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2020.04.27

宿をキャンセルする(草津温泉2020)

 2週間前、「5月末くらいになれば、新型コロナウイルス感染症拡大も落ち着いているかも知れない」と思うのと願うのと半分ずつくらいの気持ちで予約をいれた宿にキャンセルの連絡をした。
 もう少し、待った方が良さそうである。

 国内旅行も海外旅行も、落ち着いたら、全力で楽しみたいと思う。

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2020.04.12

カンボジア旅行記の入口を作る

20191231_102313 ここは、2019年12月から年末年始にかけて行ってきたカンボジア旅行記への入口である。

 旅のメインは「アンコール遺跡」である。
 プレ・アンコール遺跡である、サンボー・プレイ・クックにも行っている。

 以下の日程の日付部分をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。

 1日目 2019年12月30日(月曜日) 出発 −> シェリムアップ

 2日目その1 2019年12月31日(火曜日)  シェリムアップ(アンコール・トム)

 2日目その2 2019年12月31日(火曜日) シェリムアップ(アンコール・トム)

 2日目その3 2019年12月31日(火曜日) シェリムアップ(オールドマーケット/タ・プローム)

 3日目その1 2020年1月1日(水曜日) シェリムアップ(アンコール・ワット)

 3日目その2 2020年1月1日(水曜日) シェリムアップ(アンコール・ワット)

 3日目その3 2020年1月1日(水曜日) シェリムアップ(バンテアン・スレイ)

 4日目その1 2020年1月2日(木曜日) シェリムアップ −> ベン・メリア

 4・5日目 2020年1月2日(木曜日)・30日(金曜日) −> サンボー・プレイ・クック −> プノンペン −> 帰国

 

 その国の旅を終えて 100の質問 (カンボジア編)

 持ち物リスト(カンボジア編)

 2019年12月「アンコール遺跡」の写真

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2020.04.11

宿を予約する(草津温泉2020)

 2020年4月11日、新型コロナウイルス感染症対策で緊急事態宣言が出され、都道府県知事から外出自粛要請や休業要請が出されている中、「この頃には事態が収束し、旅行ができるようになっていて欲しい」という願いも込めて、5月末の週末に草津温泉の宿に予約を入れた。

 マクロビ(が何か、実はあまりよく分かっていない)のお食事が3食付く1泊のプランである。
 ファスティングと迷った末、断食するなら3泊や4泊はしたい、1泊だったら美味しいものを食べて「気分」を味わうだけでもいいかなと決めた。

 リフレッシュ・リラックスしに出かけられますように。

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2020.04.06

カンボジア旅行記4・5日目

2020年1月2日(木曜日)

 13時半くらいに、サンボー・プレイ・クックに到着した。
 今回のツアーで最後に見学したサンボー・プレイ・クック遺跡は、カンボジアで3番目に登録された世界遺産であり、これまで見た中では最も古い7〜9世紀頃に当時の王朝の王都だった場所である。
 プレ・アンコール遺跡とも呼ばれ、アンコール遺跡群とは、そもそも王朝自体が異なる。

プラサット・チュレイ サンボー・プレイ・クックの見学の対象は大きく3つのグループ(地区)に分けられる。
 そのうちの一つプラサット・サンボー地区で最初に出会うのが、このプラサット・チュレイという建物だ。
 木の根が建物を締め付けんばかりになっている。かつて、遺跡の発掘・修復前には、多くの建造物がこんな状態だったそうだ。
 この木はそれほど太くはないけれど、樹齢200年くらいになるという。

 プラサット・チュレイの全景写真を撮ろうとしてカメラを構えながら歩いて見事にコケた。
 我ながら、冗談みたいな見事なコケっぷりだった。
 カメラとメモ帳を手にしていたにも関わらずちゃんと手を出せたのは我ながら乗できだった。おかげで上半身のダメージは手のひらくらいだった代わり、膝や脛を強かに打ったし、出血したし、アザもこしらえた。
 2020年4月現在、このときの傷跡が足にまだ残っている。

 手のひらの傷やら足の傷やらを気にしつつ、見学に加わる。
 恥ずかしさが先に立ち、痛みはほとんど感じない。普通に歩けるのは有難い。

プラサット・タンボ地区のヨニのある建物プラサット・タンボ地区の八角形の建物

 プラサット・タンボ地区の中心は、左の四角形の建物と、右の八角形の建物である。
 四角形の建物は入口の両脇にヴィシュヌ神とその妻であるラクシュミーが彫られている、と説明を受けたけれどよく分からなかった。
 この建物の中にはヨニが安置されている。

 プラサット・タンボ地区には、八角形の建物 がいくつかある。クメール建築で「八角形」の建物まだここでしか発見されていない。珍しい建築様式である。
 中に入って見上げると建物が八角形であることがよく分かる。
 どうして屋根が抜けているのか、理由はよく分からなかった。

 空飛ぶ宮殿八角形の建物の内の一つの外壁に「空飛ぶ宮殿」が彫られているという説明があった。じーっと眺めたけれど、どの辺りが空を飛んでいるところを表しているのか、今ひとつよく分からない。
 建物というか、窓から外を覗いている人たちを表しているように見える。

 ただこの窓の下には、窓を支えるようにして並んで飛んでいる(ように見える)グリフォン達がいる。
 グリフォンは、ヒンドゥ教の神話というよりは、西洋の架空の生き物だと思う。上半身は鷲、下半身はライオンという組み合わせからして、何となく西洋的だ。

聖なる池 プラサット・タオ地区に向かう途中、聖なる池の横を通った。
 今は乾期なのでほとんど水は残っていない。
 王様の沐浴用として使われていた場所である。
 そのまま「他の木は全て伐採されてしまった」とガイドさんが若干歯切れ悪く説明してくれた樹齢の大きい木の横を過ぎて(お金になるので売り払われてしまったそうだ)、プラサット・タオ地区唯一の見どころと言っていいだろう建物に到着した。

ライオン像ライオン寺院 この仏教寺院には、入口の両脇にタオ(ライオン)が狛犬のように並んでいる。
 ライオンのたてがみがくるくるとしていて、お尻が大きくて、百獣の王というよりは、やはり狛犬とかシーサーと同じ匂いの愛嬌を感じる。
 このライオン像は、現在、カンボジアで確認されている最古のライオンの像だ。

 プラサット・タオはこのライオン寺院だけでさらっと通り過ぎ、プラサット・イェイ・ポアン地区に向かう。
 ここも八角形の建物が多い。

ラーマーヤナに出てくるシータ姫ライオンと戦っている様子

 レンガで作られた壁に、丸い枠のある彫刻が彫られていた。
 ガイドさんは、左はラーマーヤナに出てくるシータ姫の像、右側は誰かがライオンと戦っている様子だと説明してくれた。
 ガイドブックを読むと、右側の丸の中で誰かがライオンと戦っているということは定説となっているものの、何を表しているのかということは論争があり、まだ決着が付いていないようだ。
 私にはそもそもどこにライオンがいるのかすら分からなかった。

ヒンドゥ寺院内部 プラサット・イェイ・ポアン地区には、四角いヒンドゥ寺院が残っている。
 真ん中にヨニが安置され、このヨニを通って右側の蛇口のようなところから流れ出てくる水は傷を治すとされている。
 世界遺産遺跡であるのと同時に、ここはカンボジアの人たちの信仰の場所でもあるのだなと思う。
 実際、あちこちの建物の中にお供えが備えられていた。
 三つの寺院地区を回り、14時40分くらいにサンボー・プレイ・クックの見学を終えた。

車窓の緑川に落ちる夕日

 あとは一路プノンペンに向かい、夕食をいただき、プノンペン空港から帰路につくのみである。
 寂しいなどと思う間もなく、爆睡する。
 途中、きのこの山のような木が点在している畑と、川面に映る夕日を見られたのはラッキーだった。
 17時くらいにお手洗い休憩を取り、バスは18時半くらいに、プノンペンのソカ・プノンペン・ホテル&レジデンスに到着した。
 メコン川とトンレサップ川の間の半島に立つ大型ホテルである。

ポークリエットスズキのムニエル

 夕食はコースになっていて、いきなり都会に戻って来た感じである。
 前菜:ポークリエット
 スープ:オニオングラタンスープ
 メイン:スズキのムニエル
 デザート:チョコレートムース

 これなら白ワインでもいただきたいところだけれど、飲んだら立ち上がれなくなりそうで、大人しくライムジュースを頼んだ。
 ココナツジュースを頼んだお嬢さんのところに、ココナツの実に切れ目を入れてストローを差したものが供されて、それがなかなか美味しそうかつインパクトがあった。

20200102_192923 プノンペンも渋滞が激しくなっており、ガイドさんは「橋が渡れないかも」と心配していた。
 19時半過ぎにホテルを出発し、このホテルが市内のどの辺りに位置するかよく分からないけれども、「地球の歩き方」には空港から市内までタクシーで30分くらいと書いてあるところ、空港に到着したのは21時近かった。
 やはり、相当、渋滞が激しかったようだ。

 ガイドさんとは空港の入口でお別れである。
 各自荷物整理を行い、21時にチェックインカウンターに並んだ。
 出国審査、セキュリティチェックも含め、それほど混雑していなかったと思う。
 免税品店でココ・クメールのリップスティックを購入し、プライオリティパスを活用してラウンジに入った。

 汗だくになった服を着替え、改めて、サンボー・プレイ・クックでコケたときの傷をチェックする。
 手のひらの傷はもちろん、左足の膝はすでに赤黒く変色しているし、その他、あちこち擦り傷を作っている。ほとんど、幼稚園児(しかも乱暴者の男の子)のようだ。
 傷口を洗ったり、薬を塗ったり、バンドエイドや傷パワーパッドを貼ったりしていたらあっという間に時間が経った。ボーディングタイムまで20分くらいしかない。
 アイスティを飲みながらメモを書いたり、写真を整理したりして過ごした。
 時間があればラウンジ内にあったマッサージにチャレンジしてみたかったと思う。

 プノンペン22時50分発ANA818便は、定刻通りに出発した。
 Exitシートの通路側、お隣は空席である。
 飛行機でお隣の人が寝入っている隣で灯りを点けるのはかなり躊躇する。飛行機で眠れた試しがないので、周りが寝入っているときに気兼ねなく映画を見たり本を読めたりできるのは有難い。

 4日目の歩数 11398歩

*****ここから日本時間で表記*****

2020年1月3日(金曜日)

機内食  4時半頃、機内食が出た。
 パンに卵料理、サラダとフルーツ、ヨーグルトという朝食メニューである。
 これにコーヒーをもらったと思う。

 映画を2本見ていたら、全く眠れなかったけれど退屈することはなく、定刻どおり成田空港に6時40分に到着した。
 ツアーは流れ解散である。
 家に電話したら妹一家が1月1日から泊まりに来ていて、今日、帰ると言う。妹一家に渡すお土産を取り出したキャリーケースを空港宅配に預け、8時前の電車に乗って、帰宅の途についた。

 5日目の歩数 3072歩

カンボジア旅行記4日目その1 <-

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2020.04.05

カンボジア旅行記4日目その1

2020年1月2日(木曜日)

 やはり旅先では上手く眠れず、2時間ずつ2回という感じの睡眠だった。
 4時半に起き出して、荷造りを始める。相変わらず手際が悪くて6時くらいまでかかる。
 今日は、一旦ホテルに戻るということはないので、500mlのペットボトルに麦茶を作り、水筒にはコーン茶を入れて持って行く。

朝食のヌードル 6時過ぎ、レストランに朝食を食べに行った。
 3回目の朝ごはんで、ガイドさんがお勧めした3種類の麺のうち三つ目に当たるライスヌードルの太麺というか平打ち麺のような麺を食べることができた。
 コンプリートである。
 食べ比べの結果、3種類の中では、初日のライスヌードルの細麺が一番好みの味だった。

 部屋に戻って荷造りを仕上げ、忘れ物がないかチェックして、7時15分に部屋を出てチェックアウトした。
 ロビーにガイドさんが一人でいたので、ガラ・ディナーでもらったランチチケットを進呈する。
 聞けば昨日はガイドさんのお誕生日は昨日だったそうで、「そうしたら1日遅れの誕生日プレゼントね」と笑った。

観光バス バスに乗り込み、出発である。
 昨日の昼食をいただいた日本食レストランの竹園でお昼のお弁当を受け取り、ベン・メリアに向かう。
 私はどうやら出発と同時に爆睡に入ったらしい。
 ガイドさんが、今日の道のり沿いの景色がカンボジアで一番好きだと言っていたのに何だか申し訳ない気もするが、眠気には勝てない。
 バスの長距離移動の日は、ガイドさんから見えにくい死角の席に座るのがポイントだと思う。

 遺跡のお手洗いは水が流れないそうで、9時頃、遺跡の手前にあるレストランでトイレ休憩になった。
 バスの空調はオンかオフかしか選べず、車内がかなり冷えていた。フリースを膝掛け代わりにしていたくらいだ。外に出ると解凍されるような気がする。

 9時15分くらいからベン・メリアの見学開始である。
 ベン・メリアは世界遺産ではない。そのためか少し離れた場所にあるからか、最近までアンコールパスは使えずに別料金の扱いになっていた。今はアンコールパスで見学することができる。
 また、世界遺産ではないため、整備が進んでいない(というよりも主要部分は崩壊している)ので足場が悪い。
 フランス映画撮影の際に組んだ足場が残っていて、遺跡中央部はその足場に沿って歩きながら見学する。

 ベン・メリアは「花束の池」という意味である
 そして、アンコール・ワットと構造が似ていて、建立も僅かに早いくらいと考えられており、「東のアンコール・ワット」と呼ばれたり、アンコール・ワットのモデルになったとも言われたりしている。

オリジナルのナーガ 遺跡中央部に向かう参道の手前に、2003年にドイツの協力で地雷撤去を始め、現在も処理が続いている旨の看板が立っていた。
 遺跡の見学ができるようになったのは、21世紀に入ってからだ。

 参道の途中のテラスに、綺麗に残っているオリジナルのナーガがいる。
 参道の入口にあるナーガが崩壊しつつあって模様なども見えなくなっているのに比べると、ほぼ完璧な姿だ。
 頭も五つあるし、顔をアップにするとその完璧さがよく分かる。

木が石垣を侵食 第三回廊も崩れていて、崩れた石の間から木が生えてきている。
 タ・プロームは支えが入ったり人の手が入って現状維持をしようという意思が見えるのに対し、こちらは自然に任せようという風に感じられる。
 どちらも映画撮影が行われたことがある、見学用の木道が作られている、木々に侵食されているといった共通点があって、それなのに受ける印象が真逆というのが不思議だ。
 一方で、タ・プロームの木道が平面に設置されていたのに対し、ベン・メリアでは立体的に配置されていて、俯瞰して見下ろすような視点を持てるところが面白い。

連子窓とインドラ神乳海攪拌

 ベン・メリアはアンコール・ワットに比べて少し小さいからか、練習台だから装飾は簡便にしようという方針だったからか、そのような事情とは全く関係なくデザインの問題か、窓の連子の数がベン・メリアは5本、アンコール・ワットは7本になっている。
 窓の左側の破風の中にはインドラ神が(多分)象に乗った姿で彫られている。
 途中、乳海攪拌のレリーフが彫られた石が崩れ落ちていた。大体横1.2mくらいの長さで、アンコール・ワットのものとは大きさも精緻さも全く異なる。

真っ暗な通路出口への階段 最後に、何故か真っ暗な通路を抜けて、第3回廊の外に出た。
 この光が差し込まない通路は、何のために作られてどうやって使われていたのか、分かっていない。
 お寺だし、善光寺の胎内巡りみたいなものかしらね、と思う。明るいところから急に暗いところに入ったので目が慣れず、思わず壁に触りながら歩いてしまったので余計にそう思うのかも知れない。

空中回廊 第三回廊の外周に沿って戻る途中、西門から伸びる空中回廊があった。
 パプーオンのときよりは若干控えめに、ガイドさんが「写真、写真」と言う。
 のぞき込んで見たところ、パプーオンのように「遙か先まで回廊が続く」という感じではなく、コンパクトだった。

大木に侵食されるベン・メリア大木に侵食されるベン・メリア 第三回廊を外から見ると、来たときに見てきたよりもはっきりと木に侵食されている様子が分かった。
 結構な大木になっていて、この木が侵食している感じと、木道で上から眺める感じから、「天空の城ラピュタのモデル」という噂が生まれたんだろうなと思う。

 第三回廊の外周には、素朴ながら美人のデバターが綺麗に残っていたり。もっとじっくり見たらあちこちにレリーフが残っていた筈で、遺跡見学を楽しむには下調べや知識が不可欠だわと改めて思う。
 この「見逃したかも!」という感じが悔しい。

 10時くらいに見学を終え、バスに戻った。
 再びレストランに寄ってトイレ休憩を取り、次の遺跡に向かう。
 12時過ぎに予定されているランチタイムまでまだだいぶある。余りにもお腹が空いたので、持参していたマクロビクッキーをおやつに食べた。

おにぎり弁当 ガイドさんから「レストランの席が空いていたらそこを借りてお弁当を食べます。空いていなかったらバス車内で食べます。」と説明があり、12時過ぎに到着したレストランは結構な混雑ぶりだった。
 レストランではお手洗いだけ借りて、配られたおにぎり弁当をバス車内でいただくことになった。デザートのバナナ、冷えた水とおしぼりを配ってもらったのが嬉しい。
 おにぎりのごはんの炊き加減もちょうど良くて、美味しいお弁当だった。完食する。

 お昼を食べてお腹も落ち着いたところで、バスは、最後の見学先であるサンボープレイクックに向けて出発した。

 カンボジア旅行記3日目その3 <- -> カンボジア旅行記4・5日目

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2020.04.04

カンボジア旅行記3日目その3

2020年1月1日(水曜日)

バンテアン・スレイへ 14時50分にロビーに再集合して出発し、16時くらいにバンテアン・スレイに到着した。
 何というか、すでに日が傾き始めている代わり、それほど人出は多くない。
 バンテアン・スレイとは「女の砦」という意味である。

 100m四方くらいの大きさの遺跡で、他と比べると明らかに赤い。レンガ色の、パッと見、温かい感じの遺跡である。
 このピンクの砂岩は遠くタイとの国境から運ばれてきており、その運搬の大変さ故にバンテアン・スレイは小さい。
 それほど大変なのに運んできたのは、この砂岩が彫りにくいけれども壊れにくいという性質を持っているからだ。

 また、中央祠堂までの参道そのものも赤い石で舗装され、その両脇にはキッパリとリンガが建っている。
 「女の砦にリンガの列」という組み合わせにどことなく凄みを感じる。
 中央祠堂に到達する前にも、様々なレリーフを目にすることができ、ちょっとした柱に深く(推定)ガルーダが刻まれたりしていて、それが何とも格好よい。

破風文字が刻まれた岩

 左の破風には、水牛の上に男女が乗る様子が彫られている。女性の顔が欠けてしまっているところが惜しい。
 誰かが嫉妬して削っちゃったのかしらと思ったのは、これが結婚式の様子を描いていると聞いたからだ。
 また、アンコール遺跡で(落書き以外で)初めて文字を見た。柱に刻まれている。今書いている文字は15世紀くらいから使い始めたもので、ここに刻まれている文字はその500年以上前に使われていたものである。

中央祠堂 中央祠堂は本当に小さい。一目で見渡せるくらいだ。
 こちらにも破風があり、様々な彫刻を目にすることができるこんなにくっきり刻まれた象は初めて見たような気がする。象の聖水でラクシュミー(女神)が身を清めている様子が描かれていたりする。

カーラに乗ったヴィシュヌ神 中央祠堂の正面入口の門の上に飾られている破風には、カーラ(アムリタを飲んだ阿修羅がヴィシュヌ神によって首を刎ねられたときの「首」)の上に乗ったヴィシュヌ神が彫られている。
 カーラは入口を守る守護神としても崇められている。
 この図柄は、カンボジアの50リエル札にも採用されており、かなり「評価の高い」彫刻であるようだ
 正直なところを言えば、他の破風との違いはよく分からなかった。

踊るシヴァ神 面白い面白くないでいえば、間抜けな感じで一人踊っているシヴァ神の方が面白い。
 シヴァ神は踊りによって世界を壊し、そして再生に導くそうだ。
 踊る必要があるんだろうか。
 足下の右側ではインディラ神が太鼓を叩き、左側にはシヴァ神の踊りによって美貌を「壊された」女性が嘆いている。しかしこの女性は、一見、カラオケで悦に入っているように見える。
 可笑しい。

 そして、バンテアン・スレイといえば「東洋のモナリザ」である。
 もちろん、真打ちは一番奥の中央祠堂にいらっしゃる。小さい遺跡とはいえかなり勿体ぶった登場である。
 中央祠堂には3本の塔があり、左右の2本は女神の像で、真ん中の塔は男神の像で覆われている。
 モナリザのみなさまがいらっしゃるのは、左右の塔の周りだ。

中央祠堂東洋のモナリザ

 以前は、ここにいらっしゃるデバターのうち1体を「東洋のモナリザ」と称していたと記憶している。
 しかし、最近は、この中央祠堂にいらっしゃるデバターの女性像全部を総称して「東洋のモナリザ」と呼んでいるようだ。
 持参した双眼鏡を駆使し、じーっと見つめる。
 中央祠堂は立ち入りできず、像の刻まれた辺りまで5m以上は離れている。なるほど「特別に近くで見学できる」ということがツアーの売りになる訳である。

 赤味の強い石に彫られているし、「東洋のモナリザ」という名前にこちらの意識が引っ張られていることもあって、アンコール・ワットやバイヨン寺院にいたデバター達よりも優美に見えてくる。
 白鳥の上に乗っている彼女たちは女神さまだ。

ノムトムムーン 閉門時刻の17時ぎりぎりまでバンテアン・スレイを見学し、その後、ガイドさんいうところの「民芸品店」に向かった。
 到着したのは「カンボジア・ティータイム」だ。以前はオールドマーケットにも支店があったけれど、現在は撤退している。来られて嬉しい。
 ガイドさんが「コーヒーなら民芸品店で買えばいい。」と言っていた理由がここに来てようやく解けた。

 お店の外では、カンボジアの伝統的なお菓子で、このお店の看板商品でもある「ノムトムムーン」を焼いていた。
 板状の鉄で挟んで薄く焼き、その焼き上がった直後に鉄の棒に巻き付けて成型する。
 それは熱くないんですか? 熱いですよね? 慣れたらできるんですか? と聞きたいが聞くこともできない。

 余りの衝撃にじーっと見つめていたら、よっぽどひもじそうに見えたようで、お姉さんが苦笑いして焼きたてを1本くれた。
 焼きたてはしなっとしていて、ノムトムムーンっぽくない。
 温度が冷えて乾いてパリッとしたところを食べる方が美味しいと思う。

 ノムトムムーンの他、カンボジア産のコーヒー豆や天日で干した塩、カシューナッツバターなどを購入した。
 他にも、クロマーやシルク製品、竹カゴ、石鹸、ラタナキリの布製品などが売られていて、ここでお土産を山ほど購入されていた方も多かった。
 店内のお客さんのほとんどは日本人だった。確か、レジでは日本語も通じたと思う。
 ここから夕食のお店に向かう途中で、ガイドさんの会社で作っている生胡椒の注文受付があった。

タイスキ 本日の夕食はタイスキである。
 とは言うものの、タイスキを食べたことがなかったので、タイスキがどんな料理なのか未だによく分かっていない。
 ここで食べたタイスキは、練り物と野菜がたくさん入ったお鍋で、最後はお店の人がごはんを入れて雑炊を作ってくれた。
 デザートはバナナである。

 お嬢さんとご両親の3人でいらしていた家族に混ぜていただいた。こちらのお父さんがもの凄くマメな鍋奉行でいらして、全部お任せで私まで面倒を見ていただいてしまった。
 気が利かなくて申し訳ない。
 もちろん、アンコールビールとともにいただいた。

 この後、希望者はナイトマーケット散策のオプショナルツアーがあり、6人の参加者があった。
 少し迷ったものの、今日は朝も早かったし、お土産も十分だし、まぁいっか、ということで見送る。何人かの方から「行くのかと思ったわ〜。」と言われたのはご愛敬である。
 夕食後、6名の方はこのままオプショナルツアーに出発するためガイドさんと一緒に別のバスに乗り込み、残った我々は20時過ぎにホテルに戻った。

 明日は、ベンメリア、サンボープレイクックの見学後、プノンペンで夕食を食べ、そのままプノンペン空港から帰国という、バスに揺られている時間の長い1日である。
 スーツケース持参でチェックアウトしてから集合すること、バス車内用に羽織りものとホテルのスリッパを手荷物に入れておくこと、アンコールパス・パスポート・eチケットは忘れずに手元に持つこと、今夜のうちにWebチェックインをしておけばスムーズに手続きできること等々の案内があった。

アンコールクッキーでお茶 ホテルに戻り、ホテルのスパに行ってみようかかなり迷ったけど、ホテルに「スパ押し」の気配がなかったのと、ビールが結構回っていたので、お部屋でゆっくりすることにした。
 湯船にゆっくり浸かり、洗濯し、荷物を整理していたら、あれだけたくさんお鍋をいただいたのに小腹が空いてきた。謎だ。
 22時半過ぎにアンコールクッキーと持参の紅茶でおやつをいただいた。

 おやつをいただきつつオンラインチェックインを試みたら、前日なのにExit Seatが2席も空いていた。
 何か忌避される理由があるのか? と疑いつつ、来たときの楽さ加減には勝てず、席を変更する。
 明日は7時半集合だ。荷造りが下手なので、余裕を持って5時起床の予定である。
 日差しの中を出歩くと本当に体力を奪われる。23時にはベッドに入った。

 3日目の歩数 16608歩

 カンボジア旅行記3日目その2 <- -> カンボジア旅行記4日目その1

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