2024.04.07

伊東温泉旅行記の入口を作る

東海館のおひな様 ここは、2024年3月1日から2日にかけて、母と伊東温泉に行って来た旅行記の入口である。

 以下の日程をクリックすると、旅行記に飛べるようになっている。

 2024年3月1日(金曜日)その1

 2024年3月1日(金曜日)その2

 2024年3月2日(土曜日) 

 

 持ち物リスト(伊東温泉編)

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2024.03.31

伊東温泉旅行記2日目

2024年3月2日(土曜日)

河津桜朝風呂 6時半頃に目が覚めた。お腹が空いた。
 そのまま1時間くらいうとうと二度寝し、7時20分から予約していた岩風呂に行った。
 少しだけ窓を開けて空気を入れ換える。熱めのお湯が気持ちいい。
 すっかり目が覚めた。

 朝食は8時半からである。
 ミネストローネ、サラダ、パン(4種類から選べる。クロワッサンとチョコパンをいただいた)、卵料理、オレンジジュース、コーヒー(他に紅茶、ハーブティが選べた)、はちみつ入りヨーグルトというメニューである。
 恐らく、この朝食だけで30品目くらいの食材をいただいたのではなかろうか。おまけに美味しくて、お腹がいっぱいになった。
 もう少しお腹に余裕があったら他のパンもいただいてみたかった。

野菜スープサラダ

パン卵料理

 10時少し前にチェックアウトし、駅まで送っていただいた。有り難い。
 駅のコインロッカーに大きな荷物を預け、10時5分発のバスで小室山に向かった。小室山公園で椿を見ようという計画だ。
 あまりちゃんと調べておらず、バスのアナウンスが「次は小室山つばき園」と言うのを聞いて慌てて降車ボタンを押した。10時半くらいに到着したと思う。

 つばき園では、鑑賞会が開催され、気に入ったものに投票することができた。
 私のイチオシは崑崙黒である。

一輪挿し一輪挿し

水に浮かべる一輪挿し

 小室山公園では、1000種類、4000本の椿が植えられており、10月上旬から4月中旬まで、季節の移ろいに伴い様々な椿が次々と咲くそうである。
 概ね、2月中旬から3月にかけてが見頃ということだけれど、途中ですれちがった年配の男性曰く「今年は花付きが悪くてね」というお話だった。
 散策コースも用意され、約45分かけて一周するBコースを若干ショートカットしつつ、1時間以上は歩いたと思う。
 曇っていたし、いい位置に咲いているお花も少なくて、写真を撮ってやろうと試行錯誤してみたこともあって結構いい運動になった。

椿椿

椿椿

椿桜

椿椿

20240302_115143 つばき園の入口近くで、リスが何匹も走り回っているのが見えた。
 可愛い。しばらく観察する。
 バスの時刻表を見ると結構待つようだったので、そのままバス道路に沿って小室山リッジウォーク MISORAに行くリフト乗り場まで10分ほど歩いた。
 リフトで小室山山頂まで行くと、思っていたよりも空は明るく、海が綺麗に見えた。
 満足である。

20240302_121827

20240302_125456-3 そして、降りてくると空が晴れてくるのはお約束というものだ。
 リフト乗り場の隣にあるお土産物屋さんのラインアップがなかなか良くて、伊豆自然生活の伊豆海塩エステ石鹸や伊豆海塩バスソルトなどを購入した。
 何故か母が炭で作られた犬(シーズー)を気に入って、「どうして伊東からわざわざ持ち帰るの!」という私の叫びも無視して購入していた。

 13時過ぎのバスで伊東駅に戻った。流石にお腹も空いてきて、お昼ごはんをいただけそうである。伊東駅から歩いて5分くらいのところにあるすしの寿々丸で、地魚を忠臣とした「特選十種」をお願いした。
 「特選」の所以は、巻物が含まれないことと、中トロと卵焼きが付くこと、地魚中心であることの3点というお話だ。

 鰺、ヒラメ、カンパチ、メバチ、金目鯛、百広、中トロ、真鯛、マンボウ、鰆の十種と、卵焼き、あら汁である。
 写真を撮り忘れてしまった卵焼きはつるんとしていて、ゼリーで固めたみたいである。お聞きしたら、海老のすり身を混ぜて卵液を造り、鍋に入れて1時間かけて焼くそうだ。巻かずに、そのままの厚さで時間をかけて焼くと、つるんとした卵焼きになるようだ。
 家では絶対に食べられない卵焼きだ。

 また、お皿に載って供されたのはマンボウの腸というお話だった。
 何だか不思議な食感で、ほろほろと繊維に分かれるような感じだ。マンボウを狙って釣る訳ではないので、たまたまかかると入荷するという。
 こちらもなかなか食べられない。というか、生まれて初めて食べた。むしろ、食べられるんだ! と感嘆した。
 全部が美味しくて大満足だった。写真が美味しそうに撮れていなくて本当に申し訳ない。

握り寿司握り寿司

握り寿司握り寿司

海踊り子号車内 お昼ごはんをいただいた後、えきねっとで帰りの特急踊り子の指定席を予約し、駅に戻る。
 母がいつの間にか、駅まで戻る途中にあったひもの専門店 平田屋で買い物しているのに驚いたり、伊東駅に併設されたお土産物屋いずちゅうで、しらすパスタソースやお茶、丸ごとのミカンが入ったみかん大福などをお土産に購入する。
 少しだけ時間があったので、最後に備屋珈琲自家焙煎工房で炭火焙煎珈琲をいただいて締めとし、15時31分伊東駅発の踊り子号で帰路についた。

 伊東温泉旅行記1日目その2 <- 

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2024.03.17

伊東温泉旅行記1日目その2

2024年3月1日(金曜日)

貸切風呂 貸切風呂の予約は、チェックインして直行しなければ間に合わないくらいの時間である。「着替えるのが面倒だから行かない」という母を部屋に置き去りにして、御影石を使った貸切風呂に行った。
 洗い場は一つで、窓を全開にすれば露天風呂のように楽しめる。
 ちょうど窓の外の河津桜が満開になっていて、お湯に映って綺麗だ。
 お湯は湯口からというよりも、湯船の底から投入されていたと思う。無色透明ほぼ無臭の温泉で、このときは何かの加減でかなり湯温が低めだったけれど、それでも上がった後はぽかぽかしていた。
 自家源泉掛け流しの温泉は贅沢だ。

 部屋に戻ると母がお部屋にあったほうじ茶を入れて寛いでいた。私もローズヒップティを入れていただく。
 温泉から上がって、18時から夕食である。
 準備ができるとお部屋に電話でお知らせがある。
 行ってみると、この日の宿泊客は我々を含めて5組だった。ヴィラが二棟あってそちらに2組、本館にあと2組という感じだったらしい。

 お酒を飲む気満々で、最初は食前酒っぽくやまももスパークリングをお願いした。
 ソフトドリンクのメニューにやまももジュースがあったから、そちらをスパークリングワインで割ってあったと思う。
 甘めでありつつすっきり飲みやすい。
 母は珍しくビールではなく白ワインを頼んでいた。

 前菜として、まず、サザエのガーリックバター焼きとシュー生地の**が供された。メニューはなく、サーブのときに説明いただいたけれど、全く覚えられなかったところが情けない。
 子供の頃は毎年夏になると、伯父が勤めていた会社が館山に持っていた寮に泊まり、海水浴に行っていた。その寮では夕食に必ずサザエが供されて、身を取り出すのに四苦八苦していたねー、などと母と話す。懐かしい。
 そして、こちらは食べやすい大きさに切ってあって、ガーリックバターとサザエの相性が抜群だった。

やまももスパークリングサザエのガーリックバター焼き

 スープはオマール海老のビスクだった。
 「オマール海老のビスク」と聞くとトマトベースをイメージするのだけれど、こちらはトマトではなくキノコのお出汁を相棒にしていた。
 温泉卵が入っていて、黄身を崩しながらいただく。濃厚だ。
 パンも温かく、もちっとしていて美味しい。

オマール海老のビスク

 ここでロゼワインをグラスでお願いした。
 金目鯛のウロコ焼きは、その名のとおり、ウロコがパリパリに焼かれて立っている。皮はサクサクと香ばしく、身はほろっと柔らかい。
 このソースはキャベツのソースと教えていただいたような気がするけれども定かでない。我ながら立派な記憶力である。

金目鯛のウロコ焼き

 メインディッシュはブイヤベースである。こちらをいただきたくてこのお宿に泊まったと言っても過言ではない。
 カセットコンロが置かれ、お鍋ごとブイヤベースがやってくる。
 かなり濃厚なお味で、オマール海老の他、アサリや白身のお魚もたっぷり入っている。
 美味しい。
 オプションでリゾットにすることもでき、全てのテーブルでオーダーしていたと思う。
 こちらも魚介の出汁をしっかり吸い込んだ美味しいリゾットだった。

ブイヤベースリゾット

 デザートはイチゴとマスカルポーネチーズ、白ワインのジュレにいよかんピールが美しく盛られ、そこにいよかんのジュースを炭酸で泡にしたもの(多分名前があると思うけど知らない)で、飲み物はコーヒー・紅茶・ハーブティからコーヒーをお願いした。
 いよかんピールは庭でなっているいよかんから作った自家製だそうだ。
 さっぱりと美味しいデザートで、コーヒーも美味しかった。

デザートコーヒー

 2時間かけてゆっくり美味しいディナーをいただいた。大満足である。
 明日の予定など考えつつ、お部屋で休憩する。お天気は良さそうだけれど、ぽかぽか陽気だったこの日よりも5度くらいは最高気温が下がる予報だ。

貸切の岩風呂 予約時間になったので、パジャマっぽい部屋着に着替え、温泉に行った。
 今度は岩風呂の湯である。洗い場が一つなのも一緒、湯船の広さもほぼ同じだ。母と「二人で浸かってちょうどいいサイズだね」と言い合う。
 窓の外に見える河津桜は、こちらからの方がよりたくさん見ることができる。
 昼間よりも湯温が上がっていて、窓を開けると結構な冷え込みだったから有り難い。全開になっていた窓を細めに開けるくらいに閉じて、ゆっくり温まった。

露天風呂 露天風呂は本当に浸かるだけで洗い場がないので、内湯に入ってすぐに行くのがいいなと思い、内湯は21時から、露天風呂は22時から予約していた。
 母に確認したらやっぱり行かないと言うので、一人で向かう。
 玄関を出ると沈丁花の香りを濃く感じた。夜の方が香りが強く感じる。

 行ってみたらかなり暗くて、私でも湯船に入るときには恐る恐るという感じになったので、母が夜に行くのはちょっと難しかったかなと思う。
 露天風呂の周りには季節のお花も植えられているそうなので、明るいうちに行くのが楽しそうだ。
 露天風呂は内湯よりも湯船が大きい。こちらも内湯と同じくらいの湯温になっていて、冷たい風が気持ち良く、のんびり楽しんだ。

 部屋に戻ると母はもはや寝る態勢に入っている。
 23時前に就寝した。

 伊東温泉旅行記1日目その1 <-  -> 伊東温泉旅行記2日目

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2024.03.10

伊東温泉旅行記1日目その1

2024年3月1日(金曜日)

 伊東に公共交通機関利用で出かけて、どこを観光すればいいのかかなり迷う。
 お宿のレストランが「浴衣はご遠慮ください」という方針であることに気づいて母に伝えたところ、「夕食間に温泉に入るのは面倒だから入らない」と言うし、雨予報が出ていたし、当日まで何の準備もできていなかったので、遅めの出発、東京駅でお弁当を買って踊り子車内でお昼ごはんという計画を立てていた。

 特急踊り子は東京駅始発だし自由席で座れるだろうと思っていた出発当日の出発前、えきねっとを見てみたら「踊り子号の指定席予約ができる」「踊り子号には指定席しかない」ということが分かった。
 いつの間に! と思いつつ、曇ってはいるものの小田原くらいから海が見えるだろうとAB列を選び、100円引きになるチケットレスサービスで指定席を押さえた。

 母には「11時くらいに家を出るよ」と言ってあった筈が、10時前に踊り子号を予約したと伝えようとしたら、あとはコートを着るだけという感じで準備万端整え、何ならバッグまで抱えて座っている。
 早いよ! と思いつつ、東京駅構内でお昼ごはんを食べることに計画変更し、10時半くらいには出発した。
 我ながら準備が早い。忘れ物をしてそうで怖い。

塩ヒレカツ丼 東京駅に到着し、母に「何が食べたい?」と聞きつつ構内を歩いていたら、とんかつ まい泉 グランスタ東京店を指さして「ここがいい」と言う。
 いや、お昼ごはんは軽いものがいいと言っていたよね? と確認すると、とんかつというよりも牡蠣フライが食べたいらしい。
 お店に入ると、12時少し前でも席はほとんど埋まっている。
 母は、とんかつとカキフライ膳、私は塩ヒレカツ丼を選んだ。
 まい泉のカツサンドは何度も食べているけれど、お店に入ったのは初めてのような気がする。美味しかった。

踊り子号 しばらく東京駅構内をうろうろし、母が中川政七商店 のブラウスをずっと気にして何度も戻るので「あと10分あるから買える!」とたきつけたものの「可愛すぎる」と結局買わないことにしたらしい。
 ペットボトルの飲み物だけ買って、13時発の踊り子15号で出発した。
 東京駅出発時点で結構な青空が広がっている。
 小田原を過ぎた辺りで海も見え始め、雲が広がったり青空が覗いたりするのに一喜一憂する。
 母は迷った末に折りたたみ傘を持ってきたらしく、「雨が降りそうな空は、持ってきた傘が無駄にならなさそうで嬉しい」とか言っている。天気予報的に、今日も明日も雨は降りませんと思っているうちに14時43分、伊東駅に到着した。

 伊東駅でコインロッカーに大きめの荷物を預け、東海館へ向かった。徒歩10分くらいだったと思う。
 東海館は、元々は「いいお宿」である。1997年に閉館して建物が伊東市に寄贈され、改装等が行われて、今は観光施設となっている。
 土日祝日は日帰り温泉に入ることもできるし、館内には喫茶コーナーもある。

 1階から3階まで、異なる棟梁の手で内装がされており、東海館を建てたのは材木商だったそうで、とにかく贅沢な造りになっている。
 順路が整備され、自由に見学することができる。
 「これは泊まってみたかったわ」と思わせる元・お宿だ。

東海館 徳川家康がスペイン難破船救助の御礼として贈られたという時計の復刻版が展示されていた。
 もっとも、江戸時代初期は日の出ている時間帯を何分割かして「刻」を決めていたから、この時計が時計として活用されることはなかったらしい。
 それはそうだ。
 徳川家康の外国趣味を満足させ、かつステータスシンボルとしての役割を担ったらしい。

 変わったうねりのある木が床柱として使用されていたり、床の間の横に繊細な細工の飾り窓が設えられているお部屋もある。
 立派な火鉢が置かれていたり、重量級のテーブルがあったりして、一部屋一部屋に特徴のある、やっぱり「いいお宿」だ。
 網干がデザインされた飾り窓があったり、1枚板を鳳凰の形にくりぬいてあったりする。
 お部屋が立派だから当然廊下も立派で、曲がりくねった廊下は磨き込まれてピカピカに光っている。
 主だったお部屋の入口には説明書きがあるのも有り難い。
 また、望楼もあって、今は建物の間から僅かに覗く海も、当時はどん! という感じに見えていたのだろうなと思う。その昔は天城山も見えていたそうだ。

東海館東海館

東海館東海館

東海館東海館

 3月3日の桃の節句が近かったことから、120畳あるという大広間の一角に、たくさんのおひな様が飾られていた。テレビのニュースで見た千葉県勝浦市の神社の石段に飾られたひな飾りも「飾るのは大変だろうなぁ」と思っていたけれど、こちらも大変そうである。
 明治大正昭和各時代のおひな様が飾られている。大正時代のおひな様が一番時代がかって見えたのは、復古主義というのか懐古趣味というのか、大正モダンと同時に「昔を懐かしむ」という時代の雰囲気があったのかしらと思ったりした。

 また、重岡健治氏の彫刻作品の展示室もあった。
 按針メモリアルパークにある三浦按針の彫刻は、重岡氏の作品だそうだ。
 ブロンズや大理石など様々な素材を用いている方で、こちらには木彫の作品が多かったと思う。一つの木から輪になった人々を彫り抜いた感じの作品がいくつもあって「これ絶対に失敗できない奴!」と思った。

東海館東海館

 東海館は「松川遊歩道」沿いにあって、川の向こうから全景を見ることができる。きっと夏は川風で涼しかったのだろう。
 唐破風の玄関も立派で、鶴の彫刻が飾られている。
 この他に、「鎌倉殿の13人」にも出てきた伊東祐親の本拠地が伊東だったらしく(というか、伊東氏が根拠としていたから伊東という地名になったのだと思う)彼と八重姫に関する展示があったり、東海館を訪れた文人墨客の方々の作品が展示されたりしていた。
 1時間弱くらい、結構楽しめた。
 もう少しお腹に余裕があったら、畳敷きの喫茶室でお茶をいただいてみたかった。

東海館東海館

 駅に戻り、本日のお宿であるマストランプに電話してお迎えに来ていただき、16時過ぎにチェックインした。
 こちらでは二つの内湯と露天風呂があり、到着時にそれぞれ1回ずつ貸切の予約を入れることができる。19時半を過ぎたら追加の予約も可能だ。
 露天風呂は建物を出て1分くらい歩いたところにある。母に聞くと「面倒だから行かない」「夕食前にも行かない」と言う。
 それほど混むまいと、16時半からと21時から内湯を予約し、21時40分から露天風呂を予約した。朝風呂は19時半過ぎに予約を入れる心づもりである。

 お部屋はデラックスツインを予約していた。
 母は、テレビを目の前にしたソファが気に入ったようで、部屋にいるときはほぼほぼソファに座っていたと思う。
 浴場にはソープのみ置かれていて、タオルはお部屋から持参するようになっていた。化粧水等のアメニティはなかったので、持参する必要がある。
 お部屋の前には大きな桜の木があって、花の季節にはお部屋に居ながらにしてお花見が楽しめそうだ。

客室客室 

 -> 伊東温泉旅行記1日目その2

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2024.03.02

無事、帰宅する(伊東温泉)

 2024年3月1日から1泊2日で、母と伊東温泉に行って来た。

 1日目は伊東駅から徒歩約10分、今は重要文化財となっている元旅館の「東海館」を見学し、16時過ぎに宿に到着した。
 2日目は、小室山公園のつばき園を歩き、リフトで小室山に登って海の景色を楽しみ、お寿司のお昼をいただいて、「買わない」と言いつつ結構な量のお土産を購入して家路についた。

 今回の旅行費用は、一人分で約36700円だった。
 ここには、交通費(リフト含む)、宿代、飲食費、入館料が含まれているが、お土産代は含まれていない。

 また、1日目の歩数は5605歩、2日目の歩数は8417歩だった。

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