2024.04.07

伊東温泉旅行記の入口を作る

東海館のおひな様 ここは、2024年3月1日から2日にかけて、母と伊東温泉に行って来た旅行記の入口である。

 以下の日程をクリックすると、旅行記に飛べるようになっている。

 2024年3月1日(金曜日)その1

 2024年3月1日(金曜日)その2

 2024年3月2日(土曜日) 

 

 持ち物リスト(伊東温泉編)

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2024.04.06

オマーン旅行記4日目その1

2023年12月31日(日曜日)

 まだ若干の時差ぼけが残っているのか、昨夜は23時過ぎに就寝し、今朝、最初に目が覚めたのは4時半だった。
 元々、旅先ではあまり熟睡できないので、むしろこれはよく眠れた方である。
 5時半に起き出して、荷造りを始める。
 冬でもあるし、谷間にあるミスファット・アル・アブリーン村の日の出は遅い。
 7時近くになって、バルコニーから朝焼けを望むことができた。
 今日もいいお天気だ。

朝食 前日に「キャニオニング中のパスポート管理をどうするか」という話があり、「自分で防水措置を施して持ち歩く」「添乗員さんに預ける」「キャリーケースに入れて鍵を掛ける」といった選択肢があった中、「キャリーケースに入れておけば盗まれるときはバスごとだよ」と三つ目の方法を選んだ。
 キャニオニング後の着替えなどを手元に置けるようにトートバッグに用意し、何とか荷造りを終える。
 日本国内でもキャニオニングなんてやったことがなく、実はこの時点でも「何をするのか」よく分かっていなかった。荷造りをしていても、我ながらどうにも要領を得ない。

 7時過ぎに昨夜夕食をいただいたレストランに行く。
 このときになってやっと、自分が泊まっていたお部屋の真上が屋上テラスのレストランだったと気がついた。
 朝食もビュフェ式で、クレープ、卵焼き、豆のカレー、ヨーグルト、メロン、りんごジュースとコーヒーをいただいた。
 この後のバスでの長距離移動に備え、控えめにしたつもりである。

散策路ワジ 早起きして荷造りをがんばったお陰で、8時の出発まで少し時間が余ったたので、ホテル内なのかホテルから出てしまっているのか境界が分からないなと思いつつ、部屋の周りを少しだけ散歩した。
 部屋の近くのワジは今は「水を流す順番」が回ってきていたようで、豊富な水が流れていた。気持ち良い。
 デーツの木が多い被さるような道も、日陰ができてちょうどいい散歩コースになっている。

 今日もホテルスタッフがキャリーケースを運んでくれるので、移動中に使うものをまとめてバスまで持って行く。
 今日は、ツアー中2回予定されているうち最初のキャニオニングの予定だ。
 更衣室のようなところはないので、朝の出発時点で水着やラッシュガードを着込み、靴も宇ローターシューズを履いた。

 バスは昨日登ってきた道を快調に飛ばして降りて行く。
 天気も良く、いい眺めだ。
 山を下りきったところで、ぽつんと豪邸が建っているところでバスが駐まったなと思ったら、そこはガイドさんの家だったそうだ。
 お宅で(奥様がというよりもメイドさんがいるっぽかった)コーヒーのポットを用意してくださったらしい。
 その後の車内では、しばらくガイドさんの家と懐事情について質問が飛び交った。
 まとめると、産油国であるオマーンでは、ある程度の年数を就労するとかなり潤沢な年金(のようなものだと思う)が支給される制度になっているようだった。
山を下りるガイドさん宅に寄り道

ニズワのモスク オマーンで2番目に大きいというニズワのモスクは、「観光用」も兼ねて建てられたというマスカットのスルタン・カブース・グランドモスクと比べると随分と素朴な印象である。
 オマーンで一番古いという要塞の横を通り過ぎ、途中のカフェでガイドさんが注文していた本日のランチをピックアップする。
 2時間半くらい走ったところで1回トイレ休憩が入り、出発して4時間半、キャニオニングをするワディ・バニ・ハリッドのオアシスを見下ろす場所でフォト・ストップとなった。
 正直に言うと、昨日見たアル・ハムラのオアシスとほぼほぼ同じ風景である。

 そこから5分も走らないうちに駐車場に到着した。
 ここから、ワディ・バニ・ハリッドでのキャニオニングに出発である。
 パスポート等はドライバーさんが預かってくれることになり、ランチはガイドさんが運んでくれると言う。聞けば、水に入らずとも迂回路を歩いて本日の目的地である滝壺まで行くことができるそうだ。ただし、そちらは「崖を登って降りて行く」感じになるという。
 泳いだ方が安全かつ楽に進めそうである。

 添乗員さんが日本から持参してくれたライフジャケットを着込み、それぞれ必要なものを防水バッグに入れる等して装着し、12時45分くらいに出発した。
 カメラはすぐ手に取れるところに持っていたいし、オリンパスのTGシリーズは水中でも使用可である。
 ストラップを外して荷物に入れっぱなしになっていた靴紐を結んでシリコンジャケットだけ装着したデジカメを首から下げ、そのままだと泳ぐときに邪魔なので借りたライフジャケットのポケットに入れた。
 スマホだけでなくデジカメも持参された方が多かったのは、シュノーケリングの予定も含め、水の中で使うことが想定されているからだと思う。
 スマホの方は、防水バッグに入れ、撮影するときだけ取り出していらっしゃるようだった。

キャニオニング村の中をスタート 最初のうちは村の中の道をお散歩気分でのんびり歩いていた。
 確かこの日の最高気温は27度くらいだったと思う。日差しが強く、濡れたり脱げたりしそうなのが面倒で帽子を被らなかった私の頭のてっぺんはかなり熱くなる。
 村を出ると同時に道が途絶え、岩がごろごろした道なき道を歩くようになる。ガイドさんの後を付いて、歩きやすそうな場所を探しつつ歩く。

 水の中も歩くし、泳がないとならない場所もある。
 歩こうとすると岩がツルツルとして滑って転びそうになるし、ライフジャケットを着けているとはいえ足の立たない深さのところでは泳がないと前に進めない。
 結構ハードな行程である。

キャニオニングキャニオニング

キャニオニングキャニオニング 手を貸したり借りたり、「歩くよりも手を岩について手で歩いてしまった方が滑らない」と教えていただいたり、泳いでいるときには「この辺りまで来れば足が立つ」と知らせたり教えてもらったりしつつ、進んで行く。
 軍手をされている方がいらして、「賢い!」と思う。
 岩をよじ登ったり隙間を通り抜けたり、1カ所だけ鎖が付いていてその鎖に頼りつつ水の中に入るような場所もあった。

滝壺 アドベンチャーなあれこれをこなしつつ歩くこと約1時間、滝壺に到着した。
 滝壺はちょうどプールのようになっていて、川の流れもなく、エメラルドグリーンの水の色が綺麗である。
 澄んでいる。

 泳いで滝の水が落ちる直下まで行ってみたり、写真を撮りまくったり、1時間くらいも楽しんでしまった。
 そういえば滝壺に入るときには結構な段差の岩場を降りていて、散々遊び疲れた後で水から上がるのは大変で、添乗員さんに引っ張り上げてもらったようなものだった。申し訳ない。
 そして、水から上がったら猛烈に寒かった。
 まだ14時過ぎだというのに、峡谷なためか、恐ろしい勢いで日が陰って行く。

ランチ 日向を追った筈があっという間に日陰になってしまった岩の上でランチをいただく。
 ランチのサンドイッチは「ビーフ」「チキン」「エッグ&チーズ」から、いくつでも食べたいだけオーダーして良いという太っ腹さだった。
 私はチキンとエッグ&チーズをお願いしていた。
 チキンはカレー味で滅茶滅茶辛かったのだけれど、他の方に「すっごく辛かったですよね!」と言ったら「私のはそんなに・・・。」という答えだったので、もしかすると「当たり」だったのかもしれない。エッグ&チーズがマイルドな味で、かつこちらを2個目にして良かった。
 飲み物は、レモンミントジュースの大きなペットボトルをガイドさんが運んで来てくれており、これがなかなか美味しい。
 濡れたラッシュガード超しに感じられる風が冷たい。寒さに震えつつランチをいただいた。

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2024.03.31

伊東温泉旅行記2日目

2024年3月2日(土曜日)

河津桜朝風呂 6時半頃に目が覚めた。お腹が空いた。
 そのまま1時間くらいうとうと二度寝し、7時20分から予約していた岩風呂に行った。
 少しだけ窓を開けて空気を入れ換える。熱めのお湯が気持ちいい。
 すっかり目が覚めた。

 朝食は8時半からである。
 ミネストローネ、サラダ、パン(4種類から選べる。クロワッサンとチョコパンをいただいた)、卵料理、オレンジジュース、コーヒー(他に紅茶、ハーブティが選べた)、はちみつ入りヨーグルトというメニューである。
 恐らく、この朝食だけで30品目くらいの食材をいただいたのではなかろうか。おまけに美味しくて、お腹がいっぱいになった。
 もう少しお腹に余裕があったら他のパンもいただいてみたかった。

野菜スープサラダ

パン卵料理

 10時少し前にチェックアウトし、駅まで送っていただいた。有り難い。
 駅のコインロッカーに大きな荷物を預け、10時5分発のバスで小室山に向かった。小室山公園で椿を見ようという計画だ。
 あまりちゃんと調べておらず、バスのアナウンスが「次は小室山つばき園」と言うのを聞いて慌てて降車ボタンを押した。10時半くらいに到着したと思う。

 つばき園では、鑑賞会が開催され、気に入ったものに投票することができた。
 私のイチオシは崑崙黒である。

一輪挿し一輪挿し

水に浮かべる一輪挿し

 小室山公園では、1000種類、4000本の椿が植えられており、10月上旬から4月中旬まで、季節の移ろいに伴い様々な椿が次々と咲くそうである。
 概ね、2月中旬から3月にかけてが見頃ということだけれど、途中ですれちがった年配の男性曰く「今年は花付きが悪くてね」というお話だった。
 散策コースも用意され、約45分かけて一周するBコースを若干ショートカットしつつ、1時間以上は歩いたと思う。
 曇っていたし、いい位置に咲いているお花も少なくて、写真を撮ってやろうと試行錯誤してみたこともあって結構いい運動になった。

椿椿

椿椿

椿桜

椿椿

20240302_115143 つばき園の入口近くで、リスが何匹も走り回っているのが見えた。
 可愛い。しばらく観察する。
 バスの時刻表を見ると結構待つようだったので、そのままバス道路に沿って小室山リッジウォーク MISORAに行くリフト乗り場まで10分ほど歩いた。
 リフトで小室山山頂まで行くと、思っていたよりも空は明るく、海が綺麗に見えた。
 満足である。

20240302_121827

20240302_125456-3 そして、降りてくると空が晴れてくるのはお約束というものだ。
 リフト乗り場の隣にあるお土産物屋さんのラインアップがなかなか良くて、伊豆自然生活の伊豆海塩エステ石鹸や伊豆海塩バスソルトなどを購入した。
 何故か母が炭で作られた犬(シーズー)を気に入って、「どうして伊東からわざわざ持ち帰るの!」という私の叫びも無視して購入していた。

 13時過ぎのバスで伊東駅に戻った。流石にお腹も空いてきて、お昼ごはんをいただけそうである。伊東駅から歩いて5分くらいのところにあるすしの寿々丸で、地魚を忠臣とした「特選十種」をお願いした。
 「特選」の所以は、巻物が含まれないことと、中トロと卵焼きが付くこと、地魚中心であることの3点というお話だ。

 鰺、ヒラメ、カンパチ、メバチ、金目鯛、百広、中トロ、真鯛、マンボウ、鰆の十種と、卵焼き、あら汁である。
 写真を撮り忘れてしまった卵焼きはつるんとしていて、ゼリーで固めたみたいである。お聞きしたら、海老のすり身を混ぜて卵液を造り、鍋に入れて1時間かけて焼くそうだ。巻かずに、そのままの厚さで時間をかけて焼くと、つるんとした卵焼きになるようだ。
 家では絶対に食べられない卵焼きだ。

 また、お皿に載って供されたのはマンボウの腸というお話だった。
 何だか不思議な食感で、ほろほろと繊維に分かれるような感じだ。マンボウを狙って釣る訳ではないので、たまたまかかると入荷するという。
 こちらもなかなか食べられない。というか、生まれて初めて食べた。むしろ、食べられるんだ! と感嘆した。
 全部が美味しくて大満足だった。写真が美味しそうに撮れていなくて本当に申し訳ない。

握り寿司握り寿司

握り寿司握り寿司

海踊り子号車内 お昼ごはんをいただいた後、えきねっとで帰りの特急踊り子の指定席を予約し、駅に戻る。
 母がいつの間にか、駅まで戻る途中にあったひもの専門店 平田屋で買い物しているのに驚いたり、伊東駅に併設されたお土産物屋いずちゅうで、しらすパスタソースやお茶、丸ごとのミカンが入ったみかん大福などをお土産に購入する。
 少しだけ時間があったので、最後に備屋珈琲自家焙煎工房で炭火焙煎珈琲をいただいて締めとし、15時31分伊東駅発の踊り子号で帰路についた。

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2024.03.30

オマーン旅行記3日目その2

2023年12月30日(土曜日)

 レストランから車で10分ほど走り、アル・ハムラの全体を見渡せる場所でフォトストップとなった。
 オアシスでナツメヤシの緑が広がり、その向こうに土壁で作られた家が並んでいる。
 行ってみて分かったけれど、今はその土壁の家に住んでいる人はほとんどいないようだった。
 海に面したマスカットから、だいぶ内陸に進んできた。

アル・ハムラ全景

アル・ハムラアル・ハムラ

 フォトストップした場所からさらに車で10分ほどで、アル・ハムラに到着した。
 街中にファジと呼ばれる水路があるところがオアシスっぽいと思う。水路沿いには、洗濯場のような建物も見かけた。
 日中だからなのか、そもそもこの街中に住んでいる人が少ないのか、その洗濯場にも人はいなかったし、そもそもほとんど人を見かけない。
 在住者っぽかったのはこのおじさんくらいで、皆で頼んだら写真を撮らせてくれた。 

アル・ハムラアル・ハムラ

 歩いている人がいたよ! と思ったら、その女性は、我々がこれから見学する民俗資料館「ベイト・アス・サファ」のスタッフの方だった。
 彼女について行き、靴を脱いでお邪魔して見学開始である。

デーツシロップのコーナーデーツシロップのコーナー 部屋によって担当スタッフが変わるのか、今ひとつシステムがよく分からないまま、「ここで待て」と言われて待っているとそのうちデーツシロップの採取の方法を再現した場所で味見をさせてもらったりする。
 日本人は我々のみだったけれど、ヨーロピアンをおぼしき見学者が50人近くいたのではないかと思う。
 人気の観光地だという話は伊達ではない。

クレープ焼きの実演 実演コーナーのようなスペースも設けられていて、小麦粉と塩と水だけで作る薄いクレープのようなパンを焼いて味見させていただいた。ミニマムな材料で作られているこのクレープが、パリパリした食感もあって美味しく感じる。
 豆を挽いた粉を水で溶いて芥子色のローションのようなものを作ってそれを額に塗るのだと教えてもらって試した。あれが何という名前でどんな意味があってどんな効果があるのか、聞いた筈なのに全く覚えていない。我ながら情けない。

モリンガオイル また、コーヒー豆を炒ったり挽いたりしているとその音が家中に響き、「団欒の時間ですよ」という合図になったのだと教えていただいた。
 ガイドさんによると、そうした一家団欒の習慣も「スマホの登場で全てが変わった」ため、今ではほとんどないらしい。そう言うガイドさん自身、バスの中ではずっと動画を見ていた。

 同じお部屋では、ムスクと、「昨日ここで作った」というモリンガオイルがそれぞれ1本1オマーンリアルで売られていた。
 モリンガオイルはアンチエイジングの効能があると知られているそうで、ツアーメンバーに常用されている方がいらっしゃったこともあって、我々だけでほぼ買い占めたのではないかと思う。
 モリンガオイルは、モリンガの種(だと思う)をすりつぶしてこねて塊にし、その塊を押して絞って抽出するらしい。かなりの重労働だ。

ベイト・アス・サファベイト・アス・サファ 2階と屋上もあって、かつての暮らしが再現されている。
 これが滅茶苦茶フォトジェニックな内装で、自分の目で見たときよりも写真に撮ったときの方が素敵に写っていたと思う。
 あちこちに吊されていた素焼きの壺はいわば冷房用で、水を入れて風通しのいいところに吊しておき、気化熱を利用して周りの温度を下げるために使われていたというお話だった。

 途中、絨毯にぺたりと座り、コーヒーとデーツをごちそうになった。ここでいただいたデーツが今回の旅行で食べた中で一番美味しかったような気がする。
 ツアーバスの中でもドライバーさんとガイドさんが大きなタッパーウエアに入ったデーツをよく回してくれた。
 オマーンのおもてなしは、オマーニコーヒーとデーツで決まりだ。

 屋上に上がるとアル・ハムラの土壁の家々を見ることができた。
 この土壁の家々はあとどれくらいこの姿を保つことができるんだろうと思う。
 屋上からの眺めを堪能した後は、入口まで戻ってお会計だ。
 ツアーメンバーの多くの方はクレジットカードで支払っていた。「クレジットカードで支払えるんだ!?」と思ったけれど、ヨーロピアンの観光客が多いことを思えば、当然のインフラなのかも知れない。
 ただ、通信環境はあまり良くないらしく、そして、もしかしたら土壁はあまり電波を通さないのか、スタッフが建物の外に出てカードリーダーを振って電波を捉えようとがんばっていた。

 ツアーバスでさらに15分くらい走り、15時過ぎに、ミスファット・アル・アブリーン村の駐車場に到着した。
 本日の宿であるMISFAH OLD HOUSEまでの道は狭く、昨夜聞いていたとおり車が通ることはできない。ホテルのスタッフが大挙してやってきて、我々のキャリーケースを頭の上や肩に担いで運んでくれた。
 有り難い。
 有り難いが、同時に、クリスマス休暇だからスタッフがいないという話は何だったんだろう・・・、とも思った。よく分からないけれど、添乗員さんとガイドさんの手腕に脱帽である。

 こちらの宿は様々なタイプのお部屋があって、インバスのお部屋と、シャワールーム+トイレが共同のお部屋があるという。添乗員さんがトランプを取り出してくじ引きをした。
 私は二人でバスルーム共有というお部屋で、こちらもよく分からないけれど、支配人っぽいおじさんが最初に案内された小さめのツインルームから、大きめのシングルルーム(バスルームをもう一つのシングルルームと共有・共同のバルコニー付き)に変えてくれた。ありがとう!
 ちなみに、マスカットのホテルに続き、こちらのホテルもバスタオルのみの提供だった。

20231230_164329_2024033117310120231230_163540_20240331173101 「早くしないと日が暮れちゃう!」と16時半から、「オマーンで一番美しい」とも言われる村の中の散策に出発した。
 村には、デーツとバナナの果樹園が広がっている。背がすっと高いデーツの木の足下にバナナを植えるのが定番のようだ。そして、果樹園で働いているのはバングラディシュからの出稼ぎの人が多いという話だ。
 ファラジ(水路)は、日を決めて流す場所を決めているそうで、水が流れていない水路もあった。工夫である。

 「散策」と言われつつ、結構なアップダウンがあって、へとへとになった。
 日暮れが近いこともあり、ガイドさんはいくつかあるらしい散策コースのうち短いものを選んで回ってくれたようだ。
 ちょうど、夕日を浴びた土壁の街並みも見ることができた。

20231230_170854 散策の最後に、蜂蜜屋さんに立ち寄った。
 もちろんここでもコーヒーとデーツのおもてなしがある。疲れたところに甘いものと飲み物をいただけるのは有り難い。
 蜂蜜も試食させてもらう。フランキンセンスの蜂蜜がやはり人気だ。オマーンと言えばのフランキンセンスのはちみつと、Zizpusの蜂蜜を購入する。
 試食して一番美味しいと思ったZizpusだけれど、未だにこれが何なのか分かっていない。
 瓶の蓋には間違いなくZizpusと書いてあるけれど、実はこれはZiziphus(ナツメ)の間違いだったんじゃないかと思っている。

 17時半くらいにホテルに戻ってきた。
 お部屋はこの写真の手前にも同じくらいの広さのスペースがあって広い。スタンド型のコートかけが置いてあり、物干し棹代わりに活躍させてもらった。
 支配人のおじさんが「Big balcony」と自慢げに紹介してくれたバルコニーは確かに一部屋分くらいの広さがあり、周りにベンチも設置されていて、なかなか座り心地が良い。
 このバルコニーの手前、2段くらい上がったところにバスルームがある。
 「散策」で結構な汗をかいたので、夕食前にシャワーを交替で浴びた。

お部屋バルコニー

 夕食は19時から、フロントの上にあるテラスでいただいた。
 ホテル近くに住む奥様方の手によるオマーン伝統料理のビュフェである。
 サラダ、ホムス(ヨーグルト風味が強い胡麻ペーストだった)、パン、豆カレー、チキンカレー、ビーフカレー、ライスという漢字だった。
 今日と明日は禁酒デーで、レストランでお酒の提供はない。マンゴージュースをお願いしたらフレッシュジュースで美味しかった。
 食事のたびに必ずマンゴージュースを頼んでいたツアーメンバーの方によると「一番美味しい」マンゴージュースだったらしい。嬉しい。
 また、デザートとコーヒーも供されて、ペースト状のデーツを挟んだクッキーにココナツをまぶしたお菓子が美味しかった。

夕食デザート

 食事の際は自己紹介タイムなどもあって盛り上がり、食後は3人で集まって我々のお部屋についていたバルコニーでおしゃべりした。いわば「女子会」である。
 流石に夜になると風が涼しくて、フリースを着込む。
 ただ、この女子会では若干思うところもあって、少々疲れてしまったというのも本音だ。
 23時過ぎに就寝した。

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2024.03.17

伊東温泉旅行記1日目その2

2024年3月1日(金曜日)

貸切風呂 貸切風呂の予約は、チェックインして直行しなければ間に合わないくらいの時間である。「着替えるのが面倒だから行かない」という母を部屋に置き去りにして、御影石を使った貸切風呂に行った。
 洗い場は一つで、窓を全開にすれば露天風呂のように楽しめる。
 ちょうど窓の外の河津桜が満開になっていて、お湯に映って綺麗だ。
 お湯は湯口からというよりも、湯船の底から投入されていたと思う。無色透明ほぼ無臭の温泉で、このときは何かの加減でかなり湯温が低めだったけれど、それでも上がった後はぽかぽかしていた。
 自家源泉掛け流しの温泉は贅沢だ。

 部屋に戻ると母がお部屋にあったほうじ茶を入れて寛いでいた。私もローズヒップティを入れていただく。
 温泉から上がって、18時から夕食である。
 準備ができるとお部屋に電話でお知らせがある。
 行ってみると、この日の宿泊客は我々を含めて5組だった。ヴィラが二棟あってそちらに2組、本館にあと2組という感じだったらしい。

 お酒を飲む気満々で、最初は食前酒っぽくやまももスパークリングをお願いした。
 ソフトドリンクのメニューにやまももジュースがあったから、そちらをスパークリングワインで割ってあったと思う。
 甘めでありつつすっきり飲みやすい。
 母は珍しくビールではなく白ワインを頼んでいた。

 前菜として、まず、サザエのガーリックバター焼きとシュー生地の**が供された。メニューはなく、サーブのときに説明いただいたけれど、全く覚えられなかったところが情けない。
 子供の頃は毎年夏になると、伯父が勤めていた会社が館山に持っていた寮に泊まり、海水浴に行っていた。その寮では夕食に必ずサザエが供されて、身を取り出すのに四苦八苦していたねー、などと母と話す。懐かしい。
 そして、こちらは食べやすい大きさに切ってあって、ガーリックバターとサザエの相性が抜群だった。

やまももスパークリングサザエのガーリックバター焼き

 スープはオマール海老のビスクだった。
 「オマール海老のビスク」と聞くとトマトベースをイメージするのだけれど、こちらはトマトではなくキノコのお出汁を相棒にしていた。
 温泉卵が入っていて、黄身を崩しながらいただく。濃厚だ。
 パンも温かく、もちっとしていて美味しい。

オマール海老のビスク

 ここでロゼワインをグラスでお願いした。
 金目鯛のウロコ焼きは、その名のとおり、ウロコがパリパリに焼かれて立っている。皮はサクサクと香ばしく、身はほろっと柔らかい。
 このソースはキャベツのソースと教えていただいたような気がするけれども定かでない。我ながら立派な記憶力である。

金目鯛のウロコ焼き

 メインディッシュはブイヤベースである。こちらをいただきたくてこのお宿に泊まったと言っても過言ではない。
 カセットコンロが置かれ、お鍋ごとブイヤベースがやってくる。
 かなり濃厚なお味で、オマール海老の他、アサリや白身のお魚もたっぷり入っている。
 美味しい。
 オプションでリゾットにすることもでき、全てのテーブルでオーダーしていたと思う。
 こちらも魚介の出汁をしっかり吸い込んだ美味しいリゾットだった。

ブイヤベースリゾット

 デザートはイチゴとマスカルポーネチーズ、白ワインのジュレにいよかんピールが美しく盛られ、そこにいよかんのジュースを炭酸で泡にしたもの(多分名前があると思うけど知らない)で、飲み物はコーヒー・紅茶・ハーブティからコーヒーをお願いした。
 いよかんピールは庭でなっているいよかんから作った自家製だそうだ。
 さっぱりと美味しいデザートで、コーヒーも美味しかった。

デザートコーヒー

 2時間かけてゆっくり美味しいディナーをいただいた。大満足である。
 明日の予定など考えつつ、お部屋で休憩する。お天気は良さそうだけれど、ぽかぽか陽気だったこの日よりも5度くらいは最高気温が下がる予報だ。

貸切の岩風呂 予約時間になったので、パジャマっぽい部屋着に着替え、温泉に行った。
 今度は岩風呂の湯である。洗い場が一つなのも一緒、湯船の広さもほぼ同じだ。母と「二人で浸かってちょうどいいサイズだね」と言い合う。
 窓の外に見える河津桜は、こちらからの方がよりたくさん見ることができる。
 昼間よりも湯温が上がっていて、窓を開けると結構な冷え込みだったから有り難い。全開になっていた窓を細めに開けるくらいに閉じて、ゆっくり温まった。

露天風呂 露天風呂は本当に浸かるだけで洗い場がないので、内湯に入ってすぐに行くのがいいなと思い、内湯は21時から、露天風呂は22時から予約していた。
 母に確認したらやっぱり行かないと言うので、一人で向かう。
 玄関を出ると沈丁花の香りを濃く感じた。夜の方が香りが強く感じる。

 行ってみたらかなり暗くて、私でも湯船に入るときには恐る恐るという感じになったので、母が夜に行くのはちょっと難しかったかなと思う。
 露天風呂の周りには季節のお花も植えられているそうなので、明るいうちに行くのが楽しそうだ。
 露天風呂は内湯よりも湯船が大きい。こちらも内湯と同じくらいの湯温になっていて、冷たい風が気持ち良く、のんびり楽しんだ。

 部屋に戻ると母はもはや寝る態勢に入っている。
 23時前に就寝した。

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2024.03.16

オマーン旅行記3日目その1

2023年12月30日(土曜日)

 6時30分モーニングコールと言われ、何かと準備に時間がかかるので5時30分に目覚まし時計をセットした。
 意外と眠れて5時過ぎに目が覚め、そのままえいやっと起き出した。
 メールをチェックし、荷造りをしているうちに電話が鳴り、受話器を取ると無言で切れた。いたずら電話のようなモーニングコールである。

朝食 7時にレストランに行くと「ただいま準備中」という感じだった。
 コールドミールが出揃い、ホットミールは追々補充します、というところだ。
 この後すぐバス移動だし、控えめにしておく。
 朝食のコーヒーにスパイスは入っておらず、ちょっとほっとする。

ホテルの窓からの景色 「時間短縮のため、バゲージダウンはなし。各自でキャリーケースを転がして8時にロビー集合」という案内はむしろ有り難い。
 お陰で、ホテルの窓から見えた景色を写真に撮る余裕もある。
 雲一つないいいお天気でだ。流石「砂漠の国」だ。
 「鉄筋なんて入っていないんだろうなぁ」という数階建てのビルはいいとして、その奥に見える岩山が、何とも「砂漠の国」らしくなくて面白い。

 8時にホテルを出発した。
 出発で30分もかからずに、スルタン・ カブース・グランドモスクに到着した。
 このモスクは2001年に完成したオマーン最大のモスクである。
 建造に当たって、当時の国王は、祈りの場としての役割はもちろんのこと、イスラム文化の啓蒙という役割も果たさんという目的も持っていたそうだ。
 俗っぽく言うと、「観光の目玉に!」という意欲満々だったということだろう。
 実際、スルタン・カブース・グランドモスクは、オマーン国内で唯一、イスラム教徒ではない観光客の入場が許されている。
 午前中8時から11時までは観光客の時間、午後はイスラム教徒の時間だ。
 
 オマーン国内ではほぼ飲酒できる場所がないという話を聞いたときから、かなりイスラムの戒律が厳しい国なんだろうと思っていた。
 スルタン・カブース・グランドモスクの見学に当たっても、観光客の見学が許されているとはいえ、服装には厳しいチェックが入る。
 肌を見せることは厳禁だし、女性は髪をスカーフ等で覆う必要がある。
 ツアーメンバーにお一人、レギンスと靴下の間が3cmばかり空いている方がいらっしゃって、入場の際スタッフから「ちゃんと隠すように」というチェックが入った。
 そういった場合には、入口でイスラム教徒の女性が来ているアバヤを貸し出して貰える。ちょっと羨ましい。

モスク全景 彼女を待っているときに、ちょうど一緒に出発したもう一つのツアーのみなさんがやってきた。
 もう一つのツアーは「文化」をテーマにしたツアーで、添乗員さんに聞いたところでは現地ガイドさんも文化や美術に造詣の深い方に依頼しているそうだ。
 なるほど、ツアー代金の差はこういった所からも生まれるのだなと納得する。
 とはいえ、我々のツアーの添乗員さんも実は美術がご専門で、かなり詳しく説明してくださる。
 きちんと聞けていなかったり覚えられなかったり、本当に申し訳ない限りだ。

 スルタン・カブース・グランドモスクは、当時のオマーン国王カーブース・ビン・サイードが1993年に開催したコンペで設計が決まり、そこから7年近くの年月をかけて建造されている。
 ミナレットが5本あり、モスクとしての格は高い。
 ミナレットを5本とも1枚の写真に収めようと色々とチャレンジしたけど果たせなかった。残念である。

 ちなみに、イスタンブールにあるスルタンアフメト・モスクには6本のミナレットが、メッカにあるモスクには7本のミナレットがあるそうだ。
 何でも、元々メッカにあるモスクのミナレットは6本で、他のモスクが6本のミナレットを持つことは許されていなかったらしい。しかし、イスタンブールのモスクがうっかりと6本のミナレットを持ってしまい、そこよりも格が上であることを明確にするため、メッカのモスクは7本目のミナレットを建造した、という。
 本当の話なら、随分とメッカのモスクは随分と寛大だと思う。

 建物の内部では靴を脱ぐ必要がある。各所に靴箱が用意されているけれど、何故か幅が15cmくらいしかなく、左右の靴を入れるには重ねなくてはならない。
 それだけ多くの見学者と礼拝者を見込んでいるということかも知れないけれど、重ねなくても入る幅にしてくれれば良かったのになと勝手なことを思う。

 最初の建物に入ると、添乗員さんが「この建物を見てどう思いますか」と実に漠然とした問いを発した。
 何を聞かれている? どこを気にすべき? と思っていたら、お一方が「狭い?」とおっしゃった。
 なるほど、一時は「世界で一番大きかった」モスクである。そう考えれば狭い。
 ここは女性用の祈りの場で、本命はこの奥にあるという話だ。

女性用の祈りの場女性用の祈りの場

 そして、添乗員さん曰く、壁や扉などの細部まで精巧な装飾が施されており、そういったところにも注目して見ると面白いし興味深いということだった。

室内装飾室内装飾

室内装飾室内装飾

室内装飾室内装飾

 いったん外に出て靴を履き、「本命」と言うべき男性用の祈りの場に向かう。
 途中、うっとおしかったのか髪に巻いたスカーフを外しているヨーロピアンの女性が、スタッフに笛を吹かれ、注意を受けていた。完全に髪を隠すことまでは求められていないようだけれど、「隠そうとしていない」のは許されないのだろう。
 チェックを受けるのは入口だけではない。

 男性用の祈りの場と女性用の祈りの場を囲むように回廊が設けられ、その外側にもお部屋があったり、階段で下の階に降りられるようになったりしている。
 ドームの上には宝珠のような形をしたものと、さらに一番上に三日月型の飾りがある。これらの意味を教えてもらったようなきがするのにどうしても思い出せない。

モスクのドーム-2回廊

回廊から見たモスク階下

 男性用の祈りの場は、女性用のものよりも遙かに大きい。
 豪華絢爛以外の何ものでもない内部装飾である。
 ブルーを基調にした涼しげな内装で、女性用の祈りの場が木の色をベースにした温かみのある色味であったのと対照的だ。
 そこに敷かれたペルシャ絨毯は4000平米以上もあるという。一体何人が何年がかりで織り上げたのだろうと思う。設計前に発注はできないだろうから、7年以内であることは確かだ。

20231230_091218 メッカの方向を示すミフラーブもブルーを基調としたタイルで埋め尽くされ、当然のことながら写真スポットとなっていた。
 天井近くは、鍾乳石のような窪みが無数に覆うデザインとなっている。

 また、中央で輝くオーストリア製のシャンデリアは、ドームの天井が高すぎ、ドーム自体が大きすぎてその大きさを実感できないけれど、高さ14m幅8mもあり、スワロフスキーガラスと金で作られているそうだ。
 それはキラキラと輝く訳である。

 アブダビにあるシェイク・ザイード・グランドモスクは、このスルタン・カブース・グランドモスクを凌駕しようと志して建造されており、概ね大きさとしては「世界で二番目」であることが多いようだ。
 シェイク・ザイード・グランドモスクのその指向は宗教施設としてどうなんだと思う。結果として、こちらのモスクの方が「品が良い」感じがしてしまうくらいだ。

 男性用の祈りの場を一通り案内してもらったところで、40分間のフリータイムとなった。
 正確に言うと、添乗員さんは「写真撮影タイム」とおっしゃった。このフォトジェニック過ぎるモスクにいたら、そういう表現になるのも頷ける。

 添乗員さんにお勧めしてもらったとおり、飾り窓と柱が並ぶ回廊の写真を撮る。
 光が射して、飾り窓の紋様を浮かび上がらせ、大理石の白と木の茶色だけで飾られて綺麗だ。
 もちろん、モスクの外観をできるだけ大きく写真に収めようと奮闘する。これはなかなか上手く行かない。

ミフラーブミフラーブ

ミフラーブミフラーブ

ミフラーブミフラーブ

ミフラーブミナレット

モスク全景モスク全景

 お手洗いを探してうろうろしていたら、スーベニアショップにたどり着いた。
 ツアーメンバーの方がいらっしゃって、スーベニアショップの前にいた年配の女性に声をかけると「イスラームとは?」というイスラム教について解説した「イスラミック・インフォメーション・センター」発行の本をフリーでいただけると教えていただいた。
 有り難くいただく。

 また、実はお手洗いの場所が滅茶苦茶分かりにくくて、同じフロアにはなく、回廊から1階層下がったところにあるという。そちらも教えていただいて、すっかりお世話になってしまった。
 スルタン・カブース・グランド・モスクのお手洗いは清潔に整えられている。トイレットペーパーは備え付けられていないので、持参する必要がある。また、ペーパー類は流さずにゴミ箱に捨てる必要がある。この後に立ち寄ったお手洗いは、概ね同じ状況だったと思う。

岩山と荒れ地 10時過ぎに見学を終え、海際にあるマスカットから内陸にあるニズワ方面に向けて出発した。
 昨日はバスにコースターと言うらしい荷物車のようなものを繋げていたけれど、今日はキャリーケースを後方の座席に押し込んでちょっと狭い。
 窓から見える景色は概ね「荒れ地」「岩山」以上、という感じだ。
 オマーンは地層が現れている場所が多く、地層マニア垂涎の場所であるらしい。確かに綺麗な縞になっている岩肌を何度も見かけた。

レモンミントジュース 12時過ぎ、アル・ハムラに向かう途中のイエメン料理のレストランでランチをいただいた。
 暑いとまでは言わずとも日差しも強く、レモンミントジュースが美味しい。
 この後行った大抵のレストランでレモンミントジュースはメニューに載っていたと思う。
 このレストランでは生のミントを使っていて、さっぱりして美味しかった。

 お食事は、まずスパイシーなスープが出され、レモンが添えられたグリーンサラダが続く。
 確かかなり辛みの強いドレッシングが出てきて、うっかりそれだけ食べてしまうと悶絶する辛さだったと思う。
 メインは、チキン、ビーフ、フィッシュから選ぶことができ、「小さい」と言われたお魚が25cmくらいありそうなお魚丸ごと1匹だったのには驚いた。
 どれもたっぷりの量が供されて、シェアする形で色々食べることができ、ライスにはフライドオニオンも散らされていたし、どれも美味しかった。

サラダとスープチキンとライス

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2024.03.10

伊東温泉旅行記1日目その1

2024年3月1日(金曜日)

 伊東に公共交通機関利用で出かけて、どこを観光すればいいのかかなり迷う。
 お宿のレストランが「浴衣はご遠慮ください」という方針であることに気づいて母に伝えたところ、「夕食間に温泉に入るのは面倒だから入らない」と言うし、雨予報が出ていたし、当日まで何の準備もできていなかったので、遅めの出発、東京駅でお弁当を買って踊り子車内でお昼ごはんという計画を立てていた。

 特急踊り子は東京駅始発だし自由席で座れるだろうと思っていた出発当日の出発前、えきねっとを見てみたら「踊り子号の指定席予約ができる」「踊り子号には指定席しかない」ということが分かった。
 いつの間に! と思いつつ、曇ってはいるものの小田原くらいから海が見えるだろうとAB列を選び、100円引きになるチケットレスサービスで指定席を押さえた。

 母には「11時くらいに家を出るよ」と言ってあった筈が、10時前に踊り子号を予約したと伝えようとしたら、あとはコートを着るだけという感じで準備万端整え、何ならバッグまで抱えて座っている。
 早いよ! と思いつつ、東京駅構内でお昼ごはんを食べることに計画変更し、10時半くらいには出発した。
 我ながら準備が早い。忘れ物をしてそうで怖い。

塩ヒレカツ丼 東京駅に到着し、母に「何が食べたい?」と聞きつつ構内を歩いていたら、とんかつ まい泉 グランスタ東京店を指さして「ここがいい」と言う。
 いや、お昼ごはんは軽いものがいいと言っていたよね? と確認すると、とんかつというよりも牡蠣フライが食べたいらしい。
 お店に入ると、12時少し前でも席はほとんど埋まっている。
 母は、とんかつとカキフライ膳、私は塩ヒレカツ丼を選んだ。
 まい泉のカツサンドは何度も食べているけれど、お店に入ったのは初めてのような気がする。美味しかった。

踊り子号 しばらく東京駅構内をうろうろし、母が中川政七商店 のブラウスをずっと気にして何度も戻るので「あと10分あるから買える!」とたきつけたものの「可愛すぎる」と結局買わないことにしたらしい。
 ペットボトルの飲み物だけ買って、13時発の踊り子15号で出発した。
 東京駅出発時点で結構な青空が広がっている。
 小田原を過ぎた辺りで海も見え始め、雲が広がったり青空が覗いたりするのに一喜一憂する。
 母は迷った末に折りたたみ傘を持ってきたらしく、「雨が降りそうな空は、持ってきた傘が無駄にならなさそうで嬉しい」とか言っている。天気予報的に、今日も明日も雨は降りませんと思っているうちに14時43分、伊東駅に到着した。

 伊東駅でコインロッカーに大きめの荷物を預け、東海館へ向かった。徒歩10分くらいだったと思う。
 東海館は、元々は「いいお宿」である。1997年に閉館して建物が伊東市に寄贈され、改装等が行われて、今は観光施設となっている。
 土日祝日は日帰り温泉に入ることもできるし、館内には喫茶コーナーもある。

 1階から3階まで、異なる棟梁の手で内装がされており、東海館を建てたのは材木商だったそうで、とにかく贅沢な造りになっている。
 順路が整備され、自由に見学することができる。
 「これは泊まってみたかったわ」と思わせる元・お宿だ。

東海館 徳川家康がスペイン難破船救助の御礼として贈られたという時計の復刻版が展示されていた。
 もっとも、江戸時代初期は日の出ている時間帯を何分割かして「刻」を決めていたから、この時計が時計として活用されることはなかったらしい。
 それはそうだ。
 徳川家康の外国趣味を満足させ、かつステータスシンボルとしての役割を担ったらしい。

 変わったうねりのある木が床柱として使用されていたり、床の間の横に繊細な細工の飾り窓が設えられているお部屋もある。
 立派な火鉢が置かれていたり、重量級のテーブルがあったりして、一部屋一部屋に特徴のある、やっぱり「いいお宿」だ。
 網干がデザインされた飾り窓があったり、1枚板を鳳凰の形にくりぬいてあったりする。
 お部屋が立派だから当然廊下も立派で、曲がりくねった廊下は磨き込まれてピカピカに光っている。
 主だったお部屋の入口には説明書きがあるのも有り難い。
 また、望楼もあって、今は建物の間から僅かに覗く海も、当時はどん! という感じに見えていたのだろうなと思う。その昔は天城山も見えていたそうだ。

東海館東海館

東海館東海館

東海館東海館

 3月3日の桃の節句が近かったことから、120畳あるという大広間の一角に、たくさんのおひな様が飾られていた。テレビのニュースで見た千葉県勝浦市の神社の石段に飾られたひな飾りも「飾るのは大変だろうなぁ」と思っていたけれど、こちらも大変そうである。
 明治大正昭和各時代のおひな様が飾られている。大正時代のおひな様が一番時代がかって見えたのは、復古主義というのか懐古趣味というのか、大正モダンと同時に「昔を懐かしむ」という時代の雰囲気があったのかしらと思ったりした。

 また、重岡健治氏の彫刻作品の展示室もあった。
 按針メモリアルパークにある三浦按針の彫刻は、重岡氏の作品だそうだ。
 ブロンズや大理石など様々な素材を用いている方で、こちらには木彫の作品が多かったと思う。一つの木から輪になった人々を彫り抜いた感じの作品がいくつもあって「これ絶対に失敗できない奴!」と思った。

東海館東海館

 東海館は「松川遊歩道」沿いにあって、川の向こうから全景を見ることができる。きっと夏は川風で涼しかったのだろう。
 唐破風の玄関も立派で、鶴の彫刻が飾られている。
 この他に、「鎌倉殿の13人」にも出てきた伊東祐親の本拠地が伊東だったらしく(というか、伊東氏が根拠としていたから伊東という地名になったのだと思う)彼と八重姫に関する展示があったり、東海館を訪れた文人墨客の方々の作品が展示されたりしていた。
 1時間弱くらい、結構楽しめた。
 もう少しお腹に余裕があったら、畳敷きの喫茶室でお茶をいただいてみたかった。

東海館東海館

 駅に戻り、本日のお宿であるマストランプに電話してお迎えに来ていただき、16時過ぎにチェックインした。
 こちらでは二つの内湯と露天風呂があり、到着時にそれぞれ1回ずつ貸切の予約を入れることができる。19時半を過ぎたら追加の予約も可能だ。
 露天風呂は建物を出て1分くらい歩いたところにある。母に聞くと「面倒だから行かない」「夕食前にも行かない」と言う。
 それほど混むまいと、16時半からと21時から内湯を予約し、21時40分から露天風呂を予約した。朝風呂は19時半過ぎに予約を入れる心づもりである。

 お部屋はデラックスツインを予約していた。
 母は、テレビを目の前にしたソファが気に入ったようで、部屋にいるときはほぼほぼソファに座っていたと思う。
 浴場にはソープのみ置かれていて、タオルはお部屋から持参するようになっていた。化粧水等のアメニティはなかったので、持参する必要がある。
 お部屋の前には大きな桜の木があって、花の季節にはお部屋に居ながらにしてお花見が楽しめそうだ。

客室客室 

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2024.03.02

無事、帰宅する(伊東温泉)

 2024年3月1日から1泊2日で、母と伊東温泉に行って来た。

 1日目は伊東駅から徒歩約10分、今は重要文化財となっている元旅館の「東海館」を見学し、16時過ぎに宿に到着した。
 2日目は、小室山公園のつばき園を歩き、リフトで小室山に登って海の景色を楽しみ、お寿司のお昼をいただいて、「買わない」と言いつつ結構な量のお土産を購入して家路についた。

 今回の旅行費用は、一人分で約36700円だった。
 ここには、交通費(リフト含む)、宿代、飲食費、入館料が含まれているが、お土産代は含まれていない。

 また、1日目の歩数は5605歩、2日目の歩数は8417歩だった。

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2024.03.01

伊東温泉旅行に出発する

 2024年3月1日(金曜日)から1泊2日で母と伊東温泉に行ってくる。

 1週間前くらいからこの週末の天気が崩れる予報で、宿は予約していたものの、往復の交通手段や行程を考えていなかった。
 今日は何とか雨も上がりそうと分かり、「始発の東京駅から乗れば、特急踊り子号は自由席でいいよね」と思っていたら、東京駅が始発でない踊り子があったり、そもそも踊り子には自由席車両がないということが判明した。
 びっくりである。

 それならばと今さっき、えきねっとで行きの指定席特急券を購入した。

 出発2時間前くらいに何となく荷造りを始め、出発10分くらい前にやっと荷造りが終了した持ち物リストは以下に。

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2024.02.25

オマーン旅行記2日目その2

2023年12月29日(金曜日)

 12月29日は長い。
 15時半過ぎ、マイクロバスでダウ船クルーズに向けて出発する。
 この30分の間にガイドさんが調達してきてくれたチーズクロワッサン、チョコクロワッサン、オレンジジュースで昼食である。喉が渇いていたらしく、オレンジジュースがやたらと美味しい。

 15〜20分で港に到着した。
 我々が乗るクルーズのダウ船の他、クルーザーがたくさん停泊している。
 まだ乗船は始まっておらず、ヨーロピアンと思われる人たちが大勢集まっていた。添乗員さんによると、ヨーロッパから中近東は比較的近い「リゾート地」らしい。

ダウ船 16時くらいに乗船が始まった。
 どうやら今日は集客が良かったらしく、2階建ての大型のダウ船である。
 ガイドさんに「ダウ船のダウってどういう意味?」と質問した方がいらしたけれど、ガイドさんの答えは「ダウ船はダウ船だ」みたいな感じだったらしい。
 ドバイのクリークにたくさん停泊していた船のことも「ダウ船」と呼んでいた記憶だけれど、そういえば「ダウ」の意味なんて気にしたことはなかった。

ネコ島 ダウ船の1階と2階にベンチ式にぐるりと椅子が作り付けになっている。
 2階に上がると操縦席があった。船長さんから簡単な説明もあるという話で、そのまま2階で過ごすことにした。
 16時10分頃に出航した。意外と時間どおりである。
 出港してすぐ、「ネコ島」の横を通る。
 「ネコ島」という名前かどうかは知らないけれど、岩の一右上のところが、後ろ向きのネコのように見える。
 こういう「見立て」は万国共通らしい。

 デーツとカルダモンなどのスパイスの入ったオマニコーヒーのおもてなしなどいただきつつ、サンセットクルーズを楽しむ。
 風が気持ちいい。
 ウルトラライトダウンジャケットを羽織ってちょうどいいくらいだ。

ダウ船からの眺めダウ船からの眺め

ダウ船からの眺めダウ船からの眺め

 ダウ船は海岸線に沿って進み、船からは左下の写真のように王宮を見ることもできた。
 オマーン国内にはいくつかの王宮があって、マスカットにあるこのアラム・パレスは主に外国からの国賓のために使われているそうだ。
 この王宮を挟むようにジャラリ・フォートとミラニ・フォートという二つの砦があり、日が落ちた後は王宮とともにライトアップされていた。

 ジャラリ・フォートとミラニ・フォートの他にも、ダウ船が進むにつれ、海沿いに作られたが見えた。
 いくつもあった砦のうち、中に入ることができるものもあって人が歩いている姿が見えた。展望台のようにもなっていたのかも知れない。
 16世紀の前半のマスカットはポルトガルに支配されており、その後もインド洋貿易の利権を巡っての争いがあったそうだから、海沿いに砦が並んでいることも頷ける。

 また、砦とともに香炉を模したモニュメントも望むことができる。
 乳香(フランキンセンス)はオマーンの特産品で、樹木から採取される固形の樹脂だ。茶香炉と同じように温めて香りを漂わせことができる。その際に使う香炉をモニュメントにしたという。
 このモニュメントも日没後はくるくると色を変えてライトアップされていた。

王宮 約2時間のサンセットクルーズを終え、ダウ船は18時10分過ぎに港に戻った。「クルーズに2時間?!」と聞いたときは驚いたけれど、なかなか楽しかった。
 バスでムトラ・スークに行く途中、ライトアップされた王宮に寄り道してくれた。
 王宮の鉄製の門には、日本の真っ直ぐな剣の上にハンジャルと呼ばれる半月刀がデザインされたオマーンの国章が飾られている。
 添乗員さんに、オマーン国王に日本人の王妃がいたと聞いて驚いた。そんなエピソードは「地球の歩き方」にも載ってなかった、ような気がする。

 その後、(こういうときこそチャットGPIの出番かと思いつつ)Google先生に聞いたところでは、1932年に若くして退位したオマーンのスルタン(国王)タイムール・ビン・ファイサルが来日し、神戸のダンスホールで日本人女性と知り合い、結婚したそうだ。
 女の子が生まれ日本で暮らしていたが、夫人は結核で亡くなった後、元国王はオマーンにいる第一妃に娘を預け、自身はインドのボンベイで暮らしていたらしい。割と酷い。
 その王女はオマーンで存命だという。1935年生まれだから90歳近い。

 オマーン王家と日本の意外な関わりのお話を聞きながらバスに戻り、ムトラスークに向かった。
 まずは両替である。
 店頭表示によると、このとき、100米ドルが38オマーンリアルだった。(米ドルが旧紙幣だと36オマーンリアルに下がるらしかった。)
 1米ドルが大体145円くらいだったから、1オマーンリアルは380円くらいである。高い。
 大体どこでもカードが使えます、お酒はほとんど飲めません、オマーンにはあまりお土産っぽいものはありません、あってもオマーン産のものはさらに少ないですと言われつつ、60ドルを両替した。

20231229_192637 軍資金を仕入れたところで、ムトラスークで19時10分から40分間のフリータイムである。
 最初にフランキンセンスのお店を見学した。
 店頭ではフランキンセンスが香炉で温められ、「もくもく」と言いたくなるような煙を出していた。香りも独特で、これを日本に買って帰って使うのはかなりハードルが高そうだ。
 白っぽいものほど質が高いという。

 買うかどうかは後で考えようと、スークの奥に進んでみる。
 暑い国のスークだから、今頃の時間帯が本番である。観光客も多い。
 お土産物屋さん、洋服屋さん、テーラー、ゴールドのアクセサリを扱っているお店もある。「まぁいいかな」と思いながら歩いていたせいか、特にお買い物をすることなく集合時刻までぶらぶらした。
 ツアーには、香辛料やコーヒーを購入したという方がいらして、お買い物上手だわと思う。

夕食(メインディッシュ)ホムスとノンアルコールビール ムトラスーク入口から歩いてすぐのところにある「Royal House」というイエメン料理(と言っていたと思う)のお店で20時頃から夕食をいただいた。
 「おぉ! ノンアルコールビールがある!」とオーダーする。ツアーの方が調べてくださったところによるとオランダ産であるらしい。
 美味しい。

 夕食のメニューは、ホブス(パン)、ホムス(ひよこ豆のペースト)、トマトとキュウリのサラダ、ライス、野菜のカレー、タンドリーチキン、白身魚の唐揚げだった。
 これが意外と美味しくて、見なしてぱくぱくいただいた。
 お店の照明が何故かブルーが基調になっており、写真に撮っても美味しそうに撮れないところが惜しい。
 1時間くらいかけてゆっくりいただいた。

 夕食が出てくるまでの時間を利用して翌日の案内があった。
 その際、「明日泊まるホテルで、クリスマス休暇でポーターがいない。駐車場からホテルまで数十段の階段があってキャリーケースを転がせない。袋を用意するので1泊2日用に荷物を別に用意してほしい」という話があって、ブーイングの嵐となる。
 今から? とか、明後日のキャニオニングのことまで考えてこれから荷造り? とか、1泊2日用に分けたとしてもそんなに荷物は減らない、とか、必要なものを絶対に忘れる自信がある、とか。
 結局、「何とかします」という結論になった。申し訳ない。でも、本当に無理だ。

ホテルの部屋 食事を終えて、21時半前にムトラホテルに戻った。
 ホテルの部屋はダブルルームで、ビジネスホテルっぽい造りだなと思う。
 シャワーを浴び、洗濯をし、ドライヤーを持参して良かったと思いつつ髪を乾かし、wi-fiに接続してメールチェックし、充電し、荷物整理をする。
 バスタブがないのは想定内だったけど、バスタオルがあるのにタオルがないのは想定外だった。
 窓の外から音楽が聞こえていて、一晩中続いたらどうしようと思っていたら、22時過ぎに止んだ。助かった。

 今日は長い1日だった。
 荷物も何もかもやりっぱなしのまま、23時過ぎに就寝した。

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