2024.05.22

オマーン旅行記の入口を作る

オマーンのスーク ここは、2023年12月から年末年始にかけて行ってきたオマーン旅行記への入口である。

 砂漠(デューン)の国の、砂漠(デューン)ではない山や渓谷や海や街を弾丸で巡ってきた、という感じの7日間のツアーだった。

 以下の日程をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。

 1日目 2023年12月28日(木曜日) 出発 −>

 2日目その1 2023年12月29日(金曜日)  −> マスカット

 2日目その2 2023年12月29日(金曜日) マスカット(泊)

 3日目その1 2023年12月30日(土曜日) マスカット −>

 3日目その2 2023年12月30日(土曜日) マスカット −> アル・ハズワ −> ミスファット・アル・アブリーン(泊)

 4日目その1 2023年12月31日(日曜日) ミスファット・アル・アブリーン −> ワディ・バニ・ハリッド

 4日目その2 2023年12月31日(日曜日) ワディ・バニ・ハリッド −> スール

 5日目その1 2024年1月1日(月曜日) スール −> ワディ・シャアブ

 5日目その2 2024年1月1日(月曜日) ワディ・シャアブ −> マスカット

 6日目その1 2024年1月2日(火曜日) マスカット(ハイラン・ベイ)

 6・7日目 2024年1月2日(火曜日)・3日(水曜日) マスカット −> 帰国

 

 その国の旅を終えて 100の質問 (オマーン編)

 持ち物リスト(オマーン編)

 2023年12月「オマーン 緑のオアシス」の写真

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2024.05.18

オマーン旅行記6・7日目

2024年1月2日(火曜日)

 無人島でのシュノーケリングを終え、ホテルに戻ったのは15時半くらいだった。
 ホテル発を17時半にしましょうということで、いったん、解散である。
 部屋に戻り、まずは水着とウォーターシューズを軽く洗う。完全に乾かすことは無理だろうけれど、潮だけは落としてできるだけ水分を取り、ランドリーバッグに入れて持ち帰ることにした。

 17時のバゲージダウンまで意外と時間があって、かなりウジウジと「SPARにカレー粉を買いに行くか」で迷い、結局行かなかったところ、帰国後に母から「カレー粉は買ってこなかったわよね?」と言われ、全く歓迎されていなかったことに初めて気がついた。
 異国情緒に溢れ、かつ使い道があって使い方が分かりやすいいいお土産だと思っていたので、意外である。
 ブラックペッパーの方が喜ばれると判明した。

マスカット空港 17時半にホテルを出発し、空港に18時過ぎに到着した。
 バスから荷物を下ろしたところで、ガイドさんと記念撮影の列ができるのはお約束というものである。ガイドさんとドライバーさんには本当にお世話になった。名残惜しい。

 エミレーツ航空から入っていたメールのとおり、ドバイ行きEX2037便は1時間のディレイで、21時発予定が22時発に変更されている。
 とりあえずチェックインして荷物を預け、セキュリティチェックを抜ける。
 添乗員さんから「夕食を食べるレストランを探すのでいったん解散」の指示があった。

 マスカットの空港には、いわゆる免税品店もあるし、お土産物屋もある。
 このあとドバイ空港乗継ぎでかなり時間があるので、オマーンっぽいものでなければドバイの方が品揃えも豊富だろうし、持ち歩く時間も少なくて済む。

カレンダー この時点でAmouageがすでに日本に上陸していると知らなかったので「オマーンでしか購入できないもの」として専用のお店に行ってみたものの、お値段的に勇気が出ずに購入を見送る。
 代わりになるかどうか、お土産物屋さんでカレンダーを見つけ、「日本円で5000円のカレンダーってどうなの!」と思いつつ、オマーンリアルを残しても仕方ないしなー、と残ったリアル全部と足りない分はカードで支払うことにして購入した。
 砂漠などの写真がメインで、月の名前や曜日が英語とアラビア語で、数字も算用数字とアラビア語の数字で書かれていて、結構気に入っている。

ビリヤニ 再集合し、多国籍料理っぽいレストランで夕食になった。
 三つくらいのメニューから選ぶことができ、私が「一番中東っぽい気がする」と選んだチキン・ビリヤニの他、カレーと、あともう一つ選択肢があったと思う。
 飲み物は、ここが最後だとレモンミントジュースを頼んだ。流石の空港価格で6ドルだった。
 ビリヤニはピリ辛で、上に載った半熟卵を崩して混ぜながらいただく。美味しかった。滅茶滅茶量が多くて食べきれなかったのが申し訳ない。

 プライオリティ・パスで入れるラウンジに行き、カフェオレを飲みつつアンケートを書く。
 21時過ぎには「GO TO GATE」の表示が出てGATE前に行ったもののなかなか搭乗が始まらない。
 結局、ディレイの表示どおり、22時過ぎに離陸し、1時間ちょっとでドバイに到着した。
 ドバイ空港では、また「GATE F」というメインのターミナルからもの凄く離れたところに降ろされ、バスで30分かけて「GATE C」まで移動した。
 このバスは、冷房で真冬のように冷やされていて、凍え死ぬかと思った。

 1月2日(日本時間)の歩数:5973歩

 

2024年1月3日(水曜日)

 切りがいいので、ここで日付が変わったことにする。
 真冬のようなバスでGATE Cに到着し、ツアーとしてはここで解散となった。
 関空から来た方々とはここでお別れである。
 免税品店等々を見ながら移動し、どうしても気になっていたPatchのチョコレートを購入した後、ラウンジで寛ぐという方にお声がけいただいてお邪魔させていただいた。

 今回のツアーメンバーは多くの方がプライオリティパスを持ち、そのほとんどは楽天プレミアムカードを作ってプライオリティパスを入手されていたようだ。
 この楽天カードのサービス内容変更のアナウンスが年末にあって、2024年一杯は楽天カードから入手したプライオリティパスでのラウンジ利用について、2025年からはカード発行日からカウントしてラウンジ使用料が無料となるのは年間5回までになる。
 サービス変更後であっても、単純計算で楽天プレミアムカードの年会費よりもラウンジ利用料5回分の方が高いけれど、お得感が薄れることは間違いない。他にお得なカードはないかしら等々、プライオリティパス話でも盛り上がっていた。

 余裕を持ったつもりで搭乗券に記載されたボーディングタイムの10分くらい前にゲートに行ったら、すでに「FINAL CALL」になっていた。
 謎である。
 搭乗時刻くらいには自分も行きますと関空から来た添乗員さんが言っていたけれど見当たらない。「いないねー」「仕方ないよね−」と言い合い、成田組は三々五々、搭乗した。
 その後、「具合の悪いお客様がいらっしゃり・・・。」とアナウンスがあり、その方の荷物を降ろすということで、離陸は1時間くらい遅れた。

機内食 エミレーツ航空EK318便は4時前後に離陸し、1時間くらいして朝食が供された。
 マフィンにほうれん草のソテー、マッシュルームのソテー、卵が載っている。
 パンとバターとジャム、フルーツという朝食メニューだ。
 帰りも「ブランド(消化の良い)ミール(BLML)」を依頼している。真っ先に提供されるのは嬉しいけれど、概ね食べ終わった頃に飲み物のワゴンがやってくるのが惜しい。
 食後は、映画「峠 最後のサムライ」を見たり、旅行メモを書いたり、少しだけ眠ったりした。

 *** 以下、日本時間(オマーン時間からプラス5時間)で記載 ***

機内食 15時頃、2回目の機内食が出た。
 チキンソテー、インゲンとマッシュルームのソテー、クスクスのサラダ、パン、タピオカミルクといったメニューである。
 離陸の遅れをほぼ取り戻し、17時半頃、成田空港に到着した。

 荷物を受け取ったら、コートなどの防寒着と、とりあえず急いで洗いたい濡れたもの(水着とウォーターシューズ)を出し、すぐ使わないものや空港で購入したお土産などをキャリーケースに入れ、キャリーケースは空港宅配で送る手配をする。
 レンタルwi-fiを返却し、自宅に日本到着を知らせる電話をかけ、成田空港を後にした。

 1月3日の歩数:11636歩

 オマーン旅行記6日目その1 <- 

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2024.05.12

オマーン旅行記6日目その1

2024年1月2日(火曜日)

 5時に目が覚め、お茶をいれて目のホットパックをしつつ飲んだ。モーニングコールは7時半、朝食は7時からだから、ゆっくりできる。
 今日は無人島でシュノーケリングとバーベキュー、16時半くらいにホテルに戻ってバゲージダウンが17時半、出発が18時と聞いている。
 無人島から帰ってきてから意外と時間がないので、出かける前にある程度の荷造りをしておきたい。

朝食 7時に朝食に行った。
 オレンジジュースにシリアル、ポテトやビーンズ、卵焼きのホットミールもあって有り難い。
 トマトとキュウリ、メロンでビタミン補給し、デザートにフルーツケーキもいただく。ミルクとコーヒーでカフェオレを作り、結構しっかりと朝ごはんを食べた。

 部屋に戻って出発の準備である。
 昨夜に洗っておいた水着とウォーターシューズがほぼ乾いて良かった。水着の上からシャツとスカートを着る。
 シュノーケリングってやったことないのよね、何だったらビーチで本でも読んでいればいいかとiPadの充電をしておいた。荷物を持って行けるのが有り難い。

 9時にホテルを出発し、まずはムトラの魚&野菜市場に行った。
 バーベキューの材料の買い出しである。
 魚市場に一歩入ったときの感想は「思っていたよりもずっと清潔!」だった。我ながら失礼な感想だ。
 あちこち覗いたり、うろうろふらふらしていた間に、添乗員さんと有志の方々が40分くらいかけて食材を買い揃えてくださった。

魚市場魚市場

魚市場魚市場

魚市場魚市場

野菜市場市場外観

ハイラン・ベイの波打ち際 市場を出て、スーパーマーケットでジュースや紙コップに紙皿等も買い込み、バスで走ること30〜40分でハイラン・ベイに到着した。
 波打ち際までの道路が本当に急傾斜で、ドライバーさんに「ここは降りられないから、みんな歩いて行って」と言われる。歩くのはいいとして、バーベキューの網とかシュノーケルのセットとか買い込んだ食材とかは? と思っていたら、トラック(乗用車サイズで荷台が付いている車)がちょうど通りかかり、荷物を運んでいただけることになった。

 波打ち際に待機していたボートにツアーメンバーと添乗員さんで乗り込み、各自の荷物とシュノーケリングセットを積み込んで出発である。
 第2便でガイドさんやドライバーさん、バーベキューセットを連れてきてくれるらしい。
 ボートで走ること10分くらいで、本日の潮の状況等々を鑑みて選んでくれたという、(推定)無人島のビーチに到着した。

 到着してすぐ、シュノーケリングセットが配られ、私含め2〜3人の初心者は添乗員さんに簡単に使い方を教わって、11時半には海に放たれた。
 デジカメの液晶画面が光ってよく見えず、お魚が見えた方向に適当にカメラを向けシャッターを切っていたら、 5枚に1枚くらいはお魚が写っていた。
 魚とか動物に興味がある訳ではないのに、夢中になって探したり追ったりしてしまう自分が謎だ。

シュノーケリングシュノーケリング

シュノーケリングシュノーケリング

シュノーケリングシュノーケリング

 シュノーケリングセットの貸出の中にフィンは含まれておらず、移動には結構な体力が必要である。
 あと、やっぱり慣れていなくて、上手く呼吸ができなかったり、水中眼鏡にすぐ海水が入ってしまったりする。
 それでも少しずぐ慣れてきて、後半はそこそこ楽しめたと思う。
 30分くらいで満足して、バーベキューの準備の方に加わった。

バーベキューバーベキュー

バーベキューバーベキュー

 添乗員さんが日本からお餅を持ってきてくださっていて、お餅を網で焼いたり、鮪のブロックはお刺身で食べたり、野菜ももちろんたくさん切って焼いたし、定番のレモンとミントジュースと石榴ジュースもある。
 フルーツも並べられ、以外と石榴を食べたことがないという方がいらして驚く。
 1時間半くらいかけて、お腹いっぱいいただいた。
 水から上がると火があってもやはり結構寒くて、持参していた大判のストールを羽織っていたら、うっかり炭の火で焦がしてしまった。

無人島 昼食後は、また海に入る方あり、とっとと着替えてのんびりされる方あり、おしゃべりに興じる方ありで、それぞれのんびり過ごす。
 バーベキューをした浜辺の反対側が岩場になっており、ちょうどよく椅子のようになった岩を発見した。日陰になっているのも有り難く、しばらくそこでぼんやりと空と海を眺める。

 少し早めに撤収して荷造りや身繕いの時間を多めに取りましょうという話になり、14時半前にボートで出発した。
 12時くらいには海から上がっていたので、ボートに乗るときに足首くらいまで濡らしただけで、身体は乾いている。やっぱり太陽の力は偉大だ。
 ボートを下り、急坂をえっちらおっちら登ってツアーバスにたどり着く。
 あとは、帰るだけである。

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2024.05.11

プロフィール写真を変える(オマーン)

 2023年12月28日から7日間のツアーでオマーンに行って来た。

 プロフィール写真は、アル・ハズワの街に入る手前でフォトストップしたときに撮影したものである。
 手前にオアシスの緑があり、その向こうに土壁の家々の街並が続いている。
 街の中に住んでいる人はほとんどいなかったけれど、ワジでは水が豊富に流れ、洗濯場などもそのまま残されていた。

 次に海外旅行に行けるのはいつだろう、行くとしたらどこに行こうか。
 そんなことを考えている。

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2024.05.05

オマーン旅行記5日目その2

2024年1月1日(月曜日)

滝 岩の裂け目を入って行くと、結構な人数が広くはない洞窟の中にいて、その洞窟の奥に小さな滝があった。
 「崖から飛び降りる」ことが好きな人が多いのか、滝のすぐ横からロープが下ろされていて、岩を登り、崖から飛び降りてジャンプする人が結構いた。
 みな盛り上がってかけ声をかけている。何だか凄い。

 流石にロープを伝って岩に登ろうとは思わなかったけれど、滝のすぐ下までは行ってみた。
 ずっと足の立たない深さで、ライフジャケットを着ているとはいえ、捕まる場所もなく、泳がないと移動ができないという状況は結構疲れる。

 ここでお一人だけ日本の方とすれ違い、その人がライフジャケットを着けていなかったので、泳ぎの得意な方なんだなぁといたく感心した。
 というか、今思い返してみると、ライフジャケットを着けていたのは我々ツアーメンバーくらいだったかも知れない。
 泳ぎが得意でなかったらキャニオニングなんてしないよということかも知れないけれど、どんだけ泳ぎが得意な人達なんだろう。

洞窟の出口 結構苦労して到着した割に、この目的地である洞窟の中にいたのは10分くらいだったと思う。
 入って来た岩の割れ目を逆に辿り、外に出る。
 入ってくる人がいたらとてもすれ違えないので、人が来ないのを見澄まして列を作って出る。
 出ようとしたときに、光の加減なのか、(行ったことはないけれど)青の洞窟のような光景が見られて驚いた。
 ツアーメンバーの中でもこの光景に気がついた人は少なくて、狭いところを通った後で振り返ったらこの光景だったのか、だったら入ったときにも同じ光景を見ていた筈なのではとか、色々と思い出そうとしているけれど思い出せない。
 とにかく、いいものを見られたと思う。タイミングに感謝だ。

渋滞 ワディ・シャアブでのキャニオニングは割とアドベンチャー感は少なめで、帰り道のこの滑り台みたいな岩が最大の難所、だったかも知れない。
 行きはこの岩の坂道を登った筈だけれど記憶にない。多分、必死すぎて写真を撮る余裕もなかったのだと思う。
 途中、背の立つ岩の上で休憩を取ったりしつつ、洞窟の入口から30分くらいで水に入った地点に戻って来られた。

昼食昼食 13時半くらい、水に入った地点のすぐ近くの日向で昼食をいただいた。
 昨日ほどではないけれど、水から上がれば寒い。ツアーメンバーの中にはここまで着替えを持ってきて、水から上がってすぐ着替えている方もいらした。

 この日のランチは、ビーフ、チキン、エッグ&チーズ、ベジタブルから選ぶことができ、私はビーフとベジタブルを頼んだ。
 定番となったレモンミントジュース、バナナ、チョコ菓子も付いた豪華版だ。
 このベジタブルサンドがカレー味で滅茶苦茶辛かった。
 後でベジタブルを頼んでいた方に聞いてみたら「そんなに辛くなかった」とおっしゃっていたので「当たり」だったらしい。

 昼食後は来た道を戻る。
 歩き始めてすぐ、思ったよりも脚が上がってなくてコケかけてしまい、帰り道はカメラをしまって足下に注意して歩くことにした。
 写真を撮らなかった分せっせと歩いたし、帰りの方が断然早く歩けた。
 ボートを下りてから水に入るまで、行きは1時間ちょっとくらい、帰りは1時間かからずに戻ったと思う。

 バスの中で着替え、お手洗いを済ませ、マスカットに向けて出発した。昨日の反省を元にウォーターシューズとは持ってきたサンダルに履き替える。
 16時半くらいに、マスカット観光の初日に行ったムトラ・スークに到着した。
 午前中に行ったニズワのスークがまだほとんどオープンしていなかったため、代案として再びムトラ・スークで30分の自由時間を取ってくれたようだ。
 そんなに歩く時間があるなら、サンダルではなくスニーカーを用意しておけば良かったと思いつつ、裸足にサンダルでペタペタと歩いた。
 お買い物をした方もいらっしゃれば、海岸線沿いをお散歩されていた方もいらっしゃったようだ。

ナッツ その後、かなり大きなスーパーマーケット(店名はHYPER MARKETだったと思う)で30分の自由時間があった。
 あまりにも広すぎて、欲しいものを言うとガイドさんが「売り場はこの辺」と教えてくれる。
 オマーンチップス(袋に「Oman」と書いてあって、ちょっとピリ辛の謎のスパイス味のポテトチップ)の小さめの袋がたくさん(多分、12とか20とか)入ったものを購入された方が多かったようだ。
 カルダモン入りのインスタントコーヒーも人気で、棚にあった分はツアーメンバーで買い占められていた。

 私は、アーモンド、カシューナッツ、くるみを購入した。
 このところナッツ類がとにかく値上がりしていて、どこかで見かけたら買って帰ろうと思っていたのだ。
 ほとんどオマーン産の物がない中、このナッツはオマーン産だった。もしかしたらオマーンでは詰めただけなのでは? と疑ったけれど、細かいことを気にするのは止めようと思う。
 ナッツの袋を抱えて歩いていたら、ガイドさんから「なかなかいい選択だ」的なことを言ってもらえた。
 その他ちょこちょこと買い物し、トータルで11.7リアル(4680円)だった。

ホテルの部屋 18時過ぎ、初日にも泊まったムトラ・ホテルに到着した。
 あまりちゃんと覚えていないけれど、初日の部屋と階が違うだけで部屋番号も部屋の造りも同じだったと思う。
 ちょっとつまらない。
 そこそこ広いし、明るいし、うるさくないし、お湯もちゃんと出たし、悪くないけれど、ツアーメンバーの中には別館のお部屋になった方もいらして、違う造りの部屋も見てみたかった。

 夕食まで1時間くらいあったので、シャワーを浴び、洗濯をする。
 明日は無人島でシュノーケリング&バーベキューの予定なので、水着とウォーターシューズを洗って乾かすミッションは重要だ。
 ドライヤーを持って来て正解だったと思う。

 夕食は19時20分から、ホテルのレストランでいただいた。
 ビュフェである。
 カレーは分かるとして、何故か焼きそばとかチャーハンがあったのが謎だ。そして、豚肉もラードも使えない筈なのにちゃんと中華の味で、そして美味しい。
 中華風のコーンスープも美味しい。

 このホテルのレストランではお酒をいただくことができて、結構な種類のビールも用意されている。各国のビールから選ぶとなると何を選んだらいいのか分からなくなり、定番だろうとハイネケンをお願いした。
 入国時に購入しなかったので、オマーンに入って初めて飲むアルコールである。
 他にも何人かビールやワインを頼んだ方がいらして、「嬉しい〜。」「美味しい〜。」と言い合う。
 デザートのフルーツとアイスまで美味しくいただいた。

夕食デザート

 ここまで夕食のときにいただいた飲み物代を払っておらず、ここでまとめて精算となった。
 2日目にムトラ・スーク近くのレストランで飲んだノンアルコールビールが1.4リアル(560円)、3日目にMISFAH OLD HOUSEで頼んだマンゴージュースが1リアル(400円)、4日目のAL AYJAH PLAZAでいただいたスイカジュースが1.5リアル(600円)、この日のビールが3リアル(1200円)、トータル6.9リアル(2760円)だ。
 100ドル=38リアル、1ドル=150円で計算すると()内の金額になる。

 夕食後、20時半過ぎにホテルの真向かいにあるSPARに何人かでお買い物に行った。
 コンビニのようなお店で、夕食前に行ったHYPER MARKETよりも若干安かったように思う。
 塩も買うか迷ったけれど、いかにも普通の塩だったし1kgと重かったので見送り、アーモンドが入ってチョコがけされたデーツと、粒胡椒を購入した。
 我ながら意外とお金を使っている。

 今回、アクティビティ系のツアーだし、そんなに一生懸命写真を撮らなくてもいいか、メモも取らなくてもいいかと思っていたものの、旅行記を書こうとすると本当にメモを取っていないことと、メモを取っていないとほぼほぼ何も覚えていない自分に驚く。
 この日も、部屋に戻ってからそこそこの時間があった筈だけれど、びっくりするくらいメモが残っていない。何をしていたのか。

 買い物を終え、部屋に戻って酔い覚ましにコーヒーを飲んだことは確かだ。
 キャニオニングで結構日差しを浴びた割りに、日焼けをした感がない。日焼け止めスプレー優秀だと思いつつ、シートマスクもしたと思う。
 メールをチェックし、そういえば明日はシュノーケリングだけれどシュノーケリングってやったことないんだよなぁ、無人島行って日陰でiPadで本読んでてもいいかと思いつつ充電もした。
 23時半くらいに就寝した、というメモは残っていた。

 1月1日(日本時間)の歩数:16260歩

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2024.05.01

オマーン旅行記5日目その1

2024年1月1日(月曜日)

 お正月である。新年である。
 せっかく5時半くらいに起き出していたのに、すっかりうっかり「初日の出」の存在を忘れていて、窓の外を見ようと思いつくこともなく、ポットでお湯を沸かして紅茶など飲んで寛いでいた。
 31日に夕焼けは見えても夕日が見えていなかったので、お部屋の向きとして、日の出を見られた可能性は高かったのではなかろうか。今頃になってちょっと残念な気持ちになっている。

 起き出すと、肩、背中、腿がバキバキになっていた。筋肉痛だ。
 そういえば昨日はストレッチするなんて思いもしなかったよ、とりあえず3日後とかでなく翌日に出て良かったよ、と思いながら、ストレッチをする。
 また、目玉が日焼けしたのか目も疲れていたので、ホットパックをした。手入れはともかく手当ては重要である。

朝食 6時半にモーニングコールと聞いていたものの電話がかかってくる様子はなく、何となくそんな気がしていたよと思う。
 そもそも1時間前に起き出しているから、モーニングコールがなくても何の問題もない。
 7時になるのを待って、昨日夕食を食べたレストランに行くと、添乗員さんが「お雑煮代わりに」と松茸のお吸い物を用意してくださっていた。有り難くいただく。

 朝食の席でお聞きしたところでは、昨夜12時ちょうどにスールの街中でちょっとした打ち上げ花火が上がったらしい。私は全く気がつかなかったけれど、街側のお部屋だった方は花火の音がかなり気になってしまったらしい。
 オマーンはイスラム暦の国だから太陽暦の1月1日はあんまり特別じゃないとガイドさんが言っていたけれど、でも少しは特別らしい。花火はちょっと見てみたかったなぁと思う。

 今日は、ワディ・シャアブでキャニオニングだ。
 道中に水に入る場所はなく、荷物をずっと持って行けるという話で、リュックを用意する。
 また、キャリーケースとは別にバスに持ち込むトートバッグに着替え等を入れる。昨日の反省に基づき、ビーチサンダルも入れた。
 水着を着込み、シャツを羽織ってスカートを履いて8時にロビー集合である。

展望台へ すぐにもキャニオニングに向かうのかと思ったら、スールの街を出発する前に、ホテルのすぐ隣にある展望台に上ると言う。
 ウォーターシューズは歩きに向いていないんだよ! と思いつつ、意外と急な坂を登って行く。
 展望台に上がると、海に向かって結構な眺望が広がっていた。
 あら意外、である。
 今ひとつ地形を把握できていないけれど、地球の歩き方のホテルの紹介に「ラグーンの先に位置する」とあったから、目の前に広がっているのはラグーンなのだと思う。

ダウ船の造船所 ちょうどラグーンを挟んだ反対側に建造中のダウ船が見えていて、今日はキャニオニングに行く前にこのダウ船工場を見学に行くと説明があり、ホテルに戻ってバスに乗り、10分ほどで到着した。
 上から見えていた建造中のダウ船にハシゴがかけられ、上がってみることができる。
 まだ建造中で床が張られていない。若干高所恐怖症気味のある私はちょっと奥まで行くのは遠慮したけれど、ツアーの半数くらいの方はひょいひょいと歩いて奥(というか舳先)の方まで歩いて行っていた。

建造中のダウ船建造中のダウ船

 ここで若干のフリータイムが取られた。
 もう少し完成に近づいているダウ船があり、こちらもハシゴがかけられている。
 上がってみると床も張られていて完成間近という感じだ。
 ダウ船の下に潜るように作業をしている方々もいる。ちなみに、この工場で造船に携わっていた方々はバングラディッシュ人、スールで泊まったホテルの従業員の多くはフィリピン人だった。

 ダウ船を建造する際、釘は使わないそうだ。
 聞いた説明はすっかり忘れ果てているけれど、確かダボのようなもので留め、浸水しないようにそのダボの周りをコールタールで埋める、という話だったと思う。
 アブダビにいた頃はしょっちゅう耳にしていた「コールタール」って何なんだろうとウィキペディアを見たら「石炭を高温乾留する際に生成される油状物質」という説明だった。

お椀 この造船所にはお土産物売り場が併設されていて、木工品が販売されていた。
 少し迷って、お椀を二つ購入した。一つ2リアルだ。
 ツアーメンバーではあとお二人、果物籠と言えばいいのか、変わった感じの木工用品を購入されている方がいらした。
 本当に「作業場の片隅」という感じの売り場だったのにクレジットカードが使えて驚いた。

スークハルワ その後、スールの街のスークに行ったものの、まだ9時過ぎで開いているお店も少ないし、そもそも人通りが少ない。
 添乗員さんが速攻で撤退を決めた。英断だ。

 スークから10分くらい走ったところでバスが停まり、何かと思ったらオマニ・ハルワの専門店だった。
 添乗員さんが「ちょっと買って来ます」と言うところを付いていったら、スプーンに一口ずつ味見させてくれた。
 オマニ・ハルワは、固めにとろっとしていて、甘くて、刻んだナッツが入っていて、ちょっとスパイスの香りがする。
 それほど癖はなく、コーヒーと合いそうだ。

 このとき立ち寄ったお店では、コーヒーフレッシュを一回り大きくしたくらいの容器に詰め、それを20個くらい箱に入れてお土産用に売られていた、と思う。
 添乗員さんが「買ってみなさんに食べていただこうと思いましたが、味見させてもらったし、何も買わない訳にも行かないので」とそのお土産用っぽい一箱を購入していた。
 おいくらだったんだろう? 聞けば良かった。

アラビア海 アラビア海の海は綺麗である。
 ハルワのお店から1時間くらいは海沿いを走り、その後、内陸に入って行く。
 途中、昨日と同じようにランチをピックアップして走ることスールの街から1時間半くらいで、ワディ・シャアブに到着した。

ボート乗り場 ワディ・バニ・ハリッドよりもワディ・シャアブの方が観光地化しているし、「管理されている」という感じがある。
 出発地点に駐車場があり、お手洗いがある。私は発見できなかったけれど、事前情報として更衣室もあると聞いた記憶がある。
 更衣室は使用せず、バスの中でラッシュガードの上に着ていた服を脱ぎ、持って行く荷物を整理する。

 駐車場からキャニオニングの開始地点に行くにはほんの数分、ボートに乗る。
 そのボート乗り場の手前に防水バッグやライフジャケットを貸し出す屋台のようなお店が出ていた。なかなか商魂たくましい。

キャニオニングキャニオニング リュックを持ち、今日は道中で水に入らなくていいので失くさないだろうと帽子を被っている。
 配付されたライフジャケットを着ると暑いような気がして、手に持って歩く。
 歩き始めてしばらくは、途中にはデーツとバナナのプランテーションも作られているし、何故かロバが繋がれていたりしていて、ほとんど生活道である。
 昨日のようなアドベンチャー感はまだない。

キャニオニングキャニオニング 渓谷の底を歩いているとはいえ、道というかコースが整えられ、アップダウンはほとんどなく平らだ。
 楽勝である。
 時々、歩いているところよりもさらに底に川が見えたり、水のすぐ近くを歩いたり渡ったりする箇所もあるものの、水に入る必要はない。
 お散歩気分で歩いて行くことができる。

キャニオニングキャニオニング 歩き始めて1時間強で、歩いて行ける最後のポイントに到着した。
 ここまで背負ってきた荷物はガイドさんが見ていてくれると言われ、皆の分をまとめて置く。
 ライフジャケットを着込み、カメラだけ持って、この水の無香、洞窟の奥にある滝を目指して水に入った。

 オマーン旅行記4日目その2 <-  -> オマーン旅行記5日目その2

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2024.04.21

オマーン旅行記4日目その2

2023年12月31日(日曜日)

キャニオニング ワディ・バニ・ハリッドで小さな滝までキャニオニングし、14時過ぎにガイドさんが持って行ってくれたサンドイッチとジュースのお昼をいただいた。
 さすがに峡谷だけあって、もう日が陰ってきている。水から上がってラッシュガードも濡れているとかなり寒い。
 「寒い寒い」と言いながら、14時半前に帰途についた。

 来るときに水の中を歩いたり泳いだりしたところは、当然、帰り道でも水に入らなければならない。
 繰り返し書くと、寒い。
 水に入りたくないし、水から上がりたくない。日向を歩いているときは、太陽の光って何て有り難いんでしょう、と思う。

キャニオニング 最初は先頭を歩いていたけれど、途中途中で写真を撮っていたらあっという間に最後尾になった。
 それでも、はしゃいで遊び回った割りに体力は残っていたと思う。付いて行くのが辛いというほどではない。
 結構、のんびり楽しく歩けたと思う。
 出発して1時間弱、村の入口に戻って来たときにはほっとした。

 1時間弱歩いたけれど、途中で水に入る箇所がいくつかあったこともあり、「歩いているうちにラッシュガードは乾いて着替えなくても大丈夫」という感じではない。
 途中で、長袖のラッシュガードを脱いで、半袖になった。この方が、腕が濡れていない分、若干、寒さがマシだったような気がする。

 ツアーバスに戻り、運転手さんやガイドさん、添乗員さんを追い出す。バスが臨時更衣室に早変わりである。
 着替えは手持ちのバッグに入れたのは正解、履き替える靴を用意していなかったのは失敗だった。濡れたウォーターシューズが気持ち悪い。そして、若干サイズが合っていなかったようで痛い。
 ただ、サンダルを履いていた方によると、小石が入ってきて水の中を歩いているときに痛かったそうなので、サンダルか靴かでいうと、靴の方が適していたようだ。

 寒そうにしていたからか、いつものおもてなしか、運転手さんが、朝ガイドさんのお宅で用意してくれたポットでコーヒーを入れてくれた。
 温かい飲み物が美味しい。
 このポットがデザインもちょっとアラブ風で可愛く、「このポット優秀!」「5〜6時間は経っているのにこんなに温かい!」と絶賛されていた。

 そこからは、本日の宿泊地であるスールまでひたすらドライブである。
 ほぼほぼ寝ていたけれど、たまに目が覚めて周りを見ると、砂漠っぽくない景色が広がっている。

車窓車窓

 17時半くらいに、スールの街から少し外れたところにある、アル アイジャ プラザ ホテルに到着した。
 カードキーが配られ、19時にレストランで夕食と案内があって、いったん解散する。
 指定された部屋でドアを開けようとしても、カードキーが反応しない。ちょうどそこにいたポーターさんに訴えると「壊れてるから後で代わりのキーを持ってくる」と言われ、マスターキーでドアを開けてくれた。

ホテルの部屋 ずっと干潟沿いの道を走ってきていたので、もしかして、と思いバルコニーに出てみたら、運良く海に向いたお部屋で、夕焼けが始まるところだった。
 暗くなるまで、「2023年最後の夕日」を鑑賞する。

 アル アイジャ プラザ ホテルでは、バスタオルだけでなく浴用タオルサイズのタオルも用意されていたのが嬉しかった。ドライヤーとポットもある。
 もっとも、部屋に備え付けのドライヤーを使おうとした方によると、スイッチを入れてすぐ熱くなって、とても使い続けられなかったらしい。
 部屋もかなり広い。
 何故かカードキーの代わりに普通の鍵を渡されたのが謎だったけれど、とにかく鍵の開け閉めができれば問題ない。

 夕食前にシャワーを浴び、洗濯する。
 シャワーを浴びようとしたら、膝の周辺を中心にいくつも赤くあざができていた。
 キャニオニングの際、膝をついて歩いたりぶつけたりしていたけれど、痛みもなかったし、こんなに凄いことになっているとは思わなかった。
 添乗員さんの話によると、今日よりも明日の方が道が整っていて楽に歩けるという話だったので、これ以上のあざはできないだろう、と思いたい。

夕食 特にレストランに飾り付けがあった訳ではないけれど、「ガラ・ディナー」っぽく魚介がたくさん用意されているビュフェで味付けも美味しい。
 蟹や海老、貝や白身のお魚などのグリルが豊富に用意されている。
 「日本はもう2024年になりましたね〜」などと言い合いつつ、この後バスに乗るんだよなぁと思いつつたくさんいただいてしまう。
 スイカジュースを頼んだら「砂糖入れる?」と聞かれたのが謎だったけれど「もちろんなしで!」と頼む。さっぱりと甘く美味しかった。

ウミガメセンター 20時にホテルを出発し、45分くらいでウミガメの保護区(多分、Ras Al Jinz turtle Reserve)に到着した。
 添乗員さんが手続きをしてくれる。どうやら到着順に受け付け、20人くらいのグループになって順次バスで出発し、ウミガメに会いに行くらしい。
 その順番待ちが結構長くて、1時間以上待ったと思う。
 特にやることもなく、少しある展示を眺めたり、スーベニアショップを覗いたりした他は、ベンチに座ってぼーっとしていた。

 22時過ぎに本日最後のグループの一員として出発した。マイクロバスで数分、海岸に着いたら、赤いライトを持ったスタッフの方に付いて歩いて行く。
 それほど寒くはなかったけれど、持っていたウルトラライトダウンジャケットを羽織る。
 砂浜はとても歩きにくい。
 あちこちに赤だったり青だったりの懐中電灯が光っている。

月の道 ちょうど、1頭(と数えるんだろうか)のウミガメが産卵をしているところだった。
 ピンポン球より少し大きいくらいの、白い(だろう)光ったタマゴが見える。
 スタッフの方に「彼女が気が散るから、彼女の前方にはいないように」という注意がある。なるほど、繊細だ。
 5分くらい観察したところで、スタッフから「彼女の産卵は終了だよ」と声がかかった。一体どれくらいの時間、そこで産卵に挑んでいたのだろうと思う。

 そのまま、海岸を歩いてより海に近いところまで移動する。
 満月から少し欠けたくらいの月が出ていて、月の道が光っている。

海に帰るウミガメ スタッフが赤い懐中電灯を向けると、そこには海に帰ろうとしているウミガメがいた。
 ゆっくりゆっくり歩いて行く。
 波打ち際に達すると、波が寄せてきて水を被っている。
 少し後退を余儀なくされているようにも見える。
 それでも少しずつ少しずつ進んで行き、彼女が海に入った辺りで、我々も戻ろう、と促された。

 オマーンはウミガメの産卵地として有名だそうで、世界に存在する7種のウミガメのうち4種が産卵にやってくるそうだ。
 今回見学したアル・ジンのウミガメ保護区では、アオウミガメを観察することができる。
 1年を通じて観察が可能とはいってもオンシーズンは夏だそうで、今回は産卵の様子と海に帰る様子と、両方が見られてラッキーだった。
 もの凄く情緒に欠けると自認している私でも、何だか神聖なものを見た、という感じがした。

 23時半過ぎにホテルに戻ってきた。
 明日のモーニングコールは6時半だ。すぐにも眠り込みたいところだけれど、何だかもの凄く日焼けしたような感覚があり、寝る前になんとかシートマスクを使い、家にメールを入れる。
 このホテルにもwi-fiがあり、問題なく使える。wi-fiを借りてくる必要はなかったかなぁと思う。
 0時過ぎに就寝した。

 12月31日(日本時間)の歩数:1896歩(キャニオニングの際は万歩計を持ち歩いていない)

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2024.04.06

オマーン旅行記4日目その1

2023年12月31日(日曜日)

 まだ若干の時差ぼけが残っているのか、昨夜は23時過ぎに就寝し、今朝、最初に目が覚めたのは4時半だった。
 元々、旅先ではあまり熟睡できないので、むしろこれはよく眠れた方である。
 5時半に起き出して、荷造りを始める。
 冬でもあるし、谷間にあるミスファット・アル・アブリーン村の日の出は遅い。
 7時近くになって、バルコニーから朝焼けを望むことができた。
 今日もいいお天気だ。

朝食 前日に「キャニオニング中のパスポート管理をどうするか」という話があり、「自分で防水措置を施して持ち歩く」「添乗員さんに預ける」「キャリーケースに入れて鍵を掛ける」といった選択肢があった中、「キャリーケースに入れておけば盗まれるときはバスごとだよ」と三つ目の方法を選んだ。
 キャニオニング後の着替えなどを手元に置けるようにトートバッグに用意し、何とか荷造りを終える。
 日本国内でもキャニオニングなんてやったことがなく、実はこの時点でも「何をするのか」よく分かっていなかった。荷造りをしていても、我ながらどうにも要領を得ない。

 7時過ぎに昨夜夕食をいただいたレストランに行く。
 このときになってやっと、自分が泊まっていたお部屋の真上が屋上テラスのレストランだったと気がついた。
 朝食もビュフェ式で、クレープ、卵焼き、豆のカレー、ヨーグルト、メロン、りんごジュースとコーヒーをいただいた。
 この後のバスでの長距離移動に備え、控えめにしたつもりである。

散策路ワジ 早起きして荷造りをがんばったお陰で、8時の出発まで少し時間が余ったたので、ホテル内なのかホテルから出てしまっているのか境界が分からないなと思いつつ、部屋の周りを少しだけ散歩した。
 部屋の近くのワジは今は「水を流す順番」が回ってきていたようで、豊富な水が流れていた。気持ち良い。
 デーツの木が多い被さるような道も、日陰ができてちょうどいい散歩コースになっている。

 今日もホテルスタッフがキャリーケースを運んでくれるので、移動中に使うものをまとめてバスまで持って行く。
 今日は、ツアー中2回予定されているうち最初のキャニオニングの予定だ。
 更衣室のようなところはないので、朝の出発時点で水着やラッシュガードを着込み、靴も宇ローターシューズを履いた。

 バスは昨日登ってきた道を快調に飛ばして降りて行く。
 天気も良く、いい眺めだ。
 山を下りきったところで、ぽつんと豪邸が建っているところでバスが駐まったなと思ったら、そこはガイドさんの家だったそうだ。
 お宅で(奥様がというよりもメイドさんがいるっぽかった)コーヒーのポットを用意してくださったらしい。
 その後の車内では、しばらくガイドさんの家と懐事情について質問が飛び交った。
 まとめると、産油国であるオマーンでは、ある程度の年数を就労するとかなり潤沢な年金(のようなものだと思う)が支給される制度になっているようだった。

山を下りるガイドさん宅に寄り道

ニズワのモスク オマーンで2番目に大きいというニズワのモスクは、「観光用」も兼ねて建てられたというマスカットのスルタン・カブース・グランドモスクと比べると随分と素朴な印象である。
 オマーンで一番古いという要塞の横を通り過ぎ、途中のカフェでガイドさんが注文していた本日のランチをピックアップする。
 2時間半くらい走ったところで1回トイレ休憩が入り、出発して4時間半、キャニオニングをするワディ・バニ・ハリッドのオアシスを見下ろす場所でフォト・ストップとなった。
 正直に言うと、昨日見たアル・ハムラのオアシスとほぼほぼ同じ風景である。

 そこから5分も走らないうちに駐車場に到着した。
 ここから、ワディ・バニ・ハリッドでのキャニオニングに出発である。
 パスポート等はドライバーさんが預かってくれることになり、ランチはガイドさんが運んでくれると言う。聞けば、水に入らずとも迂回路を歩いて本日の目的地である滝壺まで行くことができるそうだ。ただし、そちらは「崖を登って降りて行く」感じになるという。
 泳いだ方が安全かつ楽に進めそうである。

 添乗員さんが日本から持参してくれたライフジャケットを着込み、それぞれ必要なものを防水バッグに入れる等して装着し、12時45分くらいに出発した。
 カメラはすぐ手に取れるところに持っていたいし、オリンパスのTGシリーズは水中でも使用可である。
 ストラップを外して荷物に入れっぱなしになっていた靴紐を結んでシリコンジャケットだけ装着したデジカメを首から下げ、そのままだと泳ぐときに邪魔なので借りたライフジャケットのポケットに入れた。
 スマホだけでなくデジカメも持参された方が多かったのは、シュノーケリングの予定も含め、水の中で使うことが想定されているからだと思う。
 スマホの方は、防水バッグに入れ、撮影するときだけ取り出していらっしゃるようだった。

キャニオニング村の中をスタート 最初のうちは村の中の道をお散歩気分でのんびり歩いていた。
 確かこの日の最高気温は27度くらいだったと思う。日差しが強く、濡れたり脱げたりしそうなのが面倒で帽子を被らなかった私の頭のてっぺんはかなり熱くなる。
 村を出ると同時に道が途絶え、岩がごろごろした道なき道を歩くようになる。ガイドさんの後を付いて、歩きやすそうな場所を探しつつ歩く。

 水の中も歩くし、泳がないとならない場所もある。
 歩こうとすると岩がツルツルとして滑って転びそうになるし、ライフジャケットを着けているとはいえ足の立たない深さのところでは泳がないと前に進めない。
 結構ハードな行程である。

キャニオニングキャニオニング

キャニオニングキャニオニング 手を貸したり借りたり、「歩くよりも手を岩について手で歩いてしまった方が滑らない」と教えていただいたり、泳いでいるときには「この辺りまで来れば足が立つ」と知らせたり教えてもらったりしつつ、進んで行く。
 軍手をされている方がいらして、「賢い!」と思う。
 岩をよじ登ったり隙間を通り抜けたり、1カ所だけ鎖が付いていてその鎖に頼りつつ水の中に入るような場所もあった。

滝壺 アドベンチャーなあれこれをこなしつつ歩くこと約1時間、滝壺に到着した。
 滝壺はちょうどプールのようになっていて、川の流れもなく、エメラルドグリーンの水の色が綺麗である。
 澄んでいる。

 泳いで滝の水が落ちる直下まで行ってみたり、写真を撮りまくったり、1時間くらいも楽しんでしまった。
 そういえば滝壺に入るときには結構な段差の岩場を降りていて、散々遊び疲れた後で水から上がるのは大変で、添乗員さんに引っ張り上げてもらったようなものだった。申し訳ない。
 そして、水から上がったら猛烈に寒かった。
 まだ14時過ぎだというのに、峡谷なためか、恐ろしい勢いで日が陰って行く。

ランチ 日向を追った筈があっという間に日陰になってしまった岩の上でランチをいただく。
 ランチのサンドイッチは「ビーフ」「チキン」「エッグ&チーズ」から、いくつでも食べたいだけオーダーして良いという太っ腹さだった。
 私はチキンとエッグ&チーズをお願いしていた。
 チキンはカレー味で滅茶滅茶辛かったのだけれど、他の方に「すっごく辛かったですよね!」と言ったら「私のはそんなに・・・。」という答えだったので、もしかすると「当たり」だったのかもしれない。エッグ&チーズがマイルドな味で、かつこちらを2個目にして良かった。
 飲み物は、レモンミントジュースの大きなペットボトルをガイドさんが運んで来てくれており、これがなかなか美味しい。
 濡れたラッシュガード超しに感じられる風が冷たい。寒さに震えつつランチをいただいた。

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2024.03.30

オマーン旅行記3日目その2

2023年12月30日(土曜日)

 レストランから車で10分ほど走り、アル・ハムラの全体を見渡せる場所でフォトストップとなった。
 オアシスでナツメヤシの緑が広がり、その向こうに土壁で作られた家が並んでいる。
 行ってみて分かったけれど、今はその土壁の家に住んでいる人はほとんどいないようだった。
 海に面したマスカットから、だいぶ内陸に進んできた。

アル・ハムラ全景

アル・ハムラアル・ハムラ

 フォトストップした場所からさらに車で10分ほどで、アル・ハムラに到着した。
 街中にファジと呼ばれる水路があるところがオアシスっぽいと思う。水路沿いには、洗濯場のような建物も見かけた。
 日中だからなのか、そもそもこの街中に住んでいる人が少ないのか、その洗濯場にも人はいなかったし、そもそもほとんど人を見かけない。
 在住者っぽかったのはこのおじさんくらいで、皆で頼んだら写真を撮らせてくれた。 

アル・ハムラアル・ハムラ

 歩いている人がいたよ! と思ったら、その女性は、我々がこれから見学する民俗資料館「ベイト・アス・サファ」のスタッフの方だった。
 彼女について行き、靴を脱いでお邪魔して見学開始である。

デーツシロップのコーナーデーツシロップのコーナー 部屋によって担当スタッフが変わるのか、今ひとつシステムがよく分からないまま、「ここで待て」と言われて待っているとそのうちデーツシロップの採取の方法を再現した場所で味見をさせてもらったりする。
 日本人は我々のみだったけれど、ヨーロピアンをおぼしき見学者が50人近くいたのではないかと思う。
 人気の観光地だという話は伊達ではない。

クレープ焼きの実演 実演コーナーのようなスペースも設けられていて、小麦粉と塩と水だけで作る薄いクレープのようなパンを焼いて味見させていただいた。ミニマムな材料で作られているこのクレープが、パリパリした食感もあって美味しく感じる。
 豆を挽いた粉を水で溶いて芥子色のローションのようなものを作ってそれを額に塗るのだと教えてもらって試した。あれが何という名前でどんな意味があってどんな効果があるのか、聞いた筈なのに全く覚えていない。我ながら情けない。

モリンガオイル また、コーヒー豆を炒ったり挽いたりしているとその音が家中に響き、「団欒の時間ですよ」という合図になったのだと教えていただいた。
 ガイドさんによると、そうした一家団欒の習慣も「スマホの登場で全てが変わった」ため、今ではほとんどないらしい。そう言うガイドさん自身、バスの中ではずっと動画を見ていた。

 同じお部屋では、ムスクと、「昨日ここで作った」というモリンガオイルがそれぞれ1本1オマーンリアルで売られていた。
 モリンガオイルはアンチエイジングの効能があると知られているそうで、ツアーメンバーに常用されている方がいらっしゃったこともあって、我々だけでほぼ買い占めたのではないかと思う。
 モリンガオイルは、モリンガの種(だと思う)をすりつぶしてこねて塊にし、その塊を押して絞って抽出するらしい。かなりの重労働だ。

ベイト・アス・サファベイト・アス・サファ 2階と屋上もあって、かつての暮らしが再現されている。
 これが滅茶苦茶フォトジェニックな内装で、自分の目で見たときよりも写真に撮ったときの方が素敵に写っていたと思う。
 あちこちに吊されていた素焼きの壺はいわば冷房用で、水を入れて風通しのいいところに吊しておき、気化熱を利用して周りの温度を下げるために使われていたというお話だった。

 途中、絨毯にぺたりと座り、コーヒーとデーツをごちそうになった。ここでいただいたデーツが今回の旅行で食べた中で一番美味しかったような気がする。
 ツアーバスの中でもドライバーさんとガイドさんが大きなタッパーウエアに入ったデーツをよく回してくれた。
 オマーンのおもてなしは、オマーニコーヒーとデーツで決まりだ。

 屋上に上がるとアル・ハムラの土壁の家々を見ることができた。
 この土壁の家々はあとどれくらいこの姿を保つことができるんだろうと思う。
 屋上からの眺めを堪能した後は、入口まで戻ってお会計だ。
 ツアーメンバーの多くの方はクレジットカードで支払っていた。「クレジットカードで支払えるんだ!?」と思ったけれど、ヨーロピアンの観光客が多いことを思えば、当然のインフラなのかも知れない。
 ただ、通信環境はあまり良くないらしく、そして、もしかしたら土壁はあまり電波を通さないのか、スタッフが建物の外に出てカードリーダーを振って電波を捉えようとがんばっていた。

 ツアーバスでさらに15分くらい走り、15時過ぎに、ミスファット・アル・アブリーン村の駐車場に到着した。
 本日の宿であるMISFAH OLD HOUSEまでの道は狭く、昨夜聞いていたとおり車が通ることはできない。ホテルのスタッフが大挙してやってきて、我々のキャリーケースを頭の上や肩に担いで運んでくれた。
 有り難い。
 有り難いが、同時に、クリスマス休暇だからスタッフがいないという話は何だったんだろう・・・、とも思った。よく分からないけれど、添乗員さんとガイドさんの手腕に脱帽である。

 こちらの宿は様々なタイプのお部屋があって、インバスのお部屋と、シャワールーム+トイレが共同のお部屋があるという。添乗員さんがトランプを取り出してくじ引きをした。
 私は二人でバスルーム共有というお部屋で、こちらもよく分からないけれど、支配人っぽいおじさんが最初に案内された小さめのツインルームから、大きめのシングルルーム(バスルームをもう一つのシングルルームと共有・共同のバルコニー付き)に変えてくれた。ありがとう!
 ちなみに、マスカットのホテルに続き、こちらのホテルもバスタオルのみの提供だった。

20231230_164329_2024033117310120231230_163540_20240331173101 「早くしないと日が暮れちゃう!」と16時半から、「オマーンで一番美しい」とも言われる村の中の散策に出発した。
 村には、デーツとバナナの果樹園が広がっている。背がすっと高いデーツの木の足下にバナナを植えるのが定番のようだ。そして、果樹園で働いているのはバングラディシュからの出稼ぎの人が多いという話だ。
 ファラジ(水路)は、日を決めて流す場所を決めているそうで、水が流れていない水路もあった。工夫である。

 「散策」と言われつつ、結構なアップダウンがあって、へとへとになった。
 日暮れが近いこともあり、ガイドさんはいくつかあるらしい散策コースのうち短いものを選んで回ってくれたようだ。
 ちょうど、夕日を浴びた土壁の街並みも見ることができた。

20231230_170854 散策の最後に、蜂蜜屋さんに立ち寄った。
 もちろんここでもコーヒーとデーツのおもてなしがある。疲れたところに甘いものと飲み物をいただけるのは有り難い。
 蜂蜜も試食させてもらう。フランキンセンスの蜂蜜がやはり人気だ。オマーンと言えばのフランキンセンスのはちみつと、Zizpusの蜂蜜を購入する。
 試食して一番美味しいと思ったZizpusだけれど、未だにこれが何なのか分かっていない。
 瓶の蓋には間違いなくZizpusと書いてあるけれど、実はこれはZiziphus(ナツメ)の間違いだったんじゃないかと思っている。

 17時半くらいにホテルに戻ってきた。
 お部屋はこの写真の手前にも同じくらいの広さのスペースがあって広い。スタンド型のコートかけが置いてあり、物干し棹代わりに活躍させてもらった。
 支配人のおじさんが「Big balcony」と自慢げに紹介してくれたバルコニーは確かに一部屋分くらいの広さがあり、周りにベンチも設置されていて、なかなか座り心地が良い。
 このバルコニーの手前、2段くらい上がったところにバスルームがある。
 「散策」で結構な汗をかいたので、夕食前にシャワーを交替で浴びた。

お部屋バルコニー

 夕食は19時から、フロントの上にあるテラスでいただいた。
 ホテル近くに住む奥様方の手によるオマーン伝統料理のビュフェである。
 サラダ、ホムス(ヨーグルト風味が強い胡麻ペーストだった)、パン、豆カレー、チキンカレー、ビーフカレー、ライスという漢字だった。
 今日と明日は禁酒デーで、レストランでお酒の提供はない。マンゴージュースをお願いしたらフレッシュジュースで美味しかった。
 食事のたびに必ずマンゴージュースを頼んでいたツアーメンバーの方によると「一番美味しい」マンゴージュースだったらしい。嬉しい。
 また、デザートとコーヒーも供されて、ペースト状のデーツを挟んだクッキーにココナツをまぶしたお菓子が美味しかった。

夕食デザート

 食事の際は自己紹介タイムなどもあって盛り上がり、食後は3人で集まって我々のお部屋についていたバルコニーでおしゃべりした。いわば「女子会」である。
 流石に夜になると風が涼しくて、フリースを着込む。
 ただ、この女子会では若干思うところもあって、少々疲れてしまったというのも本音だ。
 23時過ぎに就寝した。

 12月30日(日本時間)の歩数:10829歩

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2024.03.16

オマーン旅行記3日目その1

2023年12月30日(土曜日)

 6時30分モーニングコールと言われ、何かと準備に時間がかかるので5時30分に目覚まし時計をセットした。
 意外と眠れて5時過ぎに目が覚め、そのままえいやっと起き出した。
 メールをチェックし、荷造りをしているうちに電話が鳴り、受話器を取ると無言で切れた。いたずら電話のようなモーニングコールである。

朝食 7時にレストランに行くと「ただいま準備中」という感じだった。
 コールドミールが出揃い、ホットミールは追々補充します、というところだ。
 この後すぐバス移動だし、控えめにしておく。
 朝食のコーヒーにスパイスは入っておらず、ちょっとほっとする。

ホテルの窓からの景色 「時間短縮のため、バゲージダウンはなし。各自でキャリーケースを転がして8時にロビー集合」という案内はむしろ有り難い。
 お陰で、ホテルの窓から見えた景色を写真に撮る余裕もある。
 雲一つないいいお天気でだ。流石「砂漠の国」だ。
 「鉄筋なんて入っていないんだろうなぁ」という数階建てのビルはいいとして、その奥に見える岩山が、何とも「砂漠の国」らしくなくて面白い。

 8時にホテルを出発した。
 出発で30分もかからずに、スルタン・ カブース・グランドモスクに到着した。
 このモスクは2001年に完成したオマーン最大のモスクである。
 建造に当たって、当時の国王は、祈りの場としての役割はもちろんのこと、イスラム文化の啓蒙という役割も果たさんという目的も持っていたそうだ。
 俗っぽく言うと、「観光の目玉に!」という意欲満々だったということだろう。
 実際、スルタン・カブース・グランドモスクは、オマーン国内で唯一、イスラム教徒ではない観光客の入場が許されている。
 午前中8時から11時までは観光客の時間、午後はイスラム教徒の時間だ。
 
 オマーン国内ではほぼ飲酒できる場所がないという話を聞いたときから、かなりイスラムの戒律が厳しい国なんだろうと思っていた。
 スルタン・カブース・グランドモスクの見学に当たっても、観光客の見学が許されているとはいえ、服装には厳しいチェックが入る。
 肌を見せることは厳禁だし、女性は髪をスカーフ等で覆う必要がある。
 ツアーメンバーにお一人、レギンスと靴下の間が3cmばかり空いている方がいらっしゃって、入場の際スタッフから「ちゃんと隠すように」というチェックが入った。
 そういった場合には、入口でイスラム教徒の女性が来ているアバヤを貸し出して貰える。ちょっと羨ましい。

モスク全景 彼女を待っているときに、ちょうど一緒に出発したもう一つのツアーのみなさんがやってきた。
 もう一つのツアーは「文化」をテーマにしたツアーで、添乗員さんに聞いたところでは現地ガイドさんも文化や美術に造詣の深い方に依頼しているそうだ。
 なるほど、ツアー代金の差はこういった所からも生まれるのだなと納得する。
 とはいえ、我々のツアーの添乗員さんも実は美術がご専門で、かなり詳しく説明してくださる。
 きちんと聞けていなかったり覚えられなかったり、本当に申し訳ない限りだ。

 スルタン・カブース・グランドモスクは、当時のオマーン国王カーブース・ビン・サイードが1993年に開催したコンペで設計が決まり、そこから7年近くの年月をかけて建造されている。
 ミナレットが5本あり、モスクとしての格は高い。
 ミナレットを5本とも1枚の写真に収めようと色々とチャレンジしたけど果たせなかった。残念である。

 ちなみに、イスタンブールにあるスルタンアフメト・モスクには6本のミナレットが、メッカにあるモスクには7本のミナレットがあるそうだ。
 何でも、元々メッカにあるモスクのミナレットは6本で、他のモスクが6本のミナレットを持つことは許されていなかったらしい。しかし、イスタンブールのモスクがうっかりと6本のミナレットを持ってしまい、そこよりも格が上であることを明確にするため、メッカのモスクは7本目のミナレットを建造した、という。
 本当の話なら、随分とメッカのモスクは随分と寛大だと思う。

 建物の内部では靴を脱ぐ必要がある。各所に靴箱が用意されているけれど、何故か幅が15cmくらいしかなく、左右の靴を入れるには重ねなくてはならない。
 それだけ多くの見学者と礼拝者を見込んでいるということかも知れないけれど、重ねなくても入る幅にしてくれれば良かったのになと勝手なことを思う。

 最初の建物に入ると、添乗員さんが「この建物を見てどう思いますか」と実に漠然とした問いを発した。
 何を聞かれている? どこを気にすべき? と思っていたら、お一方が「狭い?」とおっしゃった。
 なるほど、一時は「世界で一番大きかった」モスクである。そう考えれば狭い。
 ここは女性用の祈りの場で、本命はこの奥にあるという話だ。

女性用の祈りの場女性用の祈りの場

 そして、添乗員さん曰く、壁や扉などの細部まで精巧な装飾が施されており、そういったところにも注目して見ると面白いし興味深いということだった。

室内装飾室内装飾

室内装飾室内装飾

室内装飾室内装飾

 いったん外に出て靴を履き、「本命」と言うべき男性用の祈りの場に向かう。
 途中、うっとおしかったのか髪に巻いたスカーフを外しているヨーロピアンの女性が、スタッフに笛を吹かれ、注意を受けていた。完全に髪を隠すことまでは求められていないようだけれど、「隠そうとしていない」のは許されないのだろう。
 チェックを受けるのは入口だけではない。

 男性用の祈りの場と女性用の祈りの場を囲むように回廊が設けられ、その外側にもお部屋があったり、階段で下の階に降りられるようになったりしている。
 ドームの上には宝珠のような形をしたものと、さらに一番上に三日月型の飾りがある。これらの意味を教えてもらったようなきがするのにどうしても思い出せない。

モスクのドーム-2回廊

回廊から見たモスク階下

 男性用の祈りの場は、女性用のものよりも遙かに大きい。
 豪華絢爛以外の何ものでもない内部装飾である。
 ブルーを基調にした涼しげな内装で、女性用の祈りの場が木の色をベースにした温かみのある色味であったのと対照的だ。
 そこに敷かれたペルシャ絨毯は4000平米以上もあるという。一体何人が何年がかりで織り上げたのだろうと思う。設計前に発注はできないだろうから、7年以内であることは確かだ。

20231230_091218 メッカの方向を示すミフラーブもブルーを基調としたタイルで埋め尽くされ、当然のことながら写真スポットとなっていた。
 天井近くは、鍾乳石のような窪みが無数に覆うデザインとなっている。

 また、中央で輝くオーストリア製のシャンデリアは、ドームの天井が高すぎ、ドーム自体が大きすぎてその大きさを実感できないけれど、高さ14m幅8mもあり、スワロフスキーガラスと金で作られているそうだ。
 それはキラキラと輝く訳である。

 アブダビにあるシェイク・ザイード・グランドモスクは、このスルタン・カブース・グランドモスクを凌駕しようと志して建造されており、概ね大きさとしては「世界で二番目」であることが多いようだ。
 シェイク・ザイード・グランドモスクのその指向は宗教施設としてどうなんだと思う。結果として、こちらのモスクの方が「品が良い」感じがしてしまうくらいだ。

 男性用の祈りの場を一通り案内してもらったところで、40分間のフリータイムとなった。
 正確に言うと、添乗員さんは「写真撮影タイム」とおっしゃった。このフォトジェニック過ぎるモスクにいたら、そういう表現になるのも頷ける。

 添乗員さんにお勧めしてもらったとおり、飾り窓と柱が並ぶ回廊の写真を撮る。
 光が射して、飾り窓の紋様を浮かび上がらせ、大理石の白と木の茶色だけで飾られて綺麗だ。
 もちろん、モスクの外観をできるだけ大きく写真に収めようと奮闘する。これはなかなか上手く行かない。

ミフラーブミフラーブ

ミフラーブミフラーブ

ミフラーブミフラーブ

ミフラーブミナレット

モスク全景モスク全景

 お手洗いを探してうろうろしていたら、スーベニアショップにたどり着いた。
 ツアーメンバーの方がいらっしゃって、スーベニアショップの前にいた年配の女性に声をかけると「イスラームとは?」というイスラム教について解説した「イスラミック・インフォメーション・センター」発行の本をフリーでいただけると教えていただいた。
 有り難くいただく。

 また、実はお手洗いの場所が滅茶苦茶分かりにくくて、同じフロアにはなく、回廊から1階層下がったところにあるという。そちらも教えていただいて、すっかりお世話になってしまった。
 スルタン・カブース・グランド・モスクのお手洗いは清潔に整えられている。トイレットペーパーは備え付けられていないので、持参する必要がある。また、ペーパー類は流さずにゴミ箱に捨てる必要がある。この後に立ち寄ったお手洗いは、概ね同じ状況だったと思う。

岩山と荒れ地 10時過ぎに見学を終え、海際にあるマスカットから内陸にあるニズワ方面に向けて出発した。
 昨日はバスにコースターと言うらしい荷物車のようなものを繋げていたけれど、今日はキャリーケースを後方の座席に押し込んでちょっと狭い。
 窓から見える景色は概ね「荒れ地」「岩山」以上、という感じだ。
 オマーンは地層が現れている場所が多く、地層マニア垂涎の場所であるらしい。確かに綺麗な縞になっている岩肌を何度も見かけた。

レモンミントジュース 12時過ぎ、アル・ハムラに向かう途中のイエメン料理のレストランでランチをいただいた。
 暑いとまでは言わずとも日差しも強く、レモンミントジュースが美味しい。
 この後行った大抵のレストランでレモンミントジュースはメニューに載っていたと思う。
 このレストランでは生のミントを使っていて、さっぱりして美味しかった。

 お食事は、まずスパイシーなスープが出され、レモンが添えられたグリーンサラダが続く。
 確かかなり辛みの強いドレッシングが出てきて、うっかりそれだけ食べてしまうと悶絶する辛さだったと思う。
 メインは、チキン、ビーフ、フィッシュから選ぶことができ、「小さい」と言われたお魚が25cmくらいありそうなお魚丸ごと1匹だったのには驚いた。
 どれもたっぷりの量が供されて、シェアする形で色々食べることができ、ライスにはフライドオニオンも散らされていたし、どれも美味しかった。

サラダとスープチキンとライス

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