2024.04.06

オマーン旅行記4日目その1

2023年12月31日(日曜日)

 まだ若干の時差ぼけが残っているのか、昨夜は23時過ぎに就寝し、今朝、最初に目が覚めたのは4時半だった。
 元々、旅先ではあまり熟睡できないので、むしろこれはよく眠れた方である。
 5時半に起き出して、荷造りを始める。
 冬でもあるし、谷間にあるミスファット・アル・アブリーン村の日の出は遅い。
 7時近くになって、バルコニーから朝焼けを望むことができた。
 今日もいいお天気だ。

朝食 前日に「キャニオニング中のパスポート管理をどうするか」という話があり、「自分で防水措置を施して持ち歩く」「添乗員さんに預ける」「キャリーケースに入れて鍵を掛ける」といった選択肢があった中、「キャリーケースに入れておけば盗まれるときはバスごとだよ」と三つ目の方法を選んだ。
 キャニオニング後の着替えなどを手元に置けるようにトートバッグに用意し、何とか荷造りを終える。
 日本国内でもキャニオニングなんてやったことがなく、実はこの時点でも「何をするのか」よく分かっていなかった。荷造りをしていても、我ながらどうにも要領を得ない。

 7時過ぎに昨夜夕食をいただいたレストランに行く。
 このときになってやっと、自分が泊まっていたお部屋の真上が屋上テラスのレストランだったと気がついた。
 朝食もビュフェ式で、クレープ、卵焼き、豆のカレー、ヨーグルト、メロン、りんごジュースとコーヒーをいただいた。
 この後のバスでの長距離移動に備え、控えめにしたつもりである。

散策路ワジ 早起きして荷造りをがんばったお陰で、8時の出発まで少し時間が余ったたので、ホテル内なのかホテルから出てしまっているのか境界が分からないなと思いつつ、部屋の周りを少しだけ散歩した。
 部屋の近くのワジは今は「水を流す順番」が回ってきていたようで、豊富な水が流れていた。気持ち良い。
 デーツの木が多い被さるような道も、日陰ができてちょうどいい散歩コースになっている。

 今日もホテルスタッフがキャリーケースを運んでくれるので、移動中に使うものをまとめてバスまで持って行く。
 今日は、ツアー中2回予定されているうち最初のキャニオニングの予定だ。
 更衣室のようなところはないので、朝の出発時点で水着やラッシュガードを着込み、靴も宇ローターシューズを履いた。

 バスは昨日登ってきた道を快調に飛ばして降りて行く。
 天気も良く、いい眺めだ。
 山を下りきったところで、ぽつんと豪邸が建っているところでバスが駐まったなと思ったら、そこはガイドさんの家だったそうだ。
 お宅で(奥様がというよりもメイドさんがいるっぽかった)コーヒーのポットを用意してくださったらしい。
 その後の車内では、しばらくガイドさんの家と懐事情について質問が飛び交った。
 まとめると、産油国であるオマーンでは、ある程度の年数を就労するとかなり潤沢な年金(のようなものだと思う)が支給される制度になっているようだった。
山を下りるガイドさん宅に寄り道

ニズワのモスク オマーンで2番目に大きいというニズワのモスクは、「観光用」も兼ねて建てられたというマスカットのスルタン・カブース・グランドモスクと比べると随分と素朴な印象である。
 オマーンで一番古いという要塞の横を通り過ぎ、途中のカフェでガイドさんが注文していた本日のランチをピックアップする。
 2時間半くらい走ったところで1回トイレ休憩が入り、出発して4時間半、キャニオニングをするワディ・バニ・ハリッドのオアシスを見下ろす場所でフォト・ストップとなった。
 正直に言うと、昨日見たアル・ハムラのオアシスとほぼほぼ同じ風景である。

 そこから5分も走らないうちに駐車場に到着した。
 ここから、ワディ・バニ・ハリッドでのキャニオニングに出発である。
 パスポート等はドライバーさんが預かってくれることになり、ランチはガイドさんが運んでくれると言う。聞けば、水に入らずとも迂回路を歩いて本日の目的地である滝壺まで行くことができるそうだ。ただし、そちらは「崖を登って降りて行く」感じになるという。
 泳いだ方が安全かつ楽に進めそうである。

 添乗員さんが日本から持参してくれたライフジャケットを着込み、それぞれ必要なものを防水バッグに入れる等して装着し、12時45分くらいに出発した。
 カメラはすぐ手に取れるところに持っていたいし、オリンパスのTGシリーズは水中でも使用可である。
 ストラップを外して荷物に入れっぱなしになっていた靴紐を結んでシリコンジャケットだけ装着したデジカメを首から下げ、そのままだと泳ぐときに邪魔なので借りたライフジャケットのポケットに入れた。
 スマホだけでなくデジカメも持参された方が多かったのは、シュノーケリングの予定も含め、水の中で使うことが想定されているからだと思う。
 スマホの方は、防水バッグに入れ、撮影するときだけ取り出していらっしゃるようだった。

キャニオニング村の中をスタート 最初のうちは村の中の道をお散歩気分でのんびり歩いていた。
 確かこの日の最高気温は27度くらいだったと思う。日差しが強く、濡れたり脱げたりしそうなのが面倒で帽子を被らなかった私の頭のてっぺんはかなり熱くなる。
 村を出ると同時に道が途絶え、岩がごろごろした道なき道を歩くようになる。ガイドさんの後を付いて、歩きやすそうな場所を探しつつ歩く。

 水の中も歩くし、泳がないとならない場所もある。
 歩こうとすると岩がツルツルとして滑って転びそうになるし、ライフジャケットを着けているとはいえ足の立たない深さのところでは泳がないと前に進めない。
 結構ハードな行程である。

キャニオニングキャニオニング

キャニオニングキャニオニング 手を貸したり借りたり、「歩くよりも手を岩について手で歩いてしまった方が滑らない」と教えていただいたり、泳いでいるときには「この辺りまで来れば足が立つ」と知らせたり教えてもらったりしつつ、進んで行く。
 軍手をされている方がいらして、「賢い!」と思う。
 岩をよじ登ったり隙間を通り抜けたり、1カ所だけ鎖が付いていてその鎖に頼りつつ水の中に入るような場所もあった。

滝壺 アドベンチャーなあれこれをこなしつつ歩くこと約1時間、滝壺に到着した。
 滝壺はちょうどプールのようになっていて、川の流れもなく、エメラルドグリーンの水の色が綺麗である。
 澄んでいる。

 泳いで滝の水が落ちる直下まで行ってみたり、写真を撮りまくったり、1時間くらいも楽しんでしまった。
 そういえば滝壺に入るときには結構な段差の岩場を降りていて、散々遊び疲れた後で水から上がるのは大変で、添乗員さんに引っ張り上げてもらったようなものだった。申し訳ない。
 そして、水から上がったら猛烈に寒かった。
 まだ14時過ぎだというのに、峡谷なためか、恐ろしい勢いで日が陰って行く。

ランチ 日向を追った筈があっという間に日陰になってしまった岩の上でランチをいただく。
 ランチのサンドイッチは「ビーフ」「チキン」「エッグ&チーズ」から、いくつでも食べたいだけオーダーして良いという太っ腹さだった。
 私はチキンとエッグ&チーズをお願いしていた。
 チキンはカレー味で滅茶滅茶辛かったのだけれど、他の方に「すっごく辛かったですよね!」と言ったら「私のはそんなに・・・。」という答えだったので、もしかすると「当たり」だったのかもしれない。エッグ&チーズがマイルドな味で、かつこちらを2個目にして良かった。
 飲み物は、レモンミントジュースの大きなペットボトルをガイドさんが運んで来てくれており、これがなかなか美味しい。
 濡れたラッシュガード超しに感じられる風が冷たい。寒さに震えつつランチをいただいた。

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2024.03.30

オマーン旅行記3日目その2

2023年12月30日(土曜日)

 レストランから車で10分ほど走り、アル・ハムラの全体を見渡せる場所でフォトストップとなった。
 オアシスでナツメヤシの緑が広がり、その向こうに土壁で作られた家が並んでいる。
 行ってみて分かったけれど、今はその土壁の家に住んでいる人はほとんどいないようだった。
 海に面したマスカットから、だいぶ内陸に進んできた。

アル・ハムラ全景

アル・ハムラアル・ハムラ

 フォトストップした場所からさらに車で10分ほどで、アル・ハムラに到着した。
 街中にファジと呼ばれる水路があるところがオアシスっぽいと思う。水路沿いには、洗濯場のような建物も見かけた。
 日中だからなのか、そもそもこの街中に住んでいる人が少ないのか、その洗濯場にも人はいなかったし、そもそもほとんど人を見かけない。
 在住者っぽかったのはこのおじさんくらいで、皆で頼んだら写真を撮らせてくれた。 

アル・ハムラアル・ハムラ

 歩いている人がいたよ! と思ったら、その女性は、我々がこれから見学する民俗資料館「ベイト・アス・サファ」のスタッフの方だった。
 彼女について行き、靴を脱いでお邪魔して見学開始である。

デーツシロップのコーナーデーツシロップのコーナー 部屋によって担当スタッフが変わるのか、今ひとつシステムがよく分からないまま、「ここで待て」と言われて待っているとそのうちデーツシロップの採取の方法を再現した場所で味見をさせてもらったりする。
 日本人は我々のみだったけれど、ヨーロピアンをおぼしき見学者が50人近くいたのではないかと思う。
 人気の観光地だという話は伊達ではない。

クレープ焼きの実演 実演コーナーのようなスペースも設けられていて、小麦粉と塩と水だけで作る薄いクレープのようなパンを焼いて味見させていただいた。ミニマムな材料で作られているこのクレープが、パリパリした食感もあって美味しく感じる。
 豆を挽いた粉を水で溶いて芥子色のローションのようなものを作ってそれを額に塗るのだと教えてもらって試した。あれが何という名前でどんな意味があってどんな効果があるのか、聞いた筈なのに全く覚えていない。我ながら情けない。

モリンガオイル また、コーヒー豆を炒ったり挽いたりしているとその音が家中に響き、「団欒の時間ですよ」という合図になったのだと教えていただいた。
 ガイドさんによると、そうした一家団欒の習慣も「スマホの登場で全てが変わった」ため、今ではほとんどないらしい。そう言うガイドさん自身、バスの中ではずっと動画を見ていた。

 同じお部屋では、ムスクと、「昨日ここで作った」というモリンガオイルがそれぞれ1本1オマーンリアルで売られていた。
 モリンガオイルはアンチエイジングの効能があると知られているそうで、ツアーメンバーに常用されている方がいらっしゃったこともあって、我々だけでほぼ買い占めたのではないかと思う。
 モリンガオイルは、モリンガの種(だと思う)をすりつぶしてこねて塊にし、その塊を押して絞って抽出するらしい。かなりの重労働だ。

ベイト・アス・サファベイト・アス・サファ 2階と屋上もあって、かつての暮らしが再現されている。
 これが滅茶苦茶フォトジェニックな内装で、自分の目で見たときよりも写真に撮ったときの方が素敵に写っていたと思う。
 あちこちに吊されていた素焼きの壺はいわば冷房用で、水を入れて風通しのいいところに吊しておき、気化熱を利用して周りの温度を下げるために使われていたというお話だった。

 途中、絨毯にぺたりと座り、コーヒーとデーツをごちそうになった。ここでいただいたデーツが今回の旅行で食べた中で一番美味しかったような気がする。
 ツアーバスの中でもドライバーさんとガイドさんが大きなタッパーウエアに入ったデーツをよく回してくれた。
 オマーンのおもてなしは、オマーニコーヒーとデーツで決まりだ。

 屋上に上がるとアル・ハムラの土壁の家々を見ることができた。
 この土壁の家々はあとどれくらいこの姿を保つことができるんだろうと思う。
 屋上からの眺めを堪能した後は、入口まで戻ってお会計だ。
 ツアーメンバーの多くの方はクレジットカードで支払っていた。「クレジットカードで支払えるんだ!?」と思ったけれど、ヨーロピアンの観光客が多いことを思えば、当然のインフラなのかも知れない。
 ただ、通信環境はあまり良くないらしく、そして、もしかしたら土壁はあまり電波を通さないのか、スタッフが建物の外に出てカードリーダーを振って電波を捉えようとがんばっていた。

 ツアーバスでさらに15分くらい走り、15時過ぎに、ミスファット・アル・アブリーン村の駐車場に到着した。
 本日の宿であるMISFAH OLD HOUSEまでの道は狭く、昨夜聞いていたとおり車が通ることはできない。ホテルのスタッフが大挙してやってきて、我々のキャリーケースを頭の上や肩に担いで運んでくれた。
 有り難い。
 有り難いが、同時に、クリスマス休暇だからスタッフがいないという話は何だったんだろう・・・、とも思った。よく分からないけれど、添乗員さんとガイドさんの手腕に脱帽である。

 こちらの宿は様々なタイプのお部屋があって、インバスのお部屋と、シャワールーム+トイレが共同のお部屋があるという。添乗員さんがトランプを取り出してくじ引きをした。
 私は二人でバスルーム共有というお部屋で、こちらもよく分からないけれど、支配人っぽいおじさんが最初に案内された小さめのツインルームから、大きめのシングルルーム(バスルームをもう一つのシングルルームと共有・共同のバルコニー付き)に変えてくれた。ありがとう!
 ちなみに、マスカットのホテルに続き、こちらのホテルもバスタオルのみの提供だった。

20231230_164329_2024033117310120231230_163540_20240331173101 「早くしないと日が暮れちゃう!」と16時半から、「オマーンで一番美しい」とも言われる村の中の散策に出発した。
 村には、デーツとバナナの果樹園が広がっている。背がすっと高いデーツの木の足下にバナナを植えるのが定番のようだ。そして、果樹園で働いているのはバングラディシュからの出稼ぎの人が多いという話だ。
 ファラジ(水路)は、日を決めて流す場所を決めているそうで、水が流れていない水路もあった。工夫である。

 「散策」と言われつつ、結構なアップダウンがあって、へとへとになった。
 日暮れが近いこともあり、ガイドさんはいくつかあるらしい散策コースのうち短いものを選んで回ってくれたようだ。
 ちょうど、夕日を浴びた土壁の街並みも見ることができた。

20231230_170854 散策の最後に、蜂蜜屋さんに立ち寄った。
 もちろんここでもコーヒーとデーツのおもてなしがある。疲れたところに甘いものと飲み物をいただけるのは有り難い。
 蜂蜜も試食させてもらう。フランキンセンスの蜂蜜がやはり人気だ。オマーンと言えばのフランキンセンスのはちみつと、Zizpusの蜂蜜を購入する。
 試食して一番美味しいと思ったZizpusだけれど、未だにこれが何なのか分かっていない。
 瓶の蓋には間違いなくZizpusと書いてあるけれど、実はこれはZiziphus(ナツメ)の間違いだったんじゃないかと思っている。

 17時半くらいにホテルに戻ってきた。
 お部屋はこの写真の手前にも同じくらいの広さのスペースがあって広い。スタンド型のコートかけが置いてあり、物干し棹代わりに活躍させてもらった。
 支配人のおじさんが「Big balcony」と自慢げに紹介してくれたバルコニーは確かに一部屋分くらいの広さがあり、周りにベンチも設置されていて、なかなか座り心地が良い。
 このバルコニーの手前、2段くらい上がったところにバスルームがある。
 「散策」で結構な汗をかいたので、夕食前にシャワーを交替で浴びた。

お部屋バルコニー

 夕食は19時から、フロントの上にあるテラスでいただいた。
 ホテル近くに住む奥様方の手によるオマーン伝統料理のビュフェである。
 サラダ、ホムス(ヨーグルト風味が強い胡麻ペーストだった)、パン、豆カレー、チキンカレー、ビーフカレー、ライスという漢字だった。
 今日と明日は禁酒デーで、レストランでお酒の提供はない。マンゴージュースをお願いしたらフレッシュジュースで美味しかった。
 食事のたびに必ずマンゴージュースを頼んでいたツアーメンバーの方によると「一番美味しい」マンゴージュースだったらしい。嬉しい。
 また、デザートとコーヒーも供されて、ペースト状のデーツを挟んだクッキーにココナツをまぶしたお菓子が美味しかった。

夕食デザート

 食事の際は自己紹介タイムなどもあって盛り上がり、食後は3人で集まって我々のお部屋についていたバルコニーでおしゃべりした。いわば「女子会」である。
 流石に夜になると風が涼しくて、フリースを着込む。
 ただ、この女子会では若干思うところもあって、少々疲れてしまったというのも本音だ。
 23時過ぎに就寝した。

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2024.03.16

オマーン旅行記3日目その1

2023年12月30日(土曜日)

 6時30分モーニングコールと言われ、何かと準備に時間がかかるので5時30分に目覚まし時計をセットした。
 意外と眠れて5時過ぎに目が覚め、そのままえいやっと起き出した。
 メールをチェックし、荷造りをしているうちに電話が鳴り、受話器を取ると無言で切れた。いたずら電話のようなモーニングコールである。

朝食 7時にレストランに行くと「ただいま準備中」という感じだった。
 コールドミールが出揃い、ホットミールは追々補充します、というところだ。
 この後すぐバス移動だし、控えめにしておく。
 朝食のコーヒーにスパイスは入っておらず、ちょっとほっとする。

ホテルの窓からの景色 「時間短縮のため、バゲージダウンはなし。各自でキャリーケースを転がして8時にロビー集合」という案内はむしろ有り難い。
 お陰で、ホテルの窓から見えた景色を写真に撮る余裕もある。
 雲一つないいいお天気でだ。流石「砂漠の国」だ。
 「鉄筋なんて入っていないんだろうなぁ」という数階建てのビルはいいとして、その奥に見える岩山が、何とも「砂漠の国」らしくなくて面白い。

 8時にホテルを出発した。
 出発で30分もかからずに、スルタン・ カブース・グランドモスクに到着した。
 このモスクは2001年に完成したオマーン最大のモスクである。
 建造に当たって、当時の国王は、祈りの場としての役割はもちろんのこと、イスラム文化の啓蒙という役割も果たさんという目的も持っていたそうだ。
 俗っぽく言うと、「観光の目玉に!」という意欲満々だったということだろう。
 実際、スルタン・カブース・グランドモスクは、オマーン国内で唯一、イスラム教徒ではない観光客の入場が許されている。
 午前中8時から11時までは観光客の時間、午後はイスラム教徒の時間だ。
 
 オマーン国内ではほぼ飲酒できる場所がないという話を聞いたときから、かなりイスラムの戒律が厳しい国なんだろうと思っていた。
 スルタン・カブース・グランドモスクの見学に当たっても、観光客の見学が許されているとはいえ、服装には厳しいチェックが入る。
 肌を見せることは厳禁だし、女性は髪をスカーフ等で覆う必要がある。
 ツアーメンバーにお一人、レギンスと靴下の間が3cmばかり空いている方がいらっしゃって、入場の際スタッフから「ちゃんと隠すように」というチェックが入った。
 そういった場合には、入口でイスラム教徒の女性が来ているアバヤを貸し出して貰える。ちょっと羨ましい。

モスク全景 彼女を待っているときに、ちょうど一緒に出発したもう一つのツアーのみなさんがやってきた。
 もう一つのツアーは「文化」をテーマにしたツアーで、添乗員さんに聞いたところでは現地ガイドさんも文化や美術に造詣の深い方に依頼しているそうだ。
 なるほど、ツアー代金の差はこういった所からも生まれるのだなと納得する。
 とはいえ、我々のツアーの添乗員さんも実は美術がご専門で、かなり詳しく説明してくださる。
 きちんと聞けていなかったり覚えられなかったり、本当に申し訳ない限りだ。

 スルタン・カブース・グランドモスクは、当時のオマーン国王カーブース・ビン・サイードが1993年に開催したコンペで設計が決まり、そこから7年近くの年月をかけて建造されている。
 ミナレットが5本あり、モスクとしての格は高い。
 ミナレットを5本とも1枚の写真に収めようと色々とチャレンジしたけど果たせなかった。残念である。

 ちなみに、イスタンブールにあるスルタンアフメト・モスクには6本のミナレットが、メッカにあるモスクには7本のミナレットがあるそうだ。
 何でも、元々メッカにあるモスクのミナレットは6本で、他のモスクが6本のミナレットを持つことは許されていなかったらしい。しかし、イスタンブールのモスクがうっかりと6本のミナレットを持ってしまい、そこよりも格が上であることを明確にするため、メッカのモスクは7本目のミナレットを建造した、という。
 本当の話なら、随分とメッカのモスクは随分と寛大だと思う。

 建物の内部では靴を脱ぐ必要がある。各所に靴箱が用意されているけれど、何故か幅が15cmくらいしかなく、左右の靴を入れるには重ねなくてはならない。
 それだけ多くの見学者と礼拝者を見込んでいるということかも知れないけれど、重ねなくても入る幅にしてくれれば良かったのになと勝手なことを思う。

 最初の建物に入ると、添乗員さんが「この建物を見てどう思いますか」と実に漠然とした問いを発した。
 何を聞かれている? どこを気にすべき? と思っていたら、お一方が「狭い?」とおっしゃった。
 なるほど、一時は「世界で一番大きかった」モスクである。そう考えれば狭い。
 ここは女性用の祈りの場で、本命はこの奥にあるという話だ。

女性用の祈りの場女性用の祈りの場

 そして、添乗員さん曰く、壁や扉などの細部まで精巧な装飾が施されており、そういったところにも注目して見ると面白いし興味深いということだった。

室内装飾室内装飾

室内装飾室内装飾

室内装飾室内装飾

 いったん外に出て靴を履き、「本命」と言うべき男性用の祈りの場に向かう。
 途中、うっとおしかったのか髪に巻いたスカーフを外しているヨーロピアンの女性が、スタッフに笛を吹かれ、注意を受けていた。完全に髪を隠すことまでは求められていないようだけれど、「隠そうとしていない」のは許されないのだろう。
 チェックを受けるのは入口だけではない。

 男性用の祈りの場と女性用の祈りの場を囲むように回廊が設けられ、その外側にもお部屋があったり、階段で下の階に降りられるようになったりしている。
 ドームの上には宝珠のような形をしたものと、さらに一番上に三日月型の飾りがある。これらの意味を教えてもらったようなきがするのにどうしても思い出せない。

モスクのドーム-2回廊

回廊から見たモスク階下

 男性用の祈りの場は、女性用のものよりも遙かに大きい。
 豪華絢爛以外の何ものでもない内部装飾である。
 ブルーを基調にした涼しげな内装で、女性用の祈りの場が木の色をベースにした温かみのある色味であったのと対照的だ。
 そこに敷かれたペルシャ絨毯は4000平米以上もあるという。一体何人が何年がかりで織り上げたのだろうと思う。設計前に発注はできないだろうから、7年以内であることは確かだ。

20231230_091218 メッカの方向を示すミフラーブもブルーを基調としたタイルで埋め尽くされ、当然のことながら写真スポットとなっていた。
 天井近くは、鍾乳石のような窪みが無数に覆うデザインとなっている。

 また、中央で輝くオーストリア製のシャンデリアは、ドームの天井が高すぎ、ドーム自体が大きすぎてその大きさを実感できないけれど、高さ14m幅8mもあり、スワロフスキーガラスと金で作られているそうだ。
 それはキラキラと輝く訳である。

 アブダビにあるシェイク・ザイード・グランドモスクは、このスルタン・カブース・グランドモスクを凌駕しようと志して建造されており、概ね大きさとしては「世界で二番目」であることが多いようだ。
 シェイク・ザイード・グランドモスクのその指向は宗教施設としてどうなんだと思う。結果として、こちらのモスクの方が「品が良い」感じがしてしまうくらいだ。

 男性用の祈りの場を一通り案内してもらったところで、40分間のフリータイムとなった。
 正確に言うと、添乗員さんは「写真撮影タイム」とおっしゃった。このフォトジェニック過ぎるモスクにいたら、そういう表現になるのも頷ける。

 添乗員さんにお勧めしてもらったとおり、飾り窓と柱が並ぶ回廊の写真を撮る。
 光が射して、飾り窓の紋様を浮かび上がらせ、大理石の白と木の茶色だけで飾られて綺麗だ。
 もちろん、モスクの外観をできるだけ大きく写真に収めようと奮闘する。これはなかなか上手く行かない。

ミフラーブミフラーブ

ミフラーブミフラーブ

ミフラーブミフラーブ

ミフラーブミナレット

モスク全景モスク全景

 お手洗いを探してうろうろしていたら、スーベニアショップにたどり着いた。
 ツアーメンバーの方がいらっしゃって、スーベニアショップの前にいた年配の女性に声をかけると「イスラームとは?」というイスラム教について解説した「イスラミック・インフォメーション・センター」発行の本をフリーでいただけると教えていただいた。
 有り難くいただく。

 また、実はお手洗いの場所が滅茶苦茶分かりにくくて、同じフロアにはなく、回廊から1階層下がったところにあるという。そちらも教えていただいて、すっかりお世話になってしまった。
 スルタン・カブース・グランド・モスクのお手洗いは清潔に整えられている。トイレットペーパーは備え付けられていないので、持参する必要がある。また、ペーパー類は流さずにゴミ箱に捨てる必要がある。この後に立ち寄ったお手洗いは、概ね同じ状況だったと思う。

岩山と荒れ地 10時過ぎに見学を終え、海際にあるマスカットから内陸にあるニズワ方面に向けて出発した。
 昨日はバスにコースターと言うらしい荷物車のようなものを繋げていたけれど、今日はキャリーケースを後方の座席に押し込んでちょっと狭い。
 窓から見える景色は概ね「荒れ地」「岩山」以上、という感じだ。
 オマーンは地層が現れている場所が多く、地層マニア垂涎の場所であるらしい。確かに綺麗な縞になっている岩肌を何度も見かけた。

レモンミントジュース 12時過ぎ、アル・ハムラに向かう途中のイエメン料理のレストランでランチをいただいた。
 暑いとまでは言わずとも日差しも強く、レモンミントジュースが美味しい。
 この後行った大抵のレストランでレモンミントジュースはメニューに載っていたと思う。
 このレストランでは生のミントを使っていて、さっぱりして美味しかった。

 お食事は、まずスパイシーなスープが出され、レモンが添えられたグリーンサラダが続く。
 確かかなり辛みの強いドレッシングが出てきて、うっかりそれだけ食べてしまうと悶絶する辛さだったと思う。
 メインは、チキン、ビーフ、フィッシュから選ぶことができ、「小さい」と言われたお魚が25cmくらいありそうなお魚丸ごと1匹だったのには驚いた。
 どれもたっぷりの量が供されて、シェアする形で色々食べることができ、ライスにはフライドオニオンも散らされていたし、どれも美味しかった。

サラダとスープチキンとライス

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2024.02.25

オマーン旅行記2日目その2

2023年12月29日(金曜日)

 12月29日は長い。
 15時半過ぎ、マイクロバスでダウ船クルーズに向けて出発する。
 この30分の間にガイドさんが調達してきてくれたチーズクロワッサン、チョコクロワッサン、オレンジジュースで昼食である。喉が渇いていたらしく、オレンジジュースがやたらと美味しい。

 15〜20分で港に到着した。
 我々が乗るクルーズのダウ船の他、クルーザーがたくさん停泊している。
 まだ乗船は始まっておらず、ヨーロピアンと思われる人たちが大勢集まっていた。添乗員さんによると、ヨーロッパから中近東は比較的近い「リゾート地」らしい。

ダウ船 16時くらいに乗船が始まった。
 どうやら今日は集客が良かったらしく、2階建ての大型のダウ船である。
 ガイドさんに「ダウ船のダウってどういう意味?」と質問した方がいらしたけれど、ガイドさんの答えは「ダウ船はダウ船だ」みたいな感じだったらしい。
 ドバイのクリークにたくさん停泊していた船のことも「ダウ船」と呼んでいた記憶だけれど、そういえば「ダウ」の意味なんて気にしたことはなかった。

ネコ島 ダウ船の1階と2階にベンチ式にぐるりと椅子が作り付けになっている。
 2階に上がると操縦席があった。船長さんから簡単な説明もあるという話で、そのまま2階で過ごすことにした。
 16時10分頃に出航した。意外と時間どおりである。
 出港してすぐ、「ネコ島」の横を通る。
 「ネコ島」という名前かどうかは知らないけれど、岩の一右上のところが、後ろ向きのネコのように見える。
 こういう「見立て」は万国共通らしい。

 デーツとカルダモンなどのスパイスの入ったオマニコーヒーのおもてなしなどいただきつつ、サンセットクルーズを楽しむ。
 風が気持ちいい。
 ウルトラライトダウンジャケットを羽織ってちょうどいいくらいだ。

ダウ船からの眺めダウ船からの眺め

ダウ船からの眺めダウ船からの眺め

 ダウ船は海岸線に沿って進み、船からは左下の写真のように王宮を見ることもできた。
 オマーン国内にはいくつかの王宮があって、マスカットにあるこのアラム・パレスは主に外国からの国賓のために使われているそうだ。
 この王宮を挟むようにジャラリ・フォートとミラニ・フォートという二つの砦があり、日が落ちた後は王宮とともにライトアップされていた。

 ジャラリ・フォートとミラニ・フォートの他にも、ダウ船が進むにつれ、海沿いに作られたが見えた。
 いくつもあった砦のうち、中に入ることができるものもあって人が歩いている姿が見えた。展望台のようにもなっていたのかも知れない。
 16世紀の前半のマスカットはポルトガルに支配されており、その後もインド洋貿易の利権を巡っての争いがあったそうだから、海沿いに砦が並んでいることも頷ける。

 また、砦とともに香炉を模したモニュメントも望むことができる。
 乳香(フランキンセンス)はオマーンの特産品で、樹木から採取される固形の樹脂だ。茶香炉と同じように温めて香りを漂わせことができる。その際に使う香炉をモニュメントにしたという。
 このモニュメントも日没後はくるくると色を変えてライトアップされていた。

王宮 約2時間のサンセットクルーズを終え、ダウ船は18時10分過ぎに港に戻った。「クルーズに2時間?!」と聞いたときは驚いたけれど、なかなか楽しかった。
 バスでムトラ・スークに行く途中、ライトアップされた王宮に寄り道してくれた。
 王宮の鉄製の門には、日本の真っ直ぐな剣の上にハンジャルと呼ばれる半月刀がデザインされたオマーンの国章が飾られている。
 添乗員さんに、オマーン国王に日本人の王妃がいたと聞いて驚いた。そんなエピソードは「地球の歩き方」にも載ってなかった、ような気がする。

 その後、(こういうときこそチャットGPIの出番かと思いつつ)Google先生に聞いたところでは、1932年に若くして退位したオマーンのスルタン(国王)タイムール・ビン・ファイサルが来日し、神戸のダンスホールで日本人女性と知り合い、結婚したそうだ。
 女の子が生まれ日本で暮らしていたが、夫人は結核で亡くなった後、元国王はオマーンにいる第一妃に娘を預け、自身はインドのボンベイで暮らしていたらしい。割と酷い。
 その王女はオマーンで存命だという。1935年生まれだから90歳近い。

 オマーン王家と日本の意外な関わりのお話を聞きながらバスに戻り、ムトラスークに向かった。
 まずは両替である。
 店頭表示によると、このとき、100米ドルが38オマーンリアルだった。(米ドルが旧紙幣だと36オマーンリアルに下がるらしかった。)
 1米ドルが大体145円くらいだったから、1オマーンリアルは380円くらいである。高い。
 大体どこでもカードが使えます、お酒はほとんど飲めません、オマーンにはあまりお土産っぽいものはありません、あってもオマーン産のものはさらに少ないですと言われつつ、60ドルを両替した。

20231229_192637 軍資金を仕入れたところで、ムトラスークで19時10分から40分間のフリータイムである。
 最初にフランキンセンスのお店を見学した。
 店頭ではフランキンセンスが香炉で温められ、「もくもく」と言いたくなるような煙を出していた。香りも独特で、これを日本に買って帰って使うのはかなりハードルが高そうだ。
 白っぽいものほど質が高いという。

 買うかどうかは後で考えようと、スークの奥に進んでみる。
 暑い国のスークだから、今頃の時間帯が本番である。観光客も多い。
 お土産物屋さん、洋服屋さん、テーラー、ゴールドのアクセサリを扱っているお店もある。「まぁいいかな」と思いながら歩いていたせいか、特にお買い物をすることなく集合時刻までぶらぶらした。
 ツアーには、香辛料やコーヒーを購入したという方がいらして、お買い物上手だわと思う。

夕食(メインディッシュ)ホムスとノンアルコールビール ムトラスーク入口から歩いてすぐのところにある「Royal House」というイエメン料理(と言っていたと思う)のお店で20時頃から夕食をいただいた。
 「おぉ! ノンアルコールビールがある!」とオーダーする。ツアーの方が調べてくださったところによるとオランダ産であるらしい。
 美味しい。

 夕食のメニューは、ホブス(パン)、ホムス(ひよこ豆のペースト)、トマトとキュウリのサラダ、ライス、野菜のカレー、タンドリーチキン、白身魚の唐揚げだった。
 これが意外と美味しくて、見なしてぱくぱくいただいた。
 お店の照明が何故かブルーが基調になっており、写真に撮っても美味しそうに撮れないところが惜しい。
 1時間くらいかけてゆっくりいただいた。

 夕食が出てくるまでの時間を利用して翌日の案内があった。
 その際、「明日泊まるホテルで、クリスマス休暇でポーターがいない。駐車場からホテルまで数十段の階段があってキャリーケースを転がせない。袋を用意するので1泊2日用に荷物を別に用意してほしい」という話があって、ブーイングの嵐となる。
 今から? とか、明後日のキャニオニングのことまで考えてこれから荷造り? とか、1泊2日用に分けたとしてもそんなに荷物は減らない、とか、必要なものを絶対に忘れる自信がある、とか。
 結局、「何とかします」という結論になった。申し訳ない。でも、本当に無理だ。

ホテルの部屋 食事を終えて、21時半前にムトラホテルに戻った。
 ホテルの部屋はダブルルームで、ビジネスホテルっぽい造りだなと思う。
 シャワーを浴び、洗濯をし、ドライヤーを持参して良かったと思いつつ髪を乾かし、wi-fiに接続してメールチェックし、充電し、荷物整理をする。
 バスタブがないのは想定内だったけど、バスタオルがあるのにタオルがないのは想定外だった。
 窓の外から音楽が聞こえていて、一晩中続いたらどうしようと思っていたら、22時過ぎに止んだ。助かった。

 今日は長い1日だった。
 荷物も何もかもやりっぱなしのまま、23時過ぎに就寝した。

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2024.02.11

オマーンの写真をアップする

 PHOTO ALBUMに2023年12月から2024年1月の年末年始にオマーンに行ったときの写真をアップした。
 コメントは追々書くとして、写真を選び、仮タイトルを付け、時系列で並べてある。

 「オマーン 緑のオアシス」の写真は、こちら。

 旅行中は「今回はそんなに詳しく旅行記を書かなくてもいいかな」と思っていて、実際、写真もメモもあまり熱心に撮ったり取ったりしていなかった。
 帰国後、撮った写真を見返してみて、あまりにも欲しかった写真がないことに笑ってしまった。
 あんなにたくさん見た地層の写真が一枚もないのは何故なのか。

 それでも実は1000枚くらい撮っていた写真から30枚を厳選した、つもりである。

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2024.02.04

オマーン旅行記2日目その1

2023年12月29日(金曜日)

機内食 珍しく機内で5時間ほど眠れて起きた3時頃、食事が供された。
 成田ードバイ間の食事は全て特別食(ブランド(消化の良い)ミール(BLML))をリクエストしてもらっていて(食事ごとに変えられるかどうかは不明)、早めに持ってきてもらえる。
 メニューは、蒸した白身魚(トマトソース・ラタトゥイユ・ライス添え)、米粉パン、すりおろしりんご、バナナだった。飲み物のワゴンがやってきたのはほぼ食べ終わった後でコーヒーをいただく。
 機内食ですりおろしりんごが出てくるとは思わなかった。

 食後、「何故!」と自分で自分にツッコミを入れながら映画「私の幸せな結婚」 を見る。
 5時15分頃、エミレーツ航空EK-319便はドバイに到着した。予定よりも少し早い。
 飛行機を降りたところで二つのツアーの東京出発組で集合し、「マスカット行きのEK2398便はGate Fから出発する」、「Gate Fまではバスで40分程度かかる」、「大阪出発組とは搭乗口で合流する」と説明があった。
 「何かあったら電話してください」と添乗員さんの携帯番号を教えてもらい、「9時にこのエレベータで降りた0階に集合」と案内があって解散になった。

 日本国内のスマホの台数がすでに9000万台を超えていて、日本人はほぼほぼスマホを持っていると知っていたつもりだったけれど、久しぶりに「もはやスマホはインフラ」と身に沁みた。
 スマホを持たずガラケーとタブレットで生活するのは、とっくに限界だったと悟りつつ、「電話番号よりもメアドを教えてください!」と思ったけれど、トランジットで添乗員さんに連絡するような緊急事態も起こらないだろうし、そもそも電話する手段がないしと番号をメモすることもしなかった。

 恐らくコンコースCの到着エリアだったその場所は見事に殺風景で、お店らしきものも見当たらない。椅子もあったかどうか、という感じだ。
 こんな何もない場所で3時間以上もどうすれば・・・と困惑していたら、免税店エリアに行きたい人を添乗員さんがまとめて連れて行ってくれることになった。多分、全体の2/3くらいの人が一緒に移動したと思う。
 セキュリティチェックを受けて移動した先はコンコースCの出発エリアだったと思う。ブランドのお店やレストランなどが並んでキラキラしている。

ドバイ空港 セキュリティチェックを抜けたところで添乗員さんに「セキュリティチェックを受けずに今来た通路を逆走できる。来た通りに戻って、集合時刻までにさっきの集合場所に参集!」と言われたものの、「今来た通りに戻れる」自信がある人は一人もいなかった、と思う。
 結局、セキュリティチェックのこちら側に8時半集合、そこから先は添乗員さんに連れ帰ってもらえることになった。一安心である。
 ラウンジ使用希望の人でまとまって移動し、6時半頃プラザプレミアラウンジに入った。プライオリティパス使用の場合、ラウンジの使用時間は2時間に制限されていると説明があった。時間ぴったりだ。

 機内食をいただいてからそろそろ3時間が経ち、ほどよくお腹も空いている。
 一皿目はフルーツとヨーグルトと紅茶、二皿目はケーキとカフェラテをいただいた。
 iPadの充電をしたりwi-fiに繋いでメールチェックしたりする。
 近くの席にもう一つのオマーンツアーに一人参加されている私の母世代の女性3人がいらっしゃり、聞こえて来たお話の内容は「セレブですね!」の一言に尽きた。場違いな者がここにいて申し訳ない。

ラウンジで軽食ラウンジで軽食

 8時半に再集合し、添乗員さんの引率で集合場所に向かう。
 セキュリティチェック脇の通路を戻ったところまでは「来た道を戻って」いたと思う。
 しかし、その後「来た通りに戻る」ルートから不思議に外れてしまい、集合時刻を過ぎてGate Fに向かうシャトルバス乗り場に到着したものの、どうにも様子がおかしくて、別行動となった方々はいらっしゃらない。
 9時を過ぎたところで、添乗員さんから先に移動するよう指示があり、シャトルバスに乗り込んだ。

 ドバイ空港の建物内は記憶ほどは寒くなかったけれど、このシャトルバスの車内はフリースを着込むくらいに冷えていた。
 「このバスってGate Fに直行する?」、「終点で降りればいいのかしら?」などと居合わせた方とお話しつつ25分ほどバスに揺られ、9時半過ぎにGate Fに到着した。
 そこで、大阪出発組を率いてきた(そして私が参加するツアーの)添乗員さんとも合流でき、搭乗開始予定時刻の20分前に全員がGate Fに全員集合できた。地味に綱渡りである。

20231229_120047 エミレーツ航空のLCC フライドバイのEK2398便は、定刻から50分遅れの11時50分に離陸し、25分遅れの12時35分に着陸した。
 フライト時間が短いので、窓側席歓迎だ。
 眼下にドバイのパーム・アイランドが見えるかしらと期待したけれど、そもそもドバイ空港から見てパーム・アイランドとマスカットは完全に逆方向だったようだ。
 ちょっと残念である。
 しかし、岩山っぽい景色や、真っ青なアラビア海を見ることができた。

20231229_121320 機内では、サンドイッチとケーキ、お水の軽食が配付された。
 ドリンクサービスは省略である。
 ドバイ空港でセキュリティチェックを抜けた際、100ml以上の液体も没収されずに済み、日本から持ってきたお水をそのまま機内に持ち込めていて助かった。
 真ん中のケーキが意外と美味しくて完食した。

 ツアーごとに集合し入国審査に進むと、びっくりするくらいの長蛇の列だった。ディズニーランド並みである。
 並んでいる途中、日本パスポートの強みが健在だったのか、空港スタッフから我々にビジネスクラス&パイロット・客室乗務員専用の窓口に回るよう指示があった。
 ツアーメンバー全員で移動したところ、入国審査の窓口が二つしか開いていなくてなかなか進まない。空港スタッフさんとしてはもっと少人数を回そうと思っていたようだ。

 入国審査では写真撮影があり、目をつぶっている訳でも細めている訳でもないのに、入国審査官に無情に「目を開け!」と指示される人が続出する。オマーン人から見ると我々の目は「開いていない」ように見えるらしい。
 じりじりしながら待つこと数十分、14時10分にツアーメンバー全員がオマーンに入国できた。

 イスラム教の国であり、かつ結構戒律が厳しいらしいオマーンでは、お酒を飲める場所もお酒を購入できる場所も限られている。
 空港を逃すと外国人観光客が購入できる場所がないらしく、入国審査を抜け、ターンテーブルでキャリーケースをピックアップした先にあったお店でアルコール購入タイムがあった。添乗員さんが偵察し、ビールは12本セットでのみの販売だから希望者で分配しましょうと提案されていた。免税店あるあるだ。
 もう一つのツアーとのガイドさん入れ替わり事件があったり、危うく添乗員さんを空港に置き去りにしそうになったりしつつ、14時40分過ぎ、マスカットの空港を出発した。

20231229_145141 白っぽい街並みの写真をパチパチ撮っていたら、添乗員さんから、空港近くの辺りはいわば「新興住宅街」だと説明があった。
 伝統的な街並みは、今夜行く予定のムトラ・スークの辺りにあるそうだ。
 また、「オマーンでは水道水が飲めます」という話があって驚く。ツアーメンバーのどなたかが「世界に水道水が飲める国は十数カ国しかないと聞いたことがある、その内の一つがオマーンだと今知った」と呟いていた。

 この後は、ホテルにチェックインし、そのままホテルのレストランで昼食を食べる予定だった。
 しかし、本日乗船予定のダウ船が16時出航だという。ダウ船は「サンセットクルーズ」で、「次の便に乗る」訳には行かないらしい。
 最初は「15分でお昼ごはんを食べられると思う人!」と無茶なことを言っていた添乗員さんも、「ビュフェならいっそいで15分で食べられると思ったけど、オーダー式らしいので15分じゃ無理」という判断に落ち着いた。良かった。

 15時過ぎに本日と最終日の宿となるムトラ・ホテルにチェックインした。
 15時半に再集合してダウ船クルーズの乗船場に向けて出発と指示がある。
 フロントでwi-fiのパスワードをもらい、時間短縮のため自分でキャリーケースを転がして部屋まで行く。

 そこそこ暑かったのでヒートテックのレギンスと着圧ソックスは脱ぎ、普通のソックスに履き替える。
 ヒートテックのタンクトップを替える時間はなくて、ウールの長袖Tシャツだけ外し、スコーロン素材の長袖シャツを羽織る。
 フリースとライトダウンジャケットは脱ぎ、船上に2時間日没までいることを考えてポケッタブルのダウンジャケットだけバッグに入れる。
 機内に持ち込んでいたバッグからネックピローなど明らかに不要なものを取り出したところで時間切れとなり、ロビーに集合した。

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2024.01.21

オマーン旅行記1日目

2023年12月28日(木曜日)

 ツアーの集合は、成田空港第2ターミナルビル出発階中央付近に19時30分である。
 これまでツアーに参加する際は大抵集合時刻ギリギリに行っていて、受付開始時刻を気にしたことがなかった。
 早めに受付を済ませて夕食を食べようと、18時半前に成田空港第2ターミナルビルに到着した。
 成田空港は2019年年末から2020年にかけてカンボジアに行って以来4年ぶり、海外旅行も4年ぶりである。

 まずは1階に行き、予約していたレンタルwi-fiを受け取る。
 「使い方が分からなかったら**のサイトでチャットで対応する」的な説明を受ける。「ネットに接続するためにwi-fiを借りるのに、ネットに接続しないと使い方が分からないのでは意味がないのでは?」 とか「フリーwi-fiに接続できる場所で使えるかどうか試しておくように、という意味かしら?」と思ったけれど、受付のお姉さんから「説明はこれで終わり!」という圧を感じてそれ以上の質問は諦めた。
 何とかなるだろう。

 3階に上がり、空港宅配で送っておいたキャリーケースを受け取る。
 見覚えのない「荷造りスペース」的な場所を発見し、キャリーケースを開いたら意外とスカスカだった。運ばれている間にかなり圧縮されているのもあるし、そもそも7日間のツアーに高さ約70cmくらいのキャリーケースで来ている。スカスカで当然だ。ネットで購入し、3日前に届いたウォーターシューズも余裕で詰め込める。

 この日、上半身はヒートテックのタンクトップ、ウールの長袖Tシャツ、スコーロン素材の長袖シャツ、フリース、ウルトラライトダウン、ウールのストール、ゴアテックス素材のレインコートと重ねている。下はヒートテックレギンスとハイキング用のパンツという服装だった。
 レインコートをキャリーケースに入れ、ダウンとストールをトートバッグに入れる。
 詰め替え後に量ったキャリーケースは16.5kgだった。

 荷造りが意外と早く済んで18時半すぎに集合場所に行ってみたら誰もいなかった。早すぎたようである。
 19時前に再度行くと、今度は東京出発組担当の添乗員さんが待っていてくださった。
 この日出発のオマーンツアーは2本が催行されている。私が参加するツアー(7日間)の添乗員さんは大阪出発、もう一つのツアー(10日間)の添乗員さんが東京出発で、二つのツアーはそれぞれドバイで集合することになっている。
 東京出発は、7日間ツアーで4人、10日間ツアーで10名弱だと教えてもらった。
 オマーン、意外と人気である。

 ビザとeチケットを受け取り、「ドバイの空港ではお水などを取り上げられることはありません。」、「成田ードバイ間は、JALのマイレージはつきません。ドバイーマスカット間はつきます。」とアドバイスをいただいて、受付完了である。
 Webチェックインを済ませていたので、チェックインはビジネスクラス用のカウンターを案内された。ただ、ビジネスクラス用のカウンターは2カ所しか開いておらず、ビジネスクラスの方が列に並ぶとそちらが優先される。通常のカウンターに並んだ場合とどちらが早いか微妙だ。

 チェックインの際、「ホテルのバウチャーは?」と聞かれて添乗員さんが持っていると答えると、「どこにいる?」と再質問が来た。説明できずに「あの辺」と指さしたところ、それ以上の追求はなかった。
 考えてみたら、東京にいる添乗員さんは10日間ツアー担当だから、私のホテルバウチャーは持っていない筈だ。追求されなくて良かった。
 印刷しておいた搭乗券を確認されることもなく新たに搭乗券が発券され、機内持ち込み手荷物を計量され(トートバッグとリュックで4.5kgだった)19時半にチェックインが完了した。

 出国手続き前に、謝朋殿で五目焼きそばとロックの杏露酒を夕食にいただいた。
 出発の乾杯である。
 出国手続きに向かう途中、無印良品の前を通りかかり、目に付いた「フィットするネッククッション」を購入した。結構かさばる。トートバッグの持ち手にくくりつけた。

 セキュリティチェックも5〜6人しか並んでおらず、機械化された出国手続きは1秒も待たずに順番が来た。
 記念に出国のスタンプをもらって出国完了である。
 新しくできたらしいフードコートを見て次回はここでごはんを食べようと心に決める。
 フリーで充電できる場所があちこちにあったものの、ジャックはUSBのtype-Aかコンセントのみだ。手荷物にtype-Cのケーブルしか入れなかったことを悔やむ。
 レンタルwi-fiのセットの中にtype-Aのケーブルが入っていることに気がついたのは、オマーンに到着して諸々設定したときである。

 一通り見学した後、家に出発の電話を入れて携帯電話の電源を切り、自販機で水を購入し、結構な距離を歩いて搭乗口に到着したらほどなく搭乗開始のアナウンスがあった。
 そういえば、搭乗口で以前に別の旅行社のツアーでお世話になった添乗員さんをお見かけした。お仕事中なのは明らかで挨拶はご遠慮する。お元気そうで何よりである。
 エミレーツ航空EK-319便は21時45分に搭乗が開始された。機内は満席か満席に近い感じである。
 離陸前、お隣の席の方から「妹と席が離れてしまったので替わってもらえないか」とお話があり、快諾する。「御礼に」といただいたお菓子が「きぬの清流」だったから栃木の方だったのかも知れない。

*** 以下、オマーン時間(日本時間からマイナス5時間)で記載 ***

 18時半過ぎ、食事が届いた。
 席を替わったのに、過たずリクエストしていた特別食が届いた。エミレーツ航空の客室乗務員のみなさまは優秀だ。
 特別食は早く提供されて嬉しい。一方、飲み物は当然通常メニューと同じタイミングでの提供になるので、いただける頃にはほぼ食べ終わっているところが難点だ。

機内食 今回リクエストした特別食は「ブランド(消化の良い)ミール(BLML)」である。
 このときのメニューは、サラダ、蒸しサーモン(温野菜・ライス添え)、グルテンフリーのパン、フルーツだった。パッと見て食べた感想は「病院食みたい」に尽きる。
 「せっかく刺激が少ない食事をいただいたけど」と思いつつ、ジンジャーエールをもらった。
 次の機会があったら、インド風ベジタリアンミール(AVML)をリクエストしてみたい。

 機内でならiPadの充電ができるだろうと思っていたら、席(列)によって充電可能なジャックの設置状況が異なっていて、座っていたG列ではtype Aの口しかなかった(と思う)。お隣のH列の座席には様々なジャックが用意されている。謎だ。
 無理に充電しなくてもいいかと諦め、食後は数多提供されている映画の中から「大名倒産」を見た。芸達者な役者陣が好き勝手に楽しく演じている、安心して見ていられるコメディ映画だった。

 映画を見終わると眠くなってきて、21時半くらいに寝落ちしたと思う。購入したばかりのネッククッションがなかなか具合が良い。
 5時間くらい眠れたと思う。機内でほとんど眠れない私としては画期的だった。

 -> オマーン旅行記2日目その1

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2024.01.08

「その国の旅を終えて100の質問(オマーン編)」に答える

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 「その国の旅を終えて100の質問」は 旅して~世界206ヶ国&旅と暮らし からいただきました。
 2024年1月現在(もしかしたらもっと前からかも)、サイト上では提供されていらっしゃらないようです。
 以前にいただいたものを、そのまま使わせていただきました。
*****

tabibanner.gif

1.ハンドルネーム、性別、星座、血液型をどうぞ。
 姫林檎 女 さそり座 A型

2.行った国はどこですか?
 オマーン

3.日程(年月日)と日数を教えて下さい。
 2023年12月28日〜2024年1月3日 7日間

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2024.01.07

「visited countries」の世界地図を更新する(オマーン)

 2023年から2024年の年末年始にかけてオマーンに行って来た。
 今回も、Visited Countriesというサイトを利用して、世界地図を更新した。

 18歳以降に行った国を赤く塗っているこの地図にオマーンが加わり、私の既訪問国(日本を含む)は32ヶ国になった。
 次はどこに行こうか、行きたいところはぼんやり色々とある。
 以前から思っていたことではあるけれど、今は尚更、行けるときに行っておかなくては! と決心している。


visited 32 states (14.2%)
Try Neptyne, the programmable spreadsheet

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2024.01.03

無事、帰国する(オマーン)

 2024年1月3日、オマーンから無事帰国した。
 帰りの飛行機でほぼほぼ眠れず、それなのに今日の夕ごはんに梅酒のお湯割りを飲みつつ残ったおせちを平らげてしまったら、もの凄く眠い。
 恐らく一晩寝たら、時差ぼけは解消されると思う。

 今回、9名参加のツアーであることは出発前から知っていて、行ってみればその全員が女性の一人参加だった。
 オマーンとはそういう場所らしい。

 子供の頃に住んでいたアブダビを思い出して、懐かしかった。
 聞こえて来たアザーンの抑揚が違っていた(ような気がするけれどン十年前の自分の記憶にあまり自信はない)のも面白い。

 今回の旅行費用は、概ね620,000円だった。高い。
 ここにはツアー代(サーチャージ、一人部屋追加料金等含む)、成田空港までの往復交通費、成田空港での食事代、現地での飲み物代が含まれているが、お土産代は含まれていない。

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