日目その1 2013年10月20日(日曜日)

 2日目その2 2013年10月20日(日曜日)

 3日目 2013年10月21日(月曜日)

 

 その国の旅を終えて 100の質問 (台湾編)

 持ち物リスト(台湾編)

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台湾旅行記3日目

2013年10月21日(月曜日)


 私が6時過ぎに起き出したときには、すでにお姉さんが朝シャンしていた。早い。
 一昨日の猫空の茶芸館からお持ち帰りした烏龍茶と、昨日の故宮晶華でテイクアウトしたデザートでおめざをいただく。朝から優雅だ。
 外を見ると雨がかなり降っている。写真館にはタクシーで行っちゃおうかと話しつつ、まずは朝食、腹ごしらえである。


朝食 昨日はフォーのような麺をいただいたので、今日はおかゆにした。もちろんこの一皿だけということはなくて、もう一皿、点心類をたっぷり持ってきた。我ながら朝から旺盛な食欲である。
 圓山大飯店は街中から外れていてちょっと近くに朝食を食べにという訳に行かない。朝食メニューが充実しているのは嬉しい。


 宋美齢氏のミニ展覧会が開催されている筈が、どうも見当たらない。2階をうろうろしていたら、お茶屋さんが開店準備をしていた。「こんなに早くから?」とおっしゃりつつ招き入れてくれ、ついふらふらと入り込む。
 千江月という名前のそのお店のお母さんは、日本で暮らしたことがあるそうで、流ちょうな日本語で説明してくれる。
 こちらのお店では、阿里山にお茶畑を持ち、工場を持ち、お店はその工場併設のところと圓山大飯店の中のここと2ヶ所しかない。自分の畑で有機栽培し、発酵させたお茶だけを売っているという。


阿里山高山茶 「どれを飲んでみたい?」と聞かれ、もちろん、阿里山高山茶をリクエストする。
 飲んでみると、猫空の「発酵のよく効いた」という感じとはまた違い、青っぽいというか、爽やかで若い感じのお茶だ。
 お母さん曰く「街中で売られている阿里山烏龍茶は偽物が多い。阿里山は高山で、こんなにあちこちで売られるほどの生産量がある訳がない。ベトナムなどから輸入した烏龍茶を混ぜているものもある。」とおっしゃる。
 その様子にやたらと説得力を感じる。
 ジャスミンティは後から香りを付けているので、お茶自体はそんなに良くないものを使っていることが多いともおっしゃる。


 台湾のお茶は、専用の茶器で入れるのが美味しく入れるコツだという。
 茶葉を小さな急須の1/3くらい入れ、こちらのお母さんはそれほど蒸らし時間を取らない。割とすぐ茶壺に入れ替え、小さいお茶碗に注いでくれる。
 見ると、茶葉は小さな急須の蓋を持ち上げそうな感じにまで開いている。これで7〜8煎は入れられるというから、それだけお茶をゆっくり飲む機会が果たしてどれだけあるかという問題は置いておくと、お得である。
 プーアール茶も飲ませてもらうと、こちらもかび臭さのない美味しいお茶だ。
 迷った末、初志貫徹で最初に気に入った阿里山烏龍茶150gを1200元で購入した。


 チェックアウトして荷物を預け、8時半過ぎにタクシーで薇閣数位影像館に向かった。9時前に到着したら、すでにお店の中には10人くらいの「日本人女性」がいて驚いた。
 日本語で受付してもらえるのは有り難い。


 一番簡単な衣裳1着に写真1枚という本当にシンプルなコースを希望したところ、それは選べないらしい。
 ガイドさんを通して予約するとコースが限られるようで、「これが一番簡単。」「1着だけ。」と言われ、写真5枚とCDが付くコース(日本円で12000円)になった。
 帰国日だったので郵送となり、受付の女性に「どちらかのおうちに2組まとめて送れば送料が半分になる。」と言われ、お姉さんの家に送ってもらうことにする。郵送料は、日本円で1000円(一人500円)だ。
 荷物をロッカーに預け、衣装を選ぶ。
 お姉さんは「中国の後宮の女性の衣装」と決めていたし、私はチャイナドレスを着るというのがテーマだから、迷う余地はない。
 こんなにボロボロで大丈夫なのか、ほつれまくっているぞと思いながら、黒地に紅白で牡丹の花が描かれているフレンチスリーブ、長めの丈のチャイナドレスを選んだ。


 ここからが長い。
 3ヶ所くらい用意されているデパートの試着室のような場所で着替え、赤いエナメルでヒールが10cmくらいもありそうなハイヒールを選ぶ。ピンヒールではないので、普段ヒールの靴を履かない私でもとりあえずコケずにいられそうだ。
 「膨大な衣装の中から選ぶ」という楽しみを味わいたいなら、別の写真館に行った方がいいかも知れない。
 ヘアメイクとお化粧の順番待ちがまた長い。実際にお化粧して髪を結い、アクセサリをつけてもらうまでの時間は20分もなかったと思う。


 準備が整った後、カメラマン&スタジオの空き待ちがまた長い。
 周りを見ると、何着もドレスを替えて撮っている方々もいる。若い女の子よりは、私たちよりも年配かなといった年代の女性が多い。


 撮影は、結構大変だった。
 履き慣れないヒールの靴を履いているし、私を撮ってくれたカメラマンのお兄さんはなかなか厳しくてカラダの硬い私にはかなり無理のあるポーズを指定する。手の置き方等々が気に入らないらしく何度も直し、扇子を持たせ、視線を指定し、つい可笑しくなって笑うと怒られ、どんどん自分が不機嫌な顔になってくるのが判る。
 実際、撮られた写真を見たら、本気で不機嫌な顔ばかりで笑ってしまった。
 好意的に解釈すると、「アンニュイ」な感じの写真にしたかったようだ。


 背景を変えて2ヶ所、撮影は31枚と決まっているらしい。
 背景もカメラマンのお兄さんが指定するようで、洋風のソファがあるセットと、見るからに安っぽい中華風のセットとの2ヶ所を指定された。
 衣装やアクセサリも含め、実物はチープなのに、写真で見るとそれなりに見えるから不思議である。ライトを存分に当てていたから、その効果なのかも知れない。
 ずっとお兄さんに怒られながら、撮影は割とすぐに終了した。


 髪を元に戻してもらうのにまた順番待ちがある。メイクを落としたい場合は、小さな洗面台が用意されて、セルフサービスである。着替えて元の服に戻ると、次はパソコンの前に座らされた。今撮った写真の中からアルバムに入れる5枚を選ぶように言われる。
 「こっち側に残す写真、こっち側にいらない写真。」と言われ、クリック一つで振り分けができるから簡単である。
 私よりずっと進行の早かったお姉さんはすでに元の姿に戻って写真選びも終わっており、一緒に選んでもらう。
 もっとも、あまりにも不機嫌顔の写真ばかりで、「比較的不機嫌ではない顔で写っている写真」という選定基準であっという間に選び終えた。
 「写真全部の入ったCDは1000元」と言われ、遊んでやろうと、お姉さんに呆れられながらそれも購入する。写真館を出たのは多分11時半くらいだったと思う。


 ホテルに迎えが来るのが13時だから、ごはんを食べてから帰ろうと中山駅に向かって歩き始めた。繁華街である中山駅周辺ならごはんを食べるところもたくさんあるだろうし、MRTを使うにも便利だ。
 「小籠包が食べたい」と目的ははっきりしているけれど、これが意外となかなかいい感じのお店がない。三越のイートインコーナーにも行ってみたけれど、何故かメニューに小籠包がない。


 時間も迫ってきたのでMRTで圓山駅まで戻り、悠々カードにチャージしたお金を払い戻ししてもらい、ホテルまでタクシーで戻った。
 ちょっとメニューを見てみたホテルのレストランも今ひとつピンと来ない。お腹が空いている訳じゃないし、空港で食べようと決める。
 後でお姉さんが「変身写真館からすぐタクシーに乗ってぴゅっと鼎泰豐に行っちゃえば良かったね。」と言っていてなるほどと思った。まだまだ修業が足りない。


 ホテル内をうろうろしたおかげで、宋美齢氏に関する展示を見つけることができた。思っていたよりも地味かつ小規模で、廊下に彼女の写真のパネルを並べ、小さな飾り棚に愛用の品がいくつか並べて、それで全部、という感じだ。
 全体的に落ち着いた感じで、展示されていたものも高いものではあるのだろうけれど、派手とか金ピカという感じではない。意外と言ったら失礼だろうか。


 ホテルに迎えに来てくれた女性とともに松山空港に向かう。車に乗っているのは我々だけだ。道も空いていたし、30分もかからずに到着した。
 チェックイン手続きをしてもらい、荷物を預け、「中に入ったら何もありません。出国する前の方がお店も食べるところもあります。」と教えてもらってお別れした。
 しかし、その「外の方があります。」というお店がない。台湾で最後に食べたものがサブウエイでは寂しい気がするし、台湾料理っぽいお店のメニューに小籠包はなさそうである。2階のセキュリティチェック入口前の春水堂のタピオカミルクティにはちょっと惹かれたけれど、とりあえずゴハンを食べたい。


 「外にないことは確実だからもう入っちゃおうか。」と相談し、試食したら餡にパイナップルを刻んだものが入っていて瑞々しく美味しかった何とか賞受賞という、パイナップルケーキをお土産に購入した後、セキュリティチェック、出国審査を抜けた。
 嘘じゃん! 中の方がお店があるじゃん! と思う。
 桃園空港よりは狭いだろうけれど、必要十分なお店が揃っている。


水餃子 お姉さんが、真ん中辺りにあったお土産物屋さんの売り子の女の子に、2軒あったレストランのうちどっちが好き? と尋ねている。
 教えてもらった、出国審査から遠い方のお店で水餃子等々を食べる。これがなかなか美味しい。ビールも飲めば良かったなと思う。
 台湾ドルを使い切るべく、国立台湾歴史博物館のミュージアムショップでマグカップを買ったり、、機会があったら飲んでみたいと思っていた阿里山珈琲を発見して買ったり、もの凄い勢いでお買い物をした。
 散財もいいところである。


機内食 エバー航空190便は多分、定刻通りの16時に離陸した。もちろん帰りもキティジェットである。
 離陸して1時間くらいで機内食が出た。直前に水餃子など食べていたからとても入らない。ただ、水餃子を食べたときに思い出したのと、甘くない炭酸が飲みたくなったので、ビールをいただいた。
 20時前に羽田空港に到着した。
 キャリーケースもあるし、明日は出勤だし、リムジンバスに乗ったお姉さんを見送り、満員電車に揺られるよりは楽だろうと1時間以上も待って地元行きのバスに乗り、無事に帰宅した。


 台湾旅行記2日目その2 <-

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2013.12.08

台湾旅行記2日目その2

2013年10月20日(日曜日)


 12時半過ぎに故宮博物院に到着した。
 チケット(100元)を購入し、日本語のイヤホンガイド(100元)を借りる。イヤホンガイドを借りるときには、パスポートか一定以上の金額を預ける必要があって驚く。
 いざ入場しようとしたら、警備員さんに止められた。リュックを持っての入場は禁止らしい。手振りで「入口を出たところに手荷物預かり所がある。」と教えてもらう。
 しかし、手ぶらで入場する訳にもいかない。たまたまエコバッグがリュックに入れっぱなしになっていたので、必要なものをそちらに移してリュックを預けた。


 大きさとしてはエコバッグもリュックも同じくらいでも、エコバッグは特に見とがめられなかった。どうやら「リュック型のバッグ」がいけないらしい。
 それにしてももの凄い混雑である。入口を抜けたところの階段も「人、人、人」だ。
 3階に上がり、ルートどおり301を目指した。入口前に行列ができている。入場制限を行っているらしい。他に入場制限を行っていた部屋があと二つあった。


 しかし、少なくとも見た目、301の展示物は地味である。
 毛公鼎という、お鍋のような食器のような器は青銅器で、三本足の上に半球の入れ物が載っている感じだ。内側に銘文が彫られていて、その銘文が壁にあって見ることができるようになっている。
 もう一つ置かれていたのが宗周鐘という、鐘というか楽器というか、とにかく音を鳴らすものだ。現存する天子が製作した器物の中で最も重要なものとされている、らしい。
 どちらも彩色されていないし、黒っぽいし、銘文なんて読めない。古いものだということは判るけれど、今ひとつその「有り難さ」が判らなかった。これほど「馬の耳に念仏」とか「豚に真珠」とかいうことわざが似合うシーンも他にあるまいという感じである。


 次の302の展示物の目玉は、これはもう私でも知っている。豚の角煮と白菜である。
 豚の角煮、正式名称「肉形石」が「加工」された石だと説明書きで読んで滅茶苦茶驚いた。
 もちろん加工されているに決まっているけれど、私はそれを彫ったりなど「形を作る」ことに対してだけ行われたと思い込んでいた。ところが、石を染めたり、「皮」の質感を出すために表面に細かい穴を開けたりしているという。


 白菜、正式名称「翠玉白菜」は、意外と大きくてびっくりした。
 一緒に行ったお姉さんは、初めて見に行ったときにその「小ささ」にショックを受けたそうで、ずっと「小さいよ。」と牽制されていた。だからという訳ではなく、私の中では、角煮も白菜も、両方とも5cmくらいというイメージだった。
 それが、実物の「翠玉白菜」が、高さ20cmくらいだったことに驚き、「大きいじゃん!」と思わず言ってしまった。
 考えてみたら、全体で5cmという大きさだったら、キリギリスやイナゴはどれほどの大きさなんだという話である。


 「石」としては実はあまり良くないとされている、この白から緑への色が変化する石を白菜に見立て、こうした「芸術品」に仕上げたという解説になるほどと頷く。
 「翠玉白菜」は、今は斜めに木の台に立てかけるような感じの姿が有名だし、そうして飾られているけれど、当初は、植木鉢に植わっているような感じで真っ直ぐに立てて飾られていたらしい。その植木鉢みたいな台座が同じ展示ケースに展示されていて何だか可笑しかった。
 その「直立した”翠玉白菜”」も見てみたかったと思う。


 故宮博物院で「これだけは見なくちゃ!」と決めていたものがあと二つある。
 その一つが304展示室にある「清乾隆2年 陳祖章 雕橄欖核舟」だ。旅行前に台湾通の友人に「故宮博物院では、これだけは見て来て!」と言われていたものである。
 オリーブの種に細工をして一艘の小さな船を彫り上げたもので、中に人は乗っているし、扉は開閉するし、その精巧さと来たらない。
 あまりにも小さすぎて、見学者用に拡大鏡が設置され、あまりにも足を止めてじっくり見入る人が多いためか、かつての上野動物園のパンダのように「立ち止まらないでください。」と係員さんが張り付きで人を流している。
 もっとじっくり見たかったよ、というものの一つだ。


 304の部屋には、こうした超絶技巧を凝らしたものがたくさん展示されている。
 「清 象牙鏤彫提食盒」という、食べ物を保管する箱と言われている観賞用の箱など、象牙で作られていて、箱の壁部分はもの凄く細かい間隔で直線が透かし彫りされている。鳥かごの網をもの凄く細かくしてかつその1本1本が象牙という感じで、この書き方で伝わらないだろうことがもどかしい。かつ、そこに意匠も彫り込まれているという手のかかり方だ。
 これ、網をうっかり1本折っちゃったら最初からやり直しだよなぁ、と変なことを考えてしまう。


 もう一つ、どうしても見たかったものが304にはあって、それが、「清晩期 彫象牙透花人物套球」だ。用途としては飾りとしか言い様がない。象牙の珠が何重にも入れ子になっていて、その一つ一つが別々に動くようになっている。
 何かで十七層になっていると読んだ記憶もある。本当だろうか。
 一体どうやって彫ったのか、これまた超絶技巧の逸品だ。展示ケースの周りをぐるぐる回ってじーっと見入った。


 たくさんの「お宝」があり過ぎて、何を見たのか記憶がごっちゃになっている。
 中で印象に残っているのは、「清朝 翡翠の屏風」だ。
 文字通り、格子状に木枠が作られ(もちろんこの木枠自体にも精巧な木彫が施されている)、そこに彫刻を施された翡翠の板がたくさん埋め込まれている。屏風だから表裏どちらから見ても美しい。
 翡翠だよ、翡翠をこれだけたっぷり使った屏風だよ、倒れかかってきたら潰れちゃうよと阿呆なことを考えながら、これまた展示ケースの周りをぐるぐる回って見た。


 あとよく覚えているのは、たくさんの「鼻煙壺」が集められた部屋だ。あとでサイトを見たら、「通嚏軽揚-鼻煙壺文化特別展」が開催されていたらしい。
 よく覚えていると書いた割に部屋番号も何も覚えていないけれど、小さな香水瓶のような、嗅ぎ煙草入れがこれでもかという感じで並んでいた。


 本当に次から次へと出てきて、女性のアクセサリ代わり、実用品兼アクセサリだったんだろうなと思う。洋服やシーンに合わせて変えていたのだろう。
 ヨーロッパから伝わったものもあれば、後に中国で作られるようになったものもある。陶器製やガラス製のものもあるし、石をくりぬいたようなものもある。
 こうしたものがあれだけたくさん次から次へと並んでいると、「どれが欲しい」という話になるに決まっていて、お姉さんと二人で、「私はこれがいい。」「あっちのが綺麗だ。」などと真剣に選ぶ。私は、紺地に桃色のグラデーションで大きな牡丹が描かれたものが欲しかった。


 その他、3階ではひたすら青銅器を見ていたような気がする。
 ちょうど、305と307で「古代青銅器の輝き-中国歴代銅器展」が開催されていて、301で見た毛公鼎や宗周鐘のお仲間のような展示物がひしめくように並んでいた。
 時々、動物を模したような器が混ざっていて、無骨でカラフルさの一切ない展示品の中で、一服の清涼剤的に嬉しかった。
 紀元前17世紀からあったといい、殷の時代のものが今に伝えられてきているというから、中国三千年の歴史ほど恐ろしいものはない。


 15時半も回って流石にお腹が空いてきた。しかし、今日は18時から豪華ディナーが待っている。
 故宮博物院の4階にある三希堂で軽くお茶をした。
 清の乾隆帝の書斎名から名付けられたという三希堂は、非常にシックな空間が広がっていて、軽い食事もできるようになっていた。


三希堂でお茶 もう既に何を頼んで何を食べたのかすら忘れてしまっているけれど、こちらのお菓子(中に果物のジャムが入っていたと思う)と、烏龍茶(お店のお兄さんのお勧めに従った。)、そして、写真は撮らなかったけれど、あと、叉焼饅頭みたいなものを食べた。
 歩き疲れ、休憩も兼ねてのんびりいただく。
 ふと外を見ると、青空も見えつつ雨が降っていて、この時期の台北は結構天候不順なのかもと思った。


 お茶とお菓子でのんびりし、歩く元気を取り戻して、今度は1階で開催されている「十全乾隆:清高宗の芸術品味特別展」に向かった。
 たった今お茶とお菓子をいただいた三希堂の店名の由来にもなった皇帝である。
 イヤホンガイドもちゃんと用意され、乾隆帝が「お祖父さまに可愛がられた、父親よりも優秀な孫」という育ちであることが繰り返し強調されていて、何だか乾隆帝もそのお父さんも気の毒な感じがしてしまう。
 一流の文物に囲まれて育ち、本人も芸術的な素質に恵まれ、古今の作品をコレクションし、長く皇帝の地位にあった彼の治世の間に、清の文化は隆盛を極める。
 そのほんの少しのおこぼれが展示されている。


 多分、書画の展示が多かったと思う。もう、この頃になると、カーディガンではなく薄手のストールしか防寒着を持たないまま冷房の中にずっといたことで寒くなり、あまりにもたくさんのお宝を見過ぎてもう前後も何も判らなくなっている。
 ただ、乾隆帝の書斎を再現した展示があったことは覚えている。
 紫檀か黒檀かの重厚な家具が据えられ、重々しい雰囲気のお部屋だ。ガラス越しだったのが残念だ。居心地は悪くなさそうだけれど、椅子の座り心地はあんまり良くなさそうだなとか、冬は寒そうだなとか、お宝が山とあってお掃除の係の人は大変だったろうなとか、どうでもいい感想が浮かんだ。


 「書に興味がない。」とキッパリと私が言い切ってしまったせいで2階はパスする結果となり、1階でまだ見ていなかったお部屋を回る。「乾隆潮ニューメディア・アート展」は正直、よく判らなくて、二人とも早足で通り過ぎた。
 あと、マルチメディアを駆使して、書体や様々な漢字の書き方を見せてくれる体感型の展示があった。訳が判らないままハマり、しばらく遊んだ。


 気がついたら18時になっていた。故宮博物院見学はタイムアップ、慌ててミュージアムショップに行った。
 展示室を出て左手にあるミュージアムショップは結構広い。そして、お隣に郵便局が併設されているところが上手い。
 ところが、意外と「欲しい!」というものが見当たらない。隅々まで見て回り、お菓子も売っているなぁとか、翠玉白菜のキーホルダーもあるなぁとか、絵はがきはどうしようとか、ちょっと迷ったものの何となく決め手に欠け、結局、何も買わず仕舞いだった。


 荷物を受け取って夕食に行こうと外に出たら、手荷物預かりの窓口が閉まっている!
 まだ開館時間中なのに何故? と半ばパニックで、大事なものは手元にあるとはいえ、明日取りに来てくださいとか言われたらどうしようと思う。
 館内に引き返してその辺りにいた警備の方に引き換え用のタグを見せると、何も言わないうちに言いたいことが伝わったらしい。イヤホンガイドを借りたのとは反対側にあるカウンターが指さされた。そちらに窓口か何かがあるらしい。


 カウンターでタグを見せると、中に入って来いと身振りで示された。不安になりつつ中に入ると、目の前のテーブルにぽつんと私のリュックが置かれていた。あー、良かった。
 案内のお姉さんもほっとしている感じだったから、「持ち主不明だったらどうしよう」とかウワサになっていたのかも知れない。
 ご迷惑をおかけして申し訳ない。


故宮博物院ライトアップ 故宮博物院に来るときはタクシーでピュッと入口まで連れて来てもらったから、まだ外観を見ていない。
 故宮晶華に向かう途中、ライトアップされている建物の全景を写真に撮った。
 故宮晶華は、「晶華」の名前のとおり、リージェントホテルプロデュースのレストランである。


 予約時間に行くと、席の予約はできていたけれど、「国宝宴」コースの予約は通っていなかったらしい。普通にメニューを渡される。圓山大飯店のコンシェルジュのお姉さんに、よく確認するべきだった! と思う。
 こういうときに交渉力を発揮するのがお姉さんで、私があわあわしている間に、「こういうときは、上の方の人と直談判!」と宣言し、国宝宴が紹介された記事をコピーした紙を見せ、「これが食べたい!」と言うとあっさりOKが出た。
 前日までの予約が必要と聞いていたけれど何とかなるらしい。


メニュー


 流石に2階の個室に変更はできなかったけれど、最初よりもテーブルの広い余裕のある席に変えてもらい、「国宝宴」コースが始まった。
 立派なメニューをいただけるのが嬉しい。紺色の布張りの表紙がつき、日本語と中国語でメニューの説明、そしてメニューの元になった故宮博物院のお宝の説明が書かれている。お姉さんなど「これが一番いいお土産だわ!」と喜んでいる。


 3800元の中華フルコースのお料理など、今後、食べることはない気がするので、いただいたお料理を一挙大公開する。


前菜
前菜


翠玉白菜
翠玉白菜
 台湾中部で採れた白菜の中心部を、ハムとチキンのスープで煮たお料理である。
 あっさり味で美味しい。
 どうやって食べたらいいのか、最初、相当に迷った・・・。


白玉錦茘枝
白玉錦茘枝
 このお料理は、メニューに載っているお料理とは変わっていた。
 でも、元になったお宝が「白玉錦茘枝」であることは確かだと思う。
 甘みの強い苦瓜を使っているらしく、優しいお味だった。


肉形石
肉形石
 言わずと知れた、豚の角煮だ。
 何というか、普通に美味しい角煮である。


弦紋鼎
弦紋鼎
 弦紋鼎とは、蓋のついた円形の青銅器のことで、両側についた立て耳や、蹄のついた三本足、三つの飾りが付いた半球形の蓋などが特徴である。
 その弦紋鼎を模した器に、佛跳牆がたっぷり入っている。
 佛跳牆はいわば五目煮で、和尚さんも香りにつられて垣根を跳び越えたというエピソードから名付けられている。この佛跳牆はとにかくその「五目」が贅沢極まりない。
 しかし、この時点でかなりお腹がいっぱいになっていたし、高級食材に慣れていない私は、滋味溢れるという言葉がこれほど似合うスープもないだろうと、スープだけをいただいて満足した。


元朝雲林鵝
元朝雲林鵝
 お姉さんが「ハンバーグみたいのが来る!」と言って戦々恐々としていたところに供されたお料理である。
 「雲林堂飲食制度集」というレシピ本のような書物があり、そのレシピ本を描いた画家からこの料理を紹介された詩人が、雲林鵝という名前をつけたと言われている。
 蒸したガチョウ肉版の北京ダック、という感じだった。意外とサッパリしている。


香苗蔵凰袖
香苗蔵凰袖
 鶏の手羽に蒸した餅米やハム、香菜、干した貝柱とエビを炒めたものを詰め、黄金色になるまで揚げてある。
 外側はパリッとし、内側はジューシーで、美味しい。
 出されたお料理の中では、これが一番好きだった。


 ここで、工芸茶が供され、あとはデザートである。
 このタイミングで、今日はこれから足つぼマッサージに行って帰ろうと相談し、昨日、ガイドさんから「好きなところに迎えに来てくれて、ホテルまで送ってくれるから便利だよ。」と教わったお店にお姉さんが予約してくれた。携帯電話はやはりつながらず、お店のスタッフがメモを見てサクサクと予約の電話を入れてくれたそうだ。


多宝閣甜点集・鮮果毛公鼎
多宝閣甜点集
 いくつもの棚に様々なお菓子が載せられた多宝閣甜点集と、氷職人が毛公鼎の形に作り上げた器に果物が盛られた鮮果毛公鼎でフィニッシュだ。
 流石にこのお菓子全部は食べきれず、いくつかはテイクアウトにさせてもらった。


 私たちがこのコースをいただいていたら、周りのテーブルにいた方々が次々と興味を持ったようで、お店の人がメニューを見せて説明していたのがちょっと嬉しかった。我ながら単純だ。
 高級料理を食べ付けていない私には、3800元の価値は今ひとつ判らないけれど、見て楽しく、食べて美味しく、2時間半をかけた優雅な夕食だった。


 約束の時間より少し前にお迎えの車が来てくれ、そのまま、温莎堡視廳理容名店(ウィンザーマッサージ)に向かった。
 到着すると、店内のお客さんはほとんど日本の方のように見えた。繁盛しているらしく、それほどの売り込みもない。足裏マッサージ(30分コース 700元)と、明日は変身写真を撮りに行くから少しでも写真写りが良くなるよう美顔マッサージ(800元)の二つをお願いした。


 美顔マッサージは、生まれて初めて受けたと思う。夜市などでよくある、糸を巻いてピッと吹き出物などを取る感じで2〜3ヶ所、あとはスチームを当てたり、マッサージをしたり、ひんやりして気持ちのいいクリームを塗ってそのまましばらく放置されたりした。
 お姉さん曰く「何となく調子がいいように感じるのは、お店の人のテクニックじゃなくて、クリームのおかげだと思う!」ということだ。確かに「手をかけてもらった」という感じではない。
 それでも、栄養分を足しました、という感じはある。すっきりした。


 足つぼマッサージはかなりソフトだった。胃のツボを押されて「痛いっ。」と思わず言ったらおじさんに笑われ、「やさしくね。」とそれ以降はさらにソフトな感じになった。ツボを押しているというよりは、マッサージしているという感じだ。
 なかなか気持ち良かった。


 マッサージを終え、お店の車でホテルに戻ったら、やっぱりライトアップは終了していた。23時になっていたのだから仕方がない。
 結局、圓山大飯店のライトアップは、泊まっていながら(泊まっていたからこそ)見逃した。残念である。
 荷物の整理や、お風呂や、何やかやで、寝たのは0時を回っていたと思う。
 明日は、10時までに変身写真のお店に行く。今日よりも少し早起きする予定である。


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2013.12.05

宿を予約する(村杉温泉)

 母が「蟹を食べに行こうか」と言う。蟹を食べ、温泉に浸かるだけの、のんびり旅がいいそうだ。
 しかし、妹が来春出産予定で、かなり早めに我が家にやってくることが予想される。「来る前じゃないと行けないわね」ともおっしゃる。つまりは1月中ということだ。

 行き先についても、北海道は遠すぎると言うし、三朝温泉は「出雲大社も足立美術館も行ったことがあるからいい」とおっしゃる。和倉温泉等々の能登半島も同様だ。
 温泉に入って蟹を食べるだけなら、行ったことがある場所でもいいじゃないかと思うのだけれど、そういうものでもないらしい。

 それならということで、最初は天橋立や城崎温泉を考えていたのだけれど、電車で行くと6時間以上かかるのに1泊2日というのは何とも勿体ない。それは、あわら温泉にしたとしても同じだ。
 だったら、11月に行きそびれた西伊豆に夕陽を見に行こうかというところまで話が急展開したのだけれど、母としてはやっぱり蟹は外せないらしい。

 ここ2日ばかりの自宅にいた時間の8割くらいを費やして探しまくった結果、新潟の村杉温泉にある角屋旅館を見つけ、昨日予約をお願いするメールを入れたところ、今日、OKの返事が来た。
 紆余曲折の末、行き先が決定した。

 さて、お天気が安定していれば瓢湖で白鳥を見たいとは思っているのだけれど、この他にどこへ行ったらいいものか、迷っているところである。

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2013.12.01

那須旅行記の入口を作る

ステンドグラス ここは、母と妹一家と出かけた那須旅行記への入口である。
 この1泊2日の旅行にかかった費用は、一人分約24600円だった。ここには、交通費、宿泊費、食事代、入館料等が含まれているが、お土産代は含まれていない。

 以下の日程をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。

1日目 2013年11月17日(日曜日)

2日目 2013年11月18日(月曜日)

 

持ち物リスト(那須編)

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