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2024.03.10

伊東温泉旅行記1日目その1

2024年3月1日(金曜日)

 伊東に公共交通機関利用で出かけて、どこを観光すればいいのかかなり迷う。
 お宿のレストランが「浴衣はご遠慮ください」という方針であることに気づいて母に伝えたところ、「夕食間に温泉に入るのは面倒だから入らない」と言うし、雨予報が出ていたし、当日まで何の準備もできていなかったので、遅めの出発、東京駅でお弁当を買って踊り子車内でお昼ごはんという計画を立てていた。

 特急踊り子は東京駅始発だし自由席で座れるだろうと思っていた出発当日の出発前、えきねっとを見てみたら「踊り子号の指定席予約ができる」「踊り子号には指定席しかない」ということが分かった。
 いつの間に! と思いつつ、曇ってはいるものの小田原くらいから海が見えるだろうとAB列を選び、100円引きになるチケットレスサービスで指定席を押さえた。

 母には「11時くらいに家を出るよ」と言ってあった筈が、10時前に踊り子号を予約したと伝えようとしたら、あとはコートを着るだけという感じで準備万端整え、何ならバッグまで抱えて座っている。
 早いよ! と思いつつ、東京駅構内でお昼ごはんを食べることに計画変更し、10時半くらいには出発した。
 我ながら準備が早い。忘れ物をしてそうで怖い。

塩ヒレカツ丼 東京駅に到着し、母に「何が食べたい?」と聞きつつ構内を歩いていたら、とんかつ まい泉 グランスタ東京店を指さして「ここがいい」と言う。
 いや、お昼ごはんは軽いものがいいと言っていたよね? と確認すると、とんかつというよりも牡蠣フライが食べたいらしい。
 お店に入ると、12時少し前でも席はほとんど埋まっている。
 母は、とんかつとカキフライ膳、私は塩ヒレカツ丼を選んだ。
 まい泉のカツサンドは何度も食べているけれど、お店に入ったのは初めてのような気がする。美味しかった。

踊り子号 しばらく東京駅構内をうろうろし、母が中川政七商店 のブラウスをずっと気にして何度も戻るので「あと10分あるから買える!」とたきつけたものの「可愛すぎる」と結局買わないことにしたらしい。
 ペットボトルの飲み物だけ買って、13時発の踊り子15号で出発した。
 東京駅出発時点で結構な青空が広がっている。
 小田原を過ぎた辺りで海も見え始め、雲が広がったり青空が覗いたりするのに一喜一憂する。
 母は迷った末に折りたたみ傘を持ってきたらしく、「雨が降りそうな空は、持ってきた傘が無駄にならなさそうで嬉しい」とか言っている。天気予報的に、今日も明日も雨は降りませんと思っているうちに14時43分、伊東駅に到着した。

 伊東駅でコインロッカーに大きめの荷物を預け、東海館へ向かった。徒歩10分くらいだったと思う。
 東海館は、元々は「いいお宿」である。1997年に閉館して建物が伊東市に寄贈され、改装等が行われて、今は観光施設となっている。
 土日祝日は日帰り温泉に入ることもできるし、館内には喫茶コーナーもある。

 1階から3階まで、異なる棟梁の手で内装がされており、東海館を建てたのは材木商だったそうで、とにかく贅沢な造りになっている。
 順路が整備され、自由に見学することができる。
 「これは泊まってみたかったわ」と思わせる元・お宿だ。

東海館 徳川家康がスペイン難破船救助の御礼として贈られたという時計の復刻版が展示されていた。
 もっとも、江戸時代初期は日の出ている時間帯を何分割かして「刻」を決めていたから、この時計が時計として活用されることはなかったらしい。
 それはそうだ。
 徳川家康の外国趣味を満足させ、かつステータスシンボルとしての役割を担ったらしい。

 変わったうねりのある木が床柱として使用されていたり、床の間の横に繊細な細工の飾り窓が設えられているお部屋もある。
 立派な火鉢が置かれていたり、重量級のテーブルがあったりして、一部屋一部屋に特徴のある、やっぱり「いいお宿」だ。
 網干がデザインされた飾り窓があったり、1枚板を鳳凰の形にくりぬいてあったりする。
 お部屋が立派だから当然廊下も立派で、曲がりくねった廊下は磨き込まれてピカピカに光っている。
 主だったお部屋の入口には説明書きがあるのも有り難い。
 また、望楼もあって、今は建物の間から僅かに覗く海も、当時はどん! という感じに見えていたのだろうなと思う。その昔は天城山も見えていたそうだ。

東海館東海館

東海館東海館

東海館東海館

 3月3日の桃の節句が近かったことから、120畳あるという大広間の一角に、たくさんのおひな様が飾られていた。テレビのニュースで見た千葉県勝浦市の神社の石段に飾られたひな飾りも「飾るのは大変だろうなぁ」と思っていたけれど、こちらも大変そうである。
 明治大正昭和各時代のおひな様が飾られている。大正時代のおひな様が一番時代がかって見えたのは、復古主義というのか懐古趣味というのか、大正モダンと同時に「昔を懐かしむ」という時代の雰囲気があったのかしらと思ったりした。

 また、重岡健治氏の彫刻作品の展示室もあった。
 按針メモリアルパークにある三浦按針の彫刻は、重岡氏の作品だそうだ。
 ブロンズや大理石など様々な素材を用いている方で、こちらには木彫の作品が多かったと思う。一つの木から輪になった人々を彫り抜いた感じの作品がいくつもあって「これ絶対に失敗できない奴!」と思った。

東海館東海館

 東海館は「松川遊歩道」沿いにあって、川の向こうから全景を見ることができる。きっと夏は川風で涼しかったのだろう。
 唐破風の玄関も立派で、鶴の彫刻が飾られている。
 この他に、「鎌倉殿の13人」にも出てきた伊東祐親の本拠地が伊東だったらしく(というか、伊東氏が根拠としていたから伊東という地名になったのだと思う)彼と八重姫に関する展示があったり、東海館を訪れた文人墨客の方々の作品が展示されたりしていた。
 1時間弱くらい、結構楽しめた。
 もう少しお腹に余裕があったら、畳敷きの喫茶室でお茶をいただいてみたかった。

東海館東海館

 駅に戻り、本日のお宿であるマストランプに電話してお迎えに来ていただき、16時過ぎにチェックインした。
 こちらでは二つの内湯と露天風呂があり、到着時にそれぞれ1回ずつ貸切の予約を入れることができる。19時半を過ぎたら追加の予約も可能だ。
 露天風呂は建物を出て1分くらい歩いたところにある。母に聞くと「面倒だから行かない」「夕食前にも行かない」と言う。
 それほど混むまいと、16時半からと21時から内湯を予約し、21時40分から露天風呂を予約した。朝風呂は19時半過ぎに予約を入れる心づもりである。

 お部屋はデラックスツインを予約していた。
 母は、テレビを目の前にしたソファが気に入ったようで、部屋にいるときはほぼほぼソファに座っていたと思う。
 浴場にはソープのみ置かれていて、タオルはお部屋から持参するようになっていた。化粧水等のアメニティはなかったので、持参する必要がある。
 お部屋の前には大きな桜の木があって、花の季節にはお部屋に居ながらにしてお花見が楽しめそうだ。

客室客室 

 -> 伊東温泉旅行記1日目その2

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