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2014.11.30

中米3ヶ国旅行記7日目その3

2012年12月21日(金曜日)


グランプラザと2号神殿 マヤ暦が一巡するこの日までにティカル遺跡2号神殿の階段を修理するという話もあったそうだけれど、残念ながら、まだ修理が終わっておらず、こちらも上ることはできなかった。残念である。
 この日現在、上ることのできるピラミッドは4号神殿だけだ。
 「6号神殿は?」と尋ねたら、「発掘もしていないので、登ろうと思えば登れるけど小さいし。」というお答えだった。「地球の歩き方」には復元作業が終了して公開されていると書いてあったんだけどなと思う。


 グランプラザにある北のアクロポリスは、大きな基壇にピラミッドがいくつも乗っかっている、いわば歴代王の霊廟群である。
 そして、北のアクロポリスにある22号神殿がティカル遺跡で一番高い建物だという。てっきり、1号神殿か4号神殿が一番高いと思っていた。
 北のアクロポリスからは、グランプラザと1号神殿、2号神殿、そして奥に5号神殿という景色を見ることができる。


4号神殿 がんばって登った22号神殿の上からは、4号神殿がジャングルの向こうに霞んで見えていた。こちらから見えているから、逆に、4号神殿に登れば22号神殿を辛うじて見ることができるだろう。
 まだまだ霞んでいるけれど、かなり視界は開けてきている。「ティカル遺跡で日の出」を見るのは結構難しいらしいと了解した。
 昔はもっと拓けていて色々とばっちり見えていたんだろうなと思うし、そうしてぴょこぴょことジャングルから見えているところがティカル遺跡のいいところ、という気もする。


 今いる北のアクロポリスは、ティカル遺跡における先生のメイン・フィールドになり、ペンシルバニア大学の調査で全体の65%くらいがセメントで固められてしまっており、それは「よろしくない」ので、土を入れて芝生を植える計画もあるという。
 未発掘部分の調査も合わせ。全体で10年計画というスパンになるそうだ。
 気の遠くなるような話である。


わらぶき屋根座面 22号神殿から降りる途中で見かけ、「これは何かですか?」と質問をしたところ、「そうですね、座面の名残ですね。」という回答だった。
 右側は発掘の途中らしい。わらぶき屋根が一応付けられているものの、全く役に立っていないということがよく判る。また、側面から見ると、雨にやられて石灰岩がかなり溶けてきてしまっている。
 早急かつ効果的な保護が必要とされている所以だ。


貯水池 下を覗き込むと、そこは王家の貯水池だった場所だ。
 貯水池はいくつもあったけれど、中でも王家のものはかなり大きい部類になる。
 覗き込んでもただのジャングルにしか見えない。言われなかったら絶対にここが貯水池だったなんて思いもしないに違いない。
 この近くには、ペンシルバニア大学が調査のために穴を開けたものの放置されたままになっている神殿があり、先生はそこをさらに掘り進めて調査をしてみようかと思っているとおっしゃっていた。
 本当に気の遠くなるような話である。


マリンバ 北のアクロポリス見学中もずっとマリンバの演奏が聞こえていた。
 降りてくるとより鮮やかに聞こえる。
 マリンバの周りでは踊っている人達もいる。スクールメイツみたいな簡単な踊りに見える。
 マリンバを演奏しているうちのお一人は、ガイドさんの織物の先生のダンナ様で、ガイドさんも「こんなところで会えるなんて!」とびっくりしていた。
 織物にしても、マリンバにしても、伝統を守ろう伝えようとしている人は限られているのかも知れない。


冒険家のサインサイン


 左の写真の建物は中央アクロポリスのうちのどれかじゃないかと思うけれど確信はない。
 中央アクロポリスは貴族の住居や政治を行う場所だったらしい。だから、ベッドやベンチらしきものも残っている。
 真ん中の入口に人が集まっているのは、有名な(といってももちろん私は知らない)探検家である、テオベルト・マーラーが住んでいたことがあり、サインが残っているからだ。
 もちろん、後でしっかり覗き込んで、サインの写真も撮った。
 しかし、先生は「冒険家」と説明したけれど、考古学者でもあった筈で、それなのに遺跡に落書きしていいのか、と思ってしまう。
 実際、このサインがある壁は、マネした観光客のいたずら書きで一面が埋まっていた。嘆かわしい話である。


中央アクロポリスと1号神殿(推定)5号神殿


 ティカル遺跡では、ほぼずっと、一体自分がどこを歩いているのか全く判っていなかった。ガイドさんについて歩いていただけである。
 先生に「階段があるところは登ってよし。」と言われたので、中央アクロポリスの中を登れるだけ登って、グランプラザ側を見て1枚(左)、振り返って反対方向ににょきっと見える5号神殿を1枚(右)撮った。
 5号神殿の左側に階段というよりははしごが付けられているのが見える。しかし、現在は、先ほども書いたように、残念ながら登ることはできない。


建造物内部 建造物の中に入ると、天井や壁に木材(と思われる)が張られて残っている。
 マヤアーチを支える梁も見えている。梁にしては細すぎるような気がするけれど、位置的には梁だ。
 まさかオリジナルではあるまいと聞いてみたところ、テオベルト・マーラーが撮った写真にもこうした壁や天井が写っているそうだ。マーラー氏もいたずら書きだけしていた訳ではないらしい。
 先生曰く「ペンシルバニアがやったにしては・・・。」ということなので、難しいところだけどオリジナルの可能性が高いらしい。


中央アクロポリス建造物53 相変わらず自分がどこにいるのか判らないまま歩いていた。これは多分、中央アクロポリスの建造物53である。
 左側のちょっと独立しているっぽい建物を合わせると、4階建てになっている。
 中央アクロポリスと、正面に見える5号神殿とその隣の南のアクロポリスとの間には、貯水池があったそうだ。
 ちょっと低くて木々が多い場所は、元貯水池と思っていいのかも知れない。


 残っている建物と残っていない建物との違いがどこにあるのかと質問してみたら、「接着剤の違いですね。」という回答だった。
 意外といえば意外だし、当然な気もする。何というか、基盤がしっかりしているからとか、もうちょっと土木っぽいというか、大本のところの問題のような気がしたけれど、そうではないようだ。


 トイレ休憩しているときに、「汗びっしょりだねぇ。」としみじみ言われ、洗濯の話になった。
 ティカル遺跡を歩いている間、ガイドさんからも添乗員さんからも「今日は過ごしやすいですよ。」「ラッキーですよ。」と言われていて、確かにパレンケ遺跡ほどは蒸し暑くないけれど、それにしたって大汗である。
 10日間の我々のツアーは連泊がない一方で、19日間ツアーは連泊が何回かあるそうで、その方は連泊したホテルでランドリーサービスを使っているとおっしゃっていた。
 なかなか、そういう意味でもハードなツアーである。


3号神殿の表側3号神殿の裏側 再びざくざくと歩いていると、ぽっかり、3号神殿の裏側が見えた。
 3号神殿の裏側は全く崩れたことがないそうだ。今、我々が見ている石組みはオリジナルということになる。凄い。
 3号神殿はティカルでもっとも新しい建造物のうちの一つで、810年に造られている。1号神殿と4号神殿のそれぞれから見た日の出が交差する場所にある。
 基壇が60mくらいあり、表側は発掘されていないので、発掘前の様子を知ることができる。ずばり、山である。丘である。急斜面である。
 思わず「こちら側が正面ですか?」と間抜けな質問をしてしまった。


 ついこの間、雷がこの3号神殿に落ちて、上部は修復中だ。足場が組まれている。
 それとは別になのか、そのついでなのか、どさくさ紛れなのか、上部の神殿だけでなく下部の調査もしたいという許可申請がなされていて、ロープが張ってあるからもしかすると許可が出て下部の調査が始まるのかも知れないと言う。
 しかし、4号神殿も同じこと(というのは、つまり下部の発掘という意味だと思う)をやって、何億円つぎ込んでも終わらないという泥沼に陥っているらしく、先生の口調は苦々しい。


祭壇と石碑 その4号神殿に向かう。
 4号神殿は他の建造物とは離れた場所にある。
 途中、割れた祭壇や石碑がいくつか転がっている場所があった。オリジナルは状態が良かったので石造彫刻博物館に収められているという。
 王の墓を掘り出している様子が彫られている。


4号神殿正面 ほとんど丘のような斜面のようなビジュアルで全く感興が湧かないけれど、これが4号神殿正面である。
 手前に見えている階段は、4号神殿の基盤の一部だ。
 ここが基盤の一部で、てっぺんがあの位置だとすると、4号神殿は一体どれだけ大きいんだと呆れてしまう。手前の階段と向こうに見えているてっぺんとが一つの建物だという感じがまったくしない。
 4号神殿の調査・発掘が泥沼に陥っているという先ほどの先生の説明に、なるほどこれじゃあね、と思う。


4号神殿上り口 やっと、4号神殿の上り口に到着した。
 何だか凄い人で、順番待ちの行列ができている。ティカル遺跡は今日、グアテマラ人は無料ということで普段からは信じられないくらい混雑しているらしいけれど、それにしてもびっくりだ。
 ガイドさんに重い荷物は見ておいてくれるとおっしゃっていただき、カメラと貴重品だけ持って行くことにする。
 木の階段が上まで続いているそうだ。要するに、てっぺんの神殿まではほとんど土に埋まっているということだろう。


 なかなか入場制限が解除されず、おしゃべりしながら待つ。15分も待つと上から大集団が降りてくるのが見えた。
 そして、周りのグアテマラ人がいきなり色めき立ち、特に女性は黄色い歓声を上げる。先生によると、降りて来たのはラテンアメリカで「もの凄く有名な」歌手だったらしい。ガイドさんもファンだそうで、にこにこしている。
 先生の方は全く興味がないらしく、「みんなが彼に気を取られている隙に上りましょう!」と声をかけ、4号神殿に上り始めた。
 今思えば、「もの凄く有名な」歌手の方の写真の一枚くらい撮っておけば良かったと思う。


 中米3ヶ国旅行記7日目その2 <- -> 中米3ヶ国旅行記7日目その4

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2014.11.17

宿を予約する(西伊豆)

 この年末年始は、並びが良すぎて海外ツアーのお値段も跳ね上がり、海外脱出は見送ることに早々に決定していた。
 でも、可能なら久々に年末年始に旅したい。

 お正月の2日か3日に妹一家がやってくるのが恒例で、それならば年内に出かけようかと考えていた。
 おせちを配達してもらうために31日は家に居たいとか、年内最後のゴミの日にちゃんとゴミを出したいとか、様々な思惑が交錯し、29日からの1泊2日が候補に挙がった。
 それならば、2014年1月に行きそびれた村杉温泉がいいかしら、30日までは瓢湖までの早朝送迎バスもあるしと考えていた。

 ところが、この週末に我が家にやってきていた妹が宣言して曰く、「私たち、12月20日から27日まで泊まりに来るから!」
 初耳である。寝耳に水である。
 妹の言う「私たち」というのは、妹と、3歳と0歳の甥っ子のことで、それでは妹たちがいる間は大掃除などほとんどできないに決まっている。

 それならばと計画を練り直し、2015年1月1日から1泊2日で宿を探した。
 近場の熱海でいいかなとか、年始なら富士山を見たいなとか、初日の出とは言わずとも海から昇る日の出がみたいなと思って当たった宿はほぼ売り切れていて、結果、西伊豆の宿を押さえることができた。

 気がついたら沼津と土肥を結んでいたフェリーが定期運行しなくなっていて、それならば清水まで足を伸ばして船から富士山を拝もうかしら、堂ヶ島で遊覧船に乗ろうかしらなどと計画しているところである。

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2014.11.03

北斗星旅行記の入口を作る

北斗星 ここは北斗星旅行記への入口である。


 1日目は旭川空港に飛んで、旭山動物園を見学したり、優佳良織を体験したりし、2日目は黒岳ロープウエーに乗って黄葉を楽しんだ後に札幌に向かい、北斗星に乗車して(しかも、ロイヤル!)3日目の朝帰ってきた。
 この旅程で名前をつけるとしたら、「北海道旅行記」や「旭川旅行記」ではなく、やっぱり北斗星旅行記である。


 この1泊2日の旅行にかかった費用は、一人分約100000円だった。うち8割くらいは交通費である。
 ここには、交通費、ホテル代、食事代、入館料等が含まれているが、お土産代は含まれていない。


 以下の日程をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。


1日目その1 2014年10月3日(金曜日)


1日目その2 2014年10月3日(金曜日)


2日目その1 2014年10月4日(土曜日)


2・3日目 2014年10月4日(土曜日)・5日(日曜日)


 


持ち物リスト(北斗星編)

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北斗星旅行記2・3日目

2014年10月4日(土曜日)


北斗星 17時前に北斗星が入線するホームに上がった。
 私の部屋は9号車である。どうやら後方の車両らしい。
 札幌駅では、入線してくる北斗星を撮影しようと人がどんどん集まってくる。流石だ。
 反対側のホームに回ってベストポジションを確保している方もいて、お仲間らしい方から「乗り遅れるなよ。」と声をかけられている。気合いの入り方が違う。
 17時12分発なのに、入線が17時過ぎというのは意外だった。もっと早々と入線して乗車にも余裕があるものだと思っていた。


入口 そんなに急いで乗車する必要もあるまいと、車両入口の写真などを撮る。
 最後尾の車両のすぐそばで車掌さんが待機しており、そこに恐らくは車内サービスの責任者の方だろう男性が挨拶にみえていた。毎日繰り返されている儀式なんだろうなぁと思う。同じ組み合わせになることも多いだろうに、多分、毎回ちゃんと挨拶をされるんだろう。
 ちょっといいものを見た。


通路肘掛け椅子 通路は結構狭い。荷物を持ったり転がしたりしているとすれ違うのがちょっと大変なくらいだ。
 個室の扉は開いていて、お父さんとお嬢さんの親子連れが覗いていた。そりゃ見たいよねぇと思う。同じ車両にもう一つある同じタイプのお部屋はすでに扉が閉まっていたから、乗車されているのだろう。


 9号車は半分がロイヤル2部屋、もう半分はソロのお部屋になっている。
 ドアを入ると、部屋は一段高くなっていて、靴を脱ぐ場所がちゃんとあり、スリッパも用意されている。
 ライティングデスクがあり、一人用の肘掛け椅子がそこにセットされている。この椅子の座り心地がいい。
 窓の下には、BGMを流せるボタンや時計(目覚まし機能付き)などがある。


 あちこち点検していると、車内放送があった。これを全部ICレコーダーで録る人がいるというのも判るなぁと思う。内容が盛りだくさんで覚え切れないし、何とも旅情を感じさせる放送だ。
 青函トンネルに入る時刻、出る時刻も教えてくれる。
 そして、室内のモニターはテレビが映る訳ではなく、通常はDVDの放映があるらしい。「本日は都合により中止いたします。」というアナウンスが入った。上映されていても多分見なかったとは思うけれど、しかし残念である。
 また、JR北海道のグッズ販売は、販売数が少ないため19時26分の洞爺駅出発後にロビーカーで行いますと言っていた。恐らく、フライングして車掌室にいらしても売りませんよ、という意味だと思う。


ルームサービスお酒とおつまみ 発車の瞬間を窓から動画で録ったり、個室内のあれこれを見たりしていると、発車してすぐ、ルームサービスセットが届いた。
 ウィスキーとワインとお茶とお水と氷である。
 早い! と思ったけれど、それは私がはしゃいできょろきょろしていたための錯覚で、すでに発車して20分も経過していた。
 お忙しいところをお願いし、エラソウに座っている写真を撮っていただいた。
 お部屋の中はかなり暖かかったので、氷が溶ける前にと早速ウィスキーの水割りを作り、札幌駅で買って来たチーズとともにいただく。我ながら、お酒に関しては準備万端、抜かりない手配である。


 抜かりない手配を回ってきた車掌さんに見られてしまうのは若干恥ずかしい。もっとも、車掌さんの方は慣れていて、全く興味も持っていないことがよく判る。
 乗車券と寝台特急券を見せ、カードキーをもらう。カードキーの使い方も教えていただいた。


ベッド ベッドは予めここまでセットされていた。
 せっかく綺麗なシーツをくしゃくしゃにするのが忍びなかったのと、函館駅で停車しているときに車外からこの部屋の写真を撮ってやろうという野望があったので、なるべく綺麗に保つべく、函館駅まではベッドに座ったり寝転んだりすることはしなかった。
 回転椅子の座り心地が良かったからということもある。


シャワートイレと洗面台 それにしても感心したのはシャワールーム兼トイレ兼洗面室である。
 これぞ日本人! というコンパクトさだ。洋式の便座も洗面台も収納式、奥の壁に付いている銀色の蓋はトイレットペーパー入れで、シャワーを浴びるときはこれらは閉めておく。
 シャワーは、緑色のボタンを押すとお湯が出て、赤い色のボタンを押すと止まる。「お湯を出せる時間」は10分で、タイマーが減って行く。
 ロイヤルを私は一人で占拠したけれど、この部屋はダブルベッド仕様にもできて二人で乗車することもできる。そのため、シャワーもMAX10分を2回使うことができるのが嬉しい。


アメニティセット 18時前に、食堂の用意ができたこと、車内販売が開始されたこと、それからシャワーチケットが売り切れたことを知らせる放送が入った。
 私の夕食の予約は、2回目19時40分からだから、まだ余裕である。
 ネットのアドバイスで「シャワーチケットは乗車後すぐに買いに行きましょう」と書かれていたとおり、本当に売り切れてしまうんだなと思った。
 「北斗星」というネーム入りのタオルが含まれたシャワーセットも販売されていて、お土産に買おうかと迷っていたところ、ロイヤルにはアメニティセットがついてきたので、十分だと思い直す。


 この頃から車内販売が通路を何往復もしていたように思う。
 最初に来たときに声をかけて見せて貰ったら、なかなか迷うラインアップだった。売り子のお兄さんによると、北斗星のサブレが一番人気らしい。
 あまり引き留めてても悪いなぁと思っていると、「食堂車にも同じ商品を置いていますので、そちらでもお買い求めいただけます。」と教えてもらい、「じゃあ、考えます。」と答えた。
 ストラップやお菓子、オモチャ系のグッズも販売されていた。


月 私が乗り物に乗ると晴れる法則は最後まで健在で、札幌を出てすぐの辺りでピンクに染まる空を見ることができたし、登別辺りでは、綺麗な月を見ることができた。
 お部屋の電気を消して、ぼーっと月を眺める。
 写真は撮りそびれてしまったけれど、室蘭の辺りでは工場群の煌々と明るい姿を見ることもできる。
 夜は夜で、車窓もなかなか楽しい。
 月がずっと「北斗星」に付いてきているように思える。


 洞爺駅を出たら車内販売が始まる。
 とりあえず行くだけ行ってみようと、列車が洞爺駅を出てすぐ食堂車を通り抜けてロビーカーに行ってみたら、10人以上も列ができていて驚いた。
 みんなそんなに北斗星グッズが欲しかったのか!
 そして、もちろん列は後方車両からだけでなく、前方車両からもできている。
 販売しているのは年配の車掌さんで、ちょうど通りかかった若者の車掌さんに「いつもこんなに並ぶんですか?」と尋ねたら、「いえ、今年になってこんなに並んでいるのは初めて見ました。」という返事だった。
 この日は、鉄ちゃんが多く乗車していたのだろうか。


北斗星の小銭入れ 19時40分からの食事開始の放送が入ったのを無視し、ここまで並んだら粘ってみようではないかとそのまま並び続ける。
 そうしている間も、私の後ろに並ぶ人もいるし、諦めて戻る人もいる。
 かなりドキドキして待っていたところ、私の番になったとき、小銭入れが茶と黒と一つずつ、あとはコースターが販売されていた。その他の商品は売り切れである
 この他にキーホルダーや懐中時計などが販売されていた筈だ。
 茶色の小銭入れを購入した。


 急いで食堂車「グランシャリオ」に行くと、どうやら私が最後のお客だったらしい。
 あと一つ空いているテーブルがあって、車内放送も何回かかかっていたけれど、そのテーブルにはついにお客さんは来なかった。他人ごとながら、どうしたのだろうと思う。
 ルームサービスで白ワインをいただいたし、フランス料理コースのメインの肉料理が牛フィレ肉のソテーだったので、赤ワインをお願いした。


 グランシャリオのメニューには、北斗星・カシオペア(食堂車)の歴史も書かれている。
 説明によると、北斗星のデビューは青函トンネルの開業に併せた1988年3月13日で、運転開始と同時に食堂車「グランシャリオ(=北斗七星)」の営業が開始されている。
 当時から、フランス料理と懐石御膳のメニューがあったらしい。


前菜 メニューの説明を読んでいるうちに、オードブルの「帆立貝柱とサーモンのマリネ 紅白仕立て)が供された。
 うん、美味しそう。
 サーブのスタッフの方が本当に見事で、列車の揺れでぐらつくことはあっても、絶対にお皿も落とさず、お皿の水平を保ち、ワインの入ったグラスからワインが零れることもない。もう拍手したくなるくらいである。
 北海道産(に違いない)の魚介は美味しい。


 寝台車に乗ってこんなにちゃんとしたお料理が食べられるなんて、やっぱり予約してよかったなぁと思う。食堂車がなくなってしまうかもという話も耳にしていて、何だか寂しいなぁと思う。
 もっとも、そう言いながら、私が寝台車を利用するのは生まれてから3回目だし、食堂車を利用したのは今回が初めてだ。


魚料理肉料理


 お魚料理は、「牡丹海老と白身魚のワイン蒸し 赤ワイン風味のクリームソース」で、ほんの少しお魚がぱさぱさしているかなと思ったけれど、ご愛敬の範囲である。そして、飲み物に赤ワインをいただいた私としては、お魚料理にも赤ワインが合うのが嬉しい。
 お肉料理は、牛フィレ肉のソテー 大地の野菜添え マスタードソースで、この付け合わせの野菜が凝っている。白い丸が月で黄色い三日月、オレンジの星と自然に見立ててある。可愛らしい盛りつけだ。


デザート デザートも可愛らしく、マンゴーのムースの上にはチョコの北海道が乗っていて、ラズベリーのシャーベットにブドウがついていた。
 もちろん、コーヒーもいただける。


 お隣のテーブルに盛り上がってお酒をがんがん飲んでいる男性グループがいらしたので、こちらも安心して「最後の一人じゃないもん」とゆっくりといただいた。
 食堂車で1時間かけてゆっくりお食事なんて、本当に有り難い。20時50分ころに席を立った。
 予約したときにあと少しで満席と言われたので、もしかしたら相席の可能性もあるかもと思っていたけれど、相席はやっていないようだ。二人席はほとんど一人客、4人席は2〜3人で利用している。
 女性は、カップルでいらしていた一人と、あと私だけだった。


食堂車 食事の後、ちょっとロビーカーを覗いてみようかと食堂車を通り抜けたとき、パブタイム開始前だったので当然のことながらまだ誰もおらず、それならいいかしらと食堂車の写真を撮らせてもらった。
 誰もいないと寂しい。
 ロビーカーに行ってみるとそこはほぼ満員で、そのほとんどの人はパブタイム開始を待っている様子だ。
 パブタイム開始の放送が入ったのは21時20分頃だったから、相当長く待った方もいただろうし、もしかして、時間切れで入れなかった人もいたのではないかと思う。


車窓から 21時39分に函館駅に到着した。1〜2分の遅れだったらしい。
 ホームに降りて、当初予定どおり、窓の外から自分のお部屋A寝台個室ロイヤルを記念撮影する。
 このために、函館到着直前、お腹いっぱいでかったるい身体にムチ打って、撮影に耐えるよう部屋の中を超特急で片付けた。
 札幌駅では、通路側のホームに列車が入ってくるので、この写真は撮れない。
 空いているソロやB寝台ではカーテンが開けたままだったので様子を見ることができた。意外と空きが多いことに驚く。ソロだったら、それほど苦労せずに指定を取ることができそうである。


連結作業先頭 函館駅で進行方向が変わる。今まで引っ張って来た機関車を外し、これまで最後尾だったところに青函トンネル仕様の機関車を連結する。
 元気な青少年はホームの端から端まで走って両方の様子を見学し、写真に収めていたようだ。私にはそこまでの根性はない。近いし、この青函トンネル仕様の機関車は青森でまた付け替えられてしまうので今しか見ることはできないしと思い、こちらの連結の様子を見学する。
 人がもぐって最後の仕上げをしていて、意外とアナログなやり方なんだなぁと思う。


 函館駅で停車時間を調整して遅れを取り戻したものの、途中、対向車が遅れているため止まりますというアナウンスが入った。
 どうせあとは寝るだけだし、上野到着後に用事がある訳ではないので遅れても構わないけれど、青函トンネル突入の瞬間を見たいので、できれば予定通りに走って貰いたい。
 青函トンネル突入は22時台なので、まだ時間がある。シャワーを浴びてベッドを作って備えた。


ベッドメイキング ドライヤーも備わっていたけれど風邪をひきそうな気がして髪を洗うのは止めにした。
 髪を洗わなければ、10分は十分過ぎる時間である。半分近くの時間を余らせた。何だか勿体ない気がするのは単なる貧乏性だと思う。
 このお部屋は「一人用寝台」ではあるけれど、二人で利用することも可能である。そのため、ベッドの下にもう一枚ベッドが隠されていて、それを引き出してベッドを広くすることができる。
 もちろんそのようにセットして(その代わり、こうしてしまうと回転椅子は全く回転できなくなる)、広々と寝むことにした。


 北海道側からの青函トンネル突入は本当に判りづらかった。
 青函トンネル突入前に、いくつもいくつもトンネルを抜ける。この際、車内放送でカウントダウンでもして欲しいくらいだけれど、「お寝みのお客様もいらっしゃいますので。」と、本日の車内放送はこの時点ですでに終了しており、福島駅到着まで休止している。
 何度も何度も「突入した!」、「何だ、違った(すぐにトンネルから出るので判る)」と繰り返した末、あまり自信はないけれど、恐らく22時48分に北斗星は青函トンネルに突入した。
 気のせいか(気のせいだと思うけれど)、他のトンネル内部を走っているときとは、走行音が違っているような気がする。


青函トンネル通過中 トンネル走行中も飽かず窓の外を眺めて適当にシャッターを押していたところ、明るいトンネルのような場所が撮れた。。
 今は停まらなくなってしまった(だから、見学することもできない)竜飛海底駅の跡ではないだろうか。
 本当は、最深部もチェックしたくて、蛍光灯の色が変わると聞いていたので注意して見ていたつもりが、全く判らなかった。ぼーっとしている間に通過してしまったと思われる。徐行運転サービスを希望したい。
 23時半にはなっていなかったと思う。列車が青函トンネルを出たと思しき辺りで、眠りについた。


 


 


2014年10月5日(日曜日)


 私は飛行機では絶対に眠れないけれど、電車ではあっという間に眠ることができる。
 北斗星は車両も古いし、線路の整備もよくないので眠れないという書き込みをネットで見たけれど、意外なくらい熟睡できた。青森停車も知らないし、仙台停車も知らない。
 隣の客室をノックする音で目が覚めたら、もう6時だった。


ソファ仕様 朝のコーヒーと新聞を7時にお願いしてあったので、早めにベッドをソファ仕様に直した。
 お腹が空いたらイヤだなぁと思って7時にお願いしたけれど、これなら8時にお願いして寝坊しまくるという手もあったなぁと思う。
 6時25分に車内放送が再開され、やっぱり6時起床がいいところだと思い直した。流石に放送が入っても寝ているだけの強者ではない。
 現在、6分遅れで走行しているとアナウンスがあった。


朝食 6時半に食堂車の朝食営業開始のアナウンスが入った。
 上野到着が9時38分で、朝の食堂車の営業時間は短い。きっと混んでいるのだろうと様子を見に行くのは止めにした。
 その代わり、さっとシャワーを浴びて汗を流し(暖房を弱く入れておいたら、意外と暑かった)、さっぱりして待っていると、7時にコーヒーと新聞が配達された。
 昨日、北斗星に乗る前に駅構内で購入しておいたパンとともに朝食である。


 その後は、ソファに長々と寝そべって新聞を読み、持って来て全く開かなかった文庫本を読み、ぼーっと窓の外を眺めているうちに、9時38分、ほぼ時間通りに北斗星は上野に到着した。
 目覚めたときから窓の外はずーっと雨である。上野に到着しても外は雨である。
 そして、撮り鉄の方々につられ、私も最後の撮影に勤しむ。


エンブレム北斗星


 こうして、2泊3日「北斗星の旅」は無事に終了した。
 機会があったら、次はソロでいいので、天気のいい日に下り電車で旅してみたいものである。


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北斗星旅行記2日目その1

2014年10月4日(土曜日)


 6時半くらいに目が覚めた。朝食を8時にお願いしてあったので、ちょっと早い。
 寝る直前にビールを飲んだのがいけなかったのか、2時間おきくらいに目が覚めてしまい、何だかぼんやりしている。


薔薇風呂露天風呂


 せっかくなので、もう一度薔薇風呂を堪能することにした。相変わらず貸切状態である。
 明るいところで見ると入浴剤の色がかなり濃いことが判る。昨晩よく見えなかった分、特に露天風呂の緑色には驚いた。
 薔薇風呂の写真がソフトフォーカス風なのは、狙った訳ではなくて湯気のためだ。


朝食 7時半前に部屋に戻り、大体の荷造りを終えてから朝食をいただいた。
 和朝食で、昨日「予告」があったとおり、ふわふわの卵焼きがある。マヨネーズと鰹節がかかっていて、見た目はお好み焼きっぽい。せっかく「味の濃い」卵というお話だったし、ちょっと勿体ないなぁと思う。
 焼き魚はほっけである。居酒屋で出てくるほっけは開いてあってその分薄いというイメージだけれど、肉厚のほっけに驚いた。違う魚みたいである。


 朝食を食べ終わる頃に宿の方が何故かみなさんいなくなってしまった。宿のプランで紅葉を見に行く予定で、出発時間を確認したいところだけれど、聞く相手がいない。
 先にチェックアウトの準備をしてしまおうと部屋に戻る。
 お天気は、ちょっと晴れ間が見えたりするものの基本的にどんよりした曇り空で、降らないで欲しいなぁ、無理かなぁ、という感じだ。


 9時半くらいにチェックアウトし、そのまま、昨日迎えに来ていただいた車で黒岳ロープウエイに向かった。おじさん曰く「テレビが綺麗だ綺麗だって言っているから、黒岳に行ってみよう。」ということだ。時期によって行き先を変えているのだと思う。
 もっとも、今年の紅葉は例年よりも1週間ほど早くて、黒岳周辺の紅葉はほぼ終盤らしい。


 この辺りが北限だという田んぼの中の道を走ったり、しばらく「とにかくひたすら真っ直ぐ」な道を車は走って行く。「車の運転はほとんどしないけれど、こういう道なら私にも運転できるかなぁ。」と呟くと、「こういう道こそ危ないんだ。」というお話だった。
 居眠り運転の元だし、集中力を保つのが難しいらしい。
 その他諸々、ちょうど昨晩お世話になった3組のうち1組が親子連れだったこともあって子育て論があったり、政治論になったり、宿のご主人は一家言ありかつそれを開陳することが好きな方らしい。


川と紅葉 しばらく走ると今度は山越えという感じの道になってきて、それに伴って標高も上がり、紅葉もちらほら見え始めた。
 しかし、それと同時にお天気がどんどん崩れだし、山の上の方が雲というか霧というか、真っ白に覆われ始めている様子に若干不安を覚える。
 できれば雨は降らないで欲しいなぁと思っているうちに、降り出した。やはり、天気予報は正確である。


 宿から走ること1時間、10時半くらいにロープウエー乗り場に着いたときには本格的な雨になっていた。
 標高が上がって寒くなっていたこともあり、荷物からレインパンツを引っ張り出して上から履き、フリースの上からウィンドブレーカーを着込んで雨と寒さ対策を万全にすると、おじさんが貸してくれた傘を持って車を飛び出した。
 「ここで待っているからゆっくり行ってらっしゃい。」と言っていただいて、「どれくらいで戻って来ればいいですか?」と尋ねると、今日は北斗星で帰るという話をしてあったので12時くらいまでは大丈夫だよ、というお返事だった。


ロープウエー 流石にこのお天気ではお客さんも少ないけれど、全くいない訳ではない。
 上の方を見上げると真っ白だけれど、ロープウエーから見下ろす紅葉は今が盛りのようだ。
 人が少ない分、ロープウエーの箱の中をどこに動くのも楽勝だったので、右を見たり左を見たり、前方を見上げたり後方を見下ろしたり、窓ガラスが邪魔だよ、雨の水滴が邪魔だよと思いつつ、黄葉を楽しむ。


ロープウエーからロープウエーから


ロープウエーからロープウエーから


黒岳駅 ロープウエーからの眺めを楽しんで到着した5合目は、真っ白だった。
 どれくらい真っ白かというと、これくらい真っ白である。
 周りの景色なんて、本当に何一つ見えない。晴れていたら黒岳や赤岳、流星の滝や銀河の滝なども見えるらしいけれど、ただいま現在は視界ゼロだ。
 5合目まで上がって来ると、もう木々はほとんど葉を落としていて、紅葉は終わっている。
 晴れていても紅葉は見られなかったのだからと思い、こういうのがイソップ童話で学んだ「合理化」という奴だなと思う。


 そして、寒い。
 黒岳駅にあった温度計は6度を指していた。もうほとんど真冬である。
 さらに上の方を目指すリフトが動いていて、二人くらい果敢に上を目指す方がいらしたけれど、雨の中、屋根もないリフトは辛すぎるし、何も見えないことはほぼ確実だったのでパスする。
 途中にあった資料館に入ってみると、そこには「さるのこしかけ」などのキノコがケースの中に並べられ、美しい写真の数々が壁に飾られていた。


 黒岳駅に戻り、あまりにも寒く手が冷たかったので自動販売機のココアを買って飲む。
 温かさが嬉しい。
 11時20分発のロープウエーで下に降りた。


ロープウエーからロープウエーから


ロープウエーからロープウエーから


ロープウエーからロープウエーから


 この後、旭川駅まで送っていただいた。
 帰り道になって晴れた空が恨めしい。もう少し粘っていたら日が射していたのかしら? などと考え、いやあの真っ白な状態から日が射すとはとても考えられないと思い直す。
 今回の旅は、久々に雨女の面目躍如、ほとんど雨を追いかけて旅をしているような感じになっている。


 旭山動物園でスープカレーを食べたのでお昼には旭川ラーメンでしょうか、と言ったところ、駅に向かう途中あさひかわラーメン村に寄ってくださった。しかし、どのお店も大行列だ。
 おじさん曰く「観光客が多いんだよね。」という話だ。ご自身はここに食べに来ることはまずないらしい。
 どれだけ待つか判らないし、だったら札幌まで行って、札幌駅の駅ビルにラーメン村があるからそこで食べたらどうかというお勧めだった。札幌らーめん共和国という場所があるらしい。


 13時13分発のオホーツク4号もあるけれど、それよりは12時55分発のスーパーカムイ22号の方が車体が新しいから綺麗だし揺れないよと、車を飛ばしてくださる。
 旭川駅に到着したのはギリギリで、お礼もそこそこにダッシュしてホームを目指したけれど、如何せん、ミラコロを引きずっているのでスピードが出ない。
 ギリギリのところで間に合わなかった。


 13時13分発のオホーツク4号に乗るか、1時間待って次のスーパーカムイに乗るか迷う。オホーツク4号に乗ると札幌に到着するのは14時45分で、それではお腹が空きすぎる。
 旭川駅周辺は雨も降っていないようだし、駅の近くにあるラーメン屋さんか、大雪地ビール館に行ってお昼ごはんを食べようと駅から出て少し歩いたところで、再び雨が降り出した。
 普通にボストンバッグを持っているのなら傘を差して歩いてしまうけれど、雨の中ミラコロを転がしながら歩くのは面倒である。またまた予定変更だ。笑えるほど雨に祟られている。


ラーメンとビール 駅中に戻り、旭川観光物産情報センターの中にある軽食コーナーで旭川ラーメンをいただいた。
 券売機方式で、どうしてわざわざ「チャーシュー」のボタンがあるのだろうと思ったら、「旭川ラーメン」にはネギとメンマしか具が入っていなかった。
 大雪地ビールもあったので、そのサイズ小と旭川ラーメンのしょうゆでお昼ごはんにする。
 合わせて700円だった。


 食後、みどりの窓口に行って、旭川発、札幌から北斗星に乗るのでその経路で東京都区内までの乗車券と、札幌までの自由席特急券を購入した。
 駅構内にある郵便局に行ってハガキを出す。観光情報センターで聞いたら、郵便局が閉まっていたら駅にポストはないので、一番近いポストはここから見えるローソンだよ、という説明だった。郵便局が開いていてくれて助かった。


プリン 13時55分発のスーパーカムイ24号は意外と混んでいて、始発の旭川駅ですでに2席並びでの空席はないくらいだった。そして、途中駅で乗車する方も多く、割と早い内に満席になったと思う。
 窓の外を眺めていると、青空が見え、日も射してきているのが恨めしい。どうも私が乗り物に乗ると太陽が顔を出すことになっているようだ。
 旭川駅で購入した、スノークリスタルのプリンをおやつに食べる。ちょっと懐かしい感じのプリンで美味しい。


 札幌には15時20分に到着した。北斗星の発車まであと2時間弱である。
 とりあえず改札を出ようとしたら何故か引っかかった。経路まで告げて切符を買ったのに! と窓口に行くと、旭川方面から札幌を経由して千歳方面に行く場合、札幌の少し手前の部分が経路として重なっており、その分をオマケしてくれている、札幌で途中下車したい場合はそのオマケが適用されないので料金がかかる、という話だった。
 納得したけれど、判りにくい。


 夕食は食堂車を予約してあるので調達する必要はない。
 雨が降っているので、「ちょっと観光」というのも面倒臭い。
 くどいようだけれど、お天気さえ良かったらJRタワー展望室に上ろうかと考えていたけれど、今行ってもほとんど何も見えないに違いない。


 展望室の入口フロアに札幌スタイルショップという、”札幌発の地域ブランド「札幌スタイル」認証製品を取り扱うオフィシャルショップ”に行ってみたら、なかなかいい感じの品揃えだったけれど思っていたよりも小さいコーナーだった。
 ここでお土産を揃える、という感じではなさそうだ。


 そのまま駅ビルを渡り歩いていたら、根室花まるという回転寿司のお店が工事中なことに気がついた。ここでお昼ごはんを食べようという計画もあって、目指して来ていたらショックだったろうなぁと思う。
 なかなか思うようには行かないものである。しかし、我ながら色々とギリギリでクリアしているよなぁとも思う。


 大丸を出てそろそろホームに向かおうと歩いていたら、I.T.'S.インターナショナルの期間限定ショップが出ていて、何故かフラフラと吸い寄せられた。
 ミラコロを転がして、札幌のデパートで何をやっているのかと思いつつ、いい感じのVネックの薄手のセーターを購入した。


 明日の朝食は食堂車に行くことも考えたけれど、せっかくだからロイヤルの客室を堪能しようではないかと思い直し、駅構内のベーカリーショップで朝食用のパンを購入する。
 何だかもの凄い荷物になって北斗星がやってくるホームに上がった。


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