奥入瀬旅行記の入口を作る
ここは、2019年8月に、母とツアーに参加して奥入瀬を歩いた旅行記の入口である。
以下の日程をクリックすると、それぞれの旅行記に飛べるようになっている。
2019年8月31日(土曜日)
ロープウエー乗り場の辺りから見下ろすと、手前の緑は鮮やかなものの、奥の山は霞んでいる。確か、山麓駅の看板では「視界50m」の表示が出ていたと思う。
反対方向を見ると八戸市街が見え、視界が良ければその向こうに海も見えるらしい。今は残念ながら霞んでいる。
お天気はいいのになぁと思う。
10時40分に山麓駅に到着したら、そこには「運休」の看板が立っていた。
それほど強い風とも思わなかったけれど、風速25m以上になっていたらしい。
ロープウエーが若干揺れたのはそのためだったのか! と思う。
次の便に乗ろうとしていたら、山頂駅に置き去りになっていたんだろうか。間に合って良かったと思う。
添乗員さんも「みなさん素晴らしいですね!」とほっと一息ついていた。
バスは黒石市の中町こみせ通りに向かう。黒石観光協会のホームページによると、中町こみせ通りは、日本の道百選に選ばれ、重要伝統的建造物群保存地区にも選定されているそうだ。
ここでお昼ごはんを食べ、散策タイムも設けられている。
お昼ごはんは、こみせ通りの中ほどにある和風レストラン御幸でいただいた。
7時半くらいに朝食を食べ、ロープウエーに乗り、30分くらい歩き、あとはバスに乗っていただけのお腹はほとんど減っていない。
まだ11時半である。
流石に全部をいただくことはできず、何とも申し訳なかった。
食後、こみせ通りを散策した。
とはいっても、それほど長い「通り」ではない。屋根のある部分だけなら、端から端まで10分もかからずに歩けると思う。
杉玉は茶色かったから、新酒の時期はとっくに過ぎたか、もしかしたら次の新酒の時期が近づいて来たくらいのタイミングだったのかも知れない。
アーケードの中は板塀っぽいものがが建てられていて、そこにレトロな感じのポスターなどが貼られている。
一角にあった鳴海醸造店にお邪魔すると、そこは「菊乃井」の醸造元だった。
と書いてみたものの、実は「菊乃井」という日本酒を私は知らないと思う。こちらに来ると知っていたら、昨日、父へのお土産の日本酒を買わないでおいたのになぁと思う。
創業が1806年で、母屋は1700年代に建てられたと推測されているらしい。
お庭も立派で、こちらは明治20年頃の作庭だという。
お店のお母さんが畳のお部屋にあげてくださり、縁側からのお庭の眺めを楽しませてくださった。
その和室の手前には昔の帳場も残されていて、ここでドラマの撮影ができちゃいそうだと思う。
旧松ノ湯は、明治44年に営業を始めた銭湯で、しかし建物自体はそれより以前のものだという。
普通の民家として建てて、銭湯に改装したということだろうか。よく分からない。
今は「松ノ湯交流館」として浴槽や洗い場部分を残してそこで宣伝映像を流したり、ちょっとしたお土産物屋があったり、観光案内をしてくれたりする場所になっている。
また、この松ノ湯では、松の木がひさし屋根から突き出している。
この松は樹齢300年と推定されているそうだから、松の木が先にあり、そこに建物を建て、銭湯として使うようになり、この松の木があることから「松ノ湯」と名付けられた、ということだろう。
この黒松に触るといいことがあると言われている。もちろんしっかりと木の幹に手のひらを押しつけるようにして触って来た。
何か温かい感じの木肌だった。
12時半にこみせ通りを出発し、15分くらいで津軽工芸伝承館に到着した。
ここが最後の「観光スポット」で、伝承館の中にある「津軽三味線じょんがら劇場」では、我々のために津軽三味線を演奏してくださった。
「動画はご遠慮ください」「写真撮影は可能です」と案内がある。しかし、もの凄く近いところで演奏される三味線の音もじょんがら節の歌も迫力で、カメラを構える隙もなかった。
土蔵のような建物で、音響も相当良かったと思う。
10分くらいのステージの後は13時30分まで自由時間である。
藁を編む様子が展示されていたり、ねぷたのミニチュアが展示されていたり、裂織りや津軽塗りの工房があったりする。
足湯もある。靴を脱いで靴下を脱いで、足湯を使って、タオルで拭いて、というのが面倒くさいのでパスする。
昨日の立ち寄り湯もそうだけれど、足湯にも「事前の心構え」的なものが必要だ。
全ての観光をこなした後、バスは一路、盛岡駅を目指す。
途中、岩手山SAでトイレ休憩があった。SAから、岩手山がよく見える。
バスガイドさんが、「今回の旅では、盛岡駅発着だけれど、岩手県の観光地にどこにも寄っていない。また岩手県にも来てください。」と盛んに売り込んでいた。
東北四大祭は、「青森のねぶた」「仙台の七夕」「秋田の竿灯」に加えて「岩手のさんさ」だとガイドさんは言っていた。今WIKIを見たところでは、「岩手のさんさ」よりも「山形の花笠」を加える方が一般的らしい。
四大祭の選出はともかくとして、ガイドさんが、さんさ祭りにちなんだ民謡を歌ってくださった。美声である。
バスガイドさんは歌(それも民謡)が上手くないと務まらないのだわと思う。
この日はちょうど大曲の花火の日で、ガイドさんは、この辺りの観光バスや車は全部大曲方面に向かったからこの道が空いているのかしらと言っていた。
大曲の花火も行ってみたいけれど、バスを停める駐車場から花火大会の会場まで30分〜1時間歩くと聞いてくらっとした。
花火大会の会場周辺はかなり夜遅くまで交通規制が敷かれるため、会場近くまでバスで行くと、終了後になかなか帰って来られなくなってしまうらしい。
そんな訳で、順調にバスが走ったおかげで駅での時間がたっぷりあることになり、バスガイドさんから色々な「お土産案内」があった。
まずは何はともあれかもめの玉子らしい。
そして、「私が一番好き」な麺類として、白龍(ぱいろん)の盛岡じゃじゃ麺が熱烈に紹介された。彼女が語るととても美味しそうに聞こえて困る。
盛岡駅には16時前に到着した。17時50分の新幹線乗車まで2時間近くある。
再集合は17時半と指定された。まずはコインロッカーに荷物を預け、お土産物屋さんを見て回る。
意外と「休憩できそうな喫茶店」を探すのに手間取り、最終的にタリーズでアイスコーヒーをいただいた。後から「小岩井農場のアンテナショップ的な感じのお店が駅構内にあったんだから、そこでソフトクリームを食べれば良かった!」と思った。これこそ「後の祭り」というものである。
「新幹線車内で夕食を食べるにはちょっと時間が早いよね。」「お腹もそんなに空いていないね。」と母と意見が一致し、車中で食べるおやつに小さいカップに入ったレアチーズケーキを購入する。
みなさん時間を持て余していたようで、17時半よりも少し早めに全員が揃い、新幹線のホームに上がってもまだ17時半になっていなかったと思う。
18時半前くらいに夕焼けを眺めつつチーズケーキをいただき、あとはひたすら爆睡して上野駅まで帰った。
我々は上野で途中下車である。
大宮で降りた人は結構いたけれど、上野で降りたのは我々だけだったかも知れない。
上野駅構内の洋食や 三代目 たいめいけんで、「お腹が空いていない。」とか何とか言いながら、母はハヤシライスを、私はオムライスをぺろりと平らげ、帰宅した。
お天気にというか、悪運に恵まれた、なかなか充実した旅行だった。
次に行くときは、透明な綺麗な水の奥入瀬渓流沿いをとことん歩きたいと思う。
奥入瀬旅行記3日目その1 <-
2019年8月31日(土曜日)
雨の音が気になって何度も目を覚ましては窓から外をのぞき込んだ。4時半に起床したときには雨は上がっていたようだ。
4時40分に西館の玄関に集合すると、スタッフの方から「長靴に履き替えた方がいいですよ。」と言ってもらい、玄関脇のスペースから長靴をお借りする。
ついでに外に出てみると、タンクトップに長袖を羽織ってちょうどいいくらいの気温である。
参加者は意外と多く、マイクロバス2台での出発だった。30人はいたと思う。
バスで三乱の流れまで行き、石ヶ度休憩所まで各自で歩く。休憩所手前で、スタッフの方が温かい飲み物を用意してくださっているという趣向だ。
5時過ぎに歩き始めたときには、(これでも)大分明るくなっていた。
昨日は朝から雨が降り、日も出ないから真っ暗で、しかし参加者のみなさんは長靴に傘を差してしっかりと歩かれたという。
雨だったら行くのはやめようと思っていた私とはえらい違いである。
足下はやはりまだ昨日の雨の影響が残っていて、結構ぬかるんでいる。長靴をお借りして正解だ。
行きのバスの中で「水滴やコケに注目してください。」というお話があったのを思い出し、ちょいちょい写真を撮りながら歩いていたら、あっという間に取り残された。
みなさん、早い。
完全に一人旅になって、のんびりと歩く。動物の気配もないし、特に怖いことはない。
とはいうものの、20分も歩かないうちに終点の「モーニングカフェ」に到着した。
遊歩道沿いにテーブルを出し、ランタンを置き、コーヒーサーバが用意されている。
温かいコーヒーが美味しい。
5時40分集合と案内があり、そのまま散策を続ける。
昨日から一晩でこれだけ水の色が綺麗になっている。凄い。
確か、夜間は水門を閉じて奥入瀬の流れを止めると言っていたから、十和田湖からの水が綺麗になったというよりは、支流から流れ込む水が澄んできたのだと思う。
石ヶ戸の瀬まで行ってみると、木々は青々として美しく、水の流れも透明感を取り戻していた。
朝の清々しい空気もあり、大満足の「渓流モーニングカフェ」になった。
参加者の中には「このまま雲井の滝まで歩いて来ます」という方もいらっしゃって、羨ましい。ツアーの出発時刻が遅かったら私も同じように歩きたかったなぁと思う。
バスに戻り、6時過ぎにホテルに到着した。5時50分ホテル着の予定だったけれど、石ヶ戸出発前に「二人足りない!」としばらく探していた分、到着も遅れた。
改めて時間厳守を肝に銘じる。
ホテル到着後、お借りした長靴を外の水道で洗って返す。昨日、バスから見えた光景は長靴を洗っていたのか、と合点する。
部屋に戻ると母が起き出しており、そのまま渓流露天風呂に行った。
流石にちょっと体が冷えていたようで、温泉が嬉しい。温泉でしっかり温まり、ついでにお部屋の足マッサージ器を再び活用し、復活である。
体も温まったところで、7時過ぎにレストランに行った。
朝食の写真だけ縦横比が違うのは、うっかりレストランにカメラを持って行くのを忘れてしまい、母のスマホを借りて撮影したからである。
右下の白い容れものは3種類ともりんごジャムである。
ジュースはもちろんりんごジュースだし、朝食もりんご尽くしだ。
ビュッフェ用のお皿に控えめに盛ったのは、りんごのパンケーキをたくさん食べるための作戦である。
ライブキッチンのコーナーでシェフがパンケーキを焼いていて、焼きたてをいただくことができる。
確か、2枚は食べたと思う。
生地にもりんごが入り、りんごのソースがかかっていて、生クリームが添えられる。
濃いめのコーヒーに合って、とても美味しかった。
昨夜のうちにお土産は全て購入していたものの、「これがラストチャンス」と思うと、レストランからの帰りにもまた寄ってしまう。
全く上手い位置に置かれたお土産物屋である。
後で知ったところでは、こちらで売られているもののうち、朝のレストランでいただいたジャムだけでなく、お菓子類にも星野リゾートオリジナルの商品がいくつも含まれていたようだ。
宣伝してくれたらもっと買っていたのに! と勝手なことを思う。
少し早めの8時15分にチェックアウトし、ラウンジで寛いだり、外に出て写真を撮ったりしていたら、あっという間に集合の8時45分になった。
17時間滞在って短い、もっと居たい、と思う。
しかし容赦なくバスは出発し、再びブナの林を抜けて、八甲田ロープウエーの乗り場に向かった。
9時25分頃に到着し、9時40分発のロープウエーに乗った。帰りは10時20分の便に「絶対に」乗ってくださいと添乗員さんが強調する。
この時点での風速は12.2mで、これが25mを超えると運行休止になる。
バスガイドさんがここまでの道中で心配し、添乗員さんが帰りの便を強調していたのは、この「風速」を警戒していたためのようだ。
八甲田の「八」は「多い」という意味で、実際に「八甲田山」という山がある訳ではない。
従って、ロープウエーの「山頂駅」も「八甲田山山頂」ではなく「田茂萢岳山頂」の意味である。八甲田山を眺めるのにいい場所にあるロープウエー、ということになる。ややこしい。
八甲田山は、左から赤倉岳、井戸岳、大岳と並び、この大岳が中心となった10余の山々のことをいう。
母はこの八甲田に来ることを楽しみにしていて、まずはロープウエーに乗ることができて良かったと思う。
10時20分の帰りのロープウエーに乗るにはギリギリだなと思いつつ、折角来たので、山頂駅から出ている散策コースのうち所要30分のコースを歩き始めた。
こちらのコースを歩けば、湿原を遠目なりと見ることができる。
結構な早足で30分コースを満喫し、割と余裕を持って10時20分発の下りのロープウエーに間に合うよう山頂駅に戻った。
奥入瀬旅行記2日目その2 <- -> 奥入瀬旅行記3日目その2
2019年8月30日(金曜日)
石ヶ度休憩所でバスに乗り、20分ほどで本日のお昼をいただく蔦温泉旅館に到着した。
奥入瀬から蔦温泉までの道筋はブナ林が続き、ガイドさんは、時期になると黄葉が素晴らしく綺麗で、かつもの凄く渋滞する道だとおっしゃる。
蔦温泉では1時間40分取ってあって、昼食後に日帰り入浴で温泉に入っても良し、歩いて10分ほどの蔦沼まで行って来るも良し、という説明があった。
この蔦沼も綺麗なところで、紅葉の名所らしい。JRのポスターに採用されたこともある。
蔦温泉旅館ではまず、12時過ぎから畳敷きにテーブルとイスというお部屋で昼食をいただいた。
ごはんにイワナの塩焼き、鱒のお刺身にきのこ汁という和食の献立だ。青森っぽいかどうかはともかく、山の温泉っぽいごはんだったと思う。
あまり好きではない筈のきのこ汁がとても美味しかった。
滋味、という感じである。
母と相談し、「我々二人では、所要10分と言われた蔦沼までの道を10分で歩くことはできまい(何故ならすぐ道草を食うから)」という判断で、ゆっくり日帰り入浴を楽しむことにした。
蔦温泉旅館では、湯船の底から温泉が湧いているという話を聞いた覚えがあった。それはぜひ味わってみたい。
旅館の入口に戻って日帰り入浴を申し出ると、このツアー参加者からは入浴料はいただいていませんというお返事だった。タオルを購入し、有料のバスタオルをお借りして、泉響の湯と名付けられた大浴場に向かった。
湯船の底から温泉が湧いている。「源泉掛け流し」ならぬ「源泉湧き流し」という説明書きがある。確かに、と思う。
大浴場は天井が高く、広さの割に開放感がある。
湯船に浸かっていると、底板の間から熱いお湯が少しずつ「ぽこぽこ」といった感じで湧いているのが判る。
一種の蒸し風呂っぽい感じになっていて、結構熱い。長湯の私もそこまでの長湯はできなかったのが残念である。
母など、あっという間に上がっていた。
畳敷きの休憩所があり、お水などが用意されていて有難い。
蔦温泉旅館を出発し、20分ほどで本日のお宿である奥入瀬渓流ホテルに到着した。何しろツアーのうたい文句が「奥入瀬渓流ホテルに17時間滞在」だから、チェックインも早い。
お部屋は「なごみ和室」だった。とても広い。
添乗員さん曰く、帰りの新幹線で二人の席が離れてしまったので、その「埋め合わせ」の一環だという。
母も私もどうせ帰りの電車では爆睡するだろうし、席が離れたところで何の問題もない。はいはいと有難く了解した。
お部屋に用意されていたお菓子とお茶で休憩し、15時発のバスで「八重九重の湯」に行こうと相談がまとまる。
奥入瀬渓流ホテルには少し離れたところに混浴の露天風呂があり、バスの送迎がある。せっかくなら明るいうちに露天風呂を味わいたい。
バスに乗る前、アクティビティ・デスクで「渓流モーニングカフェ」を予約した。17時間滞在といえど我々ツアー客は忙しく、ホテル主催のアクティビティに参加する時間はほとんどないのが残念である。
ホテルのマイクロバスに乗ること数分で「八重九重の湯」に到着した。
母と私はのように館内着でもある作務衣に着替えてサンダルを履いているのは少数派で、お洋服のままの方が多かった。
露天風呂に入る頃には青空が覗いたのが嬉しい。
八重九重の湯は混浴になっていて、湯浴み着が用意されている。女性用のワンピースみたいな茶色い湯浴み着は半ズボンのようなものとセットになっていて、かなり厚手の生地なので安心感がある。
バスには同じツアーの方もちらほらいらっしゃって、「この湯浴み着はどうやって着るんだろう?」「どことどこのヒモを結ぶの?」と大騒ぎしつつ着替え、露天風呂に出た。
白濁したお湯で、露天風呂からは「九重の瀧」を見ることができる。「八重の瀧」はなさそうである。
今の日本の法律では新たに混浴風呂を設けることは禁止されていて、「今ある混浴の湯を守らなければ、混浴の文化がなくなってしまう」という説明は、行き帰りのバスの中で聞いたのだと思う。
戻りのバスの時間に合わせて上がり、休憩所でサービスのアイスキャンデーをいただく。
バスを待つ間、外に出て、紅葉(?)している葉っぱの写真を撮る。「暑くない」のが有難い。
16時15分のバスでホテルに戻り、そのまま西ラウンジで休憩した。
ラウンジにはフリードリンクバーがあって、りんご茶・ゴボウ茶・紅茶と3種類のティーバッグが用意されている。
私はりんご茶を選んでほのかな甘みに満足した。美味しい。母は何故か果敢にゴボウ茶にチャレンジし「ゴボウの味がする」と当たり前の感想を述べていた。
窓際のソファからは渓流がちらほらと見えて、なかなか居心地の良いラウンジだった。
りんご茶のティーバッグをひとついただいてお部屋に持って帰り、水のペットボトルに入れて水出しりんご茶にし、明日持って行けるように用意する。
そうこうしているうちに17時過ぎくらいからまたも雨が降り出した。
今日は一日、お天気に一喜一憂している気がする。
それでも、奥入瀬渓流を歩いているときに雨に降られたのは10分程度で、しかも木々が茂る辺りだったのでほとんど雨に打たれることはなかったし、今も露天風呂から帰ってきたところでの降雨だし、何だかんだ恵まれていると思う。こういうのも「悪運が強い」と言う煮違いない。
17時半からの夕食は「青森りんごキッチン」でのビュフェである。
母と二人、りんごのワインをいただく。確かフジを使ったワインだったと思う。
ビュフェのお料理はりんごを使ったものが多い。野菜を薄く輪切りにしただけのサラダや、りんごのピクルスがかなり美味しい。
ビュフェのお料理で心躍るのは、やはり、シェフの方々がその場で焼いてくださっているお料理の数々である。
途中で八戸酒造の陸奥八仙という日本酒に切り替え、りんごのソースのかかったポークや帆立のバジルバター焼き、ビーフステーキなどなどをしこたまいただいた。
しかし、である。
ここに来て、焼きたてのアップルパイを食べない訳には行かない。
もちろん、一つだけ食べるなんてあり得ない。
焼きたてのアップルパイの横にソフトクリーム用のコーンがセットされていて、ソフトクリームは自分で作るようになっている。
バスガイドさんは五つだったか七つだったか、いただいたことがあったと言っていたような記憶がうっすらある。
その記録に挑戦したいところだけれど、既にお腹は一杯である。
コーヒーと一緒に、二ついただいたところで「もうこれ以上は入りません」というお腹になった。
東館のラウンジもまた岡村太郎の作品に彩られている。
こちらは「森の神話」と名付けられていて、どちらも「ニンフ」「妖精」がモチーフになっている。
パンフレットなどに使われているのは概ねこちらの写真だと思う。どうしてだろう???
お土産物屋さんをうろうろしつつ西館に戻り、ラウンジで19時から開催される森の学校に参加した。
「森の学校」では奥入瀬についてのお話を30分くらい聞くことができる。
講師は日替わり、お話の内容も変わるらしい。この日の講師はおいけんというNPO法人のガイドさん(だったと思う)が担当されていた。
こんな感じのお話をお伺いできたと思う。
・奥入瀬には、300種類に及ぶコケがあること
・十和田湖の水源は雨と八甲田山系の雪解け水で十和田湖から流れ出る川は1本しかないこと
・十和田湖から流れ出る川の上流1/5ほど(約14km)を「奥入瀬渓流」と呼んでいること
・十和田湖は概ね山手線の内側と同じくらいの面積があること
・十和田湖は約15000年前に決壊し、1秒間に30万トンの水が流れ出る大洪水が起きて水位が100m下がったこと
・奥入瀬は岩だらけの深い谷で植物は育ちにくいが、水が豊富でコケの生育には適していること
・奥入瀬渓流の上流は滝が見どころで、名前を持つ滝の8割が上流にあること
奥入瀬渓流の中流は「流れ」「瀬」が見どころであること
奥入瀬渓流の下流の見どころはブナの森で、かつ遊歩道が車道から遠いためゆっくり歩けること
・地衣類とは、菌類と藻類が共生しているもので、かつ適応性が非常に高いこと
地衣類は、地上で一番古い生き物である、かも知れないこと(大体、6億年前)
続いて、星空鑑賞会の予定が組まれていた。残念ながら本格的な雨になっていて星空など拝める訳がない。
同じ場所で「星の学校」が開かれると案内があり、フリードリンクのコーヒーを飲みつつ引き続き参加することにした。
ここ4日、連続で星が見られていないそうだ。せっかくの新月なのに残念である。
「星の学校」は星座の話がメインで、先生役の若い女性スタッフが終始緊張している感じで微笑ましかった。
・星座は5000年前にメソポタミアで始まったこと
・9世紀にプトレマイオスにより48の星座が規定され、その後16〜18世紀に星座が乱立して夜空が星座だらけになったこと
・1930年に国際天文学連合が「星座は88個」と整理したこと
このうち日本では68個(くらい)の星座を見ることができること
・生まれの星座は、大体、生まれる4ヵ月前の空にあること
あと、こと座にまつわる「星の神話」を話してくださったのに、どんなお話だったかすっかり忘れてしまった。
ケルベロスとかハデスという名前が出ていたから、地獄にまつわる神話だったのだと思う。
20時過ぎに星の学校が終了し、お部屋で一休みした後、今度は館内にある渓流露天風呂に行った。
こちらは無色透明のお湯である。
露天風呂に出てみると雨が降っていた。露天風呂には屋根がなく、雨になるべく当たらないような場所を探しつつ、雨の「「温泉」を満喫した。
温泉からお部屋に戻る途中、お土産物屋さんに寄った。
何かと通ることの多い東館と西館を結ぶ廊下の辺りに配置しているところが上手いと思う。
このお土産物屋さんがかなりの品揃えで美味しそうなものもたくさんあり、母と次々にカゴに入れる。あまりにも重すぎて宅配便で送ってもらうことにした。
お部屋に戻り、部屋備え付けの足マッサージ器を母と交代で有効活用し、明日は4時半起きの私は早めに就寝することにした。
22時前にはお布団に入ったと思う。
奥入瀬旅行記2日目その1 <- -> 奥入瀬旅行記3日目その1
2019年8月30日(金曜日)
朝起きたら、そこは大雨だった。
本当にそんな感じである。5時45分に目が覚めて、外を見たらそこは大雨だった。
起き抜けですぐ露天風呂に行き、体を温める。
もちろん、露天風呂から外を見たところで、やはり大雨である。
6時50分くらいから朝食を食べに行く。
せっかく青森県(十和田プリンスホテルは秋田県にあるとはいえ)に来たのだからと、りんごカレー、りんごと豆乳のスープ、りんごジュース、りんごのフレンチトーストにサラダというりんご尽くしの朝食メニューを作った。
ヨーグルトに添えたジャムをブドウジャムにしたところが、我ながら惜しい。
朝食を食べ終える頃には雨もあがったようだ。ホテルの庭に出て少し散歩する。
目の前は十和田湖である。
湖に緑の芝生、木々も爽やかで「晴れていればさぞや」というロケーションである。
雨は落ちていなかったものの、芝生はもちろん濡れていて、足下がバシャバシャする。
お部屋に戻り、備え付けのコーヒーミルで豆を挽いて食後のコーヒーと洒落る。
できることは全部やらなくっちゃ、いただけるものは全部いただかなくっちゃ、という貧乏性のなせる業だ。
「なつぞら」を見ながらしばしリラックスである。
朝起きてからずっと空を見上げてはお天気に一喜一憂している。朝からというよりは、昨日から一喜一憂しかしていないかも知れない。
チェックアウト前、ふと気がついて露天風呂に行ってみたところ誰もいなかった。
靴下を脱いで、少しだけお湯に浸かって足湯気分を楽しむ。
お庭に出てみると、雨は何とかあがり、若干、空も明るくなってきたようである。
何とかこのまま降られることなく保っていただきたい。
9時にホテルを出発し、バスで移動して子ノ口に到着したのが9時25分くらいだった。
ここで奥入瀬渓流を案内してくださるガイドさんと合流し、かつトイレ休憩を取る。
雨がまたポツポツ降り出し、かつガイドさんお二人はレインウエアに身を固めていらっしゃるし、口を揃えて「足下が悪いので気を付けてくださいね。」とおっしゃる。
子ノ口から歩き出すのかと思ったらそうではなく、再びバスに乗り込んで、銚子大滝まで行った。
9時45分、舗装されつつもかなり水たまりが出来ているところから歩き始める。
とりあえず、雨が落ちていないのが有難い。
2班に分かれ、それぞれにガイドさんが付く。ガイディングレシーバーも用意され、少し離れてしまっても説明を聞くことができる。
歩き始めてすぐ、銚子大滝に出会った。
銚子大滝は奥入瀬の本流にかかる唯一の滝である。奥入瀬渓流は滝が多いイメージだったので意外である。
写真では低く見えるし、実際に見たときもそれほど高さがあるとは思わなかったけれど、高さは7mある。
幅も20mあり、イメージよりもずっと実寸の大きな滝である。
十和田湖は注ぎ込む川を持たず、奥入瀬も含めて十和田湖から「流れ出る」川しか持っていない。
奥入瀬渓流も、十和田湖から流れ出している川である。
ガイドブックなどでは「奥入瀬を遡るように」歩くことを推奨しているけれど、今回のツアーでは逆に奥入瀬の流れに沿って歩く。
この滝は十和田湖に近いところにあり、お銚子のくびれたところのような役割を果たしているという説明があった。
渓流沿いにはもみじなどもあって、紅葉の時期にはさぞやと思う。
この辺りでは、時々日も差してきて、その明るさが嬉しい。
15分も歩かないうちに九段の滝に到着する。地層の複雑さが「九段」になって落ちる滝を生んだそうだ。
この辺りはまだ上流なので、渓流の水もまだそこそこ見られる色をしている。
奥入瀬渓流では、夜の間は水門を閉じていて、朝になると開く。
昨夜から今朝にかけて雨がかなり降ったので、支流がかなり濁っており、下流に行くに従ってさらに水が茶色くなって行くことになる。
ガイドさんたちは、透明な流れを普段から目にしていらっしゃるからか、今年の夏は非常に雨が少なくてその数少ない雨に当たった我々がかなり気の毒だったようで、渓流よりもお花など植物の説明に力を入れてくださっていたように思う。
多分、左上からジャコウソウ、地衣類、左下からゼンマイ、ツリガネソウである。
水滴を受けた風情が可憐である。
地衣類がいる場所には、シダは生えることができないと教えてもらった。
姉妹滝、双白髪の滝(多分、写真左)、不老の滝と続き、白糸の滝(写真右)で、ツアーの奥入瀬渓流歩きの前半が終了した。
昨日は大雨だったとはいえ、夏の水不足はかなりのもので、奥入瀬を流れる水はかなり少なめである。
白糸の滝の辺りでも、砂利が見えているところは、普段は川の一部だと案内があった。
白糸の滝から5分くらいバスに揺られ、阿修羅の流れの辺りから奥入瀬渓流歩きが再開された。
歩いているときは、とにかく大雨の中ではなかったことが有難くてあまり判っていなかったけれど、こうして写真を見るとガイドさんたちが我々一行を気の毒がってくださっていた理由がよく分かる。
水が見事に茶色い。
しつこく繰り返す。とにかく水が茶色い。
水が茶色過ぎて、梅花藻も見えない。
見えないとなると見たくなるもので、川面に近いところからじーっと川底を見ようとがんばる。いくらがんばっても、ひたすら茶色い水が流れているだけだ。
奥入瀬に多いブナの木は、倒れてもなかなか分解されない。さらに川の中に倒れた木は片付けないことになっている。ガイドさんは、キノコがブナの木を分解するのをただひたすら待つのだとおっしゃる。
それはなかなか分解されないに違いない。
道路沿いの方を見ると、馬門岩が連なっている。
十和田神社に向かう人々が、ここで馬を繋いだことから「馬門岩」と呼ばれている。
ブラタモリ風にいうと、これらは「ヨウケツギョウカイガン(溶結凝灰岩)である。
火山岩が冷えるときに縮み、縮んだときにひびが入ったらしい。
奥入瀬渓流沿いの遊歩道は、一部は車道に出るところもあるし、渓流・遊歩道・車道が間隔なく並んでいる箇所も意外とある。
8月末はピークシーズンではないためか、それでも、車の音をうるさく思うことはほとんどなかった。
バスガイドさんによると、これが紅葉のシーズンになるとこの道はずらっと車が並びほとんど身動き取れない状況になるそうだ。
上左の白い花は多分「タカノツメ」で、右の黄色い花は「ミズヒキ」である。
下左はもう少し手前にあった「ハナイカダ」で最初に聞いたときは弘前城の花筏を思い浮かべて「何のこっちゃ」と思っていた。
下右は、水の奥の中島に生えている緑の草がポイントである。「トクサ」といって、名前のとおり、砥石のようにギザギザして痛いところからその名が付いた植物だ。
凍結して裂けてしまったブナの木を教えていただいたり、川沿いにしばらく屏風岩が続いたり、一部だけ気の早い葉っぱが黄葉していたり、この辺りになると日の光も差してきて、足下がぬかるんではいるものの、結構楽しく歩いていたように思う。
せっかくなら子ノ口までの14kmをゆっくり遡りたかったとも思う。母は次の日に「膝が痛い。もうあんなに長く歩けない。」等々と言っていたけれど、それは多分油断してサポータを省略したためだと思われる。川沿いだからほぼ平らだし、気候のいい時期なら楽勝で行けそうだ。
阿修羅の流れから45分ほどかけ、石ヶ戸の瀬の辺りもそこそこに11時30分くらいに石ヶ戸休憩所に到着した。
これで奥入瀬渓流散策は終了である。寂しい。
お手洗い休憩の後、再びバスに乗り込み、蔦温泉に向かった。
奥入瀬旅行記1日目 <- -> 奥入瀬旅行記2日目その2
2019年8月29日(木曜日)
少し早めに家を出た筈が、何故か上野駅到着はギリギリになった。
エキナカで、お昼のお弁当に母は笹の葉寿司を、私はチキン弁当を購入する。
東京駅発着のツアーで上野駅から合流する場合、新幹線の改札は入場券で入る必要がある。券売機(精算機)でも手続きは可能だと知っているのに、毎回忘れて窓口に並んでしまう。今度こそ覚えておこうと思う。
9時14分上野発のはやぶさ9号に乗り込むと添乗員さんがいらっしゃり、帰りのお弁当とお土産の注文票を渡された。必要なら盛岡に到着するまでに私にください、とのことだ。
母と相談し、駅で購入する時間もあるだろうし、とりあえず注文はしないことにした。
その後、私は11時18分の盛岡到着の少し前まで爆睡した。眠い。
バスガイドさんに迎えられ、そのままバスに案内される。ツアーメンバーは30名前後のようだ。
日差しは強いものの、風は冷たくて気持ちが良い。流石、東北である。
ミラコロは預かってもらい、レスポのボストンはそのまま車内に持ち込んだ。
11時半前にバスに乗り込んだ。それほど申込みが早かったとは思わないけれど、前から2番目の席だった。どうしてだろうと思っていたら、その謎は2泊目の夜に解けることになる。
新幹線に乗ったときからお腹が空いていた私は、早速チキン弁当を開いていただいた。
バスは順調に走る。
バスガイドさんが色々とお話ししてくださったあれこれが頭に残っていなくて、本当に申し訳ない。
確か、盛岡駅出発直後に見えた岩木山のお話などなどもあったと思う。
今回のツアーでは、バスは盛岡駅発着でバス会社も盛岡のバス会社さんでありつつ、岩手県内の観光場所が1カ所もないところもまた申し訳ない。
しばらく走って道の駅こさか七滝に到着した。
道の駅の道路を挟んだ反対側に、日本の滝百選にも選ばれているという「七滝」がある。
水車なども配置してあって、なかなか凝った演出が施されている。
滝壺近くまで行って水音や涼しさを楽しんだ後、道の駅に戻った。
バスガイドさんお勧めの山ぶどうソフトクリームをいただく。
お昼ごはんを食べたばかりだたし、今日の夕食は早めの17時半スタートと聞いていたので、母と二人で一つにした。
といっても、多くは私が食べていたと思う。
この後、時間とバスが進むにつれて空に雲がどんどん増えて行き、十和田湖を見晴らす展望台に着いたときにはすっかり「曇天」になっていた。
それでも、天気予報は3日間とも「雨」だったことを思えば上等である。
バスガイドさんから「ナナカマド」の木は7回竈で焼いても炭にならないくらい堅いからその名が付いたという説明があって、この展望台の駐車場にあったナナカマドの写真を撮る人が続出する。
バスガイドさんが嬉しそうにしていらした。
しかし、まぁ、普通のナナカマドである。
この展望台から十和田湖畔の休屋に行く途中、バスの中から小熊が見えたらしい。
見つけた方が「あっ!」と叫んだときにはもう森の中に入ってしまっていて、私は見ることができなかった。残念である。
14時半前に十和田湖遊覧船の乗り場に到着した。
14時40分発の中の海往復Bコースに乗船する。
このツアーでは遊覧船に乗ってそのまま本日の宿である十和田プリンスホテルにチェックインする行程が組まれているけれど、今年の十和田湖周辺は非常に雨が少なく、水量が少なくてホテルに船を着けることができないと説明があった。残念である。
この右側の写真は(かなり遠目の)十和田湖畔の乙女の像である。
私の中で「乙女の像」と「人魚姫の像」がごっちゃになっていたらしく、十和田湖の「乙女の像」は湖の中に立っていて乙女は一人なんだだと思い込んでいた。この像が「乙女の像」だという説明を聞いてかなり驚いたものである。
日差しがないせいか、船上は半袖Tシャツでは少し肌寒いくらいだ。ウィンドブレーカを羽織ってずっとデッキにいた。
これは紅葉の時期はさらに綺麗だろうなぁと思う。
十和田湖は雨水だけを水源とする湖でありながら、水深は最も深いところで326.8mもあり、日本で3番目に深い湖である。
遊覧船を降り、バスガイドさんの案内で「乙女の像」に向かった。
バスガイドさんの言うとおり、近くで見ると「乙女」という感じではない。何というか、乙女にしては迫力のありすぎる肉体美である。
この二つの女性像は一人の人物で、水面に映った様子を表しているという。最初から立地込みで構想されたということなんだろう。
高村光太郎作のこの像は智恵子がモデルになっているという説もあり、しかし、智恵子にしては迫力がありすぎだろうという異論も強い。
うん、そうだね、と思う。異論を述べている人に賛成だ。
「乙女の像」の前でツアーの集合写真撮影があった。
撮ったその場で「欲しいかも」と思った人はカードをもらい、写真屋さんはそのカードの数だけプリントしておくというシステムである。
なるほど、賢い! と思った。
もちろん、カードをここで貰っておいて、実物を見て「やっぱり止めます」というのもありだ。
「乙女の像」から湖畔をそのまま戻っても良いし、遊歩道があってそちらを行くこともできる。
遊歩道を進むと、木々の中に十和田神社があった。
十和田神社は、青龍が眠ると言われており、「青森県屈指のパワースポット」だという。
そう言われても、今ひとつパワースポットが何たるかを判っていない私には、あまりインパクトがない。
神社の創建は807年と古く、由緒ある神社であることは間違いない。
佇まいもいい感じである。
まさか今回のツアーで神社仏閣に立ち寄る機会があるとは思わず、御朱印帳を持参していなかったため、紙に書いた御朱印をいただいた。
また、後で知ったところでは、十和田神社の背後にある山道を少し登ったところに鉄のはしごがあり、そのはしごを下りると占い場があるらしい。
中の湖を見ることができ、そこに投じた「おより」の沈み方によって占トするという。
次の機会にはぜひその霊験あらたかな占いをやってみたい。
十和田湖畔の散策後、17時頃に本日の宿である十和田プリンスホテルにチェックインした。
窓際にはコーヒーミルなどコーヒーセットが用意され、てるてる坊主も添えられているのが可愛い。何しろ、明日の天気予報は雨(大雨!)である。
少しゆっくりしたいところではあるけれど、本日の夕食は早い。
一息入れてすぐレストランに行った。
本日の夕食はフレンチである。
「湖畔ディナー」と名付けられたコースはこんな感じである。 オードブルバリエ【東北のめぐみ】
十和田湖ひめますをスープ仕立てに
国産牛肉と比内地鶏、2種の味わい
サラダ
パン
本日のデザート(林檎の赤ワイン煮、チーズのムース、カシスシャーベット)
コーヒー
ヒメマスは、クリームスープに大きめの切り身が入っていて、なかなか凝った感じで美味しかった。
この辺りの名産らしい、小公子という山ぶどうの赤ワインをいただいた。飲みやすくて美味しい。
夕食をいただいている間に外はすっかり暗くなった。
食後にお庭に出てみたところ、湖畔に遊歩道があるようだ。少し歩いてみたかったけれど、流石に真っ暗で断念する。
少しだけホテルのお土産物屋さんを覗いた後、20時前に温泉に行った。
十和田プリンスホテルは、十和田湖西湖畔温泉を引いていて、露天風呂もある。
露天風呂の天井はかなり高い三角屋根になっていて、開放感があるのが嬉しい。流石に十和田湖まで来ると風が冷たくて、露天風呂ならいつまででも入っていられそうである。
ゆっくり温まった。
お風呂上がりに、ホテルのショップで買ってきた「金のねぶた」という林檎ジュースをいただく。
明日は早起きして朝風呂に行こうと早めに就寝した。
-> 奥入瀬旅行記2日目その1
2019年8月31日、無事、奥入瀬旅行から帰宅した。
「3日間とも雨かも!」と心配した割に、傘を差すことはほとんどなく、何だかんだ、いい感じの旅行だったと思う。
何より、ずっと「お天気は???」と気にしていたので、お天気以外のことを気にする余裕がなかったところが凄くいい。
母が「一回は泊まってみたい」と常々言っていた星野リゾートに泊まることができたのも良かった。
流石の快適さだった。
今回の旅行にかかった費用は、母と二人で行った一人分として、97700円だった。
ここには、ツアー代、集合場所までの交通費、御朱印代、おやつ代等は含まれるが、お土産代は含まれていない。
我ながら、かなり贅沢な旅行だった。
**−旅行記の入口はこちら− *100Q *200309ケニアのその後 *200309ケニアの始末 *200409ペルーのその後 *200409ペルーの始末 *200409ペルーの支度 *200501正月パスの始末 *200501正月パスの支度 *200503オーロラ(フィンランド)の始末 *200503オーロラ(フィンランド)の支度 *200503フィンランドのその後 *200506初島のその後 *200506初島の始末 *200506初島の支度 *200508アイスランドのその後 *200508アイスランドの始末 *200508アイスランドの支度 *200604熊野古道のその後 *200604熊野古道の始末 *200604熊野古道の支度 *200608モンゴルのその後 *200608モンゴルの始末 *200608モンゴルの支度 *200608修善寺のその後 *200608修善寺の始末 *200608修善寺の支度 *200705山寺の始末 *200705山寺の支度 *200706日光の始末 *200706日光の支度 *200710立山・黒部のその後 *200710立山・黒部の始末 *200710立山・黒部の支度 *200712エジプトのその後 *200712エジプトの始末 *200712エジプトの支度 *200802伊勢志摩のその後 *200802伊勢志摩の始末 *200802伊勢志摩の支度 *200805伊豆断食の始末 *200805伊豆断食の支度 *200808箱根のその後 *200808箱根の始末 *200808箱根の支度 *200809オーロラ(ホワイトホース)の始末 *200809オーロラ(ホワイトホース)の支度 *200809カナダのその後 *200902香港のその後 *200902香港の始末 *200902香港の支度 *200903ハトヤホテルの始末 *200903ハトヤホテルの支度 *200906奥日光の始末 *200906奥日光の支度 *200907裏磐梯の始末 *200907裏磐梯の支度 *200908ベネズエラの始末 *200908ベネズエラの支度 *200911袋田の滝の始末 *200911袋田の滝の支度 *201001河口湖の始末 *201001河口湖の支度 *201002永平寺と京都の始末 *201002永平寺と京都の支度 *201002永平寺のその後 *201005熱海の始末 *201005熱海の支度 *201005箱根の始末 *201005箱根の支度 *201008奥日光の始末 *201008奥日光の支度 *201009ヨルダンとエジプトの始末 *201009ヨルダンとエジプトの支度 *201009ヨルダンのその後 *201011日本平の始末 *201102知床流氷のその後 *201102知床流氷の始末 *201102知床流氷の支度 *201108白馬の始末 *201108白馬の支度 *201109ウズベキスタンのその後 *201109ウズベキスタンの始末 *201109ウズベキスタンの支度 *201110奥鬼怒の始末 *201110奥鬼怒の支度 *201111鹿児島の始末 *201111鹿児島の支度 *201112千倉の始末 *201112千倉の支度 *201112大阪と京都の始末 *201112大阪と京都の支度 *201202蔵王の始末 *201202蔵王の支度 *201203オーロラ(イエローナイフ)の始末 *201203オーロラ(イエローナイフ)の支度 *201205ひたちなかの始末 *201205ひたちなかの支度 *201205姥湯温泉の始末 *201205姥湯温泉の支度 *201206沼津の支度 *201207月山・鳥海山の始末 *201207月山・鳥海山の支度 *201208甲府の始末 *201208甲府の支度 *201212中米3ヶ国の始末 *201212中米3ヶ国の支度 *201302河津の始末 *201302河津の支度 *201303スパリゾートハワイアンズの始末 *201303スパリゾートハワイアンズの支度 *201304吉野山の始末 *201304吉野山の支度 *201306ハイダ・グアイ(カナダ)の始末 *201306ハイダ・グアイ(カナダ)の支度 *201307白馬の始末 *201307白馬の支度 *201310台湾の始末 *201310台湾の支度 *201311那須の始末 *201311那須の支度 *201404三春の始末 *201404三春の支度 *201406勝浦の始末 *201406勝浦の支度 *201407奥日光の始末 *201407奥日光の支度 *201408香港&クルーズの始末 *201408香港&クルーズの支度 *201410北斗星の始末 *201410北斗星の支度 *201501西伊豆の始末 *201501西伊豆の支度 *201503村杉温泉の始末 *201503村杉温泉の支度 *201505尾瀬の始末 *201505尾瀬の支度 *201505熱海の始末 *201505熱海の支度 *201508カムチャツカの始末 *201508カムチャツカの支度 *201508能登の始末 *201508能登の支度 *201602草津温泉のその後 *201602草津温泉の始末 *201602草津温泉の支度 *201603八重山のその後 *201603八重山の始末 *201603八重山の支度 *201605秩父の始末 *201605秩父の支度 *201605高尾山の始末 *201605高尾山の支度 *201608スリランカの始末 *201608スリランカの支度 *201611京都の始末 *201611京都の支度 *201703鬼怒川温泉の始末 *201703鬼怒川温泉の支度 *201704ひたちなかの始末 *201704京都の始末 *201704京都の支度 *201709奥日光の始末 *201709奥日光の支度 *201710屋久島の始末 *201710屋久島の支度 *201802京都の始末 *201802京都の支度 *201804タスマニアの始末 *201804タスマニアの支度 *201808下呂温泉の始末 *201808下呂温泉の支度 *201809箱根の始末 *201809箱根の支度 *201811両崖山・天狗山の始末 *201811両崖山・天狗山の支度 *201811赤倉温泉の始末 *201811赤倉温泉の支度 *201812陣馬山の始末 *201812陣馬山の支度 *201901ニュージーランドの始末 *201901ニュージーランドの支度 *201901烏場山の始末 *201901烏場山の支度 *201902大阪の始末 *201902大阪の支度 *201905大山の始末 *201905大山の支度 *201905湯の澤鉱泉の始末 *201905湯の澤鉱泉の支度 *201906出雲の始末 *201906出雲の支度 *201908奥入瀬の始末 *201908奥入瀬の支度 *201909栃尾又温泉の始末 *201909栃尾又温泉の支度 *201911横浜の始末 *201911横浜の支度 *201912カンボジアの始末 *201912カンボジアの支度 *201912鬼怒川温泉の始末 *201912鬼怒川温泉の支度 *202003大丸温泉の始末 *202003大丸温泉の支度 *202011大府平温泉の始末 *202011大府平温泉の支度 *202111湯河原の始末 *202111湯河原の支度 *202206箱根の始末 *202206箱根の支度 *202209湯谷温泉の始末 *202209湯谷温泉の支度 *202301山中温泉の始末 *202301山中温泉の支度 *202305富士吉田の始末 *202305富士吉田の支度 *202308伊香保温泉の始末 *202309奥日光の始末 *202309奥日光の支度 *202310有馬温泉の始末 *202310有馬温泉の支度 *202312オマーンの始末 *202312オマーンの支度 *202403伊東温泉の始末 *202403伊東温泉の支度 *202407奥日光の始末 *202407奥日光の支度 *202410湯河原の始末 *202410湯河原の支度 *旅の支度(国内) *旅の支度(海外) *試験の始末 *試験の支度 おすすめサイト ウェブログ・ココログ関連 グルメ・クッキング ニュース パソコン・インターネット 学問・資格 心と体 携帯・デジカメ 文化・芸術 旅行・地域 映画・テレビ 書籍・雑誌 番外 美容・コスメ 趣味 音楽