2007年6月11日(月曜日)
7時に起床した。窓から外を見ると晴れているようでほっとする。
8時から朝食である。8時30分にはチェックアウトして45分過ぎくらいに来る筈のバスに乗りたかったので、朝食前に荷造りを終えた。
もっとも、荷造りといっても、この後華厳の滝を見に行くつもりで元々が最低限に抑えてあるから、ユニクロのリュックひとつだ。
8時少し前に朝食に下りて行くと、お散歩に行っていたのか、外から何人かの方が帰ってきた。昨日の夕食は3組だったけれど、倍以上の方が宿泊していたようだ。
熱々焼きたてのクロワッサンと、黒パン、バター、ジャム、チーズとベーコン入りのスクランブルエッグ、ツナと豆入りのマカロニサラダ、グリーンサラダにコーヒーというメニューだ。ふわふわのスクランブルエッグが美味しい。もちろん完食した。
8時30分にチェックアウトをお願いし、昨日の夕食でいただいた白ワイン代を含め、一泊二食付き9300円也を支払ってペンション木馬を後にした。
バス停へ急ぐ。
バス停に行く途中、金谷ホテルのベーカリー兼カフェを見かけ、こちらで朝食にしても良かったなと思う。昨日のランチもそうだし、金谷ホテルの経営するショップが日光市内のあちこちにあるようだ。
バス停の道路を挟んだ向かい側は高校で、バスが到着する度に高校生がぞろぞろと降りてくる。
それを眺めている内に、湯元温泉郷行きのバスが来た。このバスで明智平まで上り、そこからさらにロープウエイで上がった展望台から華厳の滝を眺める計画である。
9時過ぎには第2いろは坂を上り切って明智平に到着し、往復710円のチケットを買って、「お客さんが来たら動かす」というロープウエイに乗り込む。
月曜ということもあり、がらがらだ。
乗り場のおじさんが「眺めはいいよ。ちょっと今は雲がね・・・。」と言うように、起きたときには雲一つなかった空は、逆に青空がかすかに覗く程度にまで雲が広がってしまっているのが心配だ。
それでも、ロープウエイが到着した展望台からの眺めは最高だった。
中禅寺湖から流れ落ちる華厳の滝がバッチリ見える。
湖の青と、山の緑と、滝の白さのコントラストが美しい。
蛇足ながら、真ん中に写っている太い真っ直ぐな滝が華厳の滝で、右の方に少し斜めに落ちているのが白雲の滝である。
ここを明智平と名付けたのは天海僧正である。天海僧正の正体は実は明智光秀で、日光で一番眺めのよいこの場所に「明智平」と名付けることで自分の名前を長く残そうとしたと伝えられているという話は眉唾物だと思うけれど、そう言いたくなる気持ちも判る。
風は冷たいくらいで気持ちがいい。
第2いろは坂は上り専用の坂である。中禅寺湖から明智平までの間だけは対面通行となっていて、中禅寺湖畔からも車で明智平まで来ることができる。
ただ、中禅寺湖から日光駅に向かう路線バスは明智平は停まらない。朝のうちに明智平から華厳の滝を見ようと思い、中禅寺湖畔ではなく日光市内に泊まったのは正解だった。
公共交通機関で旅するのも楽ではない。もちろん、それが面白くもある。
次のバスが来る9時53分まで、中禅寺湖と華厳の滝の眺めを満喫した。
雲がどんどん広がってきて、男体山山頂はすっぽり雲で覆われてしまった。
遠く、中禅寺湖に遊覧船が出ていくのが見える。
男性ばかり20人くらいの団体や、年配のご夫婦、韓国からの家族連れなど、次々と人が上がってくる。平日の有り難さで混雑というところまでは行かない。
ロープウエイ乗り場のお兄さんに、「ここから中禅寺湖畔までハイキングコースがあるよ。」と教えてもらった。「どれくらいかかりますか?」と聞いたら茶ノ木平まで1時間半、そこから中禅寺湖までがやはり1時間半だという。昔は茶ノ木平から中禅寺湖までロープウエイがあったけれど、今は動いていない。
ちょっと惹かれたけれど、荷物一式を持っているし、昨日の雨で道がぬかるんでいるだろうし、初志貫徹で当初の予定通り行くことにして、ハイキングは断念した。
明智平バス停まで行くと、先ほど上の展望台で見かけた一家がバスを待っていた。
しかし、バスが来ない。
まさか行っちゃったわけじゃないだろうな、ここでバスに乗り遅れたら全ての予定が狂うんだよな、午後の予定を中禅寺湖畔の散歩に切り替えようかしらと思っていたら、10分遅れでバスが上ってきた。
見ると、修学旅行らしい何台かの観光バスの後ろについている。
やはり、毎日いろは坂を上り下りしている地元のバスの運転手さんの技術に一日の長があるようで、遠目に見ても修学旅行観光バスの運転はよたよたしている。
10時過ぎに中禅寺温泉に到着した。
10時30分中禅寺温泉発のバスで日光駅まで戻るつもりなので時間がない。華厳の滝観瀑台に向けてダッシュする
バスが遅れたこともあって、流石にエレベーターに乗る時間はない。ちなみに、エレベーターの開業は昭和5年である。
やはり平日の特権で、上下二段になっている観瀑台にも人はまばらだった。
滝の正面を占拠して写真をたくさん撮る。
いっそのこと「鬱蒼とした」と言いたいくらいの緑の中を白く太く真っ直ぐに落ちる滝はやっぱり圧巻である。好みとしては、どちらかというと神聖な雰囲気を醸し出している那智の滝の方が好きだけれど、華厳の滝はひたすら「真っ直ぐ」な感じがいい。
そして、何しろ華厳の滝は、観瀑台からの距離が近い。滝の落ち口をのぞき込んだり、滝壺をのぞき込んだり(こちらは、エレベーターで下がればもっと迫力があったに違いない)、15分間たっぷり「華厳の滝 近景」を堪能した。
中禅寺湖畔には一歩も近づかないまま、10時30分中禅寺温泉発のバスに乗り、東武日光駅に戻った。
路線バスの運転手さんの手腕は第1いろは坂下りでも鮮やかで、ヘアピンカーブがぐーっっと迫り、バスの長い車体がぐるっと回転し、一瞬、道路からはみ出したんじゃないかと錯覚するくらいのギリギリのラインを回って、何ごともなかったかのように真っ直ぐに下る。
その繰り返しだ。
なまじのジェットコースターより怖い」と思いながら逆に怖くて目をそらすこともできず、大きなフロントガラスからカーブのたびにこの妙技を凝視した。
坂を下りきってから、動画で録っておけば良かったと思いついた。
バスは11時過ぎに東武日光駅に到着した。いい調子である。
どうして日光2日目がこんなに慌ただしすぎるスケジュールにしたかというと、この後、11時22分発の日光市営バスに乗って間藤に向かい、そこからわたらせ渓谷鉄道に乗ろうという目論みのためである。
この市営バスは一日に4本しか走っていないので、このバスの時刻を最優先にしてスケジュールを組んだ。
ところが、この日光市営バスの乗り場が見当たらない。
駅の観光案内所のお姉さんに聞いたら、「判りにくいところにあるんですよね。」と言いながら、わざわざ外に出てきてバス停の位置を教えてくれた。
路線バスが少し早く11時過ぎに着いたので、お昼ごはんの駅弁やお茶のペットボトルを買い、家のお土産に生湯葉などを買い、やってきたマイクロバスに乗り込んだ。
東武日光駅から、わたらせ渓谷鉄道の間藤駅まで、日光市営バスの乗客は私一人だった。
このバスの終着は双愛病院で、てっきり「市民の足」的に使われているバスだと思っていたら、車内では日光や足尾銅山などの観光案内がテープで流れていた。もしかしたら、観光客が乗ることの方が多いのかも知れない。
間藤駅で1100円也を支払ってバスを降りた。
間藤駅はわたらせ渓谷鉄道の終着駅である。かつ、鉄道ファンの方の間では、宮脇俊三氏が国鉄完乗を果たした駅として知られているようだ。「時刻表2万キロ(宮脇俊三著)河出文庫」の一節が書かれた紙が張り出され、鉄道ファンの方々が書き込んでいるらしいノートが待合室に置かれている。
また、この駅を見下ろす崖には、ときたま、ニホンカモシカが現れるらしい。
しかし、12時を過ぎた。まずはお昼ごはんである。
この駅には待合室にベンチもあるし、ホーム脇にもイスとテーブルが置いてある。
作業着を着ている方も外のテーブルでお昼ごはんにしていたので、自分一人じゃないことに少し安心し、日光駅で買って来た「ゆば御膳」という駅弁(1050円)を広げる。
薄味のきのこごはんや、ゆば、ますの焼いたものなど、定番のお弁当が美味しかった。ちょっとご飯の量が多いなと思いつつ完食する。
お弁当を食べているうちに、電車が入ってきた。
間藤駅が少しだけ賑やかになる。
一両編成の電車は小豆色で可愛らしい。運転手さんを含め乗っていた方のほとんどがここでごはんを食べ、乗ってきた電車でそのまま引き返すようだ。
私が言うのも何だけど、マニアックである。
運転手さんがお昼ごはんを食べ終わった頃を見計らって、声をかけた。
途中の水沼駅で駅に隣接している温泉に入って日光旅行を締めくくる計画で、そのためには「途中下車ができる」切符を手に入れる必要がある。無人駅の間藤駅から乗るので、運転手さんに頼るしかない。
その旨を申し出たら、「切符、持ってないのかぁ。」としばらく思案し、車内の機械を何やら操作して「精算済み証」を発行してくださった。
「水沼で降りるときは俺がいるから、相老で降りるときに、前の電車の運転手にこうしろって言われたって言ってね。」ということだった。有り難い。
そんな話をしていたせいか、地元の方らしい年配の女性が「この辺りだったら、庚申の湯もいいですよ。」と話しかけてくれた。この辺りで宿泊するなら「かじか荘」だという。
後で調べたところによると、かじか荘は平成18年(2006年)にリニューアルした国民宿舎で、足尾銅山観光の基地となる通洞駅から送迎バスで15分ほどのところにある。
間藤駅発12時45分のわたらせ渓谷鉄道の乗客は、私を含めて4人だった。
電車は、隣の足尾駅で、トロッコ列車の待ち合わせをするという。
「降りても構わない。」と言ってもらえ、乗りそびれたトロッコ列車の、せめて写真だけでも撮影した。
運転手さんが「ガラガラだよ。」と事前に教えてくれたとおり、本当にガラガラだった。少なくともトロッコ客車には一人の乗客もなかった。もっとも、観光客は一つ手前の通洞駅で降りてしまった可能性が高い。
「かじか荘」を教えてくれたおばさまは、その後足尾銅山が最盛期を迎えていた頃の足尾の話などもしてくださり、私が一人で日光に旅行に来て、午前中に華厳の滝を見に行ってきたと言うと「凄いわねぇ。」とえらく感心してくださった。
あまりにも感心されてしまい、ちょっと気恥ずかしい。
せっかくお話が佳境に入ったところで「足尾市役所に行くのよ。」と、足尾駅の隣の通洞駅で降りられてしまったのがちょっと寂しかった。
通洞駅から神戸駅までは、進行方向右側にわたらせ川が来る。リュックと上着を置き去りにして右側の座席に移動し、窓を開け、カメラを出して適当にシャッターを切る。我ながらやりたい放題だ。
わたらせ渓谷鉄道のマニアらしい男性が「もうすぐ坂東太郎岩だ。」と教えてくださる。結構近い位置にあったので上手く撮れず残念だ。確かに大きな岩に「坂東太郎岩」と書かれている。
運転手さんの解説によると、その昔、利根川から岩を運んできた天狗が、この場所であまりの岩の重さに挫折し、岩を置き去りにしてしまったそうだ。
何とも締まらない天狗である。
神戸駅から先では、電車の左側にわたらせ川が来る。大量の中学生が乗り込んでくる寸前、運転手さんが目顔で「席を移れ。」と教えてくれたので、間一髪、左側の席に陣取った。
この辺りからは川の流れも緩やかになる。
神戸駅には電車の車両を利用したレストランがあって結構美味しいらしい。温泉とはかりにかけて温泉を選択し、私は水沼駅で途中下車した。
運転手さんが降り際に再度「精算済み証を失くしちゃっだめだよ。」と注意してくれる。親切ないい運転手さんだった。大感謝である。
水沼駅には「水沼温泉センター」が併設されている。本当にホームからすぐ、温泉センターの建物に入ることができる。
入湯料500円を支払って温泉に向かう。見回した感じではタオルなどを売っている様子はなく、「重いかも」と思いつつ持ち歩いてきた甲斐があった。
今月末から改装が予定されているためか、集客力の問題か、かっぱの湯という大きな露天風呂は週末だけの営業だった。残念である。
でも、内湯にも小さな露天風呂が併設されている。
最初の15分くらいは貸し切り状態だった。
そのうち、何人か地元の年配の女性がいらした。「毎週来ている。」という方もいたし、「妹夫婦が来たから、星野富弘美術館に案内してその帰りに寄った。」という方もいる。
週末ともなると、星野富弘美術館はもちろんのこと、この温泉センターも芋の子を洗うような状態になるそうだ。
毎週来ている方は長湯がお好きで、2時間くらい入っていないと「お風呂に入った」という気がしないとおっしゃる。その間、旦那様はマッサージを受けているという。
私は30分、足湯にしたり肩まで浸かったりを繰り返し、のぼせそうになったので上がった。
お風呂から上がって、売店で物珍しさについ買った「塩味こんにゃくアイス」を食べる。
露天風呂に行く途中の営業していないカフェスペースのようなところで勝手に机とイスを借りる。
風が通って気持ちがよい。
空は雲一つない晴天である。ついでに書くと、日光でもこの日は午後から晴れ上がったらしい。
ぼーっとしていたら、電車が入ってくる気配がした。
慌てて立ち上がり、ゴミを捨て、サンダルを鍵付きの下駄箱から取り出してつっかけてホームに走る。
間一髪、予定していた電車に乗ることができた。
14時57分だと思い込んでいた発車時刻が、実は14時51分発だったというオチである。
ほっとして見回すと、この電車はやたらと混雑していて、立って乗っている人までいた。
聞くともなく話を聞いていると、ツアーでいらした方々のようだ。足尾銅山観光をし、星野富弘美術館に行き、神戸駅のレストラン清流でごはんを食べ、わたらせ渓谷鉄道に乗って帰って来たのだろう。女性ばかりの集団はとても賑やかだ。
水沼駅から大間々駅までの渓谷美もなかなかだ。混雑している電車がちょっとだけ恨めしい。
温泉で会った女性によると、昨日の大間々近辺は雷混じりの大雨で、トロッコ列車は走らなかったくらいだそうだし、きっと川も増水で迫力を増していたのだろう。
一両編成だったわたらせ渓谷鉄道は、大間々駅でドッキングして二両編成に変身した。
大間々駅から桐生駅までは市街地を走る。乗っていた感じではここで特に乗降客が増えはしなかったから、あるいは、夕方のラッシュに向けた編成なのかも知れない。
相老駅でわたらせ渓谷鉄道を降りる。
「精算済み証」をどうやって説明しようかと迷っていたら、車掌さんが先に「水沼駅で乗った方ですね。」と言ってくださり、私は頷くだけで済んでしまった。間藤駅から乗った電車の運転手さんが、後ろから来る電車に連絡しておいてくださったらしい。本当に親切に大感謝である。
二両編成のわたらせ渓谷鉄道が終点に向けて出発していくのを陸橋から見送り、私の日光旅行は終了だ。
この後は、リュックを背負ったどう見ても「遊びの帰りです」という格好で学校帰りの高校生に囲まれ、東武線を乗り継ぎ乗り継ぎして自宅まで帰った。
何とも締まらない旅の終わりだった。
日光旅行記1日目その2<-