2026.05.03

長崎旅行記1日目その1

2026年3月15日(日曜日)

 朝、7時前に家を出て羽田空港に向かう。
 荷物をどう持って行こうか試した結果、海外旅行に行くときに使っていたキャリーケースに二人分の荷物を詰めて私が転がして行くことにした。ミラコロでは2泊3日の旅の一人分の荷物が入らなかった。私が「寒いよ!」と言い続けたせいもある。
 それに、80歳の母に荷物を転がして貰うより、私が転がした方が安心である。まだ駅の階段程度であれば持ち上げて登ることもできる。

東京モノレール 日曜の朝早くの割りに電車はそこそこ混んでいて、東京モノレールの浜松町駅も満杯で、モノレールで座れたときはほっとした。
 コラボ車両らしく、内外でキキとララが浮かんでいる。懐かしい。私が子供の頃に全盛だったキキララが、今も相変わらず人気なのか、復活してきたのかどちらだろう。

 集合時刻の10分前、8時40分に添乗員さんを発見できた。
 バッチ等々を渡され、ツアー人数は13名ですと話があり、今日の夕食は17時30分からですと案内がある。
 行程表では、大浦天主堂の見学後、一度宿泊先のホテルに戻り、夕食+夜景に出かけることになっているものの、大浦天主堂と夕食をいただくホテルが近いそうで、宿泊先のホテルには戻らないかも知れないと言う。戻らないのだろう。
 夕食のメニューは? と尋ねたところ「洋中華」というお答えだった。どんなメニューなのか謎である。

 キャリーケースを預けた後、機内で食べるお昼ごはんを探しに行く。
 夕食が17時半と早いそうだから、あまりたくさん食べ過ぎてもいけない。焼き鯖寿司とおこわのおにぎりを購入した。
 9時過ぎにはセキュリティチェックを抜ける。水筒は通れたっけ? と思っていたら、蓋を開けて一口飲んでくださいと言われた。のんびり歩いて搭乗口に着いた9時20分頃、ちょうど搭乗が始まった。

富士山 ソラシドエア33便長崎行きは、定刻通り9時40分に離陸した。通路が1本、3列3列の機体だ。
 国内線に乗ると何故だか国際線に乗ったときよりも耳鳴りが酷い。耳栓をして、のど飴を口に入れて、完全防備のつもりだったけれどそれでもちょっと辛かった。
 外はいいお天気である。
 富士山もくっきりと見えた。

 焼き鯖寿司とおこわのおにぎり11時前にお昼ごはんを食べる。
 もはや「空弁」の定番とも言える若廣の焼き鯖寿司と、寿徳庵の松阪牛のおこわのおにぎりである。
 見事に野菜がカケラも含まれていない。しかし、これが美味しいのである。

 順調に飛んだ飛行機は定刻より20分早い11時30分に長崎空港に到着した。
 荷物を受け取り、ロビーに出たところにバスガイドさんが待ち構えており、ツアーメンバーが集合した。
 3人家族が一組、友人同士らしい3人連れが一組、ご夫婦が一組、我が家を含め母娘が二組、お一人参加が1名の合計13名である。
 これだけ少ないとバスの座席も一人で2席確保でき、ゆったりのびのびだ。

 「世界初の海上空港」であるらしい長崎空港を正午に出発し、12時40分に最初の観光スポットである出島に到着した。

20260315_124850 12時50分に出島に到着した。
 出島が市内というか市街地にあって今ひとつピンとこない。出島は海にあったのではないのか?
 築造された当時はもちろん出島は海の上の島で、その後、埋め立てが進んだ結果、現在は池というか水路の中にあるような感じになっている。

 元々、出島はキリスト教の布教を行っていたポルトガル人を収容するために築造され、ポルトガル船の来航が禁止された後、平戸からオランダ商館が移転されて「鎖国している日本の唯一の外国との接点」になったという経過がある。
 何だか中学校の社会の授業のようだ。

出島表門橋出島表門橋 出島で一番面白いと思ったのは実は入口手前の「表門橋」だ。
 出島は国指定史跡であるため、2017年に出島が出島として活躍していた頃と同じ位置に橋を架け直そうとした際に、出島を削って橋の基礎を作ることはできなかったそうだ。
 そのため、この表門橋の基礎は、対岸(出島ではない方)にのみあり、出島側では橋は浮いている。片側だけで橋を支えている訳だ。
 世界でも珍しい構造の橋だという。

 そして、この橋の上に四角いマークが四つ埋め込まれている。
 そのマークは「最初に掛けられた出島橋の起点と終点」の印だそうだ。
 そうすると、実際の出島に渡る橋は3mくらいの長さだったようだ。
 そんなに短かったら、簡単に飛び移ったりできちゃいそうだけれど、どうだろう。「唯一の入口」の役目はちゃんと果たせていたんだろうか。気になる。

 出島に入るところで解散となり、14時まで1時間強の自由時間になった。何というか時間に太っ腹である。
 入ってまず、明治時代に建てられた建物を見に行った。入口を入って左手奥にある、手前の緑とクリーム色が旧長崎内外クラブ、奥の水色が旧出島神学校である。
 手前の内外クラブの1階はレストランになっていて、入口脇に数人の待ち行列ができていた。レストランに入らないと中を見ることはできない。
 奥の神学校も中に入ることはできず、外観のみの見学である。

旧長崎内外クラブ旧出島神学校

ミニ出島 出島神学校の道を挟んだ反対側が庭園のようになっており、そこにミニ出島が鎮座している。
 1/15の大きさで、1820年代の出島の様子を描いた絵を参考に再現しているそうだ。だから当然、今の姿とは異なっていて、このミニ出島には、明治期の建築である長崎内外クラブも長崎神学校も建っていない。
 そして出島橋は、出島側と反対側と両方から基礎部分が飛び出していて、短く丸い橋である。
 多分きっと、なかなか再現性が高い。

 この後は、出島のもう半分を占める復元された建物を色々と見て回った。
 古伊万里の展示があったり。
出島の展示出島の展示

 カピタンの部屋が再現されたていたり。
出島の展示出島の展示

 船長や商館の人の部屋が再現されていたり。
出島の展示出島の展示

 カメラオブスクラを覗けたり、バドミントンのラケットがあったり。
出島の展示出島の展示

 なかなか楽しめた。
 ミュージアムショップもあって、母は、カピタンの格好をしたクマのマスコット(チャームと言うのか?)を購入し、早速ショルダーバッグに付けてご満悦だった。ちょっと可笑しい。
 私も、ミュージアムショップで販売されていた、中山洋行のドリップパックコーヒーを購入した。日本で最初にコーヒーが伝来したのが長崎の出島と聞いたら、出島でコーヒーを買いたくなるではないか。しかもそれが3つセットで、それぞれ、洋行ぶれんど、オランダ坂の珈琲、カピタン珈琲 と名付けられているのだ。

大浦天主堂 出島の歴史を上映しているという出島シアターに行きそびれてしまったものの、うろうろと出入りして結構楽しめた。また、当時の格好をしたガイドさんによるガイドツアーもあるそうで、そちらもちょっと面白そうである。
 この後はバスに乗ってほんの少し移動し、結構急なお土産物屋さんが並ぶ坂を上がって行くと、そこに大浦天主堂がどどん! とそびえ立っていた。
 ここでガイドさんの説明を受けた後は、17時半まで自由行動である。

 大浦天主堂は国宝である。かつ、「長崎と天草地方的の潜伏キリシタン関連遺産」を構成する世界遺産である。さらに、国内に現存する最古の教会である。行くまで知らなかった。
 大浦天主堂は幕末に外国人用の教会として1864年に創建されている。
 そして、大浦天主堂が「シンボル」であるのは、ここに長く隠れキリシタンとして信仰を守っていた人々が1865年にこの教会の神父に信仰を告白したからだという。「信徒発見」だ。

 かつ、大浦天主堂は、「日本二十六聖人殉教」に捧げられた教会でもあるらしい。そのため、この教会は、二十六聖人が十字架にかけられた西坂を向いて建てられている。
 「日本二十六聖人」だから、二十六聖人は日本人なのかと思っていたら、フィリピンからメキシコに向かっていて台風で土佐に漂着したスペイン船に乗り組んでいた宣教師や信者たちが、「布教と占領」を宣言したことに激怒した豊臣秀吉によって処刑されたという。
 処刑はともかく、激怒されるのは当然なのでは・・・、という気がしてしまう。

 大浦天主堂の内部を見学している限りは、そうした歴史が表に出てくることはない。なかったと思う。
 木目の美しさやステンドグラスの美しさ、穏やかで重厚で少しばかり重苦しい空気感を感じるだけだ。
 写真撮影禁止だったし、私の記憶は曖昧だけれど、白より焦げ茶のイメージだったと思う。

大浦天主堂大浦天主堂

 バスガイドさんからは、お隣にある大浦天主堂キリシタン博物館の見学もお勧めされていた。
 でも、本当に申し訳ないことながら、丁寧に見学している母の後ろを付いて行きながら「キリスト教の考え方、なじめないわ〜」と思っていた。(正直に言うと「好きくないわ〜」と思っていた。失礼極まりなくて申し訳ない。)
 「なじめない」と言い切れるほど知っている訳ではないけれども、博物館の展示が、二十六聖人の殉教に関するものだったり、信徒発見にまつわるものだったり、上手く言えないのだけれど自己犠牲を前提としているようにも当然としているようにも感じられて辛かった。

 ちなみに、大浦天主堂キリシタン博物館は、下の写真右の「旧羅典神学校」と左の「旧長崎大司教館」の二つの建物で構成されている。
 母は30分くらいかけてじっくり見学していた。

旧羅典神学校旧長崎大司教館




 30分くらいかけてじっくり見学してもまだ15時である。
 ガイドさんにお勧めいただいた通り、そのままグラバー園に向かった。

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2026.05.02

980000アクセス達成!

 昨日(2026年2月8日)、どなたかが970000アクセス目を踏んでくださった。

 これまでの経過は以下のとおりである。

 スタート 2004年9月1日
 10000アクセス 2005年7月17日
 50000アクセス 2006年11月22日
100000アクセス 2008年6月15日
150000アクセス 2009年2月21日
200000アクセス 2009年11月30日
250000アクセス 2010年9月16日
300000アクセス 2011年5月26日
350000アクセス 2012年2月8日
400000アクセス 2012年9月3日
450000アクセス 2013年2月19日
500000アクセス 2013年8月14日
550000アクセス 2014年1月14日
600000アクセス 2014年7月7日
650000アクセス 2015年2月10日
700000アクセス 2015年10月31日
750000アクセス 2016年9月7日
800000アクセス 2017年8月30日
850000アクセス 2018年12月30日
900000アクセス 2021年6月9日

910000アクセス 2022年3月21日
920000アクセス 2022年11月9日
930000アクセス 2023年7月22日
940000アクセス 2024年2月18日
950000アクセス 2024年9月28日

960000アクセス 2025年5月12日
970000アクセス 2026年2月8日
980000アクセス 2026年5月1日

 今年は3月に母と長崎旅行に行った。
 もっともっと旅行したい。

 そして、相変わらず、チャットGPTに旅行日程を相談して改良を加えて行く遊びをしている。
 この遊びを役立てて旅行に行ってやる! と思っている。

 引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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2026.03.18

無事、帰宅する(長崎)

 2026年3月15日から2泊3日で、母と長崎ツアー旅行に行って来た。

 1日目は、羽田空港から長崎空港に飛び、到着後はバスで出島、大浦天主堂を巡り、たっぷり3時間の自由時間を利用してグラバー園を散歩した後、夕食をいただいてスロープカーで稲佐山に登り、夜景を堪能した。
 2日目は、午前中の自由時間を利用して眼鏡橋界隈を散策し、昼食にお刺身をいただいて軍艦島クルーズ、西九州新幹線で武雄温泉に移動したのちハウステンボスに向かい、45分1本勝負でイルミネーションとショーを巡った。
 3日目はチューリップが咲いたハウステンボスを堪能した後、船で長崎空港に移動、羽田空港に19時半過ぎに到着した。

 充実しすぎた3日間で、帰ってきた日とその次の日は抜け殻のようになった。

 今回の旅行費用は、一人分で約198000円だった。お高いとは思うけれど、ツアー参加人数が13名で余裕があったし、たっぷりとあった自由時間も有意義に遊べて、満足度はそれ以上に高い。
 旅行した3日間の前後の長崎のお天気は雨で、狙い澄ましたように晴れて暖かい3日間となり、軍艦島にも上陸できた。
 かなり上出来な旅行だったと思う。
 なお、ここに書いた費用には、ツアー代、その他の交通費、飲食費、自由時間に行ったグラバー園の入場料が含まれているが、お土産代は含まれていない。

 また、3日間の歩数は、それぞれ1日目が12838歩、2日目が14773歩、3日目が13671歩だった。

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2026.03.15

長崎旅行に出発する

 2026年3月15日(日曜日)から、母と二人、ツアーで2泊3日の長崎旅行に行ってくる。
 国内線飛行機に乗るのも、母とツアーに参加するのも、そもそも2泊以上の旅行が久しぶりである。

 最初は二人でそれぞれ小さめのキャリーを転がして行く予定だったけれど、何故か母が「荷物が入らない!」と言うので、私が海外旅行に持って行く大きめのキャリーケースに二人分の荷物を詰め、私が転がして行くことにした。
 正直、その方が私としても安心だ。

 持って行く荷物は以下に。
 荷物には着て行く服も含まれている。

続きを読む "長崎旅行に出発する"

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2026.03.13

ツアー日程変更のお知らせが届く(長崎)

 2026年3月13日、ツアー会社から速達が届いた。

 2日目の軍艦島クルーズは、当初、午前中の乗船が予定されていたところ、予約が取れなかったということで午後の便に変更になるという。
 その分、その後の予定も全て後ろ倒しになって、乗車する新幹線が2時間遅くなり、ハウステンボス到着予定も2時間遅くなる。
 3日目のハウステンボス出発予定時刻が30分後ろ倒しになっているのは、ツアー名にもなっている「ハウステンボスに19時間滞在」を死守するためだと思われる。

 そして、2日目午前中に代わりの何かの予定が入る訳ではなさそうなので、恐らく自由時間になるだろう。
 さて、どこに行くか、何をするか、考えなくっちゃと思っている。

 ちなみに、クラブツーリズムのサイトを見てみたところ、この日程変更は反映されていなかった。
 紙を印刷して郵送できるのだから、サイトにアップしているPDFファイルも更新してくれるといいのになと思った。

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2026.03.08

ツアーの最終日程表が届く(長崎)

 2026年3月7日、旅行社からツアーの最終日程表が届いた。
 ツアー名は『2日目フレンチコースの夕食付きプラン ハウステンボス19時間滞在 憧れのホテルヨーロッパとヒルトン長崎 3日間』である。高齢の母との旅行だし、かなり奮発した。

 行きの飛行機は羽田空港9時40分発。集合が8時50分である。
 到着までに昼食を終えておく必要があるので、空港に到着したら「空弁」を買わなくては、30分前から受付開始というけれど何時に行けばいいだろう? とチャットGPTに聞いてみたらとんでもない行程かつとんでもない時刻を出してきたので、自力で検索しようと思う。

 軍艦島に上陸予定なので革靴など滑りやすい靴はNG、でもホテルでの夕食はスマートカジュアルで、となかなか両立困難な注意が入っている。
 さらに、その軍艦島ツアーの予約が取れておらず、日程変更の可能性があると言う。ツアーなんだよね? と聞きたい。

 帰りの飛行機は19時20分羽田空港着予定である。

 さて、準備をしなくては!

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2026.03.01

「50歳からの気ままにゆらゆらひとり旅」を読む

 2026年2月、フカザワナオコ著「50歳からの気ままにゆらゆらひとり旅」を読んだ。
 著者が日本国内のひとり旅を楽しんだ、そのコミックエッセイである。

 おぉ! と思ったのが、東京が旅先になっていることだ。
 ん? と思ったら、著者は愛知県在住で、私が名古屋に旅行に行くのと同じように、東京が旅の行き先になる。当たり前だけれど目からウロコだった。
 東京在住でも東京1泊旅行をしてもいいんじゃない? とも思った。

 行き先は、東京の他、静岡県に2回、京都、金沢、飛騨高山、鹿児島というラインアップ。
 何を見た、というよりも、何をした、という方がメインになっているように感じる。
 例えば、砂蒸し風呂に入った、タクシーに乗ってスイーツを食べに言った、上野動物園でパンダに会った、梅酒を仕込んだ等々である。
 楽しそう。そして、私の趣味と似ている。嬉しい。

 ここのところ母と旅することが多く、ひとり旅をしていない。
 たまには行って見ましょう、と思った。
 まずはチームラボかしら、でもゆりかもめから見るといつも混んでいるんだよなーと思っている。

(画像をクリックすると、楽天市場のお店に飛びます。)

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2026.02.20

ツアーの催行が決定する(長崎)

 2026年2月20日、カード会社からの通知で旅行代金の支払いが完了したことを知り、旅行社のサイトに行って見たところ、申込みしたツアーの催行が決定していた。
 催行するだろうとは思っていたけれど、確定になって嬉しい。

 まだ、詳細のスケジュールは不明である。
 久しぶりの2泊以上の旅行だし、国内線飛行機に乗るのも久しぶりだし、ツアーで出かけるのも久しぶりだ。
 粛々と準備をしようと思う。

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2026.01.06

昼神温泉旅行記の入口を作る

昼神温泉バス停 ここは、2025年11月11日から1泊2日で母と昼神温泉に行った旅行記の入口である。
 旅行の目的は「阿智村で星を見る」で、実際に雲一つない星空を見ることができて大満足だった。
 そして、オマケで行った筈の名古屋城見学に何故かハマってしまい、星空を見ていた時間よりも名古屋城を見学している時間の方が断然長い旅行になった。
 予定外であったものの、これはこれでなかなか楽しかった。
 以下の日程をクリックすると、旅行記に飛べるようになっている。

 1日目 2025年11月11日(火曜日)

 2日目 2025年11月12日(水曜日)

 持ち物リスト(昼神温泉編)

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2026.01.05

ツアーを予約する(長崎)

 2026年の年明け早々、昨年に果たせなかった長崎旅行に行こうと母に打診してみた。
 昨年秋は「ハウステンボスの秋薔薇」もいいかなと思い、今回は「やっぱりオランダなんだからチューリップでしょう」という思惑だ。
 旅の後半はハウステンボス滞在、ホテルヨーロッパでフレンチも食べちゃいましょうという贅沢な旅を提案したところ、割と即決で行くという返事があった。かなりお高めのお値段を伝えて確認しても、意思は変わらないらしい。

 そういうことならと、本日(1月5日)ツアーの予約を入れた。
 1日目は大浦天主堂や出島で観光し稲佐山から夜景、2日目は軍艦島クルーズの後西九州新幹線に乗車してハウステンボスへ、3日目はハウステンボス自由行動、というツアーである。
 長崎のリピーター向けのコースだと思うけれど、母も「あちこち行き過ぎるのは疲れる」と言うし、ちょうどいいのではないかと思っている。

 折角なので、少し長崎についてリサーチしておこうと思う。

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