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2024.02.25

オマーン旅行記2日目その2

2023年12月29日(金曜日)

 12月29日は長い。
 15時半過ぎ、マイクロバスでダウ船クルーズに向けて出発する。
 この30分の間にガイドさんが調達してきてくれたチーズクロワッサン、チョコクロワッサン、オレンジジュースで昼食である。喉が渇いていたらしく、オレンジジュースがやたらと美味しい。

 15〜20分で港に到着した。
 我々が乗るクルーズのダウ船の他、クルーザーがたくさん停泊している。
 まだ乗船は始まっておらず、ヨーロピアンと思われる人たちが大勢集まっていた。添乗員さんによると、ヨーロッパから中近東は比較的近い「リゾート地」らしい。

ダウ船 16時くらいに乗船が始まった。
 どうやら今日は集客が良かったらしく、2階建ての大型のダウ船である。
 ガイドさんに「ダウ船のダウってどういう意味?」と質問した方がいらしたけれど、ガイドさんの答えは「ダウ船はダウ船だ」みたいな感じだったらしい。
 ドバイのクリークにたくさん停泊していた船のことも「ダウ船」と呼んでいた記憶だけれど、そういえば「ダウ」の意味なんて気にしたことはなかった。

ネコ島 ダウ船の1階と2階にベンチ式にぐるりと椅子が作り付けになっている。
 2階に上がると操縦席があった。船長さんから簡単な説明もあるという話で、そのまま2階で過ごすことにした。
 16時10分頃に出航した。意外と時間どおりである。
 出港してすぐ、「ネコ島」の横を通る。
 「ネコ島」という名前かどうかは知らないけれど、岩の一右上のところが、後ろ向きのネコのように見える。
 こういう「見立て」は万国共通らしい。

 デーツとカルダモンなどのスパイスの入ったオマニコーヒーのおもてなしなどいただきつつ、サンセットクルーズを楽しむ。
 風が気持ちいい。
 ウルトラライトダウンジャケットを羽織ってちょうどいいくらいだ。

ダウ船からの眺めダウ船からの眺め

ダウ船からの眺めダウ船からの眺め

 ダウ船は海岸線に沿って進み、船からは左下の写真のように王宮を見ることもできた。
 オマーン国内にはいくつかの王宮があって、マスカットにあるこのアラム・パレスは主に外国からの国賓のために使われているそうだ。
 この王宮を挟むようにジャラリ・フォートとミラニ・フォートという二つの砦があり、日が落ちた後は王宮とともにライトアップされていた。

 ジャラリ・フォートとミラニ・フォートの他にも、ダウ船が進むにつれ、海沿いに作られたが見えた。
 いくつもあった砦のうち、中に入ることができるものもあって人が歩いている姿が見えた。展望台のようにもなっていたのかも知れない。
 16世紀の前半のマスカットはポルトガルに支配されており、その後もインド洋貿易の利権を巡っての争いがあったそうだから、海沿いに砦が並んでいることも頷ける。

 また、砦とともに香炉を模したモニュメントも望むことができる。
 乳香(フランキンセンス)はオマーンの特産品で、樹木から採取される固形の樹脂だ。茶香炉と同じように温めて香りを漂わせことができる。その際に使う香炉をモニュメントにしたという。
 このモニュメントも日没後はくるくると色を変えてライトアップされていた。

王宮 約2時間のサンセットクルーズを終え、ダウ船は18時10分過ぎに港に戻った。「クルーズに2時間?!」と聞いたときは驚いたけれど、なかなか楽しかった。
 バスでムトラ・スークに行く途中、ライトアップされた王宮に寄り道してくれた。
 王宮の鉄製の門には、日本の真っ直ぐな剣の上にハンジャルと呼ばれる半月刀がデザインされたオマーンの国章が飾られている。
 添乗員さんに、オマーン国王に日本人の王妃がいたと聞いて驚いた。そんなエピソードは「地球の歩き方」にも載ってなかった、ような気がする。

 その後、(こういうときこそチャットGPIの出番かと思いつつ)Google先生に聞いたところでは、1932年に若くして退位したオマーンのスルタン(国王)タイムール・ビン・ファイサルが来日し、神戸のダンスホールで日本人女性と知り合い、結婚したそうだ。
 女の子が生まれ日本で暮らしていたが、夫人は結核で亡くなった後、元国王はオマーンにいる第一妃に娘を預け、自身はインドのボンベイで暮らしていたらしい。割と酷い。
 その王女はオマーンで存命だという。1935年生まれだから90歳近い。

 オマーン王家と日本の意外な関わりのお話を聞きながらバスに戻り、ムトラスークに向かった。
 まずは両替である。
 店頭表示によると、このとき、100米ドルが38オマーンリアルだった。(米ドルが旧紙幣だと36オマーンリアルに下がるらしかった。)
 1米ドルが大体145円くらいだったから、1オマーンリアルは380円くらいである。高い。
 大体どこでもカードが使えます、お酒はほとんど飲めません、オマーンにはあまりお土産っぽいものはありません、あってもオマーン産のものはさらに少ないですと言われつつ、60ドルを両替した。

20231229_192637 軍資金を仕入れたところで、ムトラスークで19時10分から40分間のフリータイムである。
 最初にフランキンセンスのお店を見学した。
 店頭ではフランキンセンスが香炉で温められ、「もくもく」と言いたくなるような煙を出していた。香りも独特で、これを日本に買って帰って使うのはかなりハードルが高そうだ。
 白っぽいものほど質が高いという。

 買うかどうかは後で考えようと、スークの奥に進んでみる。
 暑い国のスークだから、今頃の時間帯が本番である。観光客も多い。
 お土産物屋さん、洋服屋さん、テーラー、ゴールドのアクセサリを扱っているお店もある。「まぁいいかな」と思いながら歩いていたせいか、特にお買い物をすることなく集合時刻までぶらぶらした。
 ツアーには、香辛料やコーヒーを購入したという方がいらして、お買い物上手だわと思う。

夕食(メインディッシュ)ホムスとノンアルコールビール ムトラスーク入口から歩いてすぐのところにある「Royal House」というイエメン料理(と言っていたと思う)のお店で20時頃から夕食をいただいた。
 「おぉ! ノンアルコールビールがある!」とオーダーする。ツアーの方が調べてくださったところによるとオランダ産であるらしい。
 美味しい。

 夕食のメニューは、ホブス(パン)、ホムス(ひよこ豆のペースト)、トマトとキュウリのサラダ、ライス、野菜のカレー、タンドリーチキン、白身魚の唐揚げだった。
 これが意外と美味しくて、見なしてぱくぱくいただいた。
 お店の照明が何故かブルーが基調になっており、写真に撮っても美味しそうに撮れないところが惜しい。
 1時間くらいかけてゆっくりいただいた。

 夕食が出てくるまでの時間を利用して翌日の案内があった。
 その際、「明日泊まるホテルで、クリスマス休暇でポーターがいない。駐車場からホテルまで数十段の階段があってキャリーケースを転がせない。袋を用意するので1泊2日用に荷物を別に用意してほしい」という話があって、ブーイングの嵐となる。
 今から? とか、明後日のキャニオニングのことまで考えてこれから荷造り? とか、1泊2日用に分けたとしてもそんなに荷物は減らない、とか、必要なものを絶対に忘れる自信がある、とか。
 結局、「何とかします」という結論になった。申し訳ない。でも、本当に無理だ。

ホテルの部屋 食事を終えて、21時半前にムトラホテルに戻った。
 ホテルの部屋はダブルルームで、ビジネスホテルっぽい造りだなと思う。
 シャワーを浴び、洗濯をし、ドライヤーを持参して良かったと思いつつ髪を乾かし、wi-fiに接続してメールチェックし、充電し、荷物整理をする。
 バスタブがないのは想定内だったけど、バスタオルがあるのにタオルがないのは想定外だった。
 窓の外から音楽が聞こえていて、一晩中続いたらどうしようと思っていたら、22時過ぎに止んだ。助かった。

 今日は長い1日だった。
 荷物も何もかもやりっぱなしのまま、23時過ぎに就寝した。

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