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2019.05.01

ニュージーランド旅行記3日目その3

2019年1月28日(月曜日)

 15時にガイドウォークに出発した。
 我々ツアーメンバーにはかなさんが専属で付いてくれる。我々のツアーとは別に、個人でガイド・ウォークに参加している日本人の方がお一人いらしたけれど、英語に堪能な方らしく、他のグループにさりげなく混ざっていらした。
 何だかちょっと申し訳ない。でも、気持ちは分かる。

南極ブナ ペッパーツリー  

 写真左側、ギンブナは常緑樹で、南極ブナの一種だ。
 そういえば、昨年にタスマニアに行ったときにも南極ブナはたくさん見ている。確か、葉の裏が白っぽいから「銀」ブナと呼ばれているという説明があった。
 滅多に花を付けないギンブナが、今年、花を咲かせていたというお話だった。

 右側の写真は、ペッパーツリーの葉である。
 マオリの人々は、消化の薬として用いていたそうだ。
 名前のとおり、噛んでみると辛いというか、刺激を感じた、ような気がする。

 倒木更新の説明を聞きながら、やっぱり屋久島を思い出すなぁなどと思う。屋久島と違うのは、ガイド・ウォークのコースのあちこちに置いてあるの存在だ。
 見えるピンクの三角は「この近くに罠が仕掛けてありますよ」というサインである。
 この罠は「獲物がかかっていない」ことが重要で、罠に動物(イタチなど)がかかっていれば、それは「この近辺にイタチが生息している」ことの証明になってしまう。

渓流 説明を聞きながら森の中を歩いていると、パッと開けたところに出た。
 そこは渓流で、先に到着した方々が靴を脱いで足を浸したりして寛いでいる。
 お天気が良くて気持ちが良い。

 ストックを置いて、ちょっと上流の方まで岩伝いに行ってみたり、川の水で顔を洗ったりしてしばし寛ぎ、かなさんが戻るのに合わせて一緒に出発した。
 方向音痴の私に、ここからロッジまで迷わずに戻る自信はない。

ヤリの木(若木) ヤリの木(成木)  帰り道で聞いたヤリの木の説明も面白かった。
 若いヤリの木は、その名のとおり、左の写真のようにとんがった槍のような葉っぱを付けている。
 そして、ある程度大きくなると右の写真の右端に写っているように、高い場所にだけ普通の葉っぱを付けるようになる。

 こんな不思議な形態変化をするようになったのは、もう絶滅してしまった鳥のモアに食べられないようにするためだ。
 若木で背が低いうちは葉っぱを細く固く槍のようにして食べられてしまわないように防御し、背が高くなるとその先端に普通の葉っぱを茂らす。
 ここに来るバスの中でドライバーさんが「ニュージーランドは鳥と木が特別」と言っていたことを思い出した。

 ガイドウォーク終了直前に新種の熊など発見して「誰がやったんだろうねぇ。」「ニュージーランドでもここだけでしか見られない新種の熊だねぇ。」などと笑い合いながら、約1時間半のガイドウォークは終了となった。
 ロッジに戻ったのは17時近かったと思う。

 汗びっしょりでTシャツの色が完全に変わってしまった私に、みなさんが「先にシャワーを浴びてらっしゃい。」と言ってくださり、お言葉に甘える。
 我々ツアーメンバーが集まった建物には、女性用のシャワーが二つあった。
 前室っぽいスペースにフックや棚があり、足拭きマットも用意されている。お湯の量も温度もバッチリだし、ボディソープやシャンプー・リンスも備え付けられている。

 シャワー後は、長袖Tシャツとトレッキングスカートに着替え、着ていたものを洗濯し、乾燥室に干す。
 夕食の少し前から、アルコールを飲めるようになり、おつまみ的なものも出されて、添乗員さんから「どうぞ〜。」と声がかかる。
 語学って重要、と思うのはこういうときだ。

鹿肉のシチュー チキンサラダ 夕食は、ロッジのリビングダイニング(?)スペースで18時からである。
 しみじみと贅沢なトレッキングである。ここにはピアノも置いてある。
 別料金でアルコールも飲むことができ、バーカウンターで各自注文する。
 赤ワインでお勧めは? と聞いたら、ピノ・ノワールを選んでくれた。10〜15NZドルくらいだったから、良心的な価格だと思う。

 前菜はチキンサラダで、盛り付けも選ばれた食材も「おしゃれ」である。
 メインは、この日は、鹿肉のシチューか、サーモンのグリルか、ベジタブルキッシュから選ぶことができ、私は鹿肉のシチューにした。
 マッシュポテトがたっぷり付いているところがポイントだ。
 前菜とは別にグリーンサラダもある。

 デザートにアップルパイ(アイスクリーム添え)をいただき、食後のコーヒー・紅茶はセルフサービスである。
 「セルフサービス」以外のお皿は、すべて、ガイドさん4人がサーブしてくれる。
 働き者かつパワフルなガイドさんたちである。

 2時間弱で夕食を食べ終わり、そのままスライドを使った翌日の説明が始まった。
 説明していたのは、ガイドさん4人のリーダーであるララちゃんである。
 同時に、明日の夕食のメインディッシュを選ぶ紙が回ってくる。
 スライドの説明はもちろん英語で行われる。同じ写真と日本語の説明がある資料が何冊か用意されていて、時間の変更等々にだけ気をつけていれば、全く英語の聞き取り能力のない私でも最低限必要な内容は理解することができる。

 明日は、今日と同じような天気だという。つまり、暑い。
 そして、明日の道はほぼ平坦(最後だけ登りとガレ場がある)という。スポーツタイツはなし、ズボンはジップオフ、ストックはなしで行くことに決める。
 今日は22時に消灯、明朝は6時45分に電気が付き、7時からランチ用のサンドイッチを作ることができる。
 朝食は7時半、8時半から9時の間に出発するようにと言われる。

 しかし、我々ツアーメンバーには、かなさんから「我々は8時半出発、その前にラジオ体操をやります!」 と宣言があった。
 彼女はピアノの先生もしていて、「ラジオ体操のテーマ」の楽譜も持ってきてくれている。
 そして、グレイドハウス・ロッジも含め、すべてのロッジにピアノがあった。

 また、サイドウォークに行くときは必ずリュックを分岐に置いて行くようにという注意があった。脇道に入った人がいることを、殿に付くガイドさんに知らせるためだ。
 明日は、Wet LandやHiden Lakeなどに行くサイドウォークがあるらしい。「ぜひに。」とお勧めされる。
 ランチはヒレレ小屋で、このときには温かい飲み物のサービスがある。もちろん、このサービスをしてくれるのもガイドさん達だ。

 それから、グレイドハウス・ロッジだけの「サービス」で、ここからマイターピークロッジに荷物を送ることができると案内があった。
 1日(といっても1kmちょっとだけど)歩いてみて、「こんな重い物は運べない!」と傲然とした人向けのサービスだと思う。
 あるいは、乾燥室の威力に接し「本当にこんなに着替えは必要ないんだわ」と深く納得した人向けのサービスだ。
 荷物を送りたい人は銀色のバッグを取りに来てね、と言われた。

 説明会の後は、自己紹介タイムである。
 まずガイドさん達から始まった、ように思う。リーダーのララ、アナ、メリッサ、そしてかなさんの4人だ。
 参加者は、国別に集まって前に出て、色々と語っていた。聞き取りの努力を放棄してひたすら人数を数えた結果、オーストラリアから11人、アメリカから19人(後になって、ドクターのツアーが含まれていたと知った)、イギリスからご夫婦が二組、中国から母娘一組、国際結婚のカップルが一組、我々日本人がお一人でいらした方を含めて10人の計48人だ。
 ニュージーランド国内からの参加っていなかったんだっけ? 自信がない。

 「国別に歌を歌う」とか「芸を披露する」といったアトラクション(?)はなかった。
 私たちのときはかなさんが通訳してくれて、名前くらい言えばOKだった。そうじゃなければ、(少なくとも私にとっては)罰ゲームである。
 みなさん「ずっと歩いてみたいと思っていた。」とおっしゃっていて、そういう深い思い入れのなかった私は「何となく歩いていたいと思って来ました。」と正直に言ってしまい、かなさんに「それって訳しにくいわ。」と嘆かれた。申し訳ない。

ミュージアム  21時くらいに説明会兼自己紹介が終了し、「お隣にミュージアムがあるから行ってみてね。」と言われて解散となった。
 「博物館」というよりは「資料室」という感じの一室で、「昔の写真」や「昔使っていた道具」が色々と展示されていた。

 そして、このミュージアムの外廊下に掲示板っぽいものがあり、これまでのガイド・ウォーク参加者が置いて行ったらしいお守りや各国のお金、国旗のミニチュアなどなどがピンアップされていた。
 折り鶴もいくつかあったから、きっと、日本の方の置き土産だと思う。
 今回のグループにはいなかったけれど、ハングルのものも目立っていたから、韓国からの参加者も多いのだと思う。

 掲示板の下にはゲストブックも置かれていて、みなさん、色々とメッセージを書かれていた。
 日本語のメッセージも、英語だけど日本の方のお名前のメッセージもある。
 こういうときにさらっと書けるっていいなぁと思う。
 少し考えて書くことが思い浮かばなかったのでパスし、消灯前にドライルームに行くと、洗濯物はすべてカラカラに乾いていた。
 ドライルームの威力、恐るべしである。

ロッジからの景色 我々のロッジ

 21時を過ぎてもまだ空は明るい。
 写真左側がロッジ前の草原、写真右側が我々ツアーメンバーが割り当てられていた建物である。
 22時に消灯となり、お部屋の電気は消えた。共有スペースと廊下はぼんやりと明るいくらいには電気が付いていて、懐中電灯なしで歩くことができるくらいだ。

 二段ベッドの上に上がって就寝である。
 ベッドの横には奥行き10cmくらい、幅30cmくらいの棚が付いている。そこにウエストバッグやお水のペットボトルを置く。
 久々に二段ベッドで寝たせいか、なかなか眠れない。
 仕方がないので、「マイターピークロッジに荷物を送るべきか」を考え続ける。
 脳内シュミレートの結果「送ったところで大した軽量化は図れない」という結論になった。

 2時過ぎに目が覚めた。
 目が覚めてしまうとなかなか眠れない。
 3時過ぎ、トイレに行ったついでに外に出た。
 明かりがなく真っ暗な分、満点の星が綺麗だ。オリオン座も見える。しばらくカメラと格闘したけれど、上手く撮ることはできなかった。

 3日目の歩数 11404歩

ニュージーランド旅行記3日目その2 <- -> ニュージーランド旅行記4日目その1

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