赤倉温泉旅行記の入口を作る
ここは、2018年11月、母と赤倉温泉に行った旅行記の入口である。
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2018年11月26日(月曜日)
一応、日の出前の6時に目覚まし時計をかけていた。
4時に目が覚めたときには、下界(という感じがするのだ)の光が見えていたのに、6時に起きてみたら、窓の外は真っ白だった。
日の出時刻の6時36分になっても、やっぱり真っ白で、何も見えない。
友人に、北斎館で購入した絵はがきを書きつつ、お茶を淹れて飲みつつ天候の回復を待つものの、いつまでたっても真白である。
7時前くらいに雲海は諦め、大浴場に向かった。
やっぱり、窓の外というか、露天風呂に続く空間は真っ白である。
本当に何も見えない。
昨日ライトアップされていたホテルのお庭の木すら見えたり見えなかったりである。
もはや、雲海という話ではなく、母と「とにかく霧が晴れるといいね。」と言い合い、のんびり露天風呂を楽しんだ。
8時半から朝食をいただく。
席が空いたので、と外が見えるお席に途中で移らせていただいた。嬉しい。
完全に「外のながめを楽しむお席」仕様になっていて、二人分の椅子が外に向けて並べて置かれている。
嬉しいけれど、外は真っ白である。
近くがやっと見えるようになってきたかしら、という感じだ。
珍しく母が和食をリクエストした。「選べる」旅先の朝食で和食をいただくのは久しぶりだ。
どうして旅先での朝ごはんはこんなにたくさん食べられるのでしょうと思う。
ごはんやお味噌汁をセッティングする前に出していただいた、雪下にんじんのジュースが美味しかった。
おかずが多いからか、おかずの味が濃いめだからか、普段なら全くしないごはんのお代わりをするか迷う。
しかし、この後で、マンゴー入りのヨーグルトが出てきて、満腹である。ごはんのお代わりなしで正解だった。
朝食後、ロビーに移動してコーヒーをいただいた。
朝からフリードリンクのコーヒーが楽しめるのは嬉しい。
昨日も座った角っこの席に陣取る。やっぱり外は真っ白である。時々、明るい光が射したような気がするものの、すぐに覆い隠されてしまう。
天候の回復を期待し、チェックアウトぎりぎりまでホテルに滞在しようと決めた。
まずはお土産である。
母はホテルのスリッパがかなり気になっていたらしい。お部屋のコーヒーカップと同じカップが売られているのも気がついていたらしく、かなり本気で購入を迷っている。
「使わないでしょ」と言って、力一杯止める。我が家で紅茶やコーヒーを飲むときに使っているのはマグカップである。いわゆるコーヒーカップや紅茶茶碗では容量として全然物足りない。
職場のお土産もホテルの売店で調達した。
お部屋に戻り、荷造りをする。
軽いものは私のレスポのボストンバッグに移し、重い羊羹や瓶もののお土産をミラコロに入れる。
身支度を調えてロビーに降り、フロントで帰りの送迎バスを予約してから敷地内にあるという滝までの道を聞いたところ、イラストマップをくださった。見たところ、一本道である。
また、「靴をお履き替えください。」と運動靴を貸してくださった。母も私もウォーキングシューズだったし、自分の靴で行くつもりだったけれど、雨が降ったせいかぬかるんでいて借りて正解だ。これはかなり有難いサービスだった。
青空も少しだけ見えてきた。
宿泊した赤倉観光ホテルのこちら側からの姿をこの距離で見たのは初めてだ。
可愛らしい外観である。この外観をイラストにした手ぬぐいを先ほどホテルショップで買っている。
フロントの方に「今年の春に熊が目撃されている。」なんていうお話をお聞きしており、ところどころに設置されている熊よけ鈴を盛大に鳴らしつつ歩く。
用水沿いの道で、そのせいか、他よりも空気が冷たく感じられる。
下の方に堰が見える度に「あれが滝?」「違うと思う。」と母とやりとりし、歩き始めて20分くらいで「香澄の滝」に到着した。
香澄の滝は、ひっそりとそこにあった。
確かにホテルの敷地内の奥にあるし、地図やガイドブックにも載っていない滝に違いない。
堰っぽいところが赤くなっているのは、水に鉄分が含まれているからなんだろう。
この滝の手前だけちょっと道っぽくなくなっていて、フロントで母がストックを借りたのは正解だったようだ。
冷えてきたような気もして、滝の前に滞在すること10分くらいで引き返す。
この帰り道で、二組の方とすれ違った。滝まで散策する酔狂な人は我々だけではないらしい。
約1時間の散策を終え、運動靴とストックをお返しして、ホテルのお部屋に戻った。
冷えた体をお茶で温め、帰り道用の水筒を作る。
11時50分にチェックアウトし、12時10分発の送迎バスで妙高高原駅に向かう。来るときは我々だけだったバスも、帰りはもう一組、母娘旅らしい方々と一緒だった。
それでもやはり、車で来る人が多いし、チェックアウト時間ぎりぎりまで滞在する人は少ないんだなぁと思う。
妙高高原駅12時44分始発のしなの鉄道で、長野駅に戻る。
夜もかなりたっぷりしっかり寝たにも関わらず、冷える中のお散歩で意外と体力を使っていたのか、長野駅までの45分くらいは、またも爆睡してしまった。
爆睡している間に、少しずつ天候が回復してきたようだ。明るくなったし、青空がだいぶ見えるようになった。
そういえば、いつか雲海を見られるといいなと思う。
13時半過ぎ、長野駅駅ビルに入っている草笛という信州そばのお店でお昼ごはんにお蕎麦をいただいた。
昨日のランチは栗おこわだったから、本日のランチはお蕎麦である。
私はランチセットのかき揚げとざるそばを、母は暖かい山菜そばをいただいた。
「うちは盛りが多いので。」と言っていただいて、確か少なめにしてもらったのだったと思う。それでもしっかりたっぷりのお蕎麦を美味しくいただいた。
昼食後に新幹線の指定を取ろうとしたら、14時28分の次が15時20分である。
長野新幹線がそんなに少なかったなんて! と予め調べておかなかった自分を呪う。
しかも、15時20分発の新幹線は、はくたかで、指定が売り切れてしまっている。15時23分発のあさまの指定券を発行した。
不覚である。
時間がたっぷりできたので、MIDORIに舞い戻り、お世話になった方に日本酒をお送りしたり、妹一家へのお土産を選んだり、帰りの新幹線車内で食べようとモンブランを購入したりした。
このモンブランを、小布施堂で購入したか、桜井甘勢堂で購入したか、忘れてしまったのが痛恨の極みだ。
結果としてかなり余裕を持って帰路につい。結果オーライである。
赤倉温泉旅行記1日目 <-
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2018年11月25日(日曜日)
今回の赤倉温泉1泊旅行は母のリクエストである。
そのリクエストには「雲海」も含まれていて、これがお天気次第でなかなか難しい。何か確実な予定が欲しくて、1日目は小布施に寄り道することにした。
小布施も赤倉温泉も長野駅から私鉄で行く。これが思ったよりも本数が少なくて、当然のことながら、連絡(乗り継ぎ)がいい訳でもない。
家を6時過ぎに出た。
家を6時過ぎに出られたものの、バス停に着いてから母が「めがねを忘れた。」と言う。
小布施では北斎美術館に行くことを楽しみにしていた筈なのに、めがねを忘れたら全く行く意味がないではないか。
上野までの行程を確認し、次のバスでも間に合うと踏んで、母にめがねを取りに戻るよう促した。私が戻った方が早いけれど、母の複数あるめがねから「持って行くべきめがね」を見分ける自信がない。
そんな訳で出発直後にバタバタしたものの、無事にえきねっとで予約していた、上野発7時半の長野新幹線あさまに乗ることができた。
乗車後は、二人揃って爆睡である。
気がついたら9時過ぎで、9時15分に長野駅に到着した。いいお天気で嬉しい。
駅のコインロッカーにミラコロを預け、長野電鉄長野駅に向かう。
ネットで検索すると、JR長野駅から徒歩10分くらいと出て、地図で見るともっと隣接しているように見えるなぁと思っていたら、地下道を歩いて行くようになっていた。
確かに「ここ?」と思いながら歩いていたので、距離の割に10分くらいはかかったかも知れない。
長野電鉄長野駅も地下にあったのがちょっと意外だった。
改札前がちょっとしたマルシェのようになっていた。お味噌やお米、野沢菜など長野県らしいものが並んでいる。
りんごやシャインマスカットが美味しそうで、母と「帰りに買おうか。」と言い合う。
9時51分発の特急ゆけむり号の先頭車両に乗り込み、出発である。
特急料金は100円である。何だか嬉しい。
その特急を使えば小布施まで30分もかからない。善光寺下くらいまではずっと地下で、その後は地上を走る。地上に出ると車窓にはあっという間にりんご畑が広がる。
小布施が近づくと、栗畑(という言葉があるかどうか分からないけれども)が見えるようになり、10時15分に小布施駅に到着した。
駅の観光案内所で北斎館までの道順を教えてもらい、ついでに「お昼ごはんのお勧め」を聞く。
栗おこわとお蕎麦が人気だそうだ。
まずは15分ほど歩いて、北斎館に向かう。もうそろそろ終わりかけですねという感じではあるものの、道々の紅葉も綺麗で嬉しい。
北斎館では、この日(11月25日)まで、「北斎VS北斎 富嶽三十六景×富嶽百景」展が開催されていた。
我々のお目当てはこちらである。
2019年からパスポートに富嶽三十六景の絵が印刷されることが決まっており、それを記念しての開催だ。
富嶽三十六景はカラー、富嶽百景はモノクロで、この順番で北斎は描いている。その二つの「富士を描いた連作の絵」を対比しつつ見ることができるようになっていて面白い。
もちろん写真撮影は禁止だけれど、最後に「絵の中に入って写真が撮れます」のコーナーが作られていた。
展示作品リストやちらしは北斎館のニュースの中で公開されている。
富嶽三十六景を描くことになった経緯や、ここで使った「ベロ藍」と呼ばれる絵の具のこと、お栄という北斎の娘がやはり絵師であったことなど、眩 (くらら) (新潮文庫)で読んでいたので、何となく懐かしい感じもして楽しく見学した。
北斎はお祭りの屋台の天井に龍と鳳凰も描いていて、その本物も展示されていた。贅沢この上ない。
もちろん、ミュージアムショップにも立ち寄る。私は絵はがきを、母は何やら色々と買っていたようだ。
北斎館で1時間余を過ごし、朝も早かったことから、12時前にお隣の桜井甘精堂北斎亭に行った。
大型バスが次々とやってきて、ショップも含めて大賑わいだ。ある程度待ち時間を覚悟していたけれど、15分ほどで席に案内してもらえた。
もちろん、お目当ては栗おこわである。一茶御膳と北斎御膳を頼んだ。どちらも栗おこわが付いていて、その他のおかずの数と種類が違う。
栗おこわが「こんなにたくさん!」と驚いたものの、母も私もぺろっと完食した。おこわ自体に甘みを付けてあるようで、ごま塩の塩味がアクセントになり、とても美味しい。
このまままっすぐ赤倉温泉に向かうか、小布施をもうちょっとぶらぶらするか、母に「どちらがいい?」と聞くと少し歩きたいと言う。14時15分発の特急で長野駅に戻ることに決めた。
13時くらいからお散歩開始である。
北斎館のある辺りには、小布施堂や様々なお店が軒を連ねていて、お散歩するだけでも楽しい。マロンソフトクリームのお店に行列が出来ていて、もの凄く美味しそうだった。残念ながらお腹がいっぱいでとても食べられそうにない。
栗の小径と名付けられたちょっと風情のある細い道を歩いていたら、高井鴻山記念館の裏手に行き着いた。そのまま見学させていただく。
高井鴻山記念館では「我が家の名品展」が開催されており、高井鴻山ご本人の絵はもちろん、円山応挙や北斎、伊藤若冲らの絵が展示されていた。
高井家は、いわゆる「地方の名家」「素封家」なのだと思う。
主人も文化人で、北斎らを招いて逗留してもらい、絵を描いてもらったり、人を集めて「文化を発信」したりしていたようだ。
その高井家のお宝は、書画骨董はもとより、一弦琴あり、勝海舟直筆ののぼり旗ありとバラエティに富んでいる。
偶然にふらっと入った割に、なかなか楽しめた。
何でも記念館は開館35周年で、その記念にとポスターまでいただいた。
その後は、軽トラックでりんごが販売されていて、試食がとても美味しかったけれど重さで買うのを断念したり、お庭を拝見したり、紅葉を愛でたりしつつ、駅に戻った。
駅からホテルに電話し、妙高高原駅からの送迎をお願いする。
小布施駅のホームから、くっきりとした山の稜線を見ることができた。
流石に、午前中に到着したときよりは若干ぼんやりと、雲も出てきているものの、やはり見晴らしは良い。
左から、飯綱山、戸隠連山、黒姫山、妙高山、斑尾山だ。
実は、赤倉温泉に着いたときにも妙高山が綺麗に見えていたのに、うっかり写真を撮り忘れてしまい、2日目には全く姿を拝むことができなかったので、赤倉温泉に行きながら妙高山の姿が見られる写真はこれ1枚である。
長野電鉄の特急で長野駅に戻り、コインロッカーからミラコロを出して、しなの鉄道北しなの線で妙高高原に向かった。
長野鉄道でも思わず写真を撮ってしまったくらい、電車の切符を持つのは久しぶりである。
何だか嬉しい。
妙高高原駅まで、こちらは各駅に停車しながら進み、40分強かかる。
妙高高原駅の改札を出ると、ホテルの送迎車が迎えに来てくださっていた。ほっとする。
利用するのは我々だけのようだ。多分、車であちこち観光しながらいらっしゃる方が多いのだろう。それに、今はちょうど、紅葉とスキーの端境期なのだと思う。
「登ってるなぁ」という道を走ること10分くらいで、赤倉観光ホテルに到着した。
3日前くらいに雪が降ったそうで、芝生のところどころに雪が溶け残っている。
ぎりぎりで日没に間に合い、お部屋の窓からの眺めを堪能することができた。
ホテルの方も「晴れて良かったですね。」とおっしゃり、窓から見える山々の名前を教えてくださる。右奥に見える湖が野尻湖だということだけは覚えている。
お部屋の窓から眺め、ロビーでサービスのコーヒーとハーブティをいただきながら眺め、「この眺めに惚れ込んで見える範囲の土地をすべて購入した」というホテル・オーナーの方ってば凄いと感心する。
17時くらいまでロビーでゆっくりし、17時半くらいに温泉に行った。
タオルとバスタオルが大浴場にたくさん用意され、かつ、お部屋のキーも人数分いただけるのが嬉しい。
階段で向かっていてたまたま前を通りかかった家族風呂を予約する。シンプルに、家族風呂の前にタイムテーブルの紙が置いてあり、そこに予約者の名前を記入するというシステムだ。
温泉は内風呂と露天があり、目隠し的なものは何もない。いい眺めである。
露天風呂はデッキに繋がり、デッキチェアも置いてある。
お湯は無色透明で、若干、硫黄の匂いがするかな??? という感じだ。トロリというよりはさらっとした素直なお湯である。
後で説明書きを読んでみたら、硫酸塩泉と炭酸水素塩泉の両方を併せ持つお湯だった。
19時から夕食だ。
母のリクエストでフレンチである。
温泉には浴衣で行っても大丈夫だけれど、レストランでは浴衣はご遠慮くださいとのことだ(和食のレストランの場合は、浴衣の上に、部屋に用意されている上下別々の着物を着れば大丈夫という)。
浴衣はNGだけれどスリッパはOKだ。でも上は洋服だしねぇと母も私も靴を履く。
贅沢をして、母はスペシャルディナーを、私は「お料理に合わせて3杯のワインをご用意します」というセットをお願いした。
スープ、お魚、お肉をそれぞれ選ぶことができて、私のディナーのコースは、こんな感じになった。
キノコのムース 下仁田葱のヴィネグレット
伝統のビーフコンソメスープ
カンパチのアーモンドロースト トマト味噌風味 赤ワインソース
乳飲み子豚のコンフィ 生ハム添え ポルチーニ茸のソース
自家製パン
栗と洋梨のコンポジション ピスタチオのアイスを添えて
コーヒーと小菓子
スープはポタージュとどちらかを選べた。コンソメがあったらやっぱりそちらを選んでしまう。
お魚料理にロゼワインを供せられてちょっと意外だったので聞いてみたら、「ソースが赤ワインなので」というお話だった。
お肉料理に合わせていただいた赤ワインが長野のワインだったのもちょっと意外だ。
我々と同じように19時からディナーを始めた方は他に一組か二組くらいしかいらっしゃらず、しかも、母も私も食べるのが相当ゆっくりである。
大体、美味しいお料理はゆっくりおしゃべりしながらいただくのが楽しい。
そんな訳で、デザートにたどり着く頃には周りに他のお客様はいなくなってしまい、「よろしければ席を変えて。」とお勧めいただいた。
ロビーに席を移して、デザートである。
母のデザート皿はグリーンで、ロビーにはクリスマスの飾り付けもされているし、ついうっかり「クリスマスみたいですね。」と言ったら、ウエイターさんがもの凄くすまなさそうに「紅葉なんです・・・。」と教えてくださった。
粉砂糖で描かれているのは確かに紅葉である。あら。
ほぼ2時間かけて美味しくいただいた。
案の定、ワインを飲んだ母は「もう温泉はいいわ。」と言う。贅沢なことに先ほど予約した家族風呂は私一人である。
本館以外の2棟にある客室にはすべてお部屋に露天風呂が付いているから、わざわざ家族風呂に入ろうという人はあまりいないのかも知れない。
噴水のように温泉が注がれていて、お風呂の底には一見して砂のように見えるグレーの湯ノ花が沈んでいる。やっぱり贅沢だ。
予約時間は40分だったと思う。時間いっぱい、ゆっくりする。
お部屋に戻ると、案の定、母はすでに眠る態勢である。
電気を調節し、雲海が見られるといいなぁと願いながら、目覚まし時計で日の出前の時刻をセットし、23時過ぎに就寝した。
-> 赤倉温泉旅行記2日目
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赤倉温泉旅行から帰宅した次の日である今日(2018年11月27日)、宿の手配をお願いした旅行社からアンケート依頼のメールが届いた。
カウンターで旅程表等々をいただいたときに一緒にアンケートと返送用封筒ももらっていたので、ちょっと驚いた。
アンケートに答えると抽選で旅行券をプレゼントしますと書いてあり、そのプレゼントに釣られた。
点数で答えるアンケートは、アンケートに答える人の感覚が色々にかかわってきて結構難しいという気持ちと、自分が宿を選ぼうというときにそういえばクチコミの点数を参考にしちゃっているという現実と、両方があって複雑である。
でも、多くの人が答えればおのずといいラインに落ち着いてくるのだろうと信じ、思うところを回答した。
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2018年11月25日から1泊2日で、母と赤倉温泉に行って来た。
残念なことに雲海は見られなかったけれど、真っ青な空に見える稜線と、真っ白で何にも見えない霧と、その両方を見られたので良しとしたい。
良いお天気で小布施をぶらぶら歩いたのも楽しかった。
今回の旅行にかかった費用は概ね49000円(旅行券で支払った分を含む)だった。
ここには、交通費、宿代、食事代、美術館の入館料等が含まれるが、お土産代は含まれていない。
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