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2026.01.02

昼神温泉旅行記2日目

2025年11月12日(水曜日)

貸切風呂(露天) 6時過ぎにもぞもぞと起き出し、朝風呂に行く。
 まず貸切風呂に向かったところ、昨夜に入ったのと同じ方が空いていたので、そのまま入ることに決定だ。
 露天風呂もこれだけもくもくと湯気が上がっているから、内湯など真っ白で前が見えないくらいだった。随分と冷え込んでいる模様。
 キンと冷たい空気の中で露天風呂に浸かっているといつまででも入っていられる気がしてくる。

裏山の紅葉 部屋に戻る廊下の窓から、宿の裏山の紅葉と青空が見えた。
 結局、名古屋ー昼神温泉間のバスで往復とも爆睡してしまった私にとって、この宿の裏山の紅葉が今回の旅行で一番綺麗な紅葉になった。何だか可笑しい。

 お部屋でちょっとのんびりし、8時頃に朝食に行く。昨日の夕食と同じ会場、同じテーブルである。
 りんごジュースが美味しい。
 おかずも「ごはんが進むもの」ばかりで悩ましい。食べ過ぎだ! と思いつつ完食した。
 朝食をいただいているとき、他のテーブルのお客さんと宿の従業員の方がお話しているのが聞こえて来て、阿智村の年間を通じた晴天率は体感2割くらいらしい。
 昨日はかなりかなり本当にラッキーだった模様だ。

朝食朝食

朝食朝食

 朝食後、フロントでバス停まで送っていただけるようお願いし、お土産物屋さんで温泉の素等を購入する。
 お部屋でゆっくりして荷造りし、10時ちょうどにチェックアウトしたら、飴と水のパックをお土産にいただいた。フロントの方も「重くて・・・」と苦笑いしていたけど、これがミラコロではなかったらご遠慮したかも知れない。だって1リットルのパックだから1kgである。肩からかけるバッグにプラス1kgは重すぎる。車でいらっしゃる方が多いのかも知れない。

昼神温泉郷 宿を10時15分くらいに出てものの数分でバス停に到着した。
 朝起きたときは雲一つない青空だったのが、もう空一面に雲が広がっている。やっぱり山の天気は変わるのが早い。そして、昨夜の雲一つない星空は本当に貴重だったのだとしみじみ感動する。
 10時35分昼神温泉郷発の名鉄の高速バスに乗車し、今回もかなり爆睡し、12時20分に名古屋の名鉄バスセンターに到着した。

 バスセンター内のコインロッカーは全て塞がっていて、ここに預けてここからバスに乗れて便利だと思っていたのに! と歯がみする。隣の近鉄名古屋駅構内にコインロッカーがあるとスタッフの方にお聞きして移動し、何とかミラコロの入る大きさのロッカーを探し出して預け入れた。一安心である。
 バスセンターを出てしまえば、名古屋城まで電車で行った方が早そうだけれど、母が「乗り換えはイヤだ」と言うので、バスセンターに戻って12時52分発のバスに乗り、名古屋城に向かった。

 名古屋城は、もういつ行ったのか忘れたくらいの昔に飛騨高山に行く途中で寄り道して以来である。
 母は「新幹線から見える」と言うけれど、「新幹線から名古屋城を見た」記憶が全くない。多分、名古屋辺りを新幹線が走っているときは、降りる準備をしているか爆睡しているかのどちらかで、窓の外を見ている余裕がないのだと思う。
 バス停から少し歩き、13時半頃に名古屋城に到着した。
 先に書いておくと、この後2時間にわたって名古屋城内を歩き回り、母に「どっちがメインの旅行か分からないわね」と言われることになる。

名古屋城天守閣 まずは、名古屋城天守閣である。
 遠くに金のしゃちほこが乗っているのが見える。あのしゃちほこは、地上に降ろすとだいぶ大きかった記憶である。
 2025年11月現在、名古屋城天守閣に上ることはできない。耐震性の問題があって立て替えが計画された後、問題があって中断し、その後の進展がないという記憶である。
 いい形で解決し、まだ見学できるようになるといいと思う。

 そのまま天守閣の隣にある本丸御殿に向かう。明確に矢印等があった訳ではないものの、何となく順路っぽいというか、道なりに進んだら本丸御殿の入口があった、という感じだったと思う。
 本丸御殿は、木曽桧を使用し、釘を使わない工法を採用し、障壁画は復元模写をして、建築当時の姿を取り戻した、再現したというコンセプトだと説明にあった。
 本丸と同じような形で天守閣も再現したいという意向なんだろうなと思う。

本丸御殿本丸御殿

本丸御殿本丸御殿

本丸御殿20251112_135310

 本丸御殿を出ると、お茶室を特別公開しているという看板(貼り紙)が出ていて、見に行くことにする。2025年は11月12日から16日までの公開らしい。ラッキーである。
 「名古屋城の茶席」が何を指しているのか今ひとつ分からないのだけれど、いただいた説明書きによると「名古屋城の茶席の敷地内には、書院、書院と渡り廊下で結ばれている猿面望嶽茶席、書院の南側にある又隠茶席があり、また庭園を奥に進むと織部堂がある」そうだ。
 正直に言って何のことやらさっぱり分からない。

書院書院

猿面望嶽茶席 猿面望嶽茶席は、古田織部の意匠、清洲城の古材により建築したと言われている。その名前の由来は、茶席の床柱に二つ並んだ節があり、その節を目に見立てて猿の顔が浮かんで見えるから、らしい。かつ、清洲城にその柱があったときに織田信長が秀吉にその「顔に見える箇所」を「汝の面のごとし」と言ったらしい。
 もの凄く剣呑ないわれのある茶席である。
 その「猿の顔が浮かんだ柱」もあって写真を撮ってみたけれど、ピントがブレブレで猿の顔だか何だか分からない写真になってしまった。

 猿面望嶽茶席は戦災で焼失しており、昭和24年に復元されている。
 案内の方曰く「それでも100年近く経っているからね」とのこと。ちょっとサバを読み過ぎていると思うけれど、確かに古い建築であることは間違いない。
 この写真の茶室は傷みが酷く、特別公開の際にも非公開とされているそうだ。お願いして写真だけ撮らせていただいた。

20251112_143444-2 織部堂はあ、古田織部を顕彰するために建立されたそうだ。説明に「昭和30年完成」と書かれていたから、江戸時代の建物を再建したということではなく、昭和時代の人が建てたということなんだろうと思う。
 右手前にある灯籠は織部灯籠と呼ばれ、古田織部が考案して好んだと言われる形式で、名古屋市内の加藤家に伝えられたものだそうだ。
 加藤家、どういう一族なんだろう。
 戦災を避けるために戦時中は土中深く埋めていたというから、実は何かいわれがあるのかも知れない。

20251112_143546-2 又隠茶席は、千宗旦(千利休の孫)が造営した茶席の「写し」だそうだ。
 写しって何? と思う。説明書きには、「猿面茶席の復元にあたり、名古屋城に移築されました」と書いてあるから、それはつまり「写し」ではなく「原本」なのではないかと思う。
 よく分からない。よく分からないなりにさっぱりした建物だったと思う。
 茶室が点在しているお庭も手水鉢があちこちに置いてあったり、椿の花が咲いていたりしている。苔庭も保護されていて、なかなか感じが良い。

 お庭と建物は、お茶会や句会、結婚式や結婚写真の前撮りなどに利用されているということなので、結構身近な存在らしい。ちょっと意外だった。
 賃借料はいくらかしら、などと思ってサイトを見てみたら、そんなに高くない。一番お高い書院で1日7400円、リーズナブルな又隠茶席・織部堂は1日3000円だそうだ。
 冷暖房はないと書いてあるけど、電気水道はどうなのだろう。気になる。

20251112_144933 気になりつつ、ぐるっと大きく回る感じで西の丸御蔵城宝館に行った。いかにもお宝が収められていそうなこの場所のメインの展示物は、国指定重要文化財名古屋城本丸御殿障壁画である。
 「琴棋書画図」というタイトル(のようなもの)襖絵等があり、画題は中国風なのかしらなどと思う。思っていたら、これらの障壁画の依頼主である徳川義直が儒教に傾倒していたため、その意向を反映して画題を選んだそうだ。いわゆる忖度である。

 これらの障壁画があった本丸御殿も焼失しているけれど、その本丸御殿にあった筈の襖や天井板繪など戦時中は別の場所にほかんされていたそうで、だからこそ今展示され、見ることができる。
 その他、空襲で焼かれたしゃちほこなどの展示もあり、小さいながらもなかなか楽しめた。

西の丸御蔵城宝館西の丸御蔵城宝館

菊菊 お宝を見た後は、菊祭りと言えばいいのか、菊の品評会と言えばいいのか、秋のお城のお庭で何故か概ね大々的に開催されている菊の花たちを眺めて堪能し、ちょっと名残惜しいと思いつつ、16時半くらいに名古屋城を後にした。

 バスに乗って名鉄バスセンターに戻る。このバスセンターを利用するのは何度目だろう? やたらと来ている気がするなどと思いつつ、お腹もやっと空いたことだし、お昼ごはんか夕ごはんか微妙な時間ではあるけれど、ごはんを食べようと話がまとまった。

 近いところで鰻を食べられるところを探し、名鉄百貨店に入っている名古屋ひつまぶし まるや本店に行った。
 中途半端な時間帯なのに、お店は混雑していた。見回すと外国人の方が多いようだ。何とか待たずに席に案内していただくことができてほっとする。

ひつまぶし 母と二人「まるひつまぶし」をお願いし、お味噌汁を肝吸いに変更して貰う。
 それほど待つことなくやってきたひつまぶしは(お腹が空いていたということもあったと思うけれども)本当に美味しくて、あっという間に食べてしまった。
 もっと食べたい・・・。
 そう思っていたら、ちょうどお隣のテーブルに運ばれてきたう巻きを見た母が「あれが食べたい」と言う。
 いや、もっと食べたいけど今は無理、とお店の方にお願いしてテイクアウト用に焼いていただいた。

 さて、後は帰るだけである。ロッカーに入れてあったミラコロを出し、JR名古屋駅に戻る。
 母がお土産を買い足すと言うので、30〜45分後くらいに発車する新幹線で、指定席の空席を探して購入し、バタバタとお土産を買い、18時31分発のひかりで東京に向かった。
 ゆっくりのんびり星空と紅葉を見る筈が何だか違う旅行になったような気がするが、充実した温泉旅行だった。
 もちろん、帰宅してからいただいたう巻きもとても美味しかった。

 昼神温泉旅行記1日目 <-

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