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2019.04.30

大阪日帰り旅行記の入口を作る

フェルメール展入口 大阪日帰り旅行に行き、旅行記を書き、旅行記の入口を作っておくことにした。

 以下の日付をクリックすると、旅行記に飛べるようになっている。
 日帰り旅行記なので、持ち物リストはなしである。

 2019年2月21日(木曜日)

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2019.04.29

ニュージーランド旅行記3日目その2

2019年1月28日(月曜日)

2牧歌的な風景 トイレ休憩後もバスはニュージーランドらしい景色の中を走り、11時20分頃にテ・アナウの街に到着した。
 テ・アナウ到着前の車中で、本日の夕食メニューの説明があったと思う。
 例によって私にはほとんど聞き取れなかった。なので、ガイドさんがプリフィクスになっているメインディッシュを紹介するごとに、車中で「おぉー!」「あぁ」と感嘆なのかブーイングなのか判じがたい声が上がっていた理由は未だに謎である。

 その後、名前とメインディッシュ(毎日3種類の中から選ぶことができ、うち一つは必ずヴェジタリアン・メニューだった)の説明が書かれた紙が回されて来た。
 自分の名前のところで、食べたいメニューにチェックを入れればOKである。
 ところで、私たちはトレッキングに行くんですよね??? と思う。何とも贅沢なトレッキングである。

 テ・アナウの街は、ミルフォード・トラックだけでなく、ルートバーン・トラックやケプラー・トラックなどを歩くトレッキングの基地にもなっている。
 そう思って見ると、お土産物屋やレストランだけでなく、アウトドアショップも目につく。

ラップサンドのランチ  KIWI Countryというお土産物屋さんの奥にあるカフェで、サンドイッチビュフェの昼食である。
 サンドイッチやキッシュ、私が選んだラップサンドの他、サラダや野菜の煮込みなどが用意されていた。
 移動の疲れか何となく調子が良くなくて、ジュースとカフェオレで糖分と水分を補給し、控えめに抑えた。

 お土産物屋さんには、何故かリャマのぬいぐるみがいたりしつつ、マオリの意匠を活かしたアクセサリや、羊の脂やハチミツを使ったスキンケア用品、Tシャツや帽子などのアウトドアグッズなどがあった。
 ここで購入したら3泊4日のトレッキング中にずっと持ち歩くことになるし、帰りにもこのお店に寄るという話なので、ウィンドウショッピングを楽しんだ。

船着き場  12時10分に出発し、30分ほどでテ・アナウ ダウンズの船着き場に到着した。
 バスに預けていた自分の荷物を引き取る。
 ここからミルフォード・トラックのスタート地点であるグレイドワーフまで船で行く。
 いつの間にか空が曇ってきて、風も強い。
 今日は風が強いので、通常なら1時間のところ、もう少し時間がかかるかも知れないとアナウンスがあった。

 やはりミルフォード・トラックを歩こうという人たちには、船室の上にあるオープンデッキが人気である。
 風が強くて帽子が飛ばされそうだ。実際、ツアーメンバーのお一人はこの船に乗っているときに帽子を飛ばしてしまったらしい。
 風で雲が飛ばされたのか、行程の半分を過ぎ、クィンティン・マッキノンの十字架を通り過ぎる頃には青空が広がった。

 クィンティン・マッキノン氏はミルフォード・トラックの開拓者である。
 彼の名前は、マッキノン・パスとクィンティン・ロッジという形で、峠とロッジの名前として残っている。
 そして、彼はこの湖で遭難して亡くなっている。遺体は見つかっておらず、彼が乗っていた船が流れ着いたこの場所に十字架が立てられたそうだ。
 我々の船もこの十字架の横で少しだけ停まった。
 追悼と感謝の意を表すためだと思う。

釣りの島

 もう1カ所、船がスピードを落とした場所があり、何となく写真を撮っておいた。
 もちろん、英語でガイドがされていたけれど、私の語学力では全く聞き取れない。というよりも、私の耳はすでに「聞き取ろう」という努力を放棄している。

 とりあえず、何かなんだろうと写真を撮っておき、後でかなさんにお聞きしたところでは、マオリの人々が鰻釣りをしに来ていた島だったという。 
 結局、どこのことだかは判らなかったけれど、岩が屋根のようになっている場所があり、シェルターとして利用されていた跡が見えていたらしい。

 14時過ぎ、船はグレイドワーフに到着した。
 乗るときは自分のリュックを担いで乗ったけれど、降りるときは、ガイドさんから渡されるリュックを持ち、その辺に並べて自分のリュックを探してくださいと言われた。
 合理的である。
 合理的だけど、渡されたリュックが異様に重くて、担ぎ上げられないかと思った。

スタート地点の看板 船

 くるくる変わる天候は、完全に晴れで安定したようだ。
 船着き場から上陸した地点に、ミルフォード・トラック出発地点の看板が立っており、みなで代わる代わる記念撮影大会になった。
 今日はここから1.2kmだけ、グレイドハウス・ロッジまで歩く。

 心ゆくまで記念撮影を楽しみ、リュックを背負って歩き始める。
 実は、この「リュックを背負って」歩くというところが一番心配だった。お店で背負い方を根掘り葉掘り教えていただいた成果か、意外と大丈夫そうである。
 それほど重いと感じない。

足慣らし

 しかし、暑い。
 日差しは木々が遮ってくれているものの、結構な気温の高さである。
 半袖Tシャツの上にスコーロン素材の長袖シャツを着ていたら、あっという間に汗だくになった。

 道は平らで整備されており、歩きやすい。
 ところどころに水たまりがあるのは、雨が降ったばかりだからだろう。
 そもそも、ミルフォード・トラックはそもそも雨が多い場所として知られている。
 だからなのか、森は屋久島の印象に近い。

 歩き始める前に、「水たまりを避けて道の端を歩かないでください。」と注意があった。
 そうやって道の端を歩き、道が広がってしまうことを避けるためである。
 それでも水たまりの真ん中をじゃぶじゃぶ歩く勇気はなく、なるべく浅そうなところを選んで歩いた。

 歩くこと30分弱、14時30分くらいにグレイドハウス・ロッジに到着した。
 いきなり森の中の道が開けて、明るい場所に出て驚く。
 何とも清々しい場所である。それはここにロッジを作りたくなるよね、と思う。
 ロッジの玄関では、ジュースとクッキー、果物が用意されていて、有難くごくごくとジュースをいただいた。

 部屋割りは、到着したときにロッジのスタッフから説明される。
 もちろん、私は添乗員さん頼みである。
 ロッジのお部屋は、我々日本からのツアーメンバーに、トイレやシャワーも専用になる一角(3部屋)を割り当てられていた。
 基本は男女別の相部屋で、ご夫婦で参加された方も、ここでは男女に分かれて別々のお部屋である。

 トイレとシャワーはロッジによって配置というか作りが違っていた。
 グレイドハウス・ロッジでは、男女別になっており、トイレの個室とシャワー、洗面台が並んでいる。
 外から入ると、3部屋共通のスペースがあり、廊下があって、各部屋とトイレ・シャワー室が並んでいる。
 コンセントは各部屋にあったと思う。

二段ベッドのお部屋 乾燥室

 二段ベッドが4つあるお部屋が、女性5人に割り当てられた。私の到着が一番遅かったし、年齢順で、私が上の段に決定である。
 マットレスと掛け布団、枕は用意されていて、昨日レンタルしたシーツを敷いてセットする。
 バスタオルとタオルも各自1枚ずつ用意されている。
 ロッジでは、原則として土足禁止だ。早速、サンダルに履き替える。

 その他、特徴的な設備は乾燥室だと思う。
 奥に見える銀色の送風口から激しく温かい風が送られていて、洗った物があっという間に乾く。
 流しと洗濯用石けんが用意された洗濯場もあって、夕食前にお洗濯をして干しておけば、発電機が切れる22時までにはほぼ完全に乾いた。相当強力だ。

ロッジ前の草原  今日はほとんど歩いていないし、明日からの足慣らしも兼ねて、15時からガイドウォークが予定されている。
 かなさんから、明日以降の予行演習も兼ねて、ストックを持ってきている人は使ってみてくださいと案内があった。
 リュックにくくりつけてきたストックを伸ばし、ウエストバッグだけを持ち、暑さ対策でズボンをジップオフする。
 考えてみれば、今日は1kmちょっとしか歩かないのだから、サポートタイツは必要なかったと思う。

 ガイドウォーク出発前に、ロッジの前の広い草原(?)で、全員揃っての記念撮影があった。
 ロッジの前を流れているのはクリントン川である。
 お天気が良くて良かったなぁと思う。
 我々48名は、今シーズン89番目のグループである。

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2019.04.27

ブラタモリ「#131 熊野の観光~熊野観光の“深~い”魅力とは?~」を見る

 2019年4月27日、毎週土曜日19時30分からNHK総合で放映されている「ブラタモリ」を見た。
 この日のテーマは「熊野の観光~熊野観光の“深~い”魅力とは?~」である。
 先週(20日)も熊野が舞台でぜひ見たかったのだけれど、出かけていて見そびれてしまった。5月21日の再放送を見られるといいなと思っている。

 スタートが串本で、ここは行ったことがないので橋杭岩の奇観が面白かった。
 岩の向こうと手前で海の気配が全く違うのが、不思議なような、当たり前のような、変な感じだ。

 ここで熊野と今呼ばれている地域が、1500年前くらいに噴火したカルデラの中に当たるという説明があり、何ともブラタモリらしい展開である。
 もはや死火山といえるのに熱い温泉が湧いているのはフィリピン・プレートという若いプレートが潜り込んできているからであるとか、奇観には流紋岩が一役も二役も勝っているとか、すべての道は地質に通ず、という感じなのは相変わらずだ。

 その後、川湯温泉、つぼ湯、熊野本宮大社、大斎原と懐かしい場所が次々と写って嬉しい。
 私が熊野古道に行ったのは13年も前のことで、比べると外国人観光客の姿がもの凄く増えていて随分と驚いた。
 「東京からのアクセスは決して良くない」という話も出ていたから尚更である。
 サンチャゴ・デ・コンポステラの巡礼の道と姉妹関係を結んだことも、観光地として世界に名を馳せたきっかけなのかも知れない。

 また行きたい、歩きたいと思った。

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2019.04.20

ニュージーランド旅行記3日目その1

2019年1月28日(月曜日)

 前日は23時に就寝し、時差もほとんどない筈なのに2時に目が覚め、その後も眠れず、結局4時に起き出して荷造りを開始した。
 だいぶ緊張しているらしい。
 そして、荷物を減らそうとだいぶ頑張った割にまだ多い。そしてデカい。あまり圧縮しなかったこともあり、45Lのリュック(モンベルのチャチャパック)がほぼ一杯だ。

 散々出し入れを繰り返し、ウエストバッグに入れた荷物、リュックに入れて3泊4日背負って歩き続ける荷物は以下のとおりになった。
 (着ているものも含む。)

ウエストバッグ
 パスポート
 財布
 カメラ
 腕時計
 水(220mlのペットボトル)
 ミニライト
 目薬
 リップクリーム
 日焼け止め
 虫除け
 虫刺されの薬
 ハンドクリーム
 サニタリー
 ハンカチ
 飴
 地図(説明会でもらったもの)
 筆記用具

リュック
服(持ち歩く着替えはジップロックに分けて収納)
 半袖Tシャツ 1
 長袖Tシャツ 1
 長袖シャツ(スコーロン素材) 1
 スタビライザ 1
 ウールスパッツ 1
 下着2セット
 5本指靴下 2
 ウール厚手靴下 2
 パンツ(スコーロン素材、ジップオフ可) 1
 山スカート 1
 フリース 1
 レインウエア上下 1
 日よけ帽子 1
 手ぬぐい 2
 スパッツ(ゲーター) 1
 トレッキングシューズ 1
 サンダル 1

寝具
 シーツ(レンタル) 1

持って行くもの 洗面セット
 歯ブラシ
 歯磨き粉
 櫛
 髪ゴム
 カミソリ
 オールインワンジェル
 爪切り
 耳栓
 リップクリーム
 裁縫セット
 日焼け止め
 制汗剤
 筋肉痛の薬
 サニタリー

持って行くもの 救急セット(リュックのトップリッドに収納)
 靴紐
 風邪薬
 傷薬
 鎮痛剤
 バンドエイド
 (何故か)カメラの充電池

その他
 お水のペットボトル(500ml) 2
 エコバッグ
 トレッキングポール
 カメラの充電用コード
 サングラス
 折りたたみ傘

 リュックの中に昨日オフィスでもらった大きなビニル袋を入れ、そこにサンダル以外の荷物を全部詰め込む。
 サンダルは濡れてもいいし、ロッジに着いたらすぐに出せた方がいいと思い、リュックの底に入れた。
 ビニル袋の口を素早く上手く縛れる自信がなく、タイラップ(パンの袋などを留めている針金入りのヒモ)を持参したところがポイントだ。

 最後まで迷い、サングラスのケースと電子辞書は置いていくことにした。
 この他に、最終日に泊まるマイターピークロッジ宛てに荷物を送ることができる。
 トレッキングシューズではない靴を送るかどうか迷った末、「靴を履き替えたら、トレッキングシューズは持って帰らないといけない」ため、送らないことにした。

 マイターピークロッジ宛てに送った荷物は以下のとおりである。

 ワンピース
 レギンス
 iPad(これは、マイターピークロッジでwi-fiが使えると勘違いしたため)

朝食  荷造りでぐだぐだ迷ったり、昨日カズアキさんと共同購入した虫除けを分けたり、ニュージーランドのお札の写真を撮ったりしているうちに、あっという間にモーニングコールの時刻(6時40分)になった。
 朝食は7時からである。
 この後はバス移動だし、控えめにいただく。
 ミューズリーにヨーグルトをかけたものが美味しい。

 お部屋に戻って荷造りの続きである。
 朝食のときに、スーツケースはやっぱり廊下に出して置いてくださいと指示があった。
 また、リュックはバスに預けてしまうので、バスの中で使うものは別にしておいてくださいと言われている。

 スーツケース、リュック、マイターピークロッジに送るバッグ、バスに持ち込むバッグの4種類のうち、スーツケース以外の荷物を抱え、8時15分にロビーに集合した。
 添乗員さんの指示で、ホテルに預けたスーツケースの預かり証の写真を撮る。これで預かり証を失くしても大丈夫だ。

 私以外の方々は山に慣れていらっしゃるのでみなさん荷造りが上手である。30Lのリュックの方もいらして、持たせていただくと私の荷物より格段に軽い。
 添乗員さんのリュックも、仕事用の紙がほとんどだとおっしゃりつつ、私の荷物よりもだいぶ軽い。
 体力のない私が重い荷物を背負ってどうするとここでもかなり迷ったものの、置いていけるものを選べず、そのまま持って行くことにした。

 8時20分にホテルを出発し、徒歩10分弱で昨日説明会のあったTHE STATIONに到着した。
 ファーストネームだけが書かれた名札を受け取る。名札は常に見えるところに付けておくよう指示があり、着替えても付け替えなくていいように、ウエストバッグにくっつけた。
 この名札がきっかけで、この後ずっと、ツアーメンバーの間でもファーストネームで呼び合うことになった。
 それでもついつい「どういう漢字を書くんですか。」と聞いてしまうところが我ながら日本人だなぁと思う。

 リュックをバスに預けようとしたとき、日本人ガイドのかなさんから「バスの中はかなり寒いですよ。」と声がかかった。
 相当に冷房を効かせるらしい。
 リュックからフリースを取り出すと、添乗員さんから「だいぶリュックが小さくなりましたね」と言われた。
 後に、厚手のフリース1枚ではなく、薄手のフリース1枚とダウン1枚にした方が使い勝手が良かったと反省した。

 普通の観光バス1台にガイドツアー参加者48人とガイドさん4人(ララ・メリッサ・アナ・かなさんの女性4人)が乗り込み、オフィスを8時50分に出発した。
 けいこさんのお隣の席にお邪魔する。
 運転手さんがしゃべり倒して観光案内やニュージーランド案内をしてくれる。というか、してくれているらしい。
 英語力不足故に全く聞き取れず、ほとんど子守歌である。
 かなさんが「かいつまんで」と言いつつ、通訳してくださったときだけ聞いていた。

羊湖

 マオリだけが住んでいた頃のニュージーランドには、哺乳類がいなかったという。
 19世紀にヨーロッパ人がハンティングの獲物としてウサギを持ち込んでいる。
 天敵がいなくて増えすぎてしまったウサギを減らそうと、今度はイタチを持込み、そのイタチが元々ニュージーランドに生息していたタカヘやキウイなどの飛ばない鳥などの鳥を食べてしまった、という話くらいしか覚えていないのが申し訳ない。

 昨夜ほとんど眠れなかったこともあり、爆睡したようだ。
 ワカティプ湖とか、カワラウ湖とか、世界で二つしかない真南から真北に縦断するリマーカブル山脈とか、色々と案内いただいたことも全く知らないまま、10時半くらいに、最初のトイレ休憩ポイントであるモスバーンに到着して目が覚めた。
 トイレ休憩なんだけど、出発時間の案内がないところが若干不安である。

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2019.04.14

「水木しげるの古代出雲」を読む

 2019年4月、「水木しげるの古代出雲」」を読んだ。
 もちろん、出雲旅行の予習のつもりである。

 タイトルのとおり、水木しげるが描いていて、水木しげる自身がマンガに登場し、水木しげるが古代出雲について調べたり学んだり推理したりした内容をマンガにし、そこに「考えている」水木しげる自身も登場するという凝った造りになっている。
 そして、登場する水木しげるの鼻息はかなり荒い。

 出雲は水木しげるの故郷である境港からも近いし、多分、ずっと「気になっている」場所であり、証すべき「神話の世界」だったのだと思う。
 そういう拘りを感じる。

 オオクニヌシが出雲国を譲りその代わりに出雲大社に鎮座することになったというくだりも、書き手によって少しずつニュアンスが違っているような気がして、そこも面白い。
 どこに思い入れがあるか、古代史をどう解釈しているかによって、ニュアンスが変わってくるのだと思う。

 出発までに何回か読み込もうと思っている。

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