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2015.11.30

ツアーに申し込む(八重山)

 2015年3月に沖縄旅行を計画していた。
 母が本当には行ったことがあるから離島に行きたいと言う。本当はレンタカーで自由に回る方が便利そうだけれど、如何せん、もう5年以上運転をしていない私の腕では心許ない。かなり真剣に観光が全てセットされているツアーを探した。
 キャンセル待ちをした上でやっと申込みができたのに、私の仕事の都合でキャンセルせざるを得ず、かなり悔しい思いをしていた。

 そのリベンジをしようと母と意見が一致し、ネットや旅行代理店店頭のパンフレットも集めまくって検討したところ、昨年に申し込んだツアーがやっぱりいいということになった。
 我ながら、判断基準がぶれていない。

 仕事の状況がどうなるか一抹の不安がありつつ、昨日(2015年11月29日)、ツアーに申し込んだ。
 来年は念願の沖縄にぜひ行きたいと思う。

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2015.11.19

旅行を中止する(鬼怒川)

 2015年11月21日から1泊2日で妹一家と母との6人で鬼怒川温泉旅行を計画していた。

 そろそろスペーシアの手配でもしようかしらと思っていたところ、妹から、インフルエンザの予防接種を受けた甥っ子(兄)が高熱を出してしまったので温泉旅行は中止、宿をキャンセルして欲しいと連絡が入った。
 妹としては「3日前ならキャンセル料がかからないのではないか」と思ったらしい。
 しかし調べてみたら、今回予約した宿では3日前から前日まで20%のキャンセル料がかかることが判り、妹に連絡したところ、「甥っ子(兄)がこの旅行を凄く楽しみにしてるんだよね」「そしたらちょっと様子を見る」という返事だった。

 今(2015年11月19日)、妹から、甥っ子(弟)も高熱を出してしまったので、やっぱり宿をキャンセルしてくれと連絡が入った。
 母に一応「二人で行く?」と聞いてみたところ、「別に行かなくていい」というつれない返事だったし、紅葉の時期も過ぎてしまっていることだし、旅行は完全中止とした。

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2015.11.08

宿を予約する(草津)

 今日(2015年11月8日)、年明けに温泉に行こうと宿を予約した。
 母が「草津に行ってみようか。」と言うので「行ったことないの?」と驚いて聞き返したら「ない。」とおっしゃる。
 そういうことなら企画しようではないか、と張り切った。

 とはいうものの、私も20年近く前に出張で一度行ったことがあるきりである。
 ただ、これまた10年以上前のことではあるけれど、中学時代の友人に片岡鶴太郎美術館を強力に勧めてもらったことがあるのを思い出した。
 こういうのは「ご縁」である。

 調べたところ、片岡鶴太郎美術館は草津ホテルグループの一つ、という位置づけのようだ。
 草津ホテルと、別館の綿の湯とで迷ったけれど、「源泉が二つ」「全10室」というかなり惹かれる謳い文句が踊っていた綿の湯を選んで、予約した。
 露天風呂がないのは残念だけれど、真冬のことだし、良しとしよう。
 草津ホテルでの日帰り入浴も可能だそうなので、そちらで楽しむという方法もありそうである。

 雪見ができるといいなぁと思っている。

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カムチャツカ旅行記の入口を作る

フラワーハイキング ここはカムチャツカ旅行記への入口である。

 以下の日程をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。

1日目 2015年8月8日(土曜日) 出発 −> ペトロハヴロフスク・カムチャツキー到着

2日目その1 2015年8月9日(日曜日) アバチャ山麓フラワーハイキング

2日目その2 2015年8月9日(日曜日) ハラクトルスキー海岸フラワーハイキング

3日目 2015年8月10日(月曜日) ビリュチンスキー峠フラワーハイキング

4日目 2015年8月11日(火曜日) ヴィストラヤ川下りとヴァチカゼツ高原フラワーハイキング

5日目 2015年8月12日(水曜日) ペトロハヴロフスク・カムチャツキー市内観光 −> 帰国

 

その国の旅を終えて 100の質問 (カムチャツカ編)

持ち物リスト(カムチャツカ編)

2015年08月 「カムチャツカでフラワーハイキング」の写真

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カムチャツカ旅行記5日目

2015年8月12日(水曜日)


朝食 今日のオプショナルツアーの出発は11時とかなりゆっくりである。
 6時半くらいに目が覚めてしまったので、ゆっくりと紅茶をいただき、昨晩に引き続いて荷造りを進める。
 雲が多いものの、ビリュチンスキー火山は見えているし、エンジェルスステップも見える。
 8時からの朝食では、「最後だし」とミルク粥を食べるかどうかでかなり逡巡し、そもそも私はおかゆがあまり好きではないと思い直してパスした。
 一口くらい食べても良かっただろうか。


キオスクホテルと戦車のモニュメント


 朝食後も集合まで時間があったし、荷造りもほぼできあがったので、2日目に行ったスーパーマーケットまで歩いて行ってみた。
 まだ開店していなかったけれど、歩道にはちょうど駅のキオスクのような売店があり、雑誌やジュースなどが売られている。お店のおばさんがいるとなかなかしげしげとは見られないので、じっくり眺める。
 私たちが泊まったアバチャホテルのちょうど目の前には戦車のモニュメントがある。六輪駆動車で出発するたびに見かけてはいたけれど、こんなに近くで見るのは初めてだ。


ベリー類野菜 スーパーマーケットまでは下り坂を徒歩7〜8分である。すでに結構な数の車が駐まっている。
 果物はほぼ輸入だとオリガが言っていたとおり、かなりお高い。キウイが3つで390ルーブルもしている。
 冷凍のベリー類がたくさん売っていて、何となくロシアっぽい。
 何種類ものペリメニが冷凍されて売られていたのも気になる。家庭料理でありつつ、冷凍食品を買ってきて食べる人も多いらしい。
 ウォッカの種類の多さには圧倒される。
 キッコーマンの醤油が普通に売られているのは何となく嬉しい。


 10時を過ぎると2階と3階のフロアにも行けるようになった。覗いてみると、2階はホームセンターというか電器屋のようなところで、3階では子供服とおもちゃを売っていた。
 スーパーマーケットや上のフロアをうろうろしていたら時間がなくなってしまい、また、今日のオプショナルツアーにもスーパーマーケットと市場がコースに含まれているので、ここでは職場へのお土産にチョコ菓子を買っただけで退散した。


 ホテルに戻り、10時半のバゲージダウンに合わせて1階にキャリーケースを持って行ったら、すでにツアーの方々はお部屋も空けてロビーで寛いでいた。
 早い。
 このときに、初日に預けてあったパスポートと出国カードが返され、出国のときに必要だというホテルの滞在証明書を渡された。
 もう1回お部屋に戻って、あたふたと最後の点検等々をしていたら、添乗員さんから電話で呼び出されてしまった。集合時間まであと10分あるのに! とさらにあたふたと部屋を出る。


 今日のオプショナルツアーにはオリガは同行しない(オプショナルツアーに参加しない方のフォローをする)と聞き、「お嬢さんに。」と持参していたキャンディの詰め合わせを差し上げた。オリガに「龍角散って知ってる?」と聞いたら「お薬ですね。」という返事だったので、「これは龍角散の飴だから、お嬢さんは好きじゃないかも。」と言ったら、「そうしたら、私が食べます。」と笑っていた。
 本当にお世話になった。
 出発前に空港でまた会えると聞き、またね、と手を振る。


博物館 4〜5人を除いてほとんどのツアー参加者がこのオプショナルツアーに参加していたと思う。
 今日のガイドはユリア(初日に来てくれたユリアとは別人)という若い女性である。添乗員さん曰く「日本で働いていたこともある超優秀な女性。」である。
 オプショナルツアーのバスは、まず、郷土史博物館に向かった。
 郷土史博物館では、博物館のスタッフが見学ツアーの様に説明をし、その説明をユリアが日本語に通訳してくれる。
 写真を撮る場合は、カメラ代150ルーブルを支払う。


 20世紀初頭、ペトロパヴロフスク・カムチャツスキーは小さな村で、1200人くらいしか住んでいなかったそうだ。この郷土史博物館がある辺りが、その頃の村の中心だという。
 今では、カムチャツカ半島全体に30万人が住んでおり、ペトロパヴロフスク・カムチャツスキーにそのうち20万人が住んでいる。半島にはあと二つの都市があるけれど、全体の2/3がペトロパヴロフスク・カムチャツスキーに住んでいる。
 人は限られた場所にしかいないとうことだろう。
 川や湖が多く、湖など14万もあり、そのうちの10万は火山の噴火によってできた。たくさんある川のうち、船舶の航行が可能なのはカムチャツカ川だけだ。


海鳥とラッコ 動物の剥製のコーナーもあった。
 カムチャツカには自然保護区も多く、その中でもカマドルスキー鳥類保護区は18世紀に指定されており、無人の保護区には10万羽以上の鳥(エトピリカ、ウミガラス、ウミツバメ等々)がいる。
 保護区にはラッコもいる。大きいものは全長1.5m、体重50kgにもなるというから、イメージよりも大きい。毛皮が高く売れることなどから20世紀に入る頃には絶滅状態となっていて、1924年にラッコの狩りが禁止されている。
 その他、もちろん、オットセイやとど、セイウチ、あざらしなども多い。
 ウミウシはすでに絶滅し、カムチャツカには顎の骨しか残っていない。


 カムチャツカの「鮭」はカムチャツカの「誇り」だと博物館のスタッフは断言する。
 鮭は、キングサーモン、シロサケ、ギンサケ、カラフトマス、ベニサケ、サクラマスの6種が生息している。


動物の剥製 カムチャツカ半島に入ってくる道はなく、交通面ではほとんど「島」と同じ状態だ。
 森が全体の70%を占め、そのほとんどはタケカンバである。
 カムチャツカには、200種の植物があり、40種の動物もいて、剥製が結構並んでいた。
 例えば、と名前が挙がったのが、山猫、マーモット、ヘラジカ、オコジョ、兎、リス、アナグマ等々である。動物たちの中で一番大きいのがヒグマで、展示されているヒグマの剥製は「小さい方」だ。大きいものは3m近くもあり、大きなヒグマが増えないようにライセンスを取得すれば狩猟が許されている。


マンモスの牙 カムチャツカには火山が300あり、そのうち30余りは活火山である。
 今でもその溶岩を建設材料として使っている。
 わらに、噴火後には金銀や宝石ができると言う。本当だろうか?


 カムチャツカが雪に覆われていた時代にはマンモスも住んでおり、川で発見されたという牙が展示されていた。
 意外と小さいと思った。マンモスは一体どれくらいの大きさだったのだろう。先住民族はマンモスの狩りをしていたというから、それほど大きかった訳ではないのかも知れない。


イテルミナ人 ユリアが「先住民族」と説明していた人々は、イテルミナ人のことだったらしい。
 氷が溶けた7000年前くらいから人が住めるようになり、漁業を主とするイテルミナ人が住み着いた。冬は天井の穴を入口とする家に50人ほどが集まって住み、夏は家族ごとに高床式の家に住んでいたという。


 当時は、狩りと家造りと料理が男の仕事、子育てと毛皮つくりと植物採集が女性の仕事だったそうで、何だか合理的な役割分担である。
 彼らは全てのものに神が宿っていると考えていて、川にいるのが良い神、火山にいるのが悪い神というのも何となく判るような気がする。
 イテルミナ人は烏から産まれたと信じていたそうで、ちょっとハイダ・グアイを思い出した。
 現在、イテルミナ人は2000人いて、そのうちイテルミナ語を話す人は400人ほどしかいないという。


ベーリング 18世紀に入るとピョートル大帝がカムチャツカに来てロシアに征服されてしまう。それまで、イテルミナ人は塩を知らなかったという。お魚を食べることで塩分を摂取していたのだと思う。
 ベーリングが2回にわたってカムチャツカ探検を行い、2回目のときに探検の基地としたのが現在のペトロパヴロフスク・カムチャツスキーである。
 カムチャツカというのは、ベーリングが探検で使った船の名前で、同じ由来の都市がカザフスタンにもある。


 もっと色々と説明してもらったけれど、メモしきれなかった。添乗員さんの話では、ユリアは、カムチャツカを訪れる観光客に自然だけでなく博物館なども見てもらいたいと前々から話していたそうで、セッティングにも通訳にも力を入れてくれたのだと思う。
 1時間かけて、じっくりと見学できた。


 博物館見学の後は、ランチタイムである。
 市内のショッピングセンターの最上階にあるレストランに入った。BARAKAという名前のかなり洒落たお店で、東京にあっても違和感がない感じだ。


サラダスープ


メイン 何度でも書く。ロシア料理は美味しい。
 この日のランチは、牛肉とチーズのサラダ、サランカ(ウクライナのお肉メインのスープ)、キングサーモンのソテーとライス、コーヒーまたは紅茶という豪華メニューである。
 我々は人数も20人以上と多かったし、豪華メニューだったから、サーブされるのに少し時間がかかった。その分ゆっくりといただくことができて却って良かったと思う。
 一緒のテーブルについたユリアは、ツアーの方々からの興味津々な質問攻めに遭っていた。


自由市場 ランチをいただいたレストランの入ったショッピングセンターから歩いてすぐのところに自由市場があった。
 ここで、30分一本勝負で解き放たれる。
 ロシア語なんて全く判らないし、市場の方々だって英語をしゃべらないのに、みなさん果敢に散って行く。
 私も、とりあえず、いくらは買って帰ろうと、ぐるりと見て回る。


 その場でプラスチックの容器に入れて保冷剤も付けてビニルでぐるぐる巻きにしてくれるし、そのままキャリーケースに入れて持ち帰れますとユリアが言う。今日が最終日だし、塩漬けだし、ユリアは何度もそうやって日本に持って行ったと言うし、チャレンジを決めた。
 指差して味見させてもらう。思っていたほど塩がきつくない。


 値段はメモ帳に書いてもらい、大きな容器に入れようとするので小さいのにしてと身振り手振りで伝えた。何とかなるものである。
 直径10cmくらいの入れ物で600ルーブルと言われ、「負けて」とどうにかして言ってみたら、おじさんに「おばさんに言え」とやっぱり身振りで言われたのが可笑しい。ロシアの女性は強いのだ。
 おばさんに電卓で交渉し、550ルーブルになった。日本で買うよりは安い、という辺りだろう。
 一つ600ルーブルのカニ缶も、二つで1100ルーブルに負けてもらって購入した。


 魚介類の市場だけでなく、野菜を売っているコーナーや、お菓子や蜂蜜や蜂の巣などを売っているコーナーもあり、またマトリョーシカを買うためにショッピングセンターのお土産物屋さんに戻ったりして、15時過ぎに自由市場を出発した。
 マトリョーシカは高さ15cmくらい、三連のもので900ルーブルくらいだった。高い。カードで買おうかとも思ったけれど、みなさんをお待たせしてまで、という雰囲気だったので諦めた。
 市内観光は16時までの予定だから、かなりギリギリのスケジュールだ。


 次に、聖三位一体教会に行った。
 教会内部の静粛を保つため、バスの中でユリアに説明してもらう。
 カムチャツカの聖人が祀られている教会で、2010年に完成したばかりだ。建設費5000万ルーブルのうち、15%は市民からの寄付によるという。
 ユリアの家はこの近くで、彼女も仕事がお休みの日にはお嬢さんを連れてミサに来るそうだ。
 日曜日は9時から11時まで、平日は7時から9時までと19時から21時までミサが開かれている。ユリアは相当に敬虔な信者らしい。


教会内部 外観も綺麗だし、内部もかなり綺麗かつ荘厳だった。
 入ったところにスーベニアショップのようなところがあり、ロシア正教関連のグッズが並んでいる。聖水(だと思う)や、恐らくは聖書等のお話を絵本にしたもの、しおりなどもあった。
 募金箱もあって、このとき手元にあった小銭を全て入れて来た。教会の周りはまだ整備途中という感じだったし、ここで売り子をしていた尼僧の女性がとても感じ良かったからだ。


 バスに戻るときにユリアと一緒になったので、 「お嬢さん、お母さんに似てきっと可愛いよね。お父さんは”嫁にやらん!”とか言うんじゃない?」と聞いてみたら、彼女から「お嫁に行かないと幸せになれません。」と直球が返ってきて戦いた。
 オリガはロシアでも晩婚化が進んでいると言っていたけれど、それは決して「結婚しない」という趣旨ではないらしい。


故障したバス代替バス 15時半頃にレーニン広場に到着した。「フォトストップ5分」というなかなかタイトなスケジュールをこなし、ペトロフスカヤ展望台への坂を上っている途中、バスが突然停まった。
 前方の席にいた方の話では、運転手さんがギアチェンジをしようとした際、本当に「スコン」という感じでギアが抜けたらしい。
 後続車がいなくて本当に良かった、という感じである。
 運転手さんがすぐに修理にかかる。しかし、なかなか直りそうにない。


 車内にいても仕方がないのでみな降りてしまい、辺りに咲いているお花の写真を撮ったり、向かい側にあるガソリンスタンドにトイレを借りに行って断られたりしている間に、ユリアが携帯電話を駆使して善後策を図っていたようだ。
 10分後には代替バス(写真右の青いバス)が到着した。


 この代替バスは、どう見ても「路線バス」だった。「路線バスに乗れてラッキー」などと皆で言いつつ乗り込む。
 押していた時間がここで決定的に足りなくなり、元々の計画ではオプショナルツアー終了後にホテルに戻って荷造りをしてから空港に行くことになっていたところ、時間節約のためにホテルに残した荷物は別のバスで空港に運ぶことにして我々はツアー終了後まっすぐ空港に向かうことになった。


展望台 それでも予定はこなさなくてはならないようで、バスは展望台に向かった。
 16時15分頃に展望台に到着し、再び「フォトストップ5分」というスケジュールをこなした。
 ビリュチンスキー火山が今日も綺麗に見えている。


 皆してサクサクとバスに戻り、バスはトイレ休憩を兼ねたスーパーマーケット経由で空港に向かった。
 ところが、上手く行かないときはそれが続くものである。
 ショッピングセンターに到着し、お手洗いを借りようとすると、何故か鍵がかかってお手洗いが使えなくなっていた。


 ユリアを探して事情を確認してもらったところ、何と、このショッピングセンター全体で今断水しており、トイレは使えないので閉鎖しているという。
 建物の外に仮設トイレがあると言われて行ってみても、それらしいものがない。
 結局、最後の最後に市内で青空トイレということになった。可笑し過ぎる。
 この「お手洗い探し」に時間を取られ、スーパーマーケット探検ができず、「美味しい」とウワサだったアイスクリームを食べそびれたのが心残りだ。


 何とか、バスは17時半過ぎに空港に到着した。
 ちょうど、我々が乗って帰るチャーター便で到着したらしいツアーの方々とすれ違う。
 建物に入り、まずはそれぞれ買ったものをスーツケースに詰め込む。それだけで空港は大混雑の大混乱だ。
 来てくれていたオリガと慌ただしく別れの挨拶をし、用意の出来た人からセキュリティチェックを受け、チェックインする。


 出国後、添乗員さんから参加者それぞれにA4サイズの写真が配られた。
 ツアーの間に添乗員さん自身が撮った写真をレイアウトし、ツアーメンバーそれぞれの写真や集合写真、お花や動物の写真をまとめて「旅の記録」を作ってくださっていたのだ。
 驚いた。
 そして、大感動である。


 翌日の予定などもカラー印刷したものを配ってくれていて、カラープリンタを持参しているなんて凄いなと思っていたところに、ツアー中にここまでしてもらったのは初めてだ。
 いただいた写真を見せ合いっこする。


コリャーク山とアバチャ山 そうこうしているうちにゲートがオープンし、空港スタッフにせき立てられるようにして飛行機に歩いて向かった。
 コリャーク山とアバチャ山が綺麗に見えていて、スタッフに急ぐように言われつつ、つい写真撮影に走ってしまう。
 19時10分発予定のヤクーツク航空R39969便は、概ね10分くらい早く動き出した。
 私の席は窓際で、離陸してしばらくの間もコリャーク山とアバチャ山の眺めを楽しむことができた。
 さらに高度を上げた後、ビリュチンスキー火山の雄姿も見ることができた。
 嬉しい。


機内食 離陸して1時間くらいたったところで機内食が出た。蕎麦の実を茹でたものやサーモンがあると、ロシアっぽい感じがする。
 成田空港に20時過ぎに到着し、流れ解散となる。
 私もキャリーケースの空港宅配を手配し、帰途についた。


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2015.11.07

カムチャツカ旅行記4日目

2015年8月11日(火曜日)


おめざ 5時くらいに目が覚めた。
 添乗員さんは「ホテルにモーニングコールを頼んでありますが、よく忘れられているようなので、ご自分で目覚ましをかけることをお勧めします」と言っていたけれど、3日連続でちゃんとモーニングコールが来ている。
 朝食が用意されているのに、目が覚めた後、持参&初日にスーパーで買った食料を食べることが習慣化し、この日も起き抜けにお湯を沸かしてコーヒーを入れ、おめざをぺろりと平らげた。


朝食 朝からおめざを食べた後だから当然といえば当然で、6時からの朝食は控えめにした。
 この日は6時朝食、7時出発で、もう少し時間に余裕が欲しい。ここでお腹いっぱいに食べてしまうと、お手洗いも心配だし、六輪駆動車の揺れで酔いそうな気もする。
 同じように考えている方が多かったのか、割とあっさりと朝食の席を立つ方が多かったように思う。


 7時にロビーに集合し、ガイドのオリガに絵はがきと切手代を渡してポストに入れてもらえるように頼んだ。
 六輪駆動車に乗り込むと、オリガから「今日行く場所には熊がいるので、男の子のガイドが付きます。」と説明があった。そういえば、昨日と一昨日のガイドは女の子だ。


 今日はいいお天気である。快晴だ。コリャーク山とアバチャ山もくっきりと見えている。これだけはっきりと見えるのは初めてだろう。
 8時前にフォトストップとなった。
 しかし、フォトストップの場所からコリャーク山とアバチャ山を撮ろうとすると見事な逆光である。デジカメの液晶画面では、丸っきり何も見えない。
 露出補正をしたりして色々試し、何とか写真を撮った。


お花畑 どんどん天気が悪くなる中、9時前にもう1回トイレストップがあった。
 今度はお花畑である。
 ツアーの方がここで次々と四つ葉のクローバーを発見して、私にも特大の一つをくださった。カムチャツカの四つ葉のクローバーは日本のものの2倍くらいも大きい。迫力である。


 ヴィストラヤ川に向かう途中でオリガが話してくれたところでは、カムチャツカでは日本の中古車が多く走っているそうだ。対向車を見ていると、確かに右ハンドルの車が多い。
 車は右側通行で右ハンドルの車ということで、日本車が増え始めた頃は交通事故も増えたらしい。最近はドライバーもやっと慣れてきて事故も減ってきました、と言う。


 ロシアではいわゆる「貸家」はなく、全て「持ち家」である。これはソ連時代の名残で、今これから家を持とうとすると大変らしく、それが晩婚化の一因になっているらしい。
 一方で、年金はあるけれどリタイアした世代が年金だけで暮らすことは難しく、「ダーチャ」で野菜を作って生活の足しにしているという。ダーチャは、「別荘」というよりは「農園」という感じなのかも知れない。


 また、オリガは若いときに結婚して20歳になる息子さんと7歳の娘さんがいるそうだ。
 最近のロシアでは晩婚化が進んでいて、どちらかというとオリガは「珍しい」部類に入るらしい。大きな男の子がオリガに「ママ」と呼びかけるのを見て驚く人もいると笑っていた。
 娘さんは去年まで幼稚園に通っていたという・幼稚園は、7時から19時まで預かってもらえ、三食おやつ付き、食事は専属のコックさんが作ってくれるし、幼稚園には医師が常駐しているし、至れり尽くせりだそうだ。
 しかし、カムチャツカでも幼稚園に入るのは大変で、今も300人待ちの状態だという。


乗船 10時前に、ヴィストラヤ川川下りの乗船場所に到着した。
 ヴィストラヤ川は、全長275kmで、カムチャツカ半島で2番目に長い川である。毎年、200万匹以上のカラフトマス等が遡上する。
 曇って来たし、水面上は寒いのではないかと思い、上下のレインウエアを着込んだ。雨対策兼寒さ対策である。
 レインウエアを着込んだ上に、救命胴衣を付ける。これは、ボートに付く若い男の子のスタッフが手伝ってくれた。
 川下りのボートではルアーフィッシングの体験もできるので、釣り竿の使い方も教えてもらう。オリガが実演してくれた。
 そして、3艘のボートに分かれて出発である。


鮭の死骸 各ボートには釣り竿が3本ずつ用意されていた。
 ボートを操る若い男の子のスタッフが付き、添乗員さんとオリガとフラワーガイドさんがそれぞれのボートに分かれる。
 川面は静かでボートが揺れることはない。適当に交替しつつルアーフィッシングを試み、のんびり水上からの景色を楽しむ。岸辺に鮭が大漁に放棄されている場所があり、何かと思ったら、熊が食べ散らかした跡だという。熊は美味しいところだけを囓ってぽいっと捨ててしまうらしい。贅沢な話だ。


ボートスタッフの男の子 途中で一度、川岸に上陸した。
 スタッフの男の子が川の中に降りて、ボートを付けてくれる。この彼が何歳なのかよく判らないけれど、何だかやけにいい子で、お互い、片言の英語でコミュニケーションを取るのも楽しい。困ると別のボートスタッフの子を呼び「彼は僕の通訳なんだ。」と笑っていた。
 トイレストップ兼足腰を伸ばしましょう、熊の足跡を見てみましょうという休憩だ。
 ここにも熊が来ることがあるってことじゃん! とちょっと慌てたけれど「今は大丈夫。」という話だった。


ベニサケ 我々のボートでは、一度、イワナを釣りかけた方がいらしたけれど、釣り上げる前に逃げられてしまい釣果はゼロだった。
 別のボートではスタッフの男の子が見事にベニサケを捕まえたらしい。「釣った」のではなく、網にかかっていた鮭を捕ったようだ。
 尻尾を持って持ち上げようとしたら、スタッフの男の子に「エラに指をひっかけて持て。」と実演付きで指示された。そうやって持ち上げていたら「両手に持て。」と言われ、さらに「カメラを出せ。」と言われて、肩くらいまで持ち上げた状態で写真を撮ってもらった。
 私が釣ったみたいである。


 私も結構長時間にわたってこのルアーフィッシングにチャレンジしたけれど、そもそも、なかなか遠くに飛ばすことができなかった。
 リールの押さえを外して指で押さえ、投げの動作に入るときに押さえていた指を外す。そのタイミングが上手く合わずにボートから2mくらいのところにぽちゃんと落ちる、なんてことを繰り返した。
 それをやっていると、あっという間に釣り糸が絡まってしまい、スタッフの男の子にヘルプを頼んだことも度々だ。
 そのうちコツを掴んで遠くには投げられるようになったものの、男の子が「あそこに魚がいる!」と教えてくれてもその方向に投げることは難しい。


熊 しばしの休憩の後、11時半過ぎにボートに再び乗り込んだ。
 そこからボートに乗ること10分強、川岸に熊の親子が現れた!
 ボートスタッフの男の子によると、小熊の方はブラックベアで、かなり珍しいという。
 ガイドのオリガもこの川下りで熊の親子に出会ったのは初めてだと喜んでいる。
 みんなで夢中で写真を撮る。我々に長く熊を見せてくれようと、ボートスタッフの男の子は川の流れに逆らってボートを漕ぎ、何とか1ヶ所に留まるように顔を真っ赤にさせてがんばってくれた。ありがとう!


 この後もう一度、親熊と小熊3頭(ただし、こちらの小熊はかなり「大きい」小熊だった)という一家も見かけた。こちらの一家は警戒心が強かったのかすぐに走って逃げてしまい、写真を撮りそびれてしまった。
 ちょっと悔しい。
 でも、熊の親子を二組も見ることができて満足である。


ボートと山 私の乗ったボートが一番最後まで釣りにチャレンジしていたようで、他の2艘は早々に釣りは諦めてしまっていたらしい。
 段々雲が切れてきて、雪山も眺められるようになってきている。
 最後の10分くらいは、ボートスタッフの男の子が顔を真っ赤にして汗だくになって「ボート漕ぎ競争」を展開し、あっと言う間に上陸地点まで連れて行ってくれた。
 12時半過ぎに到着したから、2時間半の川下りである。満喫した。


昼食のテント 昼食は、上陸地点にあるテントの中でいただいた。
 メニューは、イワナのスープ、マカロニと鶏肉、ジュース、コーヒーまたは紅茶にチョコレートだった。あと、パンとビスケットも出ていたと思う。
 最後に出た、固めのゼリーをチョコレートでコーティングしたお菓子が結構美味しかった。フルーツゼリーの酸味とチョコレートがよく合っている。
 ここにはかなり清潔な水洗トイレのテントが用意されていて、「おぉ!」とみなが感動した。郊外に出て水洗トイレがあったのはここだけだったと思う。


川とヒメヤナギラン 13時半にベースキャンプを出発し、ヴァチカゼツ高原に向かった。このツアー最後のフラワーハイキングである。
 15時くらいに小さな川岸でトイレストップとなった。
 トイレストップを兼ねて、この川岸に咲いているヒメヤナギランを見せてくれようとしたらしい。
 しょっちゅう見ていたヤナギランとは異なり、ヒメヤナギランは相当に珍しいらしい。これだけ群生していると「珍しい。」と言われても「そうなの?」という感じがしてしまう。


 添乗員さんの「ここは、今までで一番虫が多いです」という宣言により、私以外のツアーメンバーの方は全員、虫除けネットを装備していた。
 びっくりだ。
 ヴァチカゼツ高原には、この写真の湖も含めて三つ(だったと思う)のヴァチカゼツ湖があって、それで虫も多いのだろうと思う。


食虫植物 フラワーガイドさんがガシガシと水辺を歩き、最後尾を熊退治用のスプレー缶を持った男の子が守り、ハイキングがスタートした。
 アキノキリンソウと教えてもらった黄色いお花は、どうやら日本には咲いていないお花だったらしい。
 また、モウセンゴケという食虫植物もある。多分これはもう実の状態になっている。お花が食べるのではなく、葉っぱの表に付いた虫を消化してしまうらしい。どちらかというとその方がコワイような気がする。


トウヒレンマイヅルソウ


 左の紫のお花は、「サウスレア・プセウドティレシー」という名前らしい。多分、そう言っても伝わらないだろうとフラワーガイドさんかオリガかどちらかが判断したようで、その場では「トウヒレン」と属の名前を教えてくれた。
 右はマイヅルソウだ。白いお花からまだら模様の実がなり、熟すと真っ赤になるという。なかなかカラーバリエーションの豊富なお花だ。


 ヴァチカゼツ高原でのフラワーハイキングはなかなか豪華版で、フラワーガイドさんに「珍しい」と力説されたエゾノゴゼンタチバナがあり、薄い紫色(ピンク色か?)をした可憐な姿のリンネソウが足もとに咲き、これまた白い小さなお花が可愛らしいイチヤクソウもフラワーガイドさんのイチオシだった。


カバノキ ほとんどオバケの木のように曲がりくねっているカバノキは、雪の中でクネクネと「育ちやすい場所」を探した結果、こうした姿になったという。
 そして、添乗員さん自身もとても楽しみにしていたらしいのが、キバナノアツモリソウである。残念ながら、この時期では数本がちらほらと残っているという感じで、添乗員さんが待ち望んでいたらしい「前回のような歓声」を起こせなかったのは申し訳ない。
 私などは、その「価値」が判っていないものだから、歓声の上げようがないというのが正直なところだ。正しく、豚に真珠である。


クルマユリ 最後に「このお花はすぐ判るわね。」と口々に言っていたクルマユリを見て、ヴァチカゼツ高原のフラワーハイキングは終了となった。このお花は、ロシアでは「サランカ」という名前で親しまれているという。
 ハイキングが始まる前には、「(虫除けネットもなくて)大丈夫?」とみなさんに心配もしていただいたけれど、結果としては、それほど虫も多くなく、虫除けスプレーと、虫除け効果のあるパーカもそこそこ効果を発揮して、それほど虫に悩まされずに済んだ。


 16時半過ぎにヴァチカゼツ高原を出発し、一路、市内を目指した。
 六輪駆動車にも慣れてきたのか、もの凄い揺れであることは変わりないのに、車中はほぼ全員が寝ていたと思う。この爆音とこの揺れの中で寝るなんて! と思いつつ、私もあっという間に眠りに落ちた。


ビリュチンスキー火山 しかし、昨日はほとんど姿を現さなかったビリュチンスキー火山がくっきりとした姿を現しているとなれば話は別である。
 1時間ちょっと走ったところでフォトストップ兼トイレストップとなった。
 これだけくっきりと見えていると感動である。嬉しい。
 そして、カムチャツカの天気は本当に変わりやすいのだなぁと思う。
 18時半くらいにホテルに到着した。


ハンバーグ 19時からの夕食は、まず前菜が2種出てきた。
 キャベツとグリンピースのサラダと、(推定)海藻のサラダである。
 この旅行の食事は本当にハズレがない。ロシア料理がこんなに美味しくてこんなに食べやすいとは知らなかった。


 そして、この日の夕食のメインディッシュは初の「肉」だった。料理の紹介としては「ハンバーグ」と言われたけれど、どっちかというとピカタに近いのではないかと思う。少なくとも、お肉はミンチになってはいなかった記憶だ。
 どう考えてもビールを飲んだと思うけれど(この旅行中、ワインは飲まなかった)、写真もないしメモも残っていない。謎だ。
 デザートの定番となったクレープまで、美味しくいただいた。


ビリュチンスキー火山 20時半くらいに夕食を終えた。まだ外が明るかったし、ホテルの5階の窓から海越しにビリュチンスキー火山が見え、ホテルの裏手の坂を上ればもっとよく見えるんじゃないかと思い立ち、夕食後に散歩に出た。
 そろそろ日が落ちて暗くなり始めていたし、飼われている犬に吠えられたりしてちょっと怖かったので、本当に10分とか15分、うろうろしただけである。
 坂を上っても「おぉ!」という景色にはなかなか出会えなかったものの、何とか、海越しのビリュチンスキー火山を眺めることができた。
 空がもうちょっと夕焼けに染まっていれば良かったのになぁと思う。


部屋の窓から 少し寒くなってきたのでホテルに戻った。
 21時半前くらいで、こんな感じの明るさである。かなり日が長い。
 それでも日が落ちるとかなり涼しくなる。コーヒーを飲んで暖まり、お風呂にゆっくり浸かる。
 明日は帰国日で、オプショナルの市内観光に出かけるから、朝のうちに荷物を出さなければならない。軽く片付けて、23時過ぎに就寝した。


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2015.11.02

カムチャツカ旅行記3日目

2015年8月10日(月曜日)


 この日は朝4時くらいまで熟睡できた。旅先としては上出来である。
 窓から外を見ると、真っ白に霞んでいる。雨は降っていないものの、今にも降りそうなお天気で、今日は長袖シャツを着て行くことにする。
 朝食と出発の時間が近いので、朝食前に準備を済ませる。ハイキングの後で温泉プールの予定が組まれているので水着やタオルを用意し、迷った末、水筒に温かいお茶を詰めた。持ってきた旅行用の湯沸かしポットが大活躍だ。
 
朝食 7時45分から朝食をいただいた。
 昨夜のデザートだったクレープが朝食メニューにあるのが何だか可笑しい。もちろんいただく。
 コーヒーも紅茶もインスタントで、だったらロシアに来たら紅茶でしょうと思って選んだつもりのティーバッグが何故か緑茶で驚いた。


 今日の出発は9時だ。昨日と同じ六輪駆動車に乗り込む。
 この日の私の席は前から3列目が指定された。昨日、最後列に一緒に座っていたご夫婦に「良かったね。」と言っていただく。何しろ、一緒に跳ね続けた仲である。


 これから向かうビリュチンスキー山は標高2173m、市内からも見える姿のいい山である。
 ガイドのオリガ曰く、ロシアの人々は、自分の住む街から見える火山のことは「うちの火山」と思っているそうだ。ペトロハバロフスク・カムチャツスキーの人々は、「うちの山」をたくさん持っていることになる。
 カムチャツカの人口は35万人、人よりもヒグマやムース、シカやトナカイなどの方が多そうである。


シルバー川 アスファルトの道路からダートな道に曲がってすぐ、10時10分くらいに最初のトイレストップがあった。
 六輪駆動車の隣に見えているのが、シルバー川である。さわってみたら、予想通り、かなり冷たいお水だった。水道というよりホースみたいなものが設置され、飲むこともできる。ドライバーさんは、5リットル入るというタンクを持参して汲んでいた。
 長袖Tシャツに長袖シャツ、ウィンドブレーカを羽織っても寒い。昨日よりもかなり気温が低くなっている。
 六輪駆動車は、相当に無骨な車である。乗り心地も決していいとは言えない。これまで六輪駆動車に乗ったことなどないし、この先も多分ないだろうなぁと思う。


 ダートの道は、ビリュチンスキー峠にハイキングに行く人のために作られた訳ではなく、さらに先にある地熱発電所に行くために作られた道である。
 火山があれば地熱発電所があり、もちろん温泉がある。カムチャツカはいいところだ。
 しかし、カムチャツカでは働くところがあまりないので、若者たちは大学からモスクワに行ってしまうという。


 ここまでの道で牛を結構見かけた。
 ソ連時代のジャガイモ畑が(理由は忘れてしまったけれど)放置されて草原になり、そこで牛を放し飼いにしているのでカムチャツカの牛乳は美味しいんだとガイドさんが自慢する。


ビリュチンスキー山 ガイドさんも添乗員さんも「カムチャツカの天気は変わりやすい」と言うけれど、残念ながら好転する兆しはなく、どうやら今日はこのまま曇り空が続きそうである。
 ビリュチンスキー山が半分ほど見えたところで、フォトストップとなった。
 オリガとしては、「今日は、ビリュチンスキー山はこれくらい見えれば御の字」という判断だったらしい。
 大体、山の高さの半分くらいまでが見えている感じだという。こんな山裾の方まで雪が残っているのだから、今年は雪が多かったということだし、年間を通してかなり寒いということだろう。
 標高が上がったこともあって、先ほどのトイレストップのときよりも更に寒くなったように感じる。


ハイキングスタート 12時過ぎにビリュチンスキー峠のハイキングスタート地点に到着した。昨日のアバチャ山麓のようなベースキャンプはなく、「施設」といったものは見渡す限りない。
 ハイキングスタートの看板があって、階段が整備されて、仮設トイレがあったから、観光地として「がんばっている」ことは間違いない。
 そして、やはりビリュチンスキー山は雲の中だ。


 歩き始めてすぐ、エゾツツジが群生して咲きバックに雪山が連なる、エゾツツジと雪山の絶景ポイントがあった。
 みんなで写真に夢中である。
 添乗員さんが声をかけ、集合写真を撮ってくれた。
 「私のカメラでも!」とみなさんがおっしゃり、添乗員さんがいくつもカメラを抱えて順番に写真を撮る。
 そんな中で「私は写真はいい。」とおっしゃる年配の男性もいらして、なかなかまとまりがつかない。


エゾノマルバシモツケエゾツツジ


 左のエゾノマルバシモツケも、右のエゾツツジも、北太平洋地域に分布するお花だ。
 エゾツツジは7月頃に咲くというから、やはり今年の雪は多く、雪解けは遅く、春も夏も遅かったんだろう。
 実際、「先週まで、ここは雪渓だった」という場所では、ユキヤナギの若芽が芽吹いていた。


キバナシャクナゲお花畑


オオバナクワガタソウツマトリソウ


 上左はキバナシャクナゲで、本来は雪解け後すぐに咲くお花だという。実際、このときもキバナシャクナゲの最後に間に合った、という感じだった。この冬の大雪と雪解けの遅さのお陰である。
 いつもの年だと、真っ先に咲くキバナシャクナゲだけのお花畑が現れるそうだ。しかし、今年は上右のようなお花畑と共に楽しむことができた。
 左下はオオバナクワガタソウ、と教わったけれど、花図鑑を見ると「シュムシュクワガタ」という名前のお花のようだ。おしべもめしべも長いのが特徴、というかよく目立つ。右下は(推定)ツマドリソウである。


ピクニックランチ ぐるっとハイキングコースを一周して14時前にお昼ごはんをいただいた。
 今日はピクニックランチである。
 前回は、ここでのハイキングが「フラワーハイキング」ではなく「スノーハイキング」になってしまったため、ランチも六輪駆動車の中でいただいたそうだ。今回は、曇ってはいるけれど雨も大丈夫そうだし、多少は寒くても外の方が気持ちがいい。ヨガマットのようなものを敷いてもらってランチとなった。


 ピロシキや、サラダ、コロッケなど盛りだくさんだ。朝入れて来た温かいお茶が大正解である。
 コロッケの下に蕎麦の実が敷かれている。オリガによると、ロシアでは蕎麦の実がいわば「健康食」として流行っていて、こうして茹でて肉料理などの付け合わせとして食べているという。


 ガイドさんや添乗員さんの間に「それじゃあ、これで帰りましょう。」という雰囲気が漂っていたけれど、ビリュチンスキー山も拝めていないし、何となく消化不良な雰囲気を察したのか、昼食後も少しだけお散歩しましょうということになった。嬉しい。
 エゾノツガザクラや、カムチャツカスミレチシマアマナなど、可愛いサイズのお花がたくさん咲いている。


ハナゴケ ちょっと変わったところでは、ハナゴケも教えてもらった。
 ハナゴケはトナカイの大好物である。
 スポンジのように吸水力があることから、先住民の方はおむつ代わりにも使っていたという。トナカイと先住民との関わりは深いという話だし、「生活の知恵」っぽい繋がりのようなものを感じた。


雪渓 それにしても、寒い。
 シルバー川の水が冷たいのも当然だ。何しろ、まだ雪渓がたっぷりと残り、その雪渓を少しずつ溶かすようにして川が流れている。


 寒かったからか、単純に時間の問題か、ランチ後のフラワーハイキングは30分くらいの軽いもので、15時過ぎにビリュチンスキー峠を出発し、温泉に向かった。
 ビリュチンスキー峠に来る途中、ダートな道に入った後で、「雪の帝国」という名前(だとオリガに教わった)の温泉施設も見かけていたけれど、今日の目的地はパラトゥンカ温泉郷である。
 パラトゥンカとは「整備された温泉」という意味らしい。


アンタリウスロッジ 17時過ぎにパラトゥンカ温泉郷のアンタリウスロッジに到着した。
 何というか、いきなりのリゾートホテルである。
 我々が泊まっているアバチャホテルよりもずっと近代的な建物に見える。
 入口で靴を脱いでサンダルに履き替え、更衣室に向かう。これだけ立派な外観、ついでに廊下を歩いているときに覗いたところではお部屋もかなり素敵だったのに、更衣室のロッカーが何故かグレーの事務用ロッカーみたいだったのが謎である。一貫性に欠ける。


 温泉プールは大小二つあって、オフシーズンなのか大きい方のプールは清掃中で空っぽだった。
 その代わり、我々の入った小さい方のプールは、ちょうどお湯を入れ替えたばかりだという。ラッキーだ。我々のグループの他には、イタリア(スペインだったかも)から来たグループがいるだけである。
 小さいプールはジャグジーのようにお湯が両サイドから勢いよく入れられていて、マッサージ気分も堪能できる。
 温度計があって、外気温は24度くらい、お湯の温度は38度くらいである。
 のんびりいつまでも浸かっていられそうな温度だ。


 この温泉は無色無臭で、硫黄泉でないことは確かだけれど、温泉の成分等々は全く判らなかった。
 とにかくもの凄く温まる温泉で、「18時には出発します。」と宣言されていたこともあって、みなさんは10分くらいで次々とあがっていた。
 更衣室が空いてからあがろうと長風呂を楽しんだ私でも、浸かっていたのは20〜30分というところだ。勿体ない。ここに泊まって、もっとゆっくり温泉を楽しみたいというのが、ツアー参加者、特に女性陣の一致した意見だった。
 廊下の途中でアイスクリームの冷凍庫を見かけたけれど、残念ながらその売店に人の気配はなく、買うことはできなかった。商売っ気のないホテルである。


 添乗員さんによると、今日のフラワーハイキングのコースは彼女の想定よりも「かなりハード」だったらしい。その上に温泉に浸かったものだから、アバチャホテルまでの1時間ほどの帰路、車内はほぼ全員が爆睡していた。
 19時過ぎにホテルに到着し、夕食前に水着を洗って干す。窓を見ると白く曇っていて、外は相当に冷え込んでいるようだ。


鮭といくら 夕食の際、まずどどーんとテーブルの上に置かれていたのが鮭といくらだった。
 こんなにたくさんのサーモンといくらを一度に食べることってないよね、という感じだ。同じテーブルになった方々は少食らしく、お皿を見ただけで戦いている。
 もうちょっと上手く炊いてあるといいのに! という感じのごはんが出され、添乗員さんが持参してくださった醤油と山葵と海苔を載せて、鮭親子丼にしていただいた。
 サーモンもいくらも美味しい。
 そして、贅沢である。


スープメインディッシュ


 鮭親子丼でもう充分です! という感じだけれど、ロシア料理としてはこれは前菜だ。そして、もう一品、野菜サラダも前菜として出されている。
 さらに、蟹のスープ、メインディッシュのサーモンのソテーと続いた。
 困ったことに、これが美味しい。ビール(150ルーブル)とも合って箸が進み、完食した。
 デザートのチョコケーキ(袋入りのお菓子である)とコーヒーまでしっかりいただいた。


 添乗員さんもオリガも「先週は川下りで雨に降られた。」と言いつつ「明日のお天気は良さそうです!」と何故かここへ来て天気予報を信じているらしいのが可笑しい。
 昨日のアバチャも今日のビリュチンスキーも、前回とは歩いたコースも違えば咲いているお花も違っていたらしい。本当に短い夏が凄いスピードで進んでいるのだろうと思う。
 明日はハイキングして昼食をいただいて川下りという予定を、ボートが混雑しているので、川下りをしてから昼食を食べてハイキングという順番に変更するという説明があった。もはやその程度の予定変更は誰も気にしていないのが可笑しい。
 また、明日が一番虫が多いので、虫除けネット等々を用意してくださいという案内もあった。


 夕食を21時くらいに終え、歩きと温泉で結構疲れていたらしく、早めに就寝した。


 カムチャツカ旅行記2日目その2 <- -> カムチャツカ旅行記4日目

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2015.11.01

700000アクセス達成!

 昨日(2015年10月31日)、どなたかが700000アクセス目を踏んでくださった。
 何だか切りがいい感じで嬉しい。

 これまでの経過は以下のとおりである。

 スタート 2004年9月1日
 10000アクセス 2005年7月17日
 50000アクセス 2006年11月22日
100000アクセス 2008年6月15日
150000アクセス 2009年2月21日
200000アクセス 2009年11月30日
250000アクセス 2010年9月16日
300000アクセス 2011年5月26日
350000アクセス 2012年2月8日
400000アクセス 2012年9月3日
450000アクセス 2013年2月19日
500000アクセス 2013年8月14日
550000アクセス 2014年1月14日
600000アクセス 2014年7月7日
650000アクセス 2015年2月10日

660000アクセス 2015年4月3日
670000アクセス 2015年6月11日
680000アクセス 2015年8月4日
690000アクセス 2015年9月10日
700000アクセス 2015年10月31日

 こうして続けていられるのは、遊びに来て、読んでくださる方のおかげです。
 ありがとうございます。
 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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